赤面の人魚

「安室さんも来ない?」

『ん?』


久しぶりに登校した。今日は昼から放課後まで居れて、授業が終わったから帰ろうかなと荷物を片付けていたら園子ちゃんに声をかけられた。近くで会話してたのは知ってたけど、内容を全く聞いてなかったから聞き返すと、ベルツリー急行で園子ちゃんのおじが、展示予定だった宝石を再度展示することにしたらしい。それを数日前に新聞にでかでかと載せたら、怪盗キッドが公開初日に頂くと予告状が届いたという。

で、今日がその公開初日なんだそうで。


「世良さんと蘭と、蘭のとこの眼鏡のガキンチョも来るし、関係者だからキッドの予告時間になっても展示室にいられるのよ!」

『でも、車椅子だから邪魔にならない?』

「大丈夫よ!展示室にいられるって言っても、離れたところから見学してるだけだし」

「もし気になるんなら僕が抱えても構わないけど」

『いや、そこまでは…でもそうだね、せっかくだから行こうかな』


そう言うと、園子ちゃんと蘭ちゃんは笑顔で「やったぁ!」と手を合わせて喜んだ。今まで事件ばかりだったから普通に遊んでみたかったらしい。そこまで喜ぶかな。

場所を聞いたら家からそこまで遠くなかったから、一旦帰ってから集まろうってことになった。予告の時間は夜だから、一度帰っても大丈夫だろうと。
何故一度帰るのかと聞いたら、コナン君が園子ちゃんのおじに呼ばれてるらしいから、蘭ちゃんが一度帰る必要があるんだとか。


「コナン君はキッドキラーって呼ばれてて、毎回キッドの事を追い込んでるからって次郎吉おじ様が気に入ってるのよ!」

『へー…』

「すごいな、コナン君!」


そういえば、怪盗キッドの話聞いたことはあるけど調べたこと無かったな。

そのまま一度家に帰って、着替える。制服は足が出るからあまり好きじゃない。ブランケットを掛ければいいんだけど、なんか、こう、太もものところに布がないのが嫌だ。要は短いスカートが嫌いなだけなんだけど。


『ハロちゃん、そこ座りたいから少しどいて〜』

「アンッ!」

『ん、ありがとう』


いつか兄が拾ってきた子犬のハロが、ソファに座っていて少しだけ避けてもらった。そこに座って、自分のノートパソコンを開いて怪盗キッドについて調べる。ある程度調べた頃、時計を見るとそろそろ行かないといけない時間になっていた。
パソコンを閉じて車椅子に移って、鞄を部屋から持って、そこからまた外用の車椅子に乗る。園子ちゃんに教えてもらった場所に向かうと沢山の人がいて、その離れた場所に園子ちゃん達はいた。


「安室さーん!こっち、こっち!」

『ごめんね、遅くなって』

「大丈夫!」

「ん?初めて見る娘じゃな」

「この前転校してきた、安室珠雨さんよ!病気がちであまり外に出ることないって言ってたから、あまりない機会だしと思って誘ったの」

「ほぉー、そうかそうか。体調が優れなくなったらすぐに言うんじゃよ」


ニコニコと笑顔で話してくれて、懐からパンフレットを取り出して館内の地図を見せてくれた。車椅子だから、お手洗い場所とか限られるから、最初に知っておいた方がいいだろうという気遣いだった。とても助かる。

怪盗キッドが来るまで時間があるし、せっかくだからと目当ての宝石以外の展示物も見て回ることになり、一つ一つ園子ちゃんのおじ様が解説してくれた。
順番に進んでいって、ひとつ大きな部屋に出た。壁際に大きな水槽があって、その周りは人だかりが出来ていた。


『なんであんなに人が多いの?』

「ああ。あれが、今回怪盗キッドが狙っておる宝石じゃよ」

「え?でも、あれ水槽じゃ…」

「彼奴が狙っておるのは、この亀が背に纏っておるレッド・ダイヤモンド…赤面の人魚じゃよ!!」


人混みを分けて水槽の中が見えるところまで来ると、そこに居たのは背中にネックレスごと付けて泳いでいる亀だった。

水槽の中は亀が窮屈しないように、藻や砂利がきちんと置かれており、酸素も入れられていた。水槽は硬質ガラスで天井とガラスの両脇は特殊合金の金網を張られており、狙っている宝石は動き回っている。

これは盗むのが大変そうだな、怪盗キッド。


「お腹にもいっぱい宝石が付いてる…まさか、こんな10cmくらいのデコった亀を、ベルツリー急行の一等車で展示しようとしてたわけ?」

「ああ、そうじゃよ!実はこの亀曰く付きでのぉ…半年前に海難事故に遭って亡くなったイタリアの大女優を知っておるか?」

『かなりニュースになってた人?』

「そうじゃ。これはその彼女が飼っていた亀の「ポセイドン」だと言われておるんじゃよ!赤面の人魚の所有者は彼女じゃったしな」


その大女優は船が沈む前に誰かが亀を助ける様に、お礼と飼育代を兼ねて接着剤で宝石をくっつけたらしい。現地の漁師が水槽ごと海面に浮いているのを見つけ、巡り巡って園子ちゃんのおじ様のところに来たんだとか。
本来は宝石を鑑定してから展示する予定だったが、その鑑定士が手を亀に噛まれてしまい、脱皮してから展示しようかと考えていたが、亀の背中に宝石がある内に怪盗キッドと勝負したくて展示を早めたとおじ様は言った。つまり現状この宝石が本物かどうかは分かってないようだ。


《おい!観覧の時間は終了だ!!関係者以外はこの部屋から退出しろォ!!》


亀についておじ様から話を聞いていると、拡声器で怒鳴る阿呆の声が部屋に響いた。うるさくて耳を塞いで、後ろを振り返るとスーツの男の人が客を追い出しているところで、おそらく警察の人だろう。


「安室さん、大丈夫?」

『うん、ちょっとびっくりしただけ…』

「誰だ?あの人」

「警視庁捜査二課の中森警部よ!怪盗キッド専任の警部さんらしいよ」


あぁ、あれ中森さんか。
久しぶりに見たから誰かわからなかった。

一通りの客は出ていったのに、残っている私達を見た中森さんは、近づいてきて真純ちゃんの頬を思いっきり抓った。


「おいボウズ!!聞こえなかったか!?関係者以外は出てけって言っただろ!?」

「あ、違うんです中森警部!世良さんはウチの高校の…」

「仕方ないさ!ボクは今日この警部さんと会ったわけだし。それに頬を抓ったのはキッドの変装かどうか確かめる為だろうし、ね!!」


真純ちゃんはそう言いながら中森さんの股間を思いっきり蹴り飛ばした。悶えてる中森さんを見て、真純ちゃんは笑顔で「脂汗かいてるから警部もキッドじゃないね」と言い放った。頬抓られたのが余程腹立ったのかな。


『あまりそういうことしちゃダメよ』

「あはは、ごめんごめん」

『もう…中森さん大丈夫?』

「あ、あぁ……ん?」

『ん?』

「…いや、なんでもない。知り合いに似てたもんでな。ところで、この車椅子の嬢さんは…」

「この子もウチの高校の同級生。関係者よ!」

「そうかよ…ま、端っこで大人しくしてろよ」

「分かってるわよ!安室さん、こっちにいよ」


そう言って、園子ちゃんが水槽から離れた場所に車椅子を移動させてくれた。そこから横一列に並ぶようにして水槽を見る。これだと、この中の誰かがキッドでも捕えられるからだそうで。


『そういえば…これ、怪盗キッドを捕まえる人達だよね』

「そうだけど…お姉さんは何か気になるの?」

『さっきキッドいたけど…』

「え!?」

「何ィ!?いつ、どこで!?」

『いや、普通にさっき…ここにいたお客さんの中に…』

「な、なんだと……!?何故それを早く言わない!?」

『え、だって中森さん追い出してたから…どうして追い出したんだろうって思って』

「素顔でいたのか!?」

『ううん。変装はしてたけど普通に分かったよ?』

「珠雨ちゃん、キッドの変装分かるの!?」

『うん、まぁ…』


ベルモットお姉さんの変装を真近で見続けてたら、変装かどうか見分けれるようになった。普通に生きてたら一番要らないスキルだと思ってる。ただ、素顔を知っている人に限るけど。怪盗キッドは素顔を晒してはいないけど、変装していない怪盗キッドの写真がネットに出回っていたから、大まかに分かる。だから、変装してても分かった。ついでに家で素性もあらかた調べてきたし。

いつの間にか小五郎さんも来ていて、もうすぐキッドの予告時間が迫ってきていた。
真純ちゃんが30分前だからとお手荒いに行き、10分前には戻ってきた。混んでいたから時間がかかってしまったのだという。怪盗ながらキッドはファン多いらしく、現に外はキッドコールが凄い。女性ファンもさぞ多かろう。


「キッド様登場まであと何分?」

「えっとねぇ……あれ?」


園子ちゃんの問いに、蘭ちゃんが携帯を見て時間を確認しようとすると、蘭ちゃんは時間を答えないまま室内を歩き出した。気になったコナン君が彼女の後ろをついて行くと、園子ちゃんと私の間に細い糸のようなものがスゥーって動いて、布を捲った。真純ちゃんの方も同じことが起こっていて、捲られた布はそのまま持ち上げられて、上に乗っている園子ちゃんと真純ちゃんはバランスを崩して布に連れていかれた。二人の先には中森さんと小五郎さん。その前に水槽があって、水槽の前にも機動隊員が何人か配置されているからその人達と四人は、布で水槽に張り付けられる形になった。布は大きいから、水槽を丸ごと隠しており、中の状態は見えない。

どこからかカウントダウンが聞こえて、糸を吊り下げていたシャンデリアがポンッと弾けた。それと同時に糸が切れ、布はそのまま床に。巻き込まれていた人たちも支えるものがなくなって床に落ちてきた。


「園子、世良さん、大丈夫!?」

「ッタタ…」

「それより宝石は!?」


すぐに真純ちゃん達に駆け寄って水槽内を見る。そこにはさっきまで泳いでいた亀が見当たらなくなっていて、代わりに紙が沈んでいくのが見えた。


「シ、シャイな人魚は…泡となって泡となって我が掌中に消えました…怪盗キッド…」


どうやら亀は怪盗キッドによって盗まれてしまったらしい。

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