泣いて馬謖を斬る

三人の事情聴取が終わって、警部さんがメモした内容を見返す。


「うーむ……どんなトリックにせよ、あの太った石栗さんの遺体を動かせるのは男の高梨さんしかいないと思うんですが…」

『高梨さんは違うと思う』

「どうして?」

『だって、リビングのクーラー効いてないから石栗さんの部屋にでも行ったらって提案したの、高梨さんだったもん。ね、コナン君』

「うん。その後、廊下で石栗さんを見かけたから一緒に行ったよ」

『子供とはいえ、部屋の中に人がいるってわかってるのに殺人なんてしないと思うけど』

「た、確かに…」


子供でも殺人現場見られたら、一発で犯人だって言われるし、そんなリスク犯してまで殺人するバカいないでしょう。


「上半身を起こして、戸口に遺体を立て掛けておいて、遺体が倒れるようにして扉を閉めるくらいなら女にでも出来るんじゃねーか?」

「いえ、遺体の臀部が扉を塞ぐ位置にありましたので…それに石栗さんの部屋の合鍵もまだ見つかってませんし……」

『蘭ちゃん達確か、高梨さんのゴミ出し手伝ってなかった?』

「あぁ、うん。持って帰って出すからって、車のトランクに…」


蘭ちゃんがそう言うと、警部さんがそのゴミも調べるように部下の人達に指示して、部下の人達はすぐ高梨さんの車へと向かった。


「ていうか、安室さんずっと本読んでたよね?なんでそんな事覚えてるの?」

「珠雨は生まれつき聴力が良いので、他のことをしていても聞き取れるんですよ」

「へー…」

「それで、他に誰かになにか頼まれたりとかしました?」

「スポーツドリンクを冷凍庫に戻しておいてって琴音さんに…凍らせて飲むのが好きなんだって」

「まさか、その中に鍵が…」

「鍵なんて入んないわよ!それに、シャワーの後に冷凍庫から出したの少し飲ませてもらったけど、ほとんど凍ってたし」

「入ってても透けて見えるしね」


いや、ゴミの中から見つからなければ、多分鍵はそのペットボトルの中。普通に入れて凍らせただけなら外から見えるけど中央で凍るようにしてるはず。真ん中の方だとスポーツドリンクは薄い色がついてるから見えない。

暫くして、ゴミを確認しに行った刑事さんたちが戻ってきた。鍵はなかったらしい。念の為ラケットのグリップテープにも隠されてないか調べたらしいが、そこからも出なかったと言う。


「ラケットといえば…遺体の下にあったラケットのガットが数カ所歪んでいたと鑑識から報告が」

『ガットが?』

「えぇ。それから、血の付着した銅製の花瓶の形と遺体頭部の傷は一致したんですが…何故か花瓶の中に水が入っていたそうで」


石栗さん死亡推定時刻は遺体発見時の2,3時間前だが、室温の状態によっては前後30分程ズレる可能性もあると報告された。皆で昼食を食べたのが遺体発見の3時間ほど前だから誰にでも犯行出来たという訳だ。


「そういえば、蘭…このガキンチョに冷やし中華持っていった時、部屋の外にいたのになんでクーラー効いてるって分かったの?」

「足の指先がひんやり涼しかったからよ!扉の下って隙間があるから、そこから冷気が漏れてたんだと思うよ!」


確か梅島さんも同じようなこと言っていた。それだけを考えると消去法で犯人は桃園さんになる。けど、動機がわからない。考えている時、ふとコナン君を見ると彼は全てわかったような顔で小五郎さんに腕時計を向けていた。あの時計もしかして麻酔針か何かを仕込んでるのか。確かライトもつくって言ってたし、便利すぎないか。


「何してるんだい、コナン君?」

「あ、う、腕時計のフタが壊れちゃって…」

『……』

「どうしたの、珠雨ちゃん?」

『ううん、なんでも』


邪魔するなよ馬鹿兄が。
組織の一員のバーボンと分かっていて、尚且つ見られていると「眠りの小五郎」をコナン君はしないだろう。それでもホイホイするほど警戒心が無いわけじゃない。この子は逆に警戒心が強すぎる。


『コナン君』

「?」


ちょいちょいと手招きをして、コナン君を膝の上に乗せる。


『私に任せて』

「あ、うん…」

『ねぇ、警部さん。遺体のそばに落ちてた花瓶の中に水があったんだよね』

「ん?あぁ、花瓶いっぱいではないが入ってたよ」

『思ったんだけど、花瓶の中の片側に氷を積み上げて、ギリギリの位置で棚に載せたら、氷が解けて勝手に落ちるんじゃない?』

「なるほど…確かにそれだと花瓶の中の水も納得がいく…」

「でも大量の氷を何かに入れて運べば誰かが気づくんじゃねぇか?」

「いえ、手ぶらでも運べますよ」


私と、後から来た刑事さん達以外はずっとテニスウェアだし、男性物はボールが入るように大きくポケットが付けられてるし、最近は女性用のスカートにもボールが入るくらいの大きめのポケット付いてるものも売られてるから、そのポケットに入れて運べば誰にも気付かれずに氷を持って行ける。


「じゃあ、花瓶を自動的に落とせたとしてだ。遺体はどうやって扉の傍に運んだんだ?床に引きずったような後も無かったんだぞ?」

「それも氷じゃない?氷って、ツルツル滑るし」

「なるほど!遺体のおしりの下にあったラケットの下に氷を敷いて、遺体を滑らせて動かしたのね!ガットが数カ所歪んでるのがその証拠!」

「しかし、そうだとすると氷が解けた水が床に残っていたり、遺体のズボンも濡れてるはずですが、そんな痕跡は…」

「溶けても何も残らない氷みたいなのがあればよかったのにね!」

「あ!ドライアイス!ドライアイスの成分は二酸化炭素だから消えてなくなるのよ」

「へぇー!」

「だが、ドライアイスは氷と違って簡単には運べねぇぞ?」

『石栗さんに運ばせたんじゃない?ほら、石栗さんお昼にアイスケーキ食べるって言ってたし。部屋にもあったんでしょ?』

「は、はい。溶けきってましたけど…」

『蘭ちゃんと梅島さんが、石栗さんの部屋に行った時にクーラーが効いてるって思ったのも、きっとドライアイスが扉のそばにあったからだと思うよ』


ここまで言うと、小五郎さん本人がやっと分かったらしい。これだけヒントを散りばめないと分からないのかこの探偵は。頭柔らかい時と硬い時の差が激しそうだな。

警部さんが、桃園さん達を呼んできて小五郎さんは【起きたまま】推理を話し始めた。


「まず、冷やし中華を作る最中に、氷をポケットに忍ばせて石栗さんが昼食を食べないか聞きに彼の部屋に行き、石栗さんを扉のそばで撲殺。凶器の花瓶に氷を詰めて棚に置いて、床に石栗さんが食べる予定だったアイスケーキの箱にあったドライアイスを置き、その上に紐をフレームにでも通したラケットを乗せた。ラケットの上に石栗さんを乗せて一旦部屋を出た犯人は、扉を閉めて紐を引っ張る。そして紐を回収し、「やっぱり冷やし中華食べないと言っていた」と嘘を我々に言い、何食わぬ顔で密室殺人を完成させた」

「その犯人って誰なのよ?」

「ドライアイスが扉のそばにあったことを裏付けるような発言をした真知さんは容疑者から外していいでしょう。眼鏡のボウズが石栗さんの部屋にいた事を知っていた高梨さんも……となると、残るはその2人よりも先に石栗さんの部屋へ行き、氷やドライアイスが溶ける時間を十分に稼げた桃園琴音さん!あなた以外に犯人は考えられませんなァ!!」

「で、でも、部屋の鍵は?合鍵が無いのよ?」

「え、えっと、それは……」


そこ分かってないんかい。


『やっぱりスポーツドリンクの中じゃないの?溶かしてまで見てないんでしょ?』

「でもペットボトルの外からは見えなかったけど…」

「鍵を入れた途端に凍っちゃうような魔法の水みたいなのがあれば出来るかな?」

『そうね』

「そんな漫画みてーな水があるわけ…」

「ありますよ。過冷却水というものなら、急速に凍らせることが可能です」


過冷却水。水が凍るはずの0度以下でも氷にならない液体で、振動を与えれば急速に凍っていくもの。難しい作り方でもないから専門知識がない一般人でも普通に作れる液体。振動を与えるとペットボトルの表面に沿って上から凍り始めるから、過冷却になったスポーツドリンクの中に鍵を入れて振動を与えて、上の方が凍ってから上下をひっくり返して鍵を中央に寄せて全体を凍らせた。
園子ちゃんが飲んだって言うスポーツドリンクに混ざってても、鍵があるのは中央だし、過冷却水はジェル状に凍るから全く見えない。


『だから、溶かせば桃園さんの指紋付きの鍵が出てくると思うけど』

「そ、そんなの、出てきてから言いなさいよ!!」

「もし出てこなかったらあんたら…」

「ダメよ。出てきちゃうから…私の指紋がバッチリ付いてる合鍵が…それに私、焦ってその鍵を石栗君の血の上に落としちゃったから」

『…そ、そんなものが入ったスポーツドリンクを園子ちゃんに飲ませたの…?』

「えぇ…」


悪びれた顔で桃園さんはぽつぽつ話し出した。隠し通せないと観念したんだろう。

石栗さんを殺害した動機は「復讐」。去年亡くなった瓜生さんの敵討ちだそう。
瓜生さんの遺体が運ばれた日、眠れなくてベランダに出たら外で雪を掘り返している石栗さんを見つけ、瓜生さんが亡くなったことを信じられず、居るはずがない瓜生さんを探しているんだと思って見ていたら、雪の中から彼が手を出した時に掴んでいたのは石栗さんのストールだったという。それを見つけた石栗さんの笑顔を見て、桃園さんは全てを理解した。

瓜生さんは自分で雪に飛び込んだのではなく、石栗さんに突き落とされたのだ。、彼の度の行き過ぎた冗談と悪ふざけで人が亡くなったのだと。


「私、瓜生君のこと好きだったから…許せなくて……」


石栗さんの昼食を確実にアイスケーキにする必要があったから、誰でもいいから怪我させないとと思ってラケットを放り投げて、そこまでは完璧だったのにと、桃園さんは泣きながら言った。当たったのが子供で、その上その子の連れが探偵だったのが失敗だったと。

桃園さんはコナン君に再度「怪我させてごめんね」と謝って、警部さんに連れていかれた。


「なんか、悲しい事件だね…」

「そうね…」

『…泣いて馬謖を斬る』

「え?」

『仲がよかろうが愛する人だろうが、規律を破ったら処罰する事。桃園さんはその処罰の仕方を間違えたのよ』


でも、大好きな人を殺されて、その犯人がニコニコしてるのを見たら、冷静でいられない気持ちも分かる。
自分の手で同じ目に遭わせたい気持ちを、少し前に私も持ったことがあるから。

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