灯台もと暗し
「ねぇ、珠雨さん」
『なに、コナン君。どうしたの』
本部に着くと、コナン君に小声で呼ばれた。コナン君が小声で話しかける時は、公安の話か組織の話だろうから、私も小声で返す。
「あの黒田捜査一課長って、知ってる人?」
『昔から知ってる人だよ』
「てことは、ずっと警察にいる人?」
『さぁ…父の同期だから、そうじゃない?』
「そっか…」
『どうして?』
少し前にお姉ちゃんから聞いた組織のNo.2であるラムの特徴が、黒田さんと大和さんに当てはまるらしく、特に当てはまるのが大和さんだと。聞いた特徴は、「片目が義眼」「屈強な大男」「女のような男」「年老いた老人」。
確かに大和さんは片方の目を負傷しているし、杖を着いているから老人に見えなくもない。髪を結ぶ程の長さだから、解けば長髪の女に見えなくもないし、身長も高いから大男に見える。
黒田のおじ様も同じで、片方の目を負傷していて、ガタイのいい大男。白髪だから老人に見えなくはない。当てはまらないのは「女のような男」ということだけだ。
でも正直黒田のおじ様がどんな仕事してるかは知らない。たまに遊んでもらった事しかないし、会ってたのも幼い頃に数回だけだし。
『ごめんね、ラムのおじ様の素顔は知らないのよ』
「そうだよね…」
『会う度に顔も声も名前も違うから…どれが素顔なのか、もしくは全部変装かもしれない。でも多分…特徴に一番似てる大和さんでは無いと思うよ』
大和さんの話は、高明さんと会ってからずっと聞いてる。小中高同じだったらしくその頃の話も聞いたし、警察学校時代の話も聞いた。高明さんと大和さんが離れていたのは大学時代と所轄に異動していた時だけ。
『ごめんね、あまり役に立てなくて』
「ううん、ありがとう」
そう言うとコナン君は由衣さんのいる所へと走っていった。さっき聞きたいことがあるって言ってたから、それを聞きに行ったんだろう。
この子はきっと、私が「あの人がラムだよ」と言っても信用しない。自分で調べて確かめて確信を持つまで、怪しい人物全員警戒し続ける。だから私は答えを言わない。
そもそも分からないしね。
本部に着いて早々に資料室へ向かった大和さんと高明さんを待っている間、私達はコナン君が由衣さんに聞いた黒田さんの事を聞いていた。昔大きな事故に遭い、十年程意識不明で警察病院に入院。最近復帰した人で、事故の影響で顔には火傷痕が残り、右目は義眼。事故のストレスで白髪に。脳にも影響を及ぼしており、細かい記憶が抜け落ちているんだと。
「何、コナン君。課長の事気になるの?」
「あ、いや…」
「まあ、気になるのも無理はねぇよ。どっかの組織の大ボスみてぇな面だからな」
「君のその顔も課長に負けてませんけど」
資料室での調べ物が終わった大和さんと高明さんが戻ってきた。気になる事件は二つあったようで、ひとつは九年前に薬に手を出して街中で拳銃を乱射した男。もうひとつは半年前に銀行に人質をとって立てこもった男。この二つの事件は竹田さんが被疑者を射殺して、死亡のまま送検されているのだそう。
『銀行の立てこもり事件って、あの?』
「ええ。そういえば珠雨は当時現場にいましたよね」
高明さんに会うために長野に来た時、銀行のATMでお金を下ろすためにそこに行ったら立てこもり事件に巻き込まれたことがある。あの犯人のお兄さん、警察の説得に応じて投降しようとしてたのに、逆上して拳銃を発砲したんだったかな。
その被疑者の遺族が恨みをもって竹田さんを殺害したのかと思ったけれど、両名共にご両親は既に亡くなっており、兄弟姉妹もいないからそれは有り得ない。被疑者の祖母はまだご健在のようだけど、80を超えているらしく無理だろうと。
『ねぇ大和さん』
「ん?なんだ」
話を聞いていて気になる事があって、高明さんは小五郎さんにその事件の詳細を話していたから、近くにいた大和さんの袖を引っ張る。
大和さんは腰をかがめて、目線を合わせてくれるから話しやすい。
『その男が拳銃を乱射した事件って、巻き込まれて亡くなった人いないの?』
「……いや、確かいたな。拳銃で頭を撃ち抜かれて死亡した…」
『じゃあ、もしかしたら』
「珠雨」
「その遺族も調べた方がいいかも」って言おうとしたら、高明さんに呼ばれた。
『はい』
「何か、気付いたことでもありましたか?」
「いや、大したことじゃねぇよ」
「そういえば、敢助君は不審な煙とか怪しい人物とか見てないんですか?あの橋は君の足のリハビリの散歩コースだと思ったんですが」
「今日はヤボ用があって行ってねぇんだ」
そう言うと、大和さんの携帯が鳴った。どうやらメールのようで、それを見ると「またヤボ用が出来た」と大和さんは用事の方へ向かってしまった。
『高明さん』
「なんでしょう」
『その二つの事件資料見たいんですけど、いいですか?』
「ええ、大丈夫ですよ」
「い、いいの!?勝手にそんな事して、怒られない!?」
「黒田課長から、珠雨には関連する事件資料を見せるだけならいいと、既に許可は出ていますから」
あの人、既に私が自由に捜査できる環境は整えてくれているらしい。高明さんはすぐに資料室から事件の捜査資料が入ったファイルを持ってきてくれた。
「これと、これがその事件の詳細です。それ以外は見ないように」
『ありがとうございます』
ページを開いて、事件の詳細箇所を見せてくれた。
拳銃乱射事件で死亡した被害者は当時14歳の女の子。通学途中で事件現場に居合わせてしまい、乱射した銃の弾が額に当たり即死したと書いてある。名前は「油川艶子」。
『額…』
確か、啄木鳥の足跡は竹田さんの額にあった。
この事件で怪我をした人は何人かいるみたいだけど、死亡者はこの子だけ。
「そういえば、珠雨には言っていませんでしたが」
『はい』
「この銃乱射事件の犯人。実は敢助君の幼馴染で、事件当時、彼の目の前で竹田さんに射殺されてるんですよ」
『…大和さんも、竹田さんに怨みがあるって事ですか?』
「ええ」
つまり、大和さんも容疑者ではあると。そう言いたいのだろう。大和さんが犯人である可能性はとても低いけど、頭の端に入れておくだけでもいいかな。
しばらく捜査資料とにらめっこしていると、三枝さん達が聞き込みから帰ってきた。今朝、事件現場の橋の近くで大和さんに似た人物を見たという目撃証言が出たとかで、大和さんに話を聞きに戻ってきたらしい。
しかし、今現在彼はここにいない。連絡を取ろうと黒田さんが携帯を手にしたちょうどその時、高明さんの携帯に大和さんから連絡が来た。一、二分もしない内にすぐに電話は切られてしまったようで、高明さんは携帯を内ポケットに仕舞った。
大和さんの携帯に、三枝さん達と一緒に聞き込みに行っていた筈の鹿野さんから、不在着信が多数入っていたものの、折り返しても連絡がつかないのだとか。鹿野さんは捜査の途中で気付いたことがあると言い、家にある捜査資料の予備を見に帰ったらしく、大和さんはそれを聞いて鹿野さんの自宅へ直行すると。
「ならば我々も鹿野の家へ向かう!」
「はい!」
「では、行ってきます。その資料は読み終わったらそこに置いたままで結構ですので」
『はい、行ってらっしゃい』
そう言って三枝さん、秋山さん、由衣さん、高明さん、黒田さんの5人は急いで鹿野さんの自宅へと向かった。
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