睡眠
『快斗君、袋持ってない?』
「袋?あるぜ、ほら」
『ありがとう』
今まで来ていた服を畳んで、外にいるだろう彼に聞けば小さく畳んだ袋が上から投げ落とされる。それに服を入れて、個室を出ればそこにはすでに墨を落とした和葉ちゃんが立っていた。
「お、シンプルな服も似合うじゃねぇか。それ、あの軍師みてーな刑事の私服か?」
『そう。ねえ、これ水で落ちる?』
「ああ。水に濡らして軽く擦れば落ちる液体を使ってんだ」
それを聞いて、手を洗う場所で服に水に付けて軽く擦る。簡単に落ちてあっという間に墨が消えていった。
『本当に落ちた…ありがとう』
「大事な服なのか?」
『うん。お母さんのお下がり』
「…へえ」
『私お母さんいないの。だからこれと、この前見てもらったこのネックレスは遺品』
「え、マジで?それは…申し訳ねえ事をしたな…」
『いいよ、落ちるんだから』
「気にしないで」と言っても、快斗君は申し訳なさそうに眉を下げて私を見ている。
洗った服をまた袋に入れていると外から平次君の声が聞こえた。彼も顔に付いた墨を落とすために隣の男子トイレにいたらしい。あまり大きな声で話し掛けられると本物の和葉ちゃんが起きてしまうからと、快斗君は和葉ちゃんの声で「今行くー」と返事して慌てて外に出て行った。それを見送ってから、もう一度個室にいる和葉ちゃんを見ればまだすやすやと眠っている。よく寝る子だなぁ。
外に出て高明さんを探すために氷の部屋に向かうと、高明さんは電話をしに外の方に行ったと次郎吉さんに教えてもらった。廊下を進んでまっすぐ行ったところに高明さんは立っていた。
「……警察を辞め、別の仕事に就いたと聞いてから何の音沙汰もなくて…今頃、一体何処で、何をやっているのやら……おや、珠雨。着替え終わりましたか」
『あ…はい。ごめんなさい、お電話邪魔して…』
「大丈夫ですよ。…え?ええ、まあ…は?」
私に気が付いた高明さんは、耳に当てていたスマホを少し離してからこちらを振り向いた。そのすぐに通話の相手が何かを話してきたのか、少し話をしてから高明さんはスマホを渡される。
「敢助君が話があると」
電話の相手は大和さんのようで、不満気な顔でそう言われてスマホを受け取って耳に当てる。「もしもし?」と言えば「久しぶりだな」と大和さんの声が聞こえた。
《元気だったか?》
『うん、最近体調いいの』
《そうか。こんな時間まで大変だったな。怪盗とはいえ、怖くなかったのか?》
『全然。何かあったら高明さんが守ってくれるから』
《…そうだな。ま、なにがあるか分からねぇ。帰るまでは高明の傍から離れるんじゃねぇぞ》
『うん』
《夜遅くまでお疲れさん》
『大和さんもね』
そう言って高明さんに携帯を返す。高明さんは大和さんと少し話してから電話を切り、胸ポケットに携帯を仕舞ってから、ぎゅーって抱きしめられた。
『な、ん、?…あの、どうしたんですか、急に』
「可愛いなと思って」
『…?高明さんが「可愛い」って思ってくれるタイミングが分かんない…』
「いつも可愛いですよ」
分からないから頭を傾げる。それが面白かったのか、高明さんはふふっと笑って頭を撫でて、ほっぺに軽いキスをしてくれた。
「戻りましょうか。夏とはいえ、夜の外は冷えますからね。寒くないですか?」
『大丈夫です』
「今から怪盗の侵入経路等を調べるので、僕はまだ現場にいますが…澪は寝ていて大丈夫ですからね」
『…?もう全部分かってるのに、調べるんですか?』
首を傾げてそう聞くと、一瞬だけ驚いた表情になり、すぐに困った顔で笑った。
「バレていましたか。では、まだあの部屋には本物の宝石がある事は?」
『はい、煙が消えた後に確認しました』
「盗まずに放置しているのにも関わらず、あの様なフローラルアイスパフォーマンスでたくさんの指輪を氷の中に出現させ、あたかも盗んだように見せかけた…ということは、また現場に出向いてくるのではないかと」
『現行犯で捕らえるってことですか?』
「ええ。今からそれを中森警部達に伝えようかと思いまして」
『あの…敢えて盗ませてもいいと思うんです』
「…それは、どういう?」
私の言葉に高明さんは立ち止まる。
怪盗キッドは目当ての宝石じゃなかった場合は持ち主に返しに行くこと。今回は床に沢山のキッドカードがあったことから急遽盗む事を決めたのではという予想。宝石の持ち主は宝石ブローカーの人ではなく、今朝乗り込んできたお姉さんだから返してあげたいということ。
それらを伝えると高明さんは何かを考える素振りをして、「分かりました」と頷いてくれた。
「ですが、警察である手前、逮捕出来るのであればします。いいですね?」
『でも、お葬式は明日だって、お姉さんが…』
「怪盗の肩を持つんですか?僕より?」
眉を顰めて不機嫌そうな顔でそう言った高明さん。
『そういうつもりじゃなくて…』
「…澪は優しさから言っているのは分かってます。あの女性のことを考えるなら、持ち主に返す怪盗の彼の方が間に合うでしょう」
『…』
「ですが、警察という立場である以上。それが出来ない事もあると言うことを理解して下さい」
『…はい、分かりました…わがまま言ってごめんなさい…』
「いいえ。澪は優しい子だから、あの女性を想っての発言だったのでしょう?それに、怒ってませんからそんな顔をしないで」
『……ほんとう…?』
「うん、怒ってないよ」
高明さんは目線を合わせて、片方の手は私の手を握って、もう片方の手で頭を優しく撫でてくれた。大丈夫だよって言ってくれたから頷けば、「部屋に戻りましょうか」と手を繋いだまま歩き出した。
次郎吉さんが用意してくれた部屋に着いて、ソファに座るように促される。ふかふかなソファに座ると、高明さんは車椅子と一緒に置いていたブランケットを膝に掛けてくれた。
「何かあった時のために足は付けたままにしておきましょうか」
『ん、』
「ふふ、眠たいですね。朝になったら起こしますから、ゆっくり休んで下さいね」
『んー…高明さん、』
「ん?」
『ちゅーとぎゅー、がしたい…です…』
今すぐに寝たい思考回路を繋ぎ止めて、せめてしたい事だけ伝えた。部屋に二人だけだし、大丈夫だろうと。寝る前にいつもしてくれてるから。いつもなら高明さんに抱き枕にされてるから。無理ならぎゅーってして欲しいって。もう既に瞼が閉じてしまっているのだけど。
眠たくてグラグラする頭を頑張って起こして、閉じてしまっていた目をゆっくり開ければ高明さんはぎゅーってしてくれて、おでこと瞼と唇に軽くキスしてくれた。
「まだ足りませんか?」
『ん。んーん…おやすみ、なさい』
「はい、おやすみなさい」
『お仕事、がんばって…』
傾いていく体を支えて、ゆっくり横にしてくれた高明さんに手を振ってそう言えば、最後に耳にキスしてくれた。いっぱいちゅーしてくれてとても満足です。限界です。寝ます。
でもきっと、この後の高明さんはとてもカッコいいんだろうなぁ。見たかったな。
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