爪切りと

一応、凶器をこの貸しスタジオ内から探すからと容疑者の三人は元いた部屋に。私達は受付で待機するように言われた。スタジオ内や彼女達の持ち物は勿論、トイレの排水溝まで探したが無かったという。山路さんの遺体を運んで詳しく調べている鑑識さんからもまだ連絡は来ていないらしい。
そんな話を目暮警部と高木刑事がしている時、受付に新しく来たお客さんが「何かあったのか」と店員さんに聞いていた。それを真純ちゃんがじっと見ているのに気づいた蘭ちゃんと園子ちゃんがどうしたのか聞くと、ギターケースを背負っている人を見ると四年ほど前の兄を思い出すと話してくれた。


「驚いたよ。アメリカに行っていると思ってたし、秀兄が音楽やってる所なんか見たこと無かったしな」


真純ちゃんが友達と映画見た帰りにお兄さんを見かけて、どうしてもそのお兄さんのギターが聞きたくて走って同じ電車に飛び乗ったんだと。何度か乗り換えた駅でとうとう見つかり、帰れと怒られ「お金もないし帰り方も分からない」と言うと切符を買ってくるからとホームに残された。その時、お兄さんと一緒にいた人が「音楽好き?」って聞いてきて、お兄さんを待っている間にベースの弾き方を教えてくれたんだって。


「じゃあ、さっき言ってたベースを教えてくれて人って…」

「その人なの?」

「ああ、十分くらいの間だけどね」

『じゃあ、その人はお兄さんの音楽仲間?』

「んー…どうだろう。その人が入れていたベースを入れていたのはソフトケースだったのに、ベースを取り出しても形が崩れなかったから…もしかしたらベースはカムフラージュで、違う何かが入っていたかも…」


んー、と顎に手を当てて話す真純ちゃんに、園子ちゃんがその人の名前は?と聞くと、真純ちゃん自身は聞いてないけど別の連れの男がその人の事を「スコッチ」と呼んでいたと教えてくれた。

四年ほど前にベースを持ち歩いていた「スコッチ」なんて、明らかに景兄じゃないのよ。

そのスコッチと呼んだもう一人の連れの男は、帽子を目深に被っていたから顔はよく見えなかったらしいけど、雰囲気がどことなく兄に似ていたらしい。だから真純ちゃんはさっき「どこかで会ったことないか」と聞いたと。


「人違いですよ。それより、そんな昔話より今、ここで起きた事件を解決しませんか?君も探偵なんだよね?」

「ああ、そうだな」


それでも尚違うと言い張る兄に、真純ちゃんはどこか不信感を抱いたまま捜査に戻ることに。

景兄がいて、真純ちゃんのお兄さんの「秀兄」がいて、景兄は「スコッチ」と呼ばれていた。そしてそのスコッチと呼んだ男は兄に似ていた。となるとその「秀兄」は秀一さんか。

確か秀一さんのお父さんとお母さんは、何かしらの組織に所属していたと聞いたことがある。それで長男の秀一さんがFBI捜査官。弟さん、真純ちゃんにとっては真ん中のお兄さんが超がつくほどの有名人で、真純ちゃんは探偵。大変な家系だな。


「いたいた!珠雨ちゃん!」


うーん、と考えていると高木刑事にまた呼ばれた。何?って聞くとさっき話した山路さんのニット帽から、キーボードのお姉さんの指紋が見つかったらしい。


「でも、編み込んだとしても山路さんのニット帽にはポンポンが付いていたし、それを切らないと編めないだろう?」

『切る物がないってこと?』

「それと、編み物をする棒針も彼女の持ち物には無かったから…」

『棒針じゃなくてもいいのよ。ドラムスティックとかで代用出来ると思う。それにポンポンを切ったのは爪切りとかじゃない?確かキーボードのお姉さん、爪切り持ってたよね?』

「うん。でもその爪切り、唯子さんから借りたって言ってたから…」


つまり、ボーカルのお姉さんがキーボードのお姉さんに罪を擦り付けてる可能性があるって事。でも、防犯カメラの映像で、ボーカルのお姉さんはカメラ側を向いて裁縫をしていたし、キーボードのお姉さんは背を向けて編み物をしていた。だから、ボーカルのお姉さんが犯人で罪を擦り付けようとしているのなら、隠されていた場所で編み物をしてわざわざ防犯カメラに映る場所に移動して裁縫をした。少し不自然な気はするけど、犯人は警察が防犯カメラを確認する事は想定済みなはず。とすると、その行動をしてもおかしくはない。
ただ、爪切りを貸したのは殺害されたお姉さんが仮眠を取ると言って出ていった時。返してもらってそれをキーボードのお姉さんの荷物に入れたら、「返したのに何故?」って不思議に思うだろうけど荷物検査の時そうならなかったとなると、擦り付けようとした可能性は0に近くなる。


『……というか、お兄ちゃん達に聞いたら?』

「あ、うん。そうするつもりだけど、一応珠雨ちゃんにも話しておこうかなって思って…」

『そっか』

「何か気付いたら教えて…って、大丈夫?顔色悪いけど…」

『あー…今日は朝からお出かけしてたから、少し疲れたんだと思う。少しだけ外の空気吸っていい?』

「それなら、僕が付き添うよ」


そう言って高木刑事は一緒にお店の外に付き添ってくれて、「ゆっくり呼吸してごらん」と優しく背中を擦ってくれた。言われた通りにゆっくり息を吸って、吐いてを繰り返すと気分が少し楽になり、最後に小さく息を吐く。
高木刑事は何も話さず、私が「もう入ろう」って言うまで静かに背中を擦り続けてくれた。
お店に戻ると、高木刑事に「休憩所にいて大丈夫だよ」と言われて手を引かれる。そのまま連れていかれて、近くの椅子に座るよう促された。

高木刑事と話している間に、真純ちゃん達も休憩所で待機していたみたいで、高木刑事が来るとすぐに駆け寄ってきた。どうやら犯人やトリックが解けたらしい。
すぐに目暮警部と容疑者の三人が連れてこられて、真純ちゃんと兄とコナン君の三人の推理が披露された。犯人は勿論、トリックや凶器の隠し場所は私が高木刑事に伝えたのと全く同じで、聞いている間高木刑事はチラチラと私の方を見ていた。

キーボードのお姉さんは、殺害されたお姉さんが原因で自殺した朱音という人の恨みを晴らす為に反応に及んだと白状した。


「知ってるでしょ?朱音が喉を潰した訳…」

「確か、酔った萩江に言われたんだよね」

「もっと歌声に深みが欲しいって」


朱音さんはその言葉を真に受け、お酒でうがいしたり、大声を出したりしてハスキーボイスになったものの、それを聞いて「前の方が良かったから次のライブは歌うな」と殺害されたお姉さんに言われたんだそう。その翌日に朱音さんは車に飛び出して自殺した。

それを聞いた他の二人は顔を合わせて「違うよ」と、その話を訂正した。

実は車に飛び出して自殺した訳じゃなく、轢かれそうになった男の子を助けるために飛び出したらしい。殺害されたお姉さんに「その程度ならすぐに元の声に戻るから、喉が治るまで絶対に声は出すな」と言われていて、それを守っていた朱音さんが声を出す前に体で助けようとして轢かれたと、事故の目撃者が言っていたと。


「萩江、「酔った勢いで馬鹿なこと言ってごめん」って朱音に謝ってたから…留海は知らなかったんだ…朱音が死んだショックで寝込んでたから…」


それを聞いてキーボードのお姉さんは泣き崩れた。
自分の勘違いで友達を殺害してしまったのだから。

彼女が落ち着くと、手錠を掛けられそのまま高木刑事に連行されて行った。目暮警部や鑑識の人達も、お店の人に少し話をしてすぐに撤収していった。
お姉さんが連行されるのを見送りながら真純ちゃん達が話をしているのをぼーっとして聞いていると、園子ちゃんが私の方を見てびっくりした顔で近づいてきた。


「ちょっと!顔色ほんとに悪いよ!?大丈夫!?」

「うわ、ホントだ…!熱は…無いみたいだけど、病院に連れて行った方がいいんじゃないか?」

「ええ、そうしましょう。珠雨、少し抱えるよ。コナン君、悪いんだけどこの子の荷物を持ってきてくれる?」

「うん!」


どうやら本当に顔色が良くないらしい。体調的には特に何ともないのだけど。
兄に抱えられて車に連れていかれ、後部座席に座らされた。遅れてコナン君が私のカバンを持って来てくれて、兄が皆に電車かバスで帰ってもらうようにお願いしてすぐに病院へと連れていかれた。


「体調が悪いのか?」

『なんともないけど』

「疲れからか、精神的なものか…澪さんはアイツらの話になるとすぐに体調崩すからなぁ…」


バックミラー越しに笑いながらそう言われて、「精神的なものだろうけど」と続けて零さんは呟いた。

|

[ 戻る ]






×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -