ハリポタ 人を愛した死神 番外 | ナノ
6周年企画:お昼寝
ロンドンの空は曇りが多い。おかげでいつも、ほんの少し肌寒いのだ。
トムは服を着替える時、いつも寒いと思っている。引き出しの中には冷たい空気がぎゅっと濃縮されていて、開けた瞬間にせっかく温まっていた部屋に飛び出してくるのだ。
少し冷やされた部屋で、キンキンに冷えきった服を着なければならない。この寒々しいロンドンで、毎朝トムは試練を受けているのだ。
対して、キリーは翌日着る服を前日に出している。冷え切った服を着るのが嫌だから、ではなく、朝になって服を適当に選ぶ、という時間が勿体無いからだ。用意されて居ればそれを着ればいい。そういう考えなので、前日におおよその天気を予測して服を用意している。
キリーは一階、トムは三階で着替えているため、トムはキリーが上手いこと寒さをかわしていることに気付いていないし、キリーもキリーでまさかトムが毎朝服のせいで寒い思いをしているとは思ってもいない。
トムはいつも冷え切った服に着替え終えると、2階にあるリビングに足早に向かう。リビングは暖炉に火を灯しているから温かく、キリーが朝食を作っていたから良い香りもする空間になっているのだ。
「おはよう」
「おはようトム、良く眠れた?」
本日のキリーは仕事が休みであるが、いつも通り朝早く起きてトムの朝食を作っている。キリーは休みであれ年中同じ時間に起きてトムの朝食を作り、自分は新聞を読みながらトムが朝食を食べるのを見ているのだ。
それがキリーの平日休日問わずの日課である。
そして、トムもトムで規則正しい生活を送る習慣が孤児院の時より身についているのだろう、稀に寝坊する以外は、いつも決まった時間に起きて朝食を摂るのだ。
「あんまり……」
「寝つきが悪かったのかな?」
「ねつきがわるい?」
「眠るまで時間がかかることだよ」
「う〜ん」
トムはどうだったかな、と考えながら自分の席となった椅子に座り、キリーはトムの前に朝食を運ぶ。最近は寒いので、朝食と一緒に出てくる飲み物はミルクと蜂蜜がたっぷり入った温かい紅茶だ。
お気に入りの飲み物が出てきたことに満足したトムはすぐにマグカップに口をつけた。お子様舌のトムに合わせた温度になっているため、火傷をすることは無い。
「トム、髭が出来ているよ」
指摘を受けて、上唇の上をトムは行儀悪くもぺろりと舐める。その仕草にキリーはおやおやと笑うだけだった。外でやらなければ良いと考えているようだ。
「そうだ、昨日、猫の集会があったんだよ」
「猫の集会?」
フォークでベーコンを刺して、口に運ぶ。租借しながら頷けば、今度はキリーが首を捻った。
「こんな寒い時期に、珍しいね」
「珍しいの?」
「昨日も外は寒かったでしょう?そんな寒い中で猫が集会を開くなんて珍しいよ」
「ふぅん。でも、集まっていたよ。ミャーミャー煩かった」
「集会だから、猫も沢山お喋りをしたのだろうね」
「僕のベッド横の窓辺で鳴くものだから、なかなか眠れなかったんだ」
キリーは家の外形とトムの部屋の構造を考えて、猫の集会とやらが隣の屋根を使って行われていたのだろうと見当をつける。こんな時期に、しかも何処かの裏路地で風を凌ぐでもなく屋根の上で行われる集会。
不気味さを覚えて、キリーは少し唸った。
「キリー?」
「何でもないよ。それより、寝不足なら朝食が済んだらもう一度寝ても良いと思うよ」
「やだよ。夜に眠れなくなる」
「お昼寝も大事だよ」
「今は朝だよ」
言葉尻を取るトムに対してキリーは否な顔をするどころか、流石トム、賢いね。そう満足そうに笑って椅子から腰を上げると、トムの頭をクシャリと撫でた。トムにとってそんなキリーはいつまでも不可思議な存在だった。
普通の大人であれば可愛げのない子供だと睨み、時には手を上げるだろう。しかしキリーはどんな時であれ、ただトムの語彙力を褒めるだけなのだ。
「じゃあ朝寝をする?」
「だから、しないって」
パンを千切って口に含む。半熟の卵も食べて、トムのお腹はいつも温かい料理に満たされるのだ。孤児院の頃と比べて、食事の質も量もしっかりしているとトムは思う。
「ねぇキリー、キリーこそ眠いんじゃないの?」
「私が?どうして」
「だってキリーはいつも僕より早く起きているじゃないか。寝る時間は分からないけど」
「トムよりは早くないね」
「じゃあ、眠たいはずだよ」
「この生活に慣れているから、眠くは無いよ」
大人と子供の体の違いだよ。とキリーは言うがトムはその回答が気に入らないようだった。大人と子供は事実であるけれど、大人だから、子供だからと線引きをされて出来る出来ないを言われるのは好きではないのだ。
僕だって頑張れば出来るさ。そういう意地が出てしまう。
「トム、本当に眠くないの?」
「もう着替えたから目は冴えているよ」
「着替えたら目が冴えるの?確かに運動だけど……ああ、気分が切り替わるとか?」
「違うよ。キリーだって着替えたら目が覚めるだろ?」
「着替える前から目は覚めているけれど」
目が冴えている、と言いたかったのに目が覚めていると言ったせいで、今度はトムが言葉尻を取られる。
トムは意地悪をするキリーにムッと頬を膨らませて、そっぽを向いてしまった。なんて子供らしい抵抗だろうかと、言葉尻を取ったことに罪悪感を覚えていないキリーは思う。
こうして目が冴えてしまう理由は服の温め方だという事実に気付くことなく、今日も二人の会話は途切れてしまうのだった。
「ねぇトム、今日は何処に行こうか?天気も良いし、ちょっと遠くにお出かけをしようか」
話題が変わって、トムは窓の外を見る。そこには珍しく晴れた青空が、レースのカーテンの向こう側に広がっていた。
トムは一人では家を出ないので、土日以外は必然的に家の中にいることになる。
出かけられるチャンスはキリーの休日しかないのだ。だからこそ、キリーは休日に外へ行こうと誘う。そしてトムもキリーが居れば外は怖くないと思っているので、その提案にいつもすんなりと頷いていた。
そしてそれは今日も例に洩れず、トムは頷く。
「そうと決まれば、先に洗濯をしようかな」
トムの食べ終わった食器をキリーは流し台に移動させて、食器を洗う前に洗濯機を動かそうと考えたようだった。
「トム、シーツは持ってこられる?」
「うん」
トムは椅子から飛び降りて、三階に駆け上がる。そんなに急ぐ必要はないのだが、おおよそ廊下と自室があまり温かくないからすぐに取ってきて、リビングに戻るつもりなのだろう。
案の定、シーツと枕カバーを持ったトムは危ないというのに階段を駆け下りてくる。キリーは二階の階段の踊り場で待機して、万が一の事があったらすぐにトムを受け止められる体勢を取っていた。
「はい」
「ありがとう、トム。でも階段を走るのは感心しないよ」
「僕は転んだりしないよ」
「世の中にはハインリッヒの法則と言うのがあってね」
「難しい話をするなら温かい所でしてよ。僕、リビングに戻るから」
トムはすぐにリビングに入ってしまった。寒い廊下に一人残されたキリーは苦笑して、洗濯を開始する。
洗濯が終わるまでの時間、キリーは食器を洗い、リビング以外の部屋の掃除を開始した。リビング以外の部屋であった理由は、寒がりな子供が居るリビングを喚起するのは気が引けたからである。
廊下と、三階のトムの部屋、一階の客間兼キリーの寝室を掃除し終える頃には洗濯が終わっていて、キリーはそのまま洗濯物を籠に入れて庭に出た。
キリーの家は小さいながら庭があり、洗濯物を干せるエリアを持っている。そこに二人分のシーツ、枕カバー、子供の服と大人の服を干して、かじかんだ指を摩りながらリビングに戻った。
リビングでは暖炉の前の床に、キリーに背を向ける格好で寝転がった小さな体があって、キリーは驚きに目を見開いてすぐさま小さな体に近付く。
暖炉の煙は煙突から出ているが、それは全てではないため一酸化炭素、もしくは二酸化炭素の中毒になっている可能性もある。慌ててトムの顔色を確認して、首筋に指を添える。目を閉じているが首筋に感じる脈は正常で、息もしていた。
「ん……」
触れたことで夢の世界から現実に引き戻されたトムは、目を擦る。
「掃除、終わった?」
目を擦って起き上がる仕草に麻痺したような動きは見受けられず、この子はただ寝ていただけなのだとキリーは察した。
長い睫に縁取られた目を強く擦っているのだろう、目元は赤みを帯びている。
「……まだだよ」
キリーは擦る目をやんわりと自分の手で包みながら、あっさりと嘘を吐く。
そして、続けた。
「まだ寝ていなさい。まだまだ、時間かかるから」
「ん〜……」
「ほら、おやすみ」
キリーはトムを抱き上げて、三階の寝室は掃除後に暫く喚起をしていた為に冷え切っているからと、温かなリビングのソファに寝かせる。余程眠たいのか、何事かをもにょもにょと言って、小さな手をキリーに伸ばす。
キリーはその小さな手を握って、何?と問うた。
「キリーは寝ないの?」
問えば、キリーは少しの間の後に寝ようかな、と穏やかに笑った。きっとキリーが寝なければ、トムは意地でも眠たい目を擦って起きていようとするだろう。
トムとは、そういう子供なのだ。
自分だけが子供扱いされるのは嫌いだから、キリーも同じ状態にさせようとする。
「おやすみ、トム」
キリーはソファに腰掛けて、トムに膝枕をする。ソファの背もたれにかけていたブランケットをトムにかけた。小さな肩を一定のリズムで叩いてやれば、トムの瞼はあっと言う間に落ちて、すぅすぅと寝息を立て始める。
キリーも眠気などなかったが、窓辺に座って麗らかな陽射しが入るのも相まって、穏やかな空気に当てられたのだろう、少しずつ瞼を閉じている時間が延びていった。
ふわりふわりと浮遊するようなまどろみから少しばかり浮上して重たい瞼を上げると、そこにはキリーがいた。
見上げる格好になっていてどういうことだろうと一瞬考えた後、そういえば膝枕に寝ていたのだったと思い出す。
「……」
キリーの寝顔を見るのは初めてだったからだろう、トムは体を起こしもせずにただただキリーを見上げている。
キリーもちゃんと寝るんだ。と人なら当然の睡眠なのに、少し人間離れしているように感じていたキリーの寝顔を見て、キリーも人間なのだなと今更ながらに思う。昼寝をするということは、疲れているということ。
キリーは平日いつも朝早く起きて、トムの三食とおやつを作っているのだ。そしてそのまま仕事へ向かい、遅くに帰宅する。
トムはお風呂に入った後にすぐ寝ているからキリーが夜何時に寝ているかは知らないが、きっと遅いのだろうと予測する。
今日はお出かけをと話していたけれど、一日寝させてあげようとトムは思って、起こさないようにするには自分が動いてはいけないのだと気付く。
肩に置かれた手は、きっとトムが動くと滑り落ちて、キリーは驚いたように目を覚ますに違いないのだ。トムは動けないと悟ると、目を閉じる。
膝枕をしてもらった経験は孤児院時代には無く、柔らかいのか硬いのかなどは分からないけれど、ぬくもりがあるそれはとても心地良かった。
瞼を閉じるだけで、忽ち睡魔が襲ってくるのだから、キリーの膝枕は凄いとトムは思う。
眠りに落ちる寸前、最後に一度だけ、また瞼を上げる。
キリーの穏やかな寝顔を確認して、トムは満足げに目を閉じるのだった。
***
叶様へ
まず初めに、二年と数ヶ月経過した今更になりまことに申し訳御座いませんでした。
人を愛した死神で、二人でお昼寝というご依頼を頂戴して早いことに年と数ヶ月……長らくお待たせしてしまい申し訳御座いませんでしたが、ようやく完成しました。
サイトにお越しいただけていたら嬉しいのですが、いかんせん二年……本当に申し訳御座いませんでした。
少しでも期待に沿えた内容であれば嬉しいのですが。
もし、こういうのではない!こんな内容が読みたい、など御座いましたら随時ご連絡いただけますよう、よろしくお願い致します。
本当に、お待たせしてしまい申し訳御座いませんでした。
2016/02/05 葦
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