ハリポタ 人を愛した死神 番外 | ナノ
6周年企画:従者の部屋
窓から差し込む月明かりを頼りに時計の針を見ると、さっきから長いのが反対を向いただけだった。
何回時計を見ただろう。早く寝なくちゃという気持ちが頭を埋め尽くして、余計に眠れない。
目を閉じると聴覚が敏感になって、静まり返った部屋の中、時を刻む音と僕が動いて作る音が大きく聞こえる。
早く眠りたい。そう思うのに目はパッチリと開いてしまって、眠気は部屋の隅の暗闇を見ても見つからない。ただゴロゴロするだけの夜は、とてもつまらない。
退屈で退屈で、窓を開けてもいないのに時折揺れるレースのカーテンの影を目で追ってしまう。
子供は早く寝なさいと言っていたけれど、キリー自身は何をしてるのかな。キリーは大人だから、もう寝ているっていうのはないだろう。
いや、いつも僕より朝が早いから、もしかしたら朝型でもう寝ているのかもしれないけれど。
どうなんだろう?キリーの生活空間は1階で、僕は3階。キリーの生活がどんなものかなんて知らない。
知らないと気付いてしまうと、気になってしまうのは悪いくせだ。
キリーは何時に起きているのか、何時に寝ているのか、知ったところで僕に利益があるわけではないけれど、一緒に生活をするのだから知っていた方が良いに決まっている。
だって僕の生活リズムや食事をキリーは熟知しているのに、僕だけが知らないというのはおかしい。
どうせ眠れないからと部屋を出て、階段に出る。急勾配の階段は真っ暗ならば吸い込まれて落ちてしまいそうだ。
けれども、一階の部分の廊下が僅かに照らされていた。キリーの部屋から漏れている光が照らしているのだから、キリーが眠っていない証拠だ。
手すりを強く握って、一歩を踏み出す。
たった一段の階段を降りるのに緊張するのも、足音を忍ばせているのも、きっと誰もが寝ている時間だからだ。
小さな窓から降り注ぐ月明かりだけが、僕の夜の活動を監視しているのだと思うと全身の毛が逆立つような気分になった。
階段を降りきるまでにどれだけ時間がかかっただろう?2階のリビングはいつもの明るさなんて何処にもなくて、不気味なほど静かだし暗かった。真っ暗なリビングに、ほんの少しばかり気持ち悪さを覚えた。
僕は朝や昼の陽射しが入る時間、そして夜には灯りがあるリビングが好きだ。こんな事をキリーに言ったら、きっと笑われてしまうけれど。
一階に降りるとキリーの部屋のドアは閉まっていて、隙間から少し明かりが漏れているだけだった。
この家は孤児院に比べれば随分と隙間が少ないけれど、窓から隙間風が入ってレースのカーテンを揺らしたり、部屋の明かりを外に漏らしたりする程度には隙間がある。
でも、その隙間も本当に小さいから、中が見られない。
キリーは何をしているんだろう?それが見えないなんて、ズルイ。キリーはいつも僕の部屋に簡単に入って来るくせに、この扉はまるで僕に入ってくるなと言っているみたいだ。
たかが木製の扉のくせに。
キリーのくせに。
どうしたら部屋に招き入れられるかな?
勝手に扉を開けるのは勇気が無い。かといってノックするのもどうなんだろう?中からの返事を待つのはちょっと嫌だ。
だってキリーはノックはするけど返事を待たずに開けるんだから、僕だけ返事を待つなんておかしい。ノックをして返事を待たずにドアを開けても良いけれど、それもどうなんだろう。
相手に気付いてもらうように階段を降りれば良かった。そうすれば、きっとキリーは部屋から出て来て階段にいる僕を見て、招き入れてくれただろうのに。
そうだ。もう一回階段を少しだけ登って、わざと足音を立てて階段を降りれば良いんだ。
階段を数段分だけ上がって、もう一度、わざと足を踏み鳴らして降りよう。そうすれば、きっとキリーは部屋から出てくるに違いない。
音を殺して階段を上って、一度深呼吸。わざとらしく床を踏み鳴らせば、床板がギシリと音を奏でた。
するとキリーの部屋からも足音が聞こえて、すぐにあの重たい扉が開いてキリーが顔を見せてくれる。
「トム?」
「……えっと…」
こんばんは?はおかしいし、眠れなくて、としおらしく言ったところでキリーには素を見せているから何か悪い事をしたと疑われる可能性もある。
何て言おうか決めてなかったことを後悔した。
口ごもる僕にキリーは逆光を浴びた状態で歩み寄ってくる。
「眠れなかった?」
狭い家だ、階段下まで来たキリーは階段にいる僕を見上げて、両腕を差し出してくる。
それはまるでおいでと言っているみたいだ。
僕は犬猫ではないのに。
動かないでいると、キリーは僕が一歩も踏み出せないでいるというのに、簡単に階段を上ってきて僕の頭を撫でてきた。
「何か飲む?」
「お腹は空いてないし、喉も渇いてないよ」
「では、トムの部屋へ行こう。私は本を持って行くから、先に部屋に戻っていなさい」
キリーはそれだけ言って、階段を下りてしまう。部屋に本を取りに戻るキリーに続いて、僕も階段を下りた。
「キリーの部屋にいく」
「私の部屋に?」
頬にかかる光で浮き彫りになるキリーの顔には意外そうな表情。やっぱり部屋には招き入れてもらえないのだと思えて、お腹のあたりが重たくなる感覚がした。
キリーは部屋に僕を招き入れない。なんでかは知らないけれど、キリーは部屋を見せたがらないのだ。それはまるで心を閉ざしているみたいで、嫌になる。
「それでは、いらっしゃいませ、小さな訪問者様」
キリーの言葉に顔を上げると、ドアを開けて招き入れるポーズ。呆然としている僕にキリーは少し笑って、下半身はおやすみタイムかな?と言ってくる。
「立ってるよ!」
「ではどうぞ、そのおみ足で私の小さく何もない部屋にお入り下さい」
「入ってやるよ」
「ようこそお越しくださいました、小さな王子様」
少し早足でキリーの部屋に入る。
キリーが部屋から出て来た時は部屋が眩しいと思ったけれど、もう光に目が慣れたのだろう、部屋の中が良く分かった。前にキリーがいない時に見た時と同じ部屋。
やっぱり、ベッドはない。
「ソファに座られてはいかがでしょうか、王子様」
「なにその呼び方」
「家臣の部屋をわざわざ夜に訪ねてくる、小さな王子様みたいだと思ってね」
「意味分かんないんだけど」
「まぁ良いじゃない。少しは遊びに付き合ってよ」
キリーはローテーブルを挟む2人掛けと1人掛けのソファのエリアに目をやると、一人掛けのソファを指差して、どうぞ王子様、と言う。
「ふんっ」
別に王子様と言われるのは悪い気はしないけれど、キリーが言うと茶化されている気がしてあまり良い気分ではない。でも、今日くらいはキリーの言葉遊びに付き合ってやっても良いだろう。
一人掛けソファはフカフカの良いものだし、悪い気はしない。
キリーは暖炉で沸かしていたのだろうお湯を使って紅茶を淹れている。茶葉までストックされているのか、この部屋は。
「家臣の部屋は客間みたいだね」
「いついかなる時、王子様に謁見を願う者が来たとしても、まず先に対応するのが家臣の務めですから」
「家臣はどこで寝ているの?」
「寝床は、王子様の目の前にございます」
「え?」
ソファ?
目の前にあるのは、2人掛けのソファだ。確かに毛布が背もたれにかけられているけれども。でもまさか、こんなところで大人のキリーが寝ているの?
「ベッドは?」
問うと同時に、机の上に広げられている書類が片付けられて、代わりに見慣れないマグカップが置かれた。
「王子様のお気に入りのマグカップではないことをお許し下さい」
「むしろここに僕のマグカップがある方が怖いよ」
寝ている場所だというソファに腰掛けて、キリーは湯気の立つマグカップに口を付けた。
「どうぞ、王子様もお飲み下さい。毒など入っておりません」
まるで最初の頃を比喩するような発言。
マグカップを持って、ふぅ、と息を吹きかけてから少し飲む。ちょっと熱いけれど、火傷するほどでもないし、夜の空気で冷えた体の芯が温まるみたいで気持ち良い。
「美味しい」
「では、明日から夜にも入れて差し上げましょう」
「キリーのお気に入りなんじゃないの?」
「いいえ、頂き物で置いたままだっただけです」
「……いつまでその口調でいるの?」
「王子様が寝入るまで」
そう言って、またマグカップに口をつけるその顔に疲れはない。でももう、日が沈んでから時間が経っている。
キリーだって眠たいはずだ。
子供より早く寝たくないってこと?そんなプライド、キリーにはないと思うけれど。
「キリーはいつ寝るの?」
「眠くなった時に」
「そのソファで?」
「そうです」
「僕が使ってるから?」
「王子様が家臣を気遣うなどあってはなりません」
「キリー、僕はキリーのベッドを、寝室を奪ったの?」
キリーの部屋を最初に見た時に気付いてはいた。気付いていたけれど、それを口にしなかった。できなかった。
だって、僕は奪うことに慣れていた。孤児院で散々欲しい物は魔法を使って奪ってやった。
なのに、今は口にした言葉がこんなに自分の胸に突き刺さってきて、痛い。
「王子様……」
「僕はトムだよ。王子でも何でもない、トムだよ」
「トム、大人はね、子供のためにならば全てを与える生き物なんだよ」
「嘘だ。僕の知ってる大人は、そんなのじゃなかった」
貰える物は貰って、奪えるものは奪って、いらなくなったらポイって捨てるんだ。それが大人だ。
それが、僕の知っている大人なんだ。
なのに、その大人から外れているキリーはどう扱えば良いのか分からない。嫌な大人なら奪っても胸は痛みもしない。むしろ満足感があったのに。
「では、覚えておいて。私という大人は、それに当てはまらないってことを」
「例外なんて好きじゃない」
「狭い視野は人を偏屈にさせるよ」
キリーは腰を上げて、ローテーブル越しに腕を伸ばしてきた。マグカップを持っていたからだろうか、温かい手が僕の頬を撫でて、髪を梳く。
「何?」
「触りたいと思ったから触ったんだよ」
「気安く触るな」
手を退かせば、キリーは笑うだけだった。子供に手を払いのけられたくせに笑うだけなんて、本当にキリーは変だ。
普通なら、生意気だと思って顔を歪める。
「ベッドを買いなよ」
「それは王子様のご命令でしょうか?」
またその口調に戻るのか。
それなら、王子らしく、命令してやるよ。
「そうだよ。この国は家臣にベッドすら与えられないほどお金に困っている国ではないはずだからね」
キリーはキョトンとして、それからクスクスと笑い出した。
「王子様の仰せのままに」
「分かればよろしい」
***
胡蝶様
書き上げるのに時間がかかってしまい本当に申し訳ございません!!
番外編で内容は自由に、とのことでしたので、本編に入れようかと思っていた夜のお話を書かせていただきました。
本当に、もうあと2ヶ月でリクエスト受けてから1年経過しそうな時期まで書けずにいて申し訳ございませんでした。
まだご来場いただけていたら、嬉しいのですが…。
もしまたご来場いただき、目にしていただけたら幸いです。
本当に、リクエストありがとうございました。
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