ハリポタ 人を愛した死神 番外 | ナノ
6周年企画:ピクニック
トムは最近になって大人に良い子と認識してもらうために自分を抑える事なく、遠慮もする事なく、素を出すようになった。それが私にとっては喜ばしい。
例えば、今だって。
「キリー!洗濯ちょっと待って!僕のパジャマがまだ入ってない!」
「トムが寝坊するからでしょう」
洗濯機の起動音を聞き付けたのだろうトムが部屋から乱暴に出て来て、パジャマ姿のまま階段を駆け下りてくる。朝から階段を駆け下りられるとは、洗濯機の音を聞いて飛び起きたからなのか。今さっき洗濯機を起動させたばかりなのだから、そんなに慌てなくても良いのに。
小さな体で階段を駆け下りてくるのを見ると、いつか階段を踏み外して転がり落ちるのではないかという心配を持たざるを得ない。
階段上からパジャマを投げれば駆け下りなくても良いのにと思わなくもないが、それは利口ではあるが行儀が悪い作法を教える事になりかねないから言わないでおこう。
しかし、階段を駆けさせるのは良くない。特に我が家は面積が小さいので縦に長くして生活空間を稼いでいるから、階段は公共の場に比べて急勾配だ。しかも一階から三階まで一直線だから、足を踏み外せば一階まで転がり落ちることも可能性としてはある。
起きてこないからと先に洗濯を始めて慌てさせるのはトムの怪我を招く可能性があるから、これきりにしよう。
二階の踊り場に着いたトムはその場でパジャマを脱ぎ始めた。余程慌てたのだろう、服を持ってきていないからここで脱いだら下着姿になるのに、それを気にした様子もなく脱いだ服を渡してくるので、受け取る。
さっきまで毛布にくるまって寝ていたのだろう、パジャマがぬくい。
「はい、確かに受け取りました。服を着ておいで、そんな格好で居たら風邪を引いてしまうよ」
「分かってるよ」
階段を駆け下りたからだろう、肩で息をする小さな体。栄養のある食事を与えているつもりだが、同年代の子に比べてまだ細身だ。
病院に来る子供でもそんなに痩せていない。
否、そもそも病院に来る時点で裕福な家庭の子供なのだ。貧しい家では、食事をするのもやっとで医者になどかかれないのだから。裕福な家庭で育った子と、数ヶ月前までは孤児院に居たトムを比べるのは酷か。
洗濯機にトムのパジャマを突っ込んで、蓋を閉める。
さて、トムの朝食を作るか。
洗濯機のある部屋から出ると、階段の踊り場にトムは下着姿のまま突っ立っていた。
自分の体が細っこいのを気にしているのか、それとも恥じらいを持っているからなのか、服はしっかり着るのがトムだったのに下着姿のままとは珍しい。
ぼんやりした様子のトムの目線を追うと、三階の階段の先にある窓。それを見て、トムの瞳はキラキラしていた。開けた窓は澄んだ青空を切り取っていて、成る程と思う。
「トム、洗濯が終わったら出かけようか」
「え?」
私の提案に驚いたようで、少年の高い声が弾んだ。
表情も期待の色を滲ませていて、良い反応だ。
「せっかくの休日だからね、私は国立公園を散歩したいな」
「公園?」
おや、食いついてきた。てっきり散歩なんて嫌だ、どこどこに行きたい、と言われると思っていたのだけれども。
トムが公園に行きたがるとは、どういう風の吹き回しだろう。
「お弁当はいる?」
外食の方が私としては楽だが、散歩に食いついて公園と来たら、トムの希望はピクニックだろう。普段望みを言わないトムが何かを望んでいる仕草を見せたなら、余すことなく叶えたい。
ピクニックの楽しみとやらは私くらいの年になると思い浮かばなくなるが、ピクニックに付き物といえばお弁当、水筒、レジャーシートにちょっとしたお遊戯だ。この中にあるだろう、トムがピクニックに望んでいるものが何かを知りたい。
「公園には食べ物が無いから、お弁当は作らないとじゃないの?」
捻くれた言葉を下着姿のままに言うから、思わず笑そうになるのを堪える。素直にお弁当が良いと言えば良いのに、子供のくせに遠回しな言い方をするなんて素直ではない。
そこもトムの魅力だと思えるほどに私はトムを愛しく思っているし、おおよそ本心を読み解くことが出来るので私に対しての態度であれば何も問題ない。それにトムは馬鹿ではないし、猫を被るのも心得ているから心配は杞憂だと思うが、将来的に万が一にも他人にまでこの態度をとってしまっては、トムが悪印象を持たれて苦労する羽目になる。
ここは大人である私が、少し素直さを身につけるように促さなければいけないか。
「国立公園は軽食ならば売っているよ」
「……」
たちまち不機嫌な表情。
柔らかそうな頬が引き締まって、口も一文字になってしまう。
出会ったばかりの頃の笑顔だけで誤魔化していた時とは大違いだ。こんなに表情が豊かで、年相応。もう少し表情の変化を見たくもあるが、これ以上トムの意見に反論すれば部屋に篭りかねないし、私はトムを苛めたい訳ではないから一言釘を刺すだけに止めておくとしよう。
そろそろ服を着させないと体に障るし、何よりトムはまだ朝食も食べていないのだ。洗濯機だって騒音を奏でているし、廊下に長く居ても現時点ではデメリットしかない。
「朝食は軽めにしよう。洗濯物を干したらすぐに出かけられるように、今からお弁当を作るよ。何かリクエストは?」
トムの顔に希望が宿る。
百面相で、本当に年相応の子供だ。
出会った当初に見せていた良い子の笑顔も、人との関わりを拒絶して手放す姿勢も今では見受けられない。今は私の前だけかもしれないが、将来的には私以外の人にも心を開けるようになって欲しい。
「ホットサンド!中にチョコとマシュマロを挟んだやつが食べたい!」
以前に子供が好きな食べ物は何かと妻子持ちの同僚に尋ねた時、教えてもらったレシピで作った物だ。出来たてはチョコレートもマシュマロも溶けていて、トムは美味しそうに食べていた。
まさか、こんなに気に入ってもらえていたなんて知らなかった。言ってくれたならば、また作ったのに。やはりまだトムの中で私は、完全に我儘を言える仲ではないのか。
残念だとは思うが、急かしたところでこれは心の問題だ。どうしようもない。今はゆっくりと距離を縮めて行けばいい。
それに私から歩み寄れる分はもう歩み寄ったつもりだ。後はトムが距離を縮めてくれるのを待つだけ。
「作っておくから、早く服を着てきなさい」
「約束だよ!」
「うん、約束」
口約束を交わすとトムは口元を綻ばせて、階段を駆け上がった。
「階段を駆け上がるのは危ないよ」
「はーい」
返事は良いけれど、結局トムは階段を全て駆け足でのぼり切ってしまった。
部屋の扉が閉まるのを聞き届けて、リビングへ入る。
お昼にデザートとしてチョコレートのホットサンドを食べるのも良いが、温かいほうが溶けていて美味しいだろう。きっとお昼に食べたら温かいのを食べておけば良かったと落ち込むはずだ。
そうならない為にも、チョコレートのホットサンドはお昼の分の余りと言って、少しだけ朝食に出しておくとしよう。
「キリー!早く!」
朝食にお昼のフライングでホットサンドが出たのが余程嬉しかったのだろう、トムはあれから機嫌が良い。後ろをついて行く私に振り返っては手を振って、早く来いと促してくる。
私が仕事の日は家の中でしかトムを見ないから、麦わら帽子を被ったトムは珍しいし、青空の下では実に健康そうに見える。
やはり、鍵を渡して出入りを自由にした方が良いのかもしれない。この子の世界を狭めているのが私の育て方であれば、そんな育て方は改めるべきだろう。だが、子供が鍵を持って自由に外に出られるのは、あまりにもリスクが大きい。
いい加減、打開策を考えなければいけないか。
「後ろを見ながら走らない。転ぶよ」
「僕はキリーと違って運動が得意なんだ。転んだりしないよ」
ふふん、と鼻で笑うトム。
まったく、この子は。どこまで可愛げがないのだろう。
「毎日仕事で病棟歩き回っている私は、そこそこ体力があると思うけれど?」
往診は病棟内を動き回るのだ、私だって体力は人並みにある。
それにまだ幼いトムは未発育。きっと運動神経も発展途上だろう。これから運動して、経験で体が覚えていかなければならない事が沢山あるのだ。
今日は天気も良好だし、国立公園に来ている。経験を積むには絶好の日和か。
せっかくだからピクニックにかこつけて、家では出来ない体育をやるとしよう。トムの体力を確認するためにも、一先ず走ってみるのがいいか。
そう思っていると、先にトムから提案が出た。
「じゃあ、あそこまでどっちが早く着くか競争だよ」
あそこ、と示された一本の木。側にはベンチがある。
昼に木陰となるベンチは、ランチにベストな場所だろう。
私はバスケットを抱えて、あまり振動を与えないようにする。
両手が塞がるから走りづらくはあるが、好都合だ。
よーい、スタート!の掛け声で二人揃って走る。
私は至極真面目に走っているふりをして、トムの少し後ろに着いた。
トムのフォームはやはり独自で作り出したものなのだろう、体の軸が揺れている。
それでも大人でも真面目に走らなければ距離を取られてしまう速度だから、運動が得意というのは嘘ではないらしい。
よく考えたら、トムは孤児院から私の住むエリアまで走って逃げてきたのだから体力はあるのだ。
トムは振り返って私との距離を確認した。
私はバスケットを気にしているふりをして歩幅を狭めて走っているから、トムは手を抜いていると気付かなかったのだろう、勝ち誇った表情。
「やった!」
木にタッチして、一位!と誇らしげに言うトムに続いて私も木にタッチして、二位、と言った。
「二位じゃなくて、ビリだろ」
「手厳しいね」
ベンチにバスケットを置いて、少し距離がある木を見つける。
「トム、もう一回駆けっこをしよう。さっきは私、バスケットを持っていたし」
「負け惜しみ?大人の癖に諦めが悪いなぁ」
「トムは次は負けると思っているのかな?」
ムッとした表情で、走る準備しなよ、と言ってきた。
負けず嫌いの性格だから、簡単に釣り糸に引っかかる。
私とトムで横に並ぶ。
よーい、スタート!で、今回は本気で走る。
トムも走り方は自己流だが早いから、私も真面目に走ろう。
距離が結構あったせいで、木にタッチする時には私も流石に息が切れた。
「い、一位…」
少しの差で木に触れる小さな手。
きっと不機嫌な表情をしているに違いない。
下を見れば、やっぱり頬を膨らませたトム。
お互い肩で息をしている。
「さっき、絶対、手を、抜いた、だろ」
走ったせいで肩を揺らし、乱れた呼吸のままに話すトム。
「食べ物を守らなくてはいなかったからね、少しばかり、スピードを抑えてはいたよ」
「大股になってた」
「腕を振ったからね」
「……」
トムは俯いてしまう。
自尊心を傷付けただろうか?
「走り方も決まりがあるらしくてね、以前走り方のフォームを教えてもらったことがあるんだよ」
「そんなのズルい。僕は知らないんだ」
「それなら私が教えてもらった事をトムに伝えるよ。そうすればトムも早くなるよ」
トムは私を見上げてくる。
低い位置にある頭を撫でてあげれば、トムは少し嬉しそうにした。
「絶対キリーに勝つから」
「私も負けたくはないから、一緒に練習しなければならないね」
手始めに腕の振り方、体の軸を意識する方法等を教えよう。
それから、姿勢、足の上げ方、平均台を使ってバランスを取るのもいい。
ここは国立公園で、遊具もそれなりに揃っているしランチも持ってきているのだから。
午前中は駆け回って、お昼を食べて、午後は遊具で遊んだ。
日頃使わない筋肉を使ったからだろう、帰宅時にはトムは元気だが、私はクタクタになってしまった。
「筋肉痛になりそう」
「きんにくつう?」
「動きすぎて体が痛くなることだよ」
「変なの」
「トムは若いからね、経験が無いんだよ」
「つまり、年寄りがなるって事?キリーは年寄りなんだね」
「否定は出来ないけれど、肯定もしたくないね」
トムが駆け出すから、繋いでいる手が引っ張られる。
「トム?」
「まだ若いなら走れるだろ?家まで走ろうよ、キリー」
せっかく覚えた走りのフォーム。それを試したいのだろう。
私が仕事の日、トムは家から出られないから共に外出している今しか走れないのだ。
それを思うと、断れるはずも無い。
駅舎を出た時に馬車に乗って家まで帰りたいと思った体に、最後の最後で鞭を打つ。
「では、位置について」
「よーい」
「「スタート!」」
***
しゅう様、この度はお祝いのメッセージ及び「人を愛した死神で主人公とリドルがはしゃぐ」というリクエストをありがとう御座いました!
はしゃいでいるように見えたらいいのですが…。
今後も小説を書いていきますので、何卒よろしくお願い致します。
本当に、リクエストありがとう御座いました!
2013/11/17
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