ハリポタ 人を愛した死神 番外 | ナノ
エイプリルフール2010
失敗した。
何に失敗したかと言えば、すべてに、だ。今僕の前にあるのはいつもキリーが使っているマグカップ、の残骸。
うっかり。
本当にうっかり、棚にぶつかって落として割ってしまったんだ。台所の石鹸で遊んでいて、足台の上にも石鹸水が零れていたのに気付かずに爪先立ちして後ろに転んで、そしたら棚にぶつかった。
……どうしよう。
いつも僕の身の回りで起きる奇跡は悪い奴を懲らしめたり欲しい物を入手するもので、壊れた物を直した記憶はない。でも、このままではキリーに何て言われるか分からない。きっと叱られる。
「……」
捨てておけば、バレないかな。
割れた破片を集めて、キリーがいつも読んでいる新聞を一冊取ってきて、それに包む。後はどうやって処分するかだ。
庭に植えたいけど、庭は芝生がしきつめられているし、少しある花壇も綺麗に手入れされているから、穴を掘ったらバレてしまう。
今は隠し場所が無いだけだ。もう少しすれば良い隠し場所が出てくるかもしれないと思って、自分の部屋のベッドの下に隠す。
「……うん、これで良いや」
後は知らないで通せば良い。そう思うのに、胸がチクチクして、何だか嫌な気分になった。
「ただいまトム。会えなくて淋しかったよ」
「たかが半日だろ」
キリーは僕を抱き締めて頬にキスをする。ここ最近はいつもの事なんだけど、今日ばかりは胃がムカムカしてキリーを押し退けた。
「どうしたの?トム。泣きそうな顔をしているね」
心配そうに言うキリーに、余計に胃がムカムカする。何でだろう、胃がムカムカして、吐きそうな気分だ。
「泣きそうな顔なんてしてないよ」
「そう?」
キリーはそれだけ言って、台所に向かおうとした。
「キリー!」
台所に行かれたら、マグカップが無くなっている事に気付かれてしまう。とっさに出た大きな声に、キリーはキョトンとした表情をした。
「どうしたの?」
「僕、先にお風呂に入りたい」
「分かった、今から入れるね。待たせちゃってごめん」
「……別に、良いけど」
キリーは台所へと進めていた足の向きを変えて、浴室の方へと姿を消した。
嗚呼、胃が、胸が、ムカムカする。
どうしよう。
どうしたら良いんだろう。
「はい、ただいま。お湯が溜まるまでちょっと待ってね。ところで夕飯はちゃんと食べた?」
「……」
「さては食べていないね?育ち盛りなんだから食べた方が良いよ」
キリーはいつも通り台所に行って、いつも通りに冷蔵庫の中を調べる。そこには一切手を付けていない僕の夕飯があるのを、僕は知っている。だってお腹が空かなかったのだ。胸にある重たくて気持ち悪い何かが胃を圧迫して、とても食べる気にならなかった。
キリーは少しは食べていると思っていたのだろう、いつもより驚いた様子で僕を見た。けれど、キリーの料理への反応はそれだけだった。
「トム、体調が悪い?」
「そんな事ない」
「でも何も食べてないのはおかしいでしょう?」
「何でもないってば!」
料理を食べずにいたことを叱るなら良い。いっそその事で僕を咎めて、意識をそっちに向けてもらったほうが楽だ。僕もそんなことで怒るキリーに腹を立てられて気分的に楽になる。
なのにキリーは食べていないことを咎めもせずに、僕の体の心配ばかり。優しい言葉を吐かれるほどに、胃がムカムカして気持ち悪くて吐きそう。
涙も出そうだ。
もう僕の夕飯確認したんだから、早く台所から出てよ!マグカップが無いのに、気付いちゃうじゃないか!
「トム?」
心配そうな声に、泣きたくなる。なんで僕がこんなに苦しくて辛い思いをしなくちゃならないんだよ!
「馬鹿キリー!」
もう嫌で、顔を見るのも辛くて僕は自室への階段を駆け上った。
キリーなんて大嫌いだ。
部屋に入ってベッドに飛び込む。鼻がツンとするのは、ベッドに鼻を打ったからだ。
そうじゃなきゃ、僕は涙なんか流さない。
控えめなノック音に続いて、僕の名前を呼ぶ優しい声。
返事をしないのにドアを開けて、勝手に入ってくるキリー。
「トム、私のマグカップをどうにかしちゃったんだね?」
「僕はキリーのマグカップなんて知らない」
「そんな事ないでしょう。トム、隠していたら胸が苦しくて張り裂けてしまうよ」
「だから僕じゃないってば!」
「じゃあ、私のマグカップはどこに行ったのかな?」
「……泥棒」
「泥棒?」
「泥棒が持っていった」
キリーはベットに俯せになった僕の頭を撫でる。それは、本当の事を言いなさいと無言で言われているみたいで、嫌だ。
「泥棒はあんなマグカップを持っていったりしないよ」
「僕、泥棒じゃないから分からない」
「トーム」
「……」
「マグカップの破片で怪我はしてない?」
「……」
「破片一人で拾い集めたんだね。偉いね。でも、怪我したら危ないから、次からは割ったらそのままにしていてね。私が片付けるから」
「……っ」
「ほら、泣かないの、トム。物はいつか壊れるんだから、気にしない。それより、怪我が無くて本当に良かった」
「うっ」
喉まで来ていたムカムカが、涙と一緒に体から出て行ってしまう。シャックリを出す僕を抱き起こしたキリーは、そのまま僕を抱き締めてくれた。
背中を擦る手が温かくて、ムカムカを全部流しだすまで僕は泣いた。
「嘘吐いて、ごめんなさい」
「今日はエイプリルフールだからね、嘘も許される日だよ」
「エイプリルフール?」
腫れぼったい目を開けてキリーを見ると、そう、とキリーは言った。年に一度だけ、嘘が許される日があるのだと言う。
それが今日なのだと教えてくれた。
「他の日なら嘘吐いたら針千本飲ませるけど、今日だけ特別。だから他の日は嘘を吐いたらいけないよ?」
「うん」
よし、とキリーは言って、僕のおでこに一つキスをした。
「さて、食事にしようか」
「うん。あ」
「どうしたの?」
「お風呂のお湯……」
「あっ!」
浴槽の周りが水浸しになっていてキリーが悲鳴を上げたのは、また別の話。
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