ハリポタ 人を愛した死神 番外 | ナノ
30万企画:見送り
僕の元に変な爺が現れて手紙を渡してきてから数週間。キリーが魔法界で困らないようにとダイアゴン横丁であれもこれもと買ったせいで、僕の荷物は大きなスーツケースと小さなスーツケースが一つずつになってしまった。
一つに収めたかったのに、と言うと、でもなくて困るより有って捨てれば良いでしょう。というお医者様の金銭感覚を告げられて、溜め息しか出ない。
あれこれと準備するキリーをしり目に教科書を読んで魔法界の事前学習をしていると、あっという間に9月1日、つまり出発の日の朝になってしまった。
朝食の席でコーヒーを飲むキリーが本当に不足しているものはないかな?と心配そうに言ってくる。十分っていうくらいダイアゴン横丁で買い物したよ。もうこれ以上荷物増やさないでよ。と釘を刺すと少し肩をしょげらせた。
真新しい靴を履いて、流石にここからローブを羽織っていくと不審者だからと大きめの肩掛けバッグにローブをしまう。
「では、行きますか」
先に準備を終えていたキリーは何故か二つのスーツケースの取っ手を左右の手に掴み、あまつさえ僕の肩にかけているバッグまで奪っていった。
何を、しているのさ。
「何でキリーが持っているの。それは僕の荷物だよ」
「これから長旅のトムが、此処からの移動で疲れてしまっては困るからね」
「僕は男の子なんだけど。それぐらい持てるよ。女の癖に持ちすぎだよ。両手が埋まっているじゃないか」
「そんなもやしみたいな体に持たせるほど私は貧弱ではないよ。女だけどね」
「もやしって」
確かに、ここに来る数年前までは枯れ枝みたいな体、と言われても言い返せないような状態だったし、発育も良くなかった。でも、ここに来てからキリーの作った食事を摂っていたし、運動もしたから随分と体は丈夫になったはずだ。
……まだ、同学年の中では中くらいより少し小さいけど。
「ほら膨れない。分かったよ、こっち渡すから」
そう言って渡されたのは小さなスーツケース。絶対、これが持った中で一番軽かったんだろう。キリーはどうしてこうも僕を疲れさせずに、自分を疲れさせるのだろう。
まあ、ここで持つだの持たないだのと荷物の奪い合いをするのは馬鹿げているから、今回だけは許そう。釈然としない気持ちはあるけれど、二人でキングスクロス駅へ向かう。
「晴れて良かったね」
「本当だね」
空を見上げるキリーにつられて空を見れば、晴天。良い門出だ。
キリーは昨晩まで僕と一緒にキングスクロス駅まで行って良いのかと悩んでいたけれど、ちゃんと見送ってよね、と言えば少し憂いた表情を浮かべて、けれどその後は吹っ切れたように、嬉しそうに頷いた。
何を悩んでいるかはおおよそ想像がつくけれど、僕の養母なのだから、何を悩むことがあるのだろう。胸を張って、ちゃんと見送ってよね。
「9と3/4番線……?」
駅について乗車券の入った封筒から案内書を見ると、キリーが僕が持っている案内書を覗き込んで呟いた。僕は頷いて、駅構内を見まわす。
僕の名前を呼ぶキリーを見ると、言いにくいのだけど、と言って口を開く。
「そんな番線はこの駅にはないよ」
「……え?」
人を愛した死神
番外 見送り
キリーは僕の重たいスーツケースを持ったまま、9番線と10番線を行き来している。
このどこかに魔法の世界の入り口があるはずだと思っているようだ。その考えには同意できるけど、そんな闇雲に探したって見つかるとは思えない。それにあの大きなスーツケースは結構な重さだったはずだ。僕が荷物を見ているから、置いていけばいいのに。
キリーはおよそ9と10の番線の間、それも10番に近いほうの柱に触れては離れてを繰り返している。
「何しているの?」
「9と3/4番線、という事は、9と10の間を4つに分けて、9のほうから3つ目の場所当たりだという事かと思って、その周辺にある物に何か仕掛けがあるのではないかと探しているんだよ」
キリーはベンチやごみ箱のケースといった、触れる物はすべて触って調べている。
そんなので見つかるとは思えないけれど。
とはいえ、大人のキリー一人に変な行動をとらせていたら職務質問されるかもしれない。仕方ない、僕も探そう。
周りから見たら変な二人組に見られるだろうなと思うけれど、周りにも僕達と同じような親子が数組見受けられる。
きっと僕と同じマグル出身の魔法使いだろう。皆そうだろうなと思いながらも、お互いに声をかけられないのは『魔法使い』というイレギュラーさがあるからだ。何て声をかけて良いのか分からないのだろう。9と3/4番線を探しているんですか?って聞き合えばいいのに。
そう思いながら僕も聞かないのは、魔法使いでも『魔法界に知識がない奴』と思われるのが嫌だからだ。
「あ」
キリーの声に、キリーを見ると柱に体半分が入っている。
「キリー!?」
うっかり大きな声を出してしまうと、キリーはすぐに体を引っ張り出して、周りを気にするようにぐるりとあたりを見回す。僕もならって周囲を見回すけれど、周りはキリーの行動が見えていなかったようで大きな声に反応してこちらを見た後、またうろうろし始めた。
「トム、きっと此処が入り口だよ」
「そう……みたいだね」
キリーがスーツケースの取っ手を僕に渡してくる。それは、ここでバイバイの合図だ。
「何で?」
「何でって、入ったら出られません、だと困るし」
キリーはそう言いながらほんの少し癖を見せた。それはキリーが嘘を言う時の癖だ。
馬鹿なキリー。何年も一緒に過ごしてきた僕が、キリーの癖に気付かないとでも思っていたの?良いよ、嘘をついた沢山の理由から、一つだけ言い当ててあげる。
「嘘つき。どうせ、魔法を使えない自分が一緒に居て、僕が恥ずかしい思いをしないかって思ってるんでしょ?」
キリーは目をぱちりと大きく見開いて、困ったね、と笑った。
ほら、キリーはいつも僕を最優先にして自分の気持ちに嘘をつく。それが嬉しくもあるのだけれど、キリーは僕を最優先しすぎてたまに僕の喜ぶことまで取り上げようとするのだ。
僕はキリーと出来るだけ一緒に居たいんだって、どうして分からないのだろう。
ホグワーツ魔法学校だって、家から通えたらいいと思うほどに一緒に居たいのに。
「それでは、ご一緒させてもらおうかな」
キリーはにこりと笑って、荷物をしっかりと持って、僕の背に手を添える。
柱に進む。中に入る寸前、キリーは一旦止まって何処かに顔を向けた。そこには僕と同じように、両親に囲まれてうろうろしている大きな荷物を持った子供。
キリーは小さく手を振って、それから行こう。と言った。
本当にお人好しだよね。他人だって僕達みたいに入り口を探すのに苦労すれば良いだけなのに、頑張って見つけた入り口を他の人に教えるんだから救えないよ。
まぁ、そんなところも気に入っているんだけどね。
「さて、行こう」
「うん」
キリーの服を少し掴んで、レンガの柱に衝突する覚悟を持って突っ込む。
抜ける瞬間やっぱり怖くて目を閉じたのだけれど、まるで掌くらいの厚みの冷たい空気の層を抜けるような感覚だった。すぐにパッと目を開くと、その中にはまた駅のホームがあった。しかも、人でごった返している。
「うわぁ」
「駅の中に駅があるのか。興味深い現象だね」
キリーは僕を連れて少し横に移動する。そうか、ここが入り口ならすぐに次の人が入ってくるんだった。
「それにしても、皆見事にローブを羽織っているね。トムも羽織ったほうが良いんじゃないかな?」
「そうするよ」
キリーが肩から下げた大きなバッグからローブを出してくる。小さなトランクと交換でそれを受け取って、羽織ってから周囲を見回す。皆親子で来ていて、見送られている。
ほら、キリーに来てもらって正解だった。
「列車がもう来ているけれど、席は空いているのかな?」
「どうだろうね。指定席ではないけど、皆乗るって分かっているんだから流石に立って乗るっていうのはないでしょ」
「そうだと良いけれど」
そんなに心配しなくたって大丈夫だよ。僕は社交性が高いんだからキリーが心配するようなことにはならないよ。
人を上手く操って、席を譲ってもらえば良いだけなんだから。
「トム、体調管理をしっかりね」
「分かっているよ」
「気が向いたら連絡を頂戴」
「勿論。ふくろうで届けるよ」
「私も返事を書くね。来た梟に持たせればいいのかな?」
「そうなんじゃない?僕も分からないや」
まぁ、返事が来なくても僕は手紙を書き続けるけど。キリーが僕の手紙を読まないなんてありえないって知っているし、返事をしないのもありえないって知っている。
それなのに返事が来ないのは、ふくろうに手紙を持たせる方法が分からないとか、そういった、出したくても出せない状況だからだって分かっている。
だから、別に心配なんてしていない。
ただ最近はイギリスも治安が悪いって聞くから、何かあったのではないかという心配は、少しばかりあるかもしれないけれど。
「トム」
キリーが少ししゃがむ。僕は目を閉じて、少し顔を上にあげた。
前髪を丁寧に梳いて上げて、露わになった額に感じる柔らかなぬくもり。
「貴方に幸せが降り注ぎますように」
瞼を少し上げると、近くにキリーの穏やかな表情。これが、きっと母親という存在なのだろう。心の中が、とてもあたたかい。
「さ、いってらっしゃい」
「いってきます」
掴んでいたキリーの服を手放す。僕はもう11歳だ。
ずっとキリーに甘えてはいられない。それは分かっている。だから、ホグワーツでの生活で僕は一人前になるのだ。一人前になってキリーの前に戻って、そしてキリーに僕を認めさせる。
汽車に乗って、四人掛けの個室の部屋に空いている席を見つける。同い年くらいだろう二人が窓側の席に座っていたので笑顔で声をかけたら、窓際が良いとも言っていないのに、喜んで窓際の席を譲ってくれた。
「君はマグル出身?」
「そうなんだ。だから魔法界について何にも知らないんだ。良かったら、教えてくれるかな?」
「勿論!僕はエイブリー。この人は僕たちの先輩でアブラクサス」
「エイブリー、マグル出身なんかと……」
「僕はトム・マールヴォロ・リドル。リドルって呼んでくれると嬉しいな。よろしくね、アブラクサス先輩、エイブリー」
孤児出身だと言うだけで偏見があるのが人間社会だ。魔法界なら、魔法使い以外の世界から来た僕は偏見の対象だろう。
今更マグル出身だからと偏見を受けても、そんなのは予想の範囲内だ。気にもならない。
入学して早々はただ、敵を作らないように人当たり良くしていればいい。
キリーが心配しない生活をするためにも、ね。
えふ様
えふ様、この度は「リドルがホグワーツに行く日」をリクエストいただき、本当にありがとう御座います!リドルを見送る人がいる。という原作ではなかっただろう空間を想像して書くのはとても楽しかったです。ありがとうございます!
それにしても、リドルとキリーがキングスクロス駅に行く時は、一般人のふりをするために(住居がロンドンだと、患者がいるのでコートは着られてもローブを着て闊歩はしづらい)至って普通の格好だと思っています。
9と3/4番線を探して駅構内をうろうろするのも、柱を抜けるのも一緒、というのはこの物語のリドルにとっては当たり前ですが、原作リドルが渇望したものではないかなと思ったり……駅のホームで、親が子供との別れをハグしたりしているシーンが原作にもありましたから。
ほのぼのした二人を書けて、本当に楽しかったです。
本当に、リクエストを有難うございました!
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