ハリポタ 人を愛した死神 | ナノ
act.07 不安
空が暗くなってどれくらい経っただろう。リビングでうつらうつらとしていると玄関の鍵が開く音がして、次いで、キリーの暢気なただいまーという声。
「おかえり」
「ただいま、トム。良い子にしていたかな?」
「僕はいつだって良い子だよ」
「それはそれは」
よしよし、と言って頭を撫でるキリー。ご褒美のつもりだろうか?
子供扱いなんて、冗談じゃないよ。
「気安く頭を撫でないでよ」
「トムの頭はまるっとしていて良い形だね」
聞いちゃいない。
腹立ちついでにキリーの手を退かせば、ああ手を洗っていなかったごめんね、と言ってきて。
そういう意味で手を払った訳では、ないのだけれど。なんで分からないかな。
手を洗ってから冷蔵庫を開けて、夕飯が無くなっているのを確認するのはキリーの日常のひとコマなのだろう。その証拠に、テーブルの上にお皿があるのにキリーは当たり前のように冷蔵庫を開けた。
手を洗うのと同じ感覚なのかもしれない。どうでも良いけど。
「今日は遅かったね」
時計を見ると、短い針が左横を向いている。いつもはもっと左下を向いた頃に帰ってきていたのに、仕事が忙しい、というやつなのだろうか。
キリーは寂しかった?と訊いてくる。
「全然」
答えなんて分かりきっているくせに訊くのは馬鹿だと思う。
それとも、僕が寂しいと言うと思ったのだろうか?
「相変わらず嘘吐きなお口だね。でもそこも可愛いよ」
キリーは笑って言った。
孤児院で馬鹿には何を言っても駄目だと大人が言っていたけれど、キリーも何を言っても駄目だ。
帰ってくるのが遅かったからお風呂にすぐに入って、早く寝ようねと言ってくる。
「子供は早く寝ないと…とは言ってもトムを起こしていたのは私か」
自分で自分につっこんで、キリーはお風呂の準備に走った。
人を愛した死神
act.07 不安
キリーは僕の髪を乾かして、寝かせようと三階へ行く。いつも通り、キリーは僕を部屋に送り届けるつもりみたいだ。
別に居なくなったりしないのに、おかしな奴。
ベッドに潜り込んだ僕の髪を撫でるキリーは、本当に僕の頭の形が好きなのかもしれない。何かにつけて僕の頭を撫でてくるのだ。
枕に預けた頭。見える世界は初めてここに来た時と若干変わっている。変わったと言っても、メモ帳が吊されていた紐が消えて、白熱電球に笠が付いただけなのだけれども。
キリーはおやすみ、と言っていつも通り僕の前髪を梳いておでこにキスをする。
本当に、スキンシップが多い。
「明かりを消すよ」
「キリー」
「何?」
口を開きかけて、やっぱり何でもないと口を閉ざす。柔らかくて気持ちが良いベッドに僕は眠っているけれど、キリーは何処で寝ているの?そんな質問をしたら、僕に不利益があるに違いない。
だって、きっとこのベッドがキリーの寝床だったはずなのに、僕が来たからキリーは僕に譲っている。
それを僕が訊いたところでどうにかなる事ではないのだから、訊かないほうが良い。訊いた時に、もしかしたら僕がこのベッドから追い出されるかもしれないのだから。
キリーは部屋の照明を消さずに僕の枕元に来て、床に膝を付いたのだろう、僕と似た目線の高さになる。
「どうしたの?」
「何でもないってば」
「何でも無くはないでしょう。まさか誰か家に来た?」
そういえば泥棒がいると朝にキリーが言っていた。ここは色々な家が並ぶ住宅街だ。その中でピンポイントにこの家を狙って泥棒が襲ってくるとは思えないけれど、キリーが気にするくらいここは泥棒が多いのだろうか。
キリーは何も気にしてなさそうだったけれど、やはり内心では泥棒を気にしていたのかもしれない。
「誰も来なかったよ」
キリーは僕の髪を梳きながら、そう、とだけ言った。
その表情は笑顔で、安心しているみたいだ。
キリーはおやすみなさい、と再度言って照明を消して寝室から出ていった。
柔らかいベッドに横になって、毛布にくるまる。
心地よい。
僕は眠るまでのこの時間が好きだ。
翌朝もキリーは働いている病院へ向かって、夜に帰ってきた。夜と言っても、昨日に比べてかなり早い時間に、相変わらず暢気な声でただいまーと言ってキリーは帰ってきたのだけれど。
「ただいまトム、今日も良い子にしていたかな?」
「今日は早いね」
キリーのただいまの挨拶を無視して率直な意見を伝える。
時計を見ると、短い針が下を向いている。いつもはもっと左を向いてから帰ってきていたのに、随分と早いじゃないか。
キリーは嬉しい?と訊いてくる。
「全然」
昨日と同じ返事をすれば、キリーはおやおやと言いながら笑顔。テーブルの上に食べかけのお皿があるのに、手を洗ったキリーは冷蔵庫の中をやっぱり確認している。
本当に癖なんだね。
キリーは僕の前の席に腰掛けて、にっこり笑顔。
「なに?」
「美味しい?」
テーブルにある皿の上には、キリーが朝に作り置きしていた僕の夕飯。孤児院で出される物に比べたらとても美味しい。
「普通」
美味しいと思っているのに、口から出るのはそんな言葉だけなのに、それでもキリーは満足気だから料理が苦手だったのかなと思った。
キリーは僕が食べている間、明日の天気とか、買ったカチューシャは着けているのかとか、僕の前髪を次の休日に切ろうとか、休日の天気とか、とにかく話題がつきないようでひたすら口を動かしている。
「天気が良かったら庭に出て、トムの前髪を切ろうね。青空の下で切るのはきっと素敵だよ」
「僕は前髪を切ると言ってないよ」
「でもカチューシャを使った痕跡が無いね」
僕の前髪が長いと、遠回しに言ってくる。
うるさいなと言っても、キリーはニコニコ笑うだけ。
本気でキリーは休日に僕の髪を切るつもりみたいだ。冗談じゃないよ。僕は絶対に切らないからね。
こんな紅い瞳、気持ち悪がられるに決まってるんだから晒したくない。
あんな気持ち悪い物を見る目を四六時中向けられるのは嫌だ。
そんな気持ちを知らないキリーは休日が晴れてくれたら良いね、と言った後、そうだった、と言う。
「ねぇトム。トムが良ければ、ここで生活をしない?」
いきなりの言葉に頭が追いつかず、なんて言った?と問えば、だからここで一緒に生活するのはどう?と問うてくる。その言葉は、僕にとって願ってもないものだった。
キリーの家を追い出されても行く場所が無いから、ここに置いてもらえるのは正直助かるけれど、キリーは利益が何もない。利益もないのに、この数週間キリーは僕を置いて衣食住を賄っていた。
そのまま、やっぱり利益が無いのにキリーはここに居ないかと言っている。
「……」
僕の沈黙に対してキリーは笑顔のままだった。けれど長い沈黙にしびれを切らしたようで、まだ決められないよね、と笑顔のまま言ってキリーはテーブルの上に置いていた僕の手を握る。
「トムが居たいだけ居てくれれば良い。でも、ここに居る事を義務としなくていいから」
ね?と笑って、一度僕の手をぎゅっと握るとキリーは手を離した。
「さて、お風呂を入れてくるよ」
キリーが席を立つと、木製の椅子が少し軋んだ音を奏でた。
それから、戻ってきたキリーはまたくだらない話をして、お風呂から上がれば僕の髪を乾かして、おやすみを言っておでこにキスをして、寝室の電気を消して出ていった。
いつも通りのキリー。そんなキリーが何を考えているのか分からない。
僕に何を見返りで求めているのだろう?何も返せない、何の力もない僕に、何を必要とするのか。
分からない。
キリーが分からない。
昨日安心して寝ていた温かくて柔らかい寝床が、今日は寒くて違和感しか与えてくれなかった。
翌朝のキリーも、本当にいつも通りで、何も変化は無かった。僕が朝食を食べている時に新聞を読んで、行ってきますと言って、ただいまと暢気に帰ってくる。
勿論昼と夜の僕の食べ物も用意されている状態だ。
次の日も、
「行ってきます」
「いってらっしゃい」
「誰が来ても開けちゃ駄目だよ?」
「分かってるよ」
キリーは行ってきますともう一度言って、僕の頬にキスをした。
僕は恥ずかしさより、胸にジクジクくる気持ち悪さに、顔をしかめた。
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