ハリポタ 人を愛した死神 | ナノ
act.24 スーツ
休みの日、トムの服を仕立てる為に専門店へと足を運んだ。
ここの服を着ていると落とされにくいという本当か疑わしい情報から選んだ専門店は、やはりと言うか、敷居の高い空間だった。
成る程、同僚はこういう店で服を仕立てているのかと情報源の男を思い出しながら、トムを店内へ促す。
一通り教えた作法から、店に入る前に脱帽したトムは顔を上げて入店する。店先から差し込む光がトムを逆光で照らしているから瞳の色を気にしなくても良いと分かったのかもしれない。
「ようこそお越しくださいました、ウェストン様」
同僚からの紹介であることは先に同僚が伝えておいてくれていた為に、話は随分とスムーズに進む。
「この子のスーツを作ってください」
「生地は如何なさいますか?」
学校名と面接を目的としている事を伝えれば、畏まりました。の一言。やはり学校毎に好まれる傾向というのがあるのだと、ここに来て漸く理解する。
お母様もご一緒にお召し物を用意された方が良いかと、という一言で、私も買うことになった。
親も揃えたほうがいいというのは知らなかった。リサーチ不足だ。やはり興味関心が今まで無くて、ろくに知りもしなかった世界に足を踏み入れるなら、周りに話を振って知識を得なければならない。出勤した時には、また同僚たちに話題を振ってみよう。帰宅前に捕まえられたらいいけれど、話をするにはやはり昼食時だろうか。そうなると、食事を摂らなければならなくなるけれど、情報を得るためならそれくらいの苦労はしなければならないのだろう、致し方ない。
「トムのスーツの詳細はトムが選んで決めれば良いよ。トムが着るのだから」
「うん、分かった」
奥へと案内されるトムに手を振って、私は別の部屋へと案内される。採寸して、つけるボタンや襟の形等を選ぶ事となったが、拘りがない分、店員のお勧めをチョイスしていく形となった。
私は随分早く終わったのだろう、部屋から出た時にトムはまだおらず、店内にあるソファに腰を下ろせば紅茶が置かれた。
会釈をして、湯気が立ち上る様を眺める。ソーサに包装された四角い砂糖が添えられている。甘さはご自由に、と言う事か。
先ほど入った採寸部屋にはシャンデリアがあり、トムが連れていかれた部屋にもあるだろう。あの子の瞳を見て、店員が顔を歪めなければ良いのだけれど。
同じ部屋で採寸して貰えばいいのではと考えたけれど、親と子であれ性別は違う。こういう格式高い店で異性を同室で採寸はありえないだろう。
瞳の色に触れられて、あの子の心に暗い影が落ちないことを願う。どうか、この不安が杞憂であれば良い。
紅茶から湯気が上がらなくなる頃になっても騒ぐ音は聞こえないので、淡々と進んでいるのだと期待して良いのだろうか?
「奥様、お待たせ致しました」
奥様、という単語に数拍の間の後、私の事かと気付いてハッとする。そうか、子供がいるのだから奥様と呼ばれて違和感を感じてはいけないのか。トムも個室から出てきて、決まったよ、と一言。その表情は随分と晴れやかで、様々な憶測が杞憂で終わってくれたのだと理解する。
本当に、良かった。
出来上がりの日数を確認して、店を後にする。
「さて、スーツは終わったね。この後は……まずはランチかな?」
帽子を被ったトムがそうだね、と呟いた。
「何が食べたい?」
「うーん。何だろう。魚介が良い」
魚、貝、では無く、魚介という単語を使ってみせるトムに、擽ったさを感じる。この子は今、急成長の最中なのだ。わざと難しい語彙を使って表現して、面接に備えようとしている。
「ではあそこのお店に行こう。同僚の中で人気のお店なんだよ」
最近は外食の率が増えると思って、今まで他人と話もしなかったレストランやカフェの情報を率先して行い、収集するようにしている。
周りからは味音痴で食に興味が無いと判断されていたので何事かと騒がれたが、子供を引き取ったと言えば、君の味覚を引き継がせるのは可哀想だと美味しいとされる店を幾つか教えてもらえた。はたから聞けば随分と失礼な話だが、事実だから仕方がない。
トムは新しいレストランに気を良くしたのか大きく頷いて、早く!と急かしてきた。
ウェイターに案内された席に座り、出来るだけ量が少ない物を選んで、胃に落とし込む。
トムは私が見ているところでは、食事の時は随分と嬉しそうだ。きっと食べる事が好きなのだろう。
けれど、私がいない平日の昼間はどうなのだろうか?
冷めた食事を前にして、美味しい、と思えるのだろうか。
学校は学び舎であり、学問や規律を学んで友を得る場所であるけれど、食事も大切だ。
やはり、学校には通って欲しい。
「キリー」
「何?」
「キリーが何考えてるか分かんないけど、僕は学校、受かる気だから安心してよ」
どこから出てくる自信に裏付けされているのか理解は出来ないけれど、トムが行きたくないと思いながら受けるのではなく、受かるつもり、つまり学校に通うつもりで受けるのだという気持ちが伝わってきて胸をなで下ろす。
「では、一緒に受かるための準備をしようね」
「勿論。キリーがヘマしないように僕が見ていてあげる」
「それは心強いね」
強がりはいつものこと。自信があるのかないのか、それはトムにしか分からないけれど、それでもトムが元気そうにしてくれているなら問題ない。受験を前に意気消沈されては、受かるものも受からなくなってしまう。
見掛け倒しの自信も、はったりをかけるには十分使えるのだ。
「では今度、家庭教師を招いて練習をしよう。部屋の外で待つ所からマナーチェックは始まっていると言うからね」
「ええっ、家庭教師?聞いてないんだけど」
「言わなかったっけ?オススメの家庭教師を紹介されてね、その人にお願いしたら即日OKをもらえたんだよ。最初は私がいる日に限るけれど、勉強と面接の両方を見てもらうよ。まぁ今日帰って私との面談練習をして、その後はその人を交えてやろう」
トムは自分の了承なしに事が進んでいるのが気に入らなかったのだろう、不機嫌を隠しもしない。感情のままに表現できるのはいい事だと笑えば、より一層嫌そうな顔をされた。
「私はただの医者だからね、面接官が考える質問を予測出来ないから、そういうのは専門の人に頼るのが一番なんだよ。それに私も質問されるから、それの受け答えを覚えなければならないし」
「面接って、質問が決まってるの?」
「おおよそね。質問に対する受け答えも決まってるんだよ。だから私の知識では太刀打ちできないんだよ。専門の人に頼らないと。ね?」
納得したくないという気持ちがまだあるのだろう、口をへの字にして、デモデモダッテ、と反論する言葉を探している。しかし今回は問題を提示して、解決策を話したから反論するところが見つからないのだろう、口を閉ざしてしまった。
「私のための家庭教師でもあるんだから、今回は折れてね」
「キリーがヘマしないための教師って事?」
「そういう事。私も面談なんて初めてだから、人並みにお勉強しなければならないんだよ」
「じゃあキリーがいる時だけその人はいるんだね?」
「うん。そうだよ。ただ、勉強の出来次第では私が仕事の時にもきてもらうかな」
「だから、勉強は自分で出来るって」
信用できないのか、この僕を!とでも言うかのように、噛みつくような表情に思わず笑ってしまう。子供というのは本当に面白い生き物だ。言葉を交わして意思疎通も出来るのに、大人のように感情を隠しこんだりはしない。いつも全力でぶつかってきてくれる。それが面白い。
食後のデザートも平らげたトムに、帰ったら面接練習ね、と再度言うとしつこいと返される。
この反発する性格は、生まれつきなのかな、と思った。
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