ハリポタ 人を愛した死神 | ナノ
act.23 学習
仕事帰りに本屋に寄って、再度学校の情報を得る。こちらの条件を伝えれば、最初にそれを言えば良かったのに、何で君は無駄足をしたんだい?と珍しがられた。
一人であれば、すべて自分の考えで動けるから無駄足を踏むことはまずない。けれど、今は二人なのだ。しかも一人は子供。そして私も学校に関しての情報はゼロから始まったので、無駄足を踏んでしまうのは致し方ないのだ。
店主と話し、すぐに教えられた学校とアポイントメントを取り、自分の足で校門をくぐり、事情を含め説明をして編入をお願いする。
学校側は『孤児』であったという事と、私が未婚(片親)である事を理由に一般家庭ではない事を悟ったのだろう、難色を示した。覚悟していたことなので私はさほど気にならなかったが、今後トムをそういう目で見る人が世に溢れているのかと思うと、気が滅入った。
尤も、気が滅入ったからと言って学校探しを辞めるわけにはいかないのだけれど。風当たりがキツくても、生きていくためには向かい風でも進まなければならない事はたくさんある。
話を聞かない相手であれ、何度も足を運べば、相手も人間なので情が沸くのだろう、しぶしぶと言ったかたちではあるけれど、編入試験を受けることを許可してくれた。これで受験の切符は手にすることが出来た。
しかし、提示された受けるまでの期間は、そう長くなかった。期の最中でも編入は出来ますから、それにわざわざ二学年に上がる時に入学しなくてもクラスには馴染めますよ。という言葉に反論出来なかった私の落ち度だろう。
今までも夜に勉強を教えるようにしていたが、本格的に時間が無くなったのだと理解した。
人を愛した死神
act.23 学習
「トム、前に話していた学校、此処から通学は徒歩圏内だよ。学校水準……環境は良いほうで、その分入学試験は厳しいから急ぎで悪いけど、家庭教師をつけよう」
「いらない」
家庭教師なんていらない。自分一人で出来る。そう豪語してみせるトムに、ほんの少し頭が痛くなった。何処からその自信は出てくるのだろう。世間知らずにも程がある。
学校側は『編入試験を受けさせる』事を承諾しただけであり、『入学を許可』するつもりはないのかもしれない。トムの学力、対応力に一つでも問題があれば、それを理由に試験を落としてくるだろう。
世界とは、世知辛いのだ。
特に、一度でも“普通”から外れてしまうと、なかなか普通には戻れない。
その点、我々は何処までもイレギュラーだ。未婚で親になった女と、元孤児。なかなかに居ない組み合わせだし、且つ、トムは最初から学校に通わずに今更の編入だ。
「トム、私だけでは力不足で、入学試験で落とされてしまうかもしれないんだよ?」
「僕を馬鹿にしているの?落とされるようなヘマはしないよ」
本当に、何処からその自信は来るのか。申し訳ないけれど明日から課題を厳しくして、解けない、理解出来ない、という経験をさせてその自信をへし折らせてもらうしかないようだ。
あまり子供の心を挫く事はしたくなかったのだけれども、致し方ない。
「そうまで言うなら、目標の学校も決まった事だし、出てくる問題までレベルを上げさせてもらうよ」
「どういうこと?」
「今やっている内容より、余程難しい問題が出てくるという事だよ。だから、その問題のレベルに到達しなくてはならないのだけれど、今のトムはそのレベルに達していないから、急いでそこまで到達しなくてはならない」
「そのレベルまで僕が解ければ問題ないっていう事でしょ?……分かった、やるよ」
あっさりと受け入れるけれど、教える人が居ない中、教科書を読むだけでそんなに理解出来るのだろうか?文字を覚えたばかりのトムだ。単語は話せても筆記は苦手で、文法も時折誤る。
この数日で自学自習の能力を図って、家庭教師を雇おう。
「どう?」
この数日、夜に見せられた勉強結果はなかなかどうして、しっかりと解けていた。唯一の問題は国語という、言語に関する勉強だろう。
算数や社会、理科といったものは暗記や数式の記憶だから出来るのだろうけれど、国語というのは話し言葉で常に変動する。現在、過去、未来、等の時間軸の話は特に子供にとっては難しいだろう。
まして、最近本を読み始めたばかりのトムに、この文章から推測するこの人の気持ちを答えなさい。という問題は難しいかもしれない。
「国語を強化すればどうにかなりそうだね。後は面接の練習かな」
「めんせつ?」
「あれ?言っていなかったかな?教師四人と、私とトムで面接をするんだよ。トムの趣味、性格を訊いて、この学校に相応しいかどうかを確認するんだよ。まぁ、私も見られるんだけどね。この親はどういう教育方針か、とか、家庭環境は良好か、といったのをチェックするんだって」
「うわぁ、面倒くさい」
「仕方ないよ。そういうところは私達ではどうしようも出来ないのだから」
というわけで、今度の休みは模擬練習をしよう。そう言うと、キリー相手に面接やっても笑いそう。と返される。慣れ親しんだ私が真面目な顔でトムを見ても不自然で笑いそうになるのは分かるけれど、少し失礼だ。
私が厳しく対応したら、きっとトムは慌てふためくに違いない。……この子は肝が据わっているから、慌てないか。
「それなら、私の同僚に手伝ってもらおうか?」
「え?」
「初対面の大人に対して、対処出来るかを確認する良い機会でしょう?」
「でも、え、ちょっと待ってよ。最初に、キリーとだけの面接練習にして!僕は面接なんてやったことないんだから、いきなりそんな事されたら、失敗しちゃうよ」
随分と冷静な判断だ。追い込まれた状況でも情報を整理して、自分の求める回答を一生懸命に語る事が出来ている。
面接の事を思えば、今の回答は良いものだった。とはいえ、口調は丁寧語でもなければ、幾分片言なのだけれども。もう少し頭の中を整理してから話したほうが良い。
「では、今度の休みにやろう。面接用に服も用意しなければならないから、まずは服を作りに行かないと」
「服?」
「そう、正装。身に着ける物によって人は気分が変わるからね」
トムは目をパチパチと瞬かせて、沢山の情報に追いつけないのだろう、首を捻った。
「ええっと……」
「まず、家庭教師は雇わない。それから、今度の休み、午前中に服を作りに行って、その後私と面接練習」
「うん。分かった」
頷くトムに、今が正念場だから、と心の中で呟く。
今まで勉強と無縁だったトムには、つらい生活になっているだろう。ストレスも溜まっているに違いない。それなのに、時間が無いからと息抜きの時間が取れないのだから、心のケアは特に注意しなければならないだろう。
今のところ、トムの態度や口調から見るに、ストレスはそんなに溜まってはいないようだ。
食事も残したり、足りなくてお菓子を多く食べている様子でもない。
「あと少し、頑張ろうね」
「せいぜい僕の足を引っ張らないようにしてね、キリー」
キリー。と言われてそうだった、と気が付く。仮にも、面接の最中に私を名前で呼ぶのはアウトだ。『お母さん』が正しい。
尤も、それを言うのは面接でトムが私を「キリー」と呼んだ時なので、今から言うつもりはない。トムは安心しているのかなんなのか、ほう、と息を吐いて、それから私をまっすぐに見てきた。
さっきまでとは打って変わって、深刻そうな表情を浮かべている。今になって急に不安が押し寄せてきたのかもしれない。
大丈夫?どうしたの?と私から問えばいいのか、それとも自分から口を開くかで、少し間を取ってしまった。
「ねぇキリー。一個だけ、聞いていい?」
自分から口を開くトムに、内心で息を吐く。もし質問する機会を逃して私には悩みを打ち明けられなくなってしまったらどうしようかと考えたけれど、杞憂だったようだ。
「何個でもどうぞ」
正面に座ったトムと見つめ合う。
トムの瞳は相変わらず紅色で、とても綺麗だ。胸元を見ないようにしていても自然に目が行ってしまって、お腹が空くな、と思ってしまう己の本能が嫌で仕方ない。
「僕が学校に行ったら、キリーは嬉しい?」
「う〜ん。嬉しい、と言うよりも、私の中でトムくらいの年齢は学校に行くのが当然っていう考えだから、行かない状況のままにするのに不安がある、と言ったほうが良いのかもしれないね。学校に行かない結果、未来の選択肢が狭まる事態が発生したら、トムが困る事になるからね。それは避けたいな」
「ふうん……」
「知識は生きる手助けをしてくれるから、学校は行ったほうが良い場所だよ。それに、トムの世界が私と二人きりのこの空間で閉鎖されてしまうのはあまり良くないから、私は学校に行って欲しいと思っているよ。ただ、行ってみて嫌だったら、辞めても良いと思ってる。知識は自学自習でも、家庭教師を雇う事でも身につけられるからね。学校に行く事がすべてではないんだよ」
選択肢は沢山あるのだ。一本の太い道が「普通」と言われる学校への進学であっても、道は一本道ではない。たくさんの枝があるし、太い道も沢山あるのだ。
それだけは、トムの頭の片隅にでも入れておいてほしい。そうでなければ、トムが行き詰った時の逃げ道がなくなってしまう。
「分かってるよ」
トムは頷いて、ほら早くここ教えてよ、と言ってくれた。勉強への欲求は人一倍あるから苦痛ではないようだ。それだけは、安心できる。後は学校特有の集団生活への不安が杞憂となれば良い。
トムの瞳を見て、どうか杞憂であって欲しいと願った。
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