ハリポタ 人を愛した死神 | ナノ
act.20 散髪
夕食を一緒に摂って、トムがお風呂から上がったら飲み物を渡して、私がお風呂から上がってから髪の乾き具合を確認して、長い前髪を掻き上げて額におやすみのキスをする。
今まではいつか終わるのだという漠然とした寂しさを感じながら行っていた行為であるけれど、たった一枚の紙によって、トムが嫌がらない限りはずっと続けられるのかと思うと、多幸さに胸がむず痒くなる。
怪物の私が、餌である人間にこんなにも食欲以外を満たされいるのは、不思議な感覚だ。
昨日もあまり寝付きは良くなかったし今朝も早かった。体は疲れて眠りたいと訴えてきているけれど、食事を摂ったせいで内臓の不調もあるために眠る気にはならない。
あまり働かない頭でやる事ではないけれど、持って帰ってきた書類を広げる。広げると言っても、一枚はトムの出生とその後の経過。もう一枚は健康診断結果。最後にトムの金額を記載した紙という、たった三枚で構成されている。
まだ6歳の子であるから記載することは少ないとしても、病院にかかる子供のカルテよりも枚数が無いそれに事務的な事しか書かれていないのだろうと悟った。
トムの過去を勝手に覗き見る行為に罪悪感を覚えたが、養母という立場を理由に書類に目を通す。トムの母親が臨月で孤児院を訪ねてきて、産んだ後に名前を付けて亡くなった事等が淡々と数行で書かれていた。トムの本名は新聞の尋ね人の欄で知ったのだが、トムと言う名前だけでなく、ミドルネームにマールヴォロ、ファミリーネームにリドルがある。トムとリドルは父親の名前が由来なようだ。
母親の死があるため、真実かは分からないけれど、父親の名前がトム・リドルならば父親の足取りを辿れるかもしれない。尤も、臨月の女性が真冬に逃げだすような男の事を辿るつもりはさらさらないけれど。
残りの数行には、トムがあたかも魔法使いやマジシャンであるような記載が多い。まるで百年前の人間の知能だ。今の世の中、科学が発達したおかげでそんな考えを持つ人は少ないのに、田舎で情報が入らないというのはそれだけで罪を生み出す。
もしも出生とその後のトムの経過観察の紙が別々にあれば、後者は迷わず暖炉に焼べてやるのだけれども、残念なことに一枚の紙に書かれているので炭にすることも出来ない。
健康診断結果は簡易的な物だったので、金額の書いた紙と一緒に暖炉で爆ぜる薪の上に投げ入れる。
安い紙は炎に飲まれてあっという間に黒くなり、燃えカスとなって薪の間に落ちていった。
残された一枚を書棚の奥に隠す。いつか、必要な時に見せるとしよう。
ベッドの代用品であるソファに横になる。トムに見られて困る物は見える範囲にはないし、戸締りはしっかりした。万が一強盗のように来られたとしても一階に私が居るからいち早く気付けるし、対処出来る。
こういう時に、死なない体は便利だと思う。
痛いし、死んだ後いつ息を吹き返すか分からないのが問題ではあるけれど、それでも死んでも護るを地で行けるのだから随分都合が良い体だ。
翌朝、いつもの時間より遅く起きてしまって、トムの朝食を思ってすぐに二階に行くけれど、そこにトムの姿はなかった。
まだ寝ているのかもしれないと思い、三階の部屋を開けるとそこは薄暗くて、ベッドは人の存在を主張するように盛り上がっていた。良かった、まだ寝ている。昨日眠れなかったのを思えば、今日寝坊するのは至って自然な事だ。
扉を静かに閉めて、階段の踊り場にある窓を開ける。夜中に小雨が降ったのだろう、地面が濡れているようで、色を変えていた。
それでも空は晴天で、今日はもう傘の心配は不要だろう。出かけるには絶好の日和だ。
そう言えば、時々自分の前髪を切るのに使用している、随分前から所持している鋏は三階の納戸の中だ。錆びていないのは確かであるし、三階にいる今出しても良いけれど、隣の部屋で寝ているトムを起こすのも忍びない。トムが起きてから取るとしよう。
カットクロスはずっと使わないままにタンスの肥やしになっているから、到底使えた物ではないだろう。代用品を考えておかなければならない。
一階に戻って、ポストから新聞を取って二階へ向かう。遮光カーテンを開けて、換気の為にも窓を開けて、窓辺のソファに腰かけて新聞を広げる。内容はどれも陰鬱な内容ばかりで、世界情勢がますます悪化しているのを知らせてくる。
文明が進化して生活が豊かになり、その分人が平和に過ごせるのかと思っていたけれど、そんなことはない。弓や槍で戦っていれば良かったのに。知恵の果実も、食べすぎると腹を壊すのだろう。
一通り読み終えると、欠伸が出た。
流石に睡眠時間が短かったようで、ソファに座ったままでは深く寝入ってしまいそうだ。せめて仮眠にしようと、テーブルの椅子に移動する。目を閉じて、背中に感じる暖炉の熱に心地良さを感じた。
上の階から人の生活音が聞こえて目を覚ます。時計を見れば約一時間。トムも随分と寝坊したようだ。起きたてでしっかり食べるトムの事を考えて、朝食の準備に取り掛かる。トイレに行った後、着替えるために一度自室へ戻るトムの行動を知っているから、それに合わせてチーズ入りオムレツ、ベーコン、トーストにサラダ、フルーツを準備する。
階段を軽快な足取りで降りてきたトムは、リビングを覗き込んで台所にいる私におはよう、と言って、大きく口を開けて欠伸をした。まだ寝足りなかったようだ。
「おはよう、トム。顔を洗っておいで」
「ん……」
リビングに足を踏み入れずに、また姿を消す。そのうちにカリカリになったベーコンを皿に盛り付けて、オムレツも乗せる。トースターから飛び出したパンも置いて、見た目上色合いも問題ない食品が仕上がる。
顔を洗ってすっきりしたトムが自分の席に腰かけて、朝食を食べ始める。寝坊したという自覚があるのか、私に朝食をもう食べたのかという恒例の質問はしてこなかった。
トムが食事を終えるまで、もう読み終えた新聞紙を再度広げて目を滑らせる。
「ねぇキリー」
「何?」
「僕の前髪、やっぱり切らなきゃ駄目?」
そこまで思いつめた表情で言われては、切らなくて良いよと言いたくなってしまう。しかしここで折れてはならないのだ。前髪が長いままでは、トムは永遠に瞳を隠すもの、つまりコンプレックスとしてしまう。それは避けたい。
「私は隠す必要はないと思うよ?」
「でも、靴屋のお爺さんだって僕の目を見たら怖がったじゃないか。今までだって、ずっとそうだった」
「私は怖がらないよ?」
「それはキリーが医者で、僕みたいな人がいるって知っているからだろう?」
「そうだね。でも、それを言うならトム、トムはずっと目を隠して生活をするのかな?」
「それは……」
「私が一緒に居られる時期に、瞳を出して生活する事に慣れたほうが良いと思うよ」
場合によっては数ヶ月後には学校に行くのだ。その時に前髪を長くしていたら、いじめの対象になるかもしれない。
隠すからこそ弄られるというのもあるのだから、隠さず堂々としているほうが良いと思う。そして堂々とするためにも、瞳を隠さない生活に慣れることが大切なのだ。
トムはパッと顔を上げた。その表情には、驚き。それから口がわなわなとして、目が吊り上がった。私は何か失言をしただろうか?
「なにそれ……」
怒りに震える声。きっと自分の感情を抑えられないのだろう、トムは目を真っ赤に染めて、私を睨む。
「一緒に居られない時期があるってこと?」
「だってトムも学校には通わなくてはならないでしょう?」
「がっこう?」
怒りの表情がまた驚きに変わる。表情がころころ変わるトムに、私の発言が問題だったのだと理解した。
「もう少し経ってから話そうと思っていたのだけれど、トムは年齢的に本当ならば学校に通っているべきなんだよ」
「がっこう……」
「単語は知っているみたいだね。学校っていうのは私が一緒についていけない場所で、年の近い子が一つの建物に集まって、勉強と規律と、それから集団生活、人との関わりを身に着ける場所だよ。ここまでは何となく想像出来る?」
「……まあ、少しは」
難しい説明だろうか。学校というものを知らない子供に、学校を説明するのは難しい。まして、孤児院と似たような空間を想像させてもならないのだから、説明する言葉も限られてしまう。
さて、ここから前髪にどうやって結びつけようか。
私が子供の頃は髪型や服装といった『手入れをすればどうにかなる見た目』を理由にいじめられていた子供がいたし、前髪が長い子供は先生に散髪してもらっていた。さて、どっちを理由に説明したらいいだろう。いじめの話は学校に対するマイナスイメージになりかねない。ここは、後者で説明をしよう。
「前髪が長いと勉強するのに邪魔だから切りましょうって先生……先生っていうのは勉強を教えてくれる大人の事ね。その先生に言われてしまうかもしれない。つまり、学校に行ったら前髪を切らなければいけない可能性があるんだよ。私が子供の頃にも、散髪代が無い子が、先生に散髪してもらっていたし。だから、今のうちに前髪を切って瞳を出す生活に慣れて欲しいな」
トムは複雑な表情を浮かべていて、何も言わなくなってしまった。
将来的に前髪を切らなければならない未来があると知って、憂鬱になっているのだろう。
とはいえ、仕方がないことなのだ。人と違う部分があったとしても、それが見える範囲であった場合は隠し通せない。それならば、先に見せて受け入れさせたほうが良い。
受け入れさせるためには、本人が『人と違う部分』を受け入れて、堂々としていなければならないのだけれど。
それをさせるには、孤児院を出てひと月と少しのトムには性急すぎたかもしれない。
「……でも、今すぐにやらなければならない訳でもないし、またの機会に伸ばしても良いとは思っているよ」
急すぎたね、ごめんね。そう言えば、トムは首を左右に振った。
「学校ってところには、行かないといけないの?」
「そうだね。トムの知識は、家にいるだけでは限られてしまうから、学校に入ったほうが良いよ」
最悪、家庭教師をつけて学ばせることも出来るけれど、トムに今必要なのは他者との関わりだ。家庭教師は、学校で上手くいかなかった時の最終手段としたい。
「それっていつから?」
「う〜ん…まだ分からないんだよ。入学時期は9月だから約4ヶ月後だけれど、途中から入る方法とかは知らないから、まずそこを調べなくてはならなくて……。だから、今日は本屋にも行きたいんだよね。本屋に学校の教科書は売っているし、各学校について詳しい人がいたりするから」
「そうなんだ。じゃぁ、すぐってわけではないんだね?」
「そうだね。ひとまず、今月中ではないよ」
「そう」
トムはご馳走様でした。と言って私をまっすぐに見てきた。
「前髪、変に切らないでね」
「任せて。じゃぁ、鋏取ってくるよ」
トムがそれは何処にあるの?と訊いてきたので、三階の納戸だと伝える。納戸という言葉が分からなかったようなので、トムの部屋の開かずの間だと伝えれば、そこに何があるのかと更に問われる。
「物置部屋だよ。普段使わないものが入っている部屋だと思ってくれていいよ」
一緒に行く?と訊けば、頷かれる。
「入ったことないの?」
「だって、人様の家だろ?勝手に入っていいか、分からないじゃないか」
なるほど、確かに昨日の昼までは私たちは他人で、トムは居候に過ぎなかった。だから他人の家を勝手に見て回るのは失礼だと考えるのも無理はないだろう。こんな小さな子供なのに、随分と礼節を重んじる。
幼い頃の私は知的好奇心が勝って納戸に度々足を踏み入れていたのにと、神父に育てられてそこそこ自由に生きてきた自分との違いを見つける。
トムもこれからはもっと自由に生きて良いのだと伝えるには、何て言えばいいのだろうか。
「もう人様の家ではなく、此処はトムと私の家になったのだから好きに見て回っていいんだからね」
「ん、分かった」
納戸の扉を開けると、トムはするりと中に入って、遮光カーテンの隙間から陽が差す中を動き回る。
「色々置いてあるから危ないよ」
靴底の裏に感じるザラリとした感覚にこれは良くないと思って、窓に近付いてカーテンと窓を開ける。トムがくしゃみを繰り返すので、抱き上げて廊下へと連れ出す。
「納戸は掃除してないから、埃塗れなんだよ。ごめんね、先に言わなくて」
埃を吸ってしまったのだろうトムは咳を繰り返している。納戸の中を覗くと、トムが動き回ったことで舞い上がった埃が陽射しできらきらとしていた。今度、掃除をしよう。
生きてきた間に捨てられずにいた、今でいうアンティークと呼ばれる物も多くある納戸の中は、見る人が見れば価値のある物も多いかもしれないけれど、私が持っている限りはガラクタでしかない。まさに宝の持ち腐れだろう。
今度、一掃しようか。そうすればこの部屋を私の部屋に出来る。客間で寝るのをやめられるのだ。尤も、この部屋は暖炉も暖房器具もないのだけれど。
「この部屋に入る時は、ハンカチで口元を覆ったほうが良いよ。トムの背丈だと、床に積もった埃を吸ってしまう可能性があるしね。あと、見ての通り、適当に積み上げているから触ったりしたら崩れてきて怪我をしてしまうかも。だから一人では入らないようにね?」
「そうするよ」
ケホっと喉を痛めたような咳をするので、鋏だけ取って二階へ連れて行ってうがいをさせる。蜂蜜を入れたホットミルクを出せば、喉のイガイガしたのがすっきりした、と言ってもらえた。
病み上がりで喉の粘膜がまだ弱っている可能性があるから、気を付けなくてならない。今日の外出も、控えめにしよう。
洗濯機を回すうちに、新聞紙を広げた上に椅子を置いて、トムに大きなビニールを巻いて髪を切る。
砥いで大事に使用していた鋏は相変わらず切り心地が良くて、トムの前髪を目にかからない程度に切ることが出来た。
後ろ髪も切って軽くすると、見た目が元々良いトムはより奇麗になる。素材が良いのに技術者の技術力が低くて残念な髪型にならなかったことに、自分の腕が落ちていなかったことに安堵した。
「どう?」
鏡を渡して、髪型を確認させると少し不安そうな表情。紅い瞳が伏し目がちになってしまった。不安がトムの心を蝕んでいるのが手に取るように分かる。
無理強いをしたのは私なのだから、トムの不安を少しずつ軽減させなければならない。
「大丈夫だよ、トム。私が一緒に居るから」
「でも……」
「今日は帽子をかぶって出かけよう?それなら、安心でしょう?」
「うん……」
先に購入していた鍔のある帽子をかぶせて、これなら安心でしょう?と言えば鏡を色々な向きから見て、陰で紅い瞳が黒く見るのに安心したのだろう、ほうと息を吐いた。
洗濯物が出来上がって干し終えてから、トムと一緒に出掛ける。
手を繋いで、帽子を目深にかぶるトムに良い天気だね、と声をかけた。ほんの少し上を向いた頭。繋ぐ小さな手に力が入って、やはり怖いのだろうかと不安を覚える。
帽子の鍔が邪魔をしてトムの表情が見えないから、どんな気持ちなのか全く察することが出来ないのだ。
今、手に力が加わったのは怖いからだろう。
「うん、気持ち良い」
先程の私の言葉への反応は随分と遅かったように感じるが、それでもその声音は陽気さが滲んでいて、少し楽しそうだ。
目元を隠す前髪が無くても落ち着けているのならば、随分とこの子は肝が据わっている。
帽子の効果なのか、それとも、もう慣れてきているのか。
どちらにしろ、トムが安心して出かけられるなら、それに越したことはない。
「ねぇキリー、今日は一日外でしょ?」
「うん。そうだね」
「じゃぁ、僕ちょっと走ったりもしたいな」
「良いね。それなら公園にも行こう」
「うん!」
ほら、早く行こうと私の手を引っ張るトム。
何て眩しいのだろう。
今まで出会った誰よりも、この子の強さは眩しい。
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