ハリポタ 人を愛した死神 | ナノ
act.12 言葉の戦争
「そろそろ眠くなってきたかな?」
薬を飲んで横になっていると、キリーは額の上のタオルを変えながら独り言のように呟いた。冷たくて気持ち良い。このまま寝てしまいたいと思ったけれど、今寝たら明日が来てしまう。
あの女は…孤児院の奴はどうなったのだろう。
前は日中に来た。今日は僕もキリーも病院だったから会わなくて済んだけれど、じゃあ明日は?
明日はキリーが居る。僕も居る。キリーは人が来たら玄関を開けるのではないだろうか?だってキリーは大人だから、居留守を使うとは思えない。
そうなったら、僕はあの女に見つかってしまう。
キリーに逃げてきた場所がバレて、勝手に出てきた事を咎められて、帰りなさいと言われるに違いない。キリーは僕に帰る場所が無いから置いてくれているだけなのだ。もし帰れる場所があるなら、帰りなさいって言われる。
それがどうしようもなく怖い。
「キリー」
「何?」
名前を呼んで、僕は何を言いたかったのだろう。何も思い浮かばない。
助けてと言いたいけれど、声が出ない。何から助けて欲しいのかも分からない。
「何でもない」
「……そう」
キリーは口角を少し上げて、僕の目を片手で覆った。
「ゆっくり寝なさい。休まなければ治らないよ?」
薬のせいで眠くはあるけれど、不安で吐きそうでもある。もし今寝たら、きっとろくな夢を見ない。
「トム、何か怖い?」
瞼の上に乗った手が、何かを感じ取ってしまったのだろうか?いっそ、僕の不安すべてを読み取ってくれたらいいのに。そうすれば、僕はこの不安から解放されるのに。
キリーは大人のくせに、僕がして欲しい事には気付いてあれこれしてくれるのに、肝心なところでは気付いてくれない。
「トム」
喉が震えて声が出ない。
唇はくっついたまま開かない。
何も言えない。何も出来ない。
僕は与えられるのを受け取るだけだったから。
自分から求めるなんて、やった事が無いから出来ないよ。
「大丈夫、大丈夫」
目を覆う手はそのままに、もう片方の手で頭を撫でられる。
僕の意識が途切れるまで、キリーはずっとそうしてくれていた。
人を愛した死神
act.12 言葉の戦争
薄暗い部屋で、出窓のカーテンが開いている。月明かりが射し込んでいて、デスクに向かうキリーの横顔に光が当たっていた。
今までに見た事がない真面目な顔。仕事の時はこんな顔をしているのかな?とぼんやりした頭で思う。カリカリと物を書く音が止まると、キリーは僕に気付いたみたいでこちらを向いた。
月明かりのエリアから外れてしまったキリーの顔は見えなくなって、まるで闇の塊だ。額のタオルが取られて、水に浸される。
少し持ち上げられたタオルが絞られると雫が落ちて、水面にあった月が闇の水に飲み込まれて消えて、けれど雫と水面がキラキラとしている。
ヒンヤリとしたタオルが額に置かれて、毛布を掛け直される。
「おやすみ、トム」
闇の塊がキリーの声で話すけれど、それは小さな声だったから、月と同じで闇に溶けて消えてしまった。
壁を叩く音で目が覚めた。何の音か考える前に体が勝手に怖がって、訳が分からない。
下の階でキリーが階段を駆け下りる音。
駄目だ。
開けちゃ駄目だ。
「キリー…キリー、キリー!!キリー早く来て!!」
玄関を叩く大きな音。
キリーは廊下で、僕の部屋は扉が閉まっている。
僕の声がキリーに届くはずないと分かっているけれど叫ばずにいられなかった。叫んだ後に喉の痛みを感じる。まるで裂けてしまったような痛みだ。
いっそ裂けてしまえば良い。裂けて血を吐いてしまえば、病院に行ける。
孤児院じゃない、別の場所に行ける。
階段を移動する慌ただしい音に息が詰まりそう。駄目だ。降りないで。キリーが玄関を開けて、女が入ってくるのが脳裏に浮かんで血の気が引いていく。
バタン!と大きな音がする。
玄関が空いたのだと最初思ったけれど、音が響いたのは僕の部屋だった。
「トム、どうしたの」
キリーは扉を力任せに開けたのだろう、扉が壁にぶつかって少し戻る。
「キリー」
「具合悪い?吐きそう?」
「キリー……?」
「急に大きな音で驚いたね。大丈夫だよ、私が居るから、落ち着いて」
キリーは玄関が叩かれる音を無視して、ベッドの横に膝をついて僕と視線の高さを合わせた。そして僕の耳を塞いで、口角を上げて大丈夫、と口を動かす。
「誰かが来てる」
「新聞の集金はもう払ったし、私は本来仕事で家に居ない時間だ。こんな時に来る人にろくな者はいない」
だから相手にしないって?
キリーは悪い大人だ。けれど、僕には嬉しい大人だ。このまま外にいる女を無視してくるのだと思っていたけれど、ずっと続く玄関を叩く音にキリーは部屋の扉を見た。
出て行くの?
僕を置いて?
耳を塞ぐ手が離れて行く。
「キリー」
嫌だ。
いかないで。
僕を置いていかないで。
「大丈夫、トム。外に居る人にトムを渡したりはしないから」
キリーは頭を撫でてくれた。その言葉に、少し戸惑う。僕は何も言っていないのに、何でキリーは外に居る奴が僕を迎えに来たって分かったのだろう?
「あとは私に任せてゆっくり休みなさい。明日も、明後日も、トムがここを離れたいと思うその日まで、居たいだけここに居て良いのだから。そして私はいてもらう事を望んでいるのだから」
では行って来るね、と部屋を出て行くキリー。どうしてキリーは外に居る奴が僕の嫌いな人間だって分かったのだろう。玄関の音が止むと、女は玄関が開いた時に居たのが僕ではなくキリーだったのに驚いたのだろう、わざとらしい高めの声が聞こえた。
「あら嫌だ。ウェストンさん、いらっしゃったんですね」
「お会いするのは初めてですね。私が居ないとお考えだったようですが、随分と乱暴な訪問で驚きました。どういったご用件でしょうか?」
僕の部屋の扉が開いているのは、聞いておけという事だろうか。聞こえない中で必死に考えを巡らせるのは、とっても辛い事だから、聞き取れない声がたくさん話している音を聞くよりもは、この方が幾分マシだけれども。
でも、聞きたくない女の声は、孤児院でいつも僕を責めていた人のものだ。この声はあの時を思い出させて僕を責めてくるから、つらい。
「お手紙、ありがとう御座います。あの子を引き取りに参りました」
手紙?
何の事?
女の台詞に戸惑う。
キリーが内通していたの?まさか。だって僕は孤児院から出てきたと一言も言っていない。家出した場所を調べるなんて、無理なはずだ。
「私は引き取りに来て欲しいとは一言も書いていません。ただ、先週の新聞でトムが尋ね人になっていたから、こちらで預かっているという手紙を書いただけです」
新聞に僕が載っていた?
初耳だ。
そういえばキリーは先週、新聞をよく見ていた。たまに集中していて僕が話しかけるとハッとしていて、でもそれは、空き巣が多いからって言っていたじゃないか。
僕に嘘を吐いていたの?
「それに、私は今度の土曜にそちらに伺うと記したはずですが」
「あの子は少々危ない部分がありまして……虚言癖と言いますか、だから早く連れて帰った方がいいとこちらで判断しました」
「それで私に何の断りもなく、仕事で居ない日中を狙って訪問して、力一杯扉を叩いて子供を怖がらせていたと」
「あの子はあれくらいしないと、言う事をきかないので」
「つまり、犬猫にやるように、恐怖で子供を支配しようとしたんですね」
キリーの言葉に女は黙る。キリーは世間話をするようだけれども、口調は僕に話しかけるのとはまったく異なってとても冷たい。いつもは受け入れるような話し方なのに、こんな突き放した喋り方もするのか。
「ウェストンさんは子供を持ったことが無いから知らないと思いますが、いえ、それを悪いと言っているわけではないんです。誰しも経験がないことは無知ですから、現実をしっかりと把握出来ずに理想ばかり並べるものです。子供が居れば、言う事をきかない子は叱らなければなりません。あの子は家出をしたんです。きつく叱らなくてはいけないでしょう?」
「そこです」
「え?」
「何故あんなに聡明なトムが家出をしたのでしょう?」
「悪い事をしたから少し強く叱ったんです。そうしたら、出て行ってしまって。子供の癇癪ですよ」
嘘だ。女は嘘ばかり言う。叱っただけじゃない。罰として外で一日過ごせと言ったじゃないか、僕は悪い事をしてないのに。
周りの奴等がでっち上げて、僕に罪をなすりつけただけなのに、なのに僕を追い出したじゃないか!
「子供の癇癪だから、一ヶ月もの間トムを探さなかったんですか?一ヶ月も家出した子に対するアクションを取らずにいて、一ヶ月経った今、やっと新聞に掲載する。見つかれば保護している者と話もせずに無理やり、力づくで連れ帰そうとする。些か、子供の立場を軽んじてはおりませんか?」
「それは、その」
「犯罪に巻き込まれはしないか、考えなかった訳ではないでしょう。それなのに何もせず一ヶ月間も子供を放置するようなあなた方を私は信用出来ません」
「……どういう意味です?」
「トムは私が引き取ると言っているんです。それに何か問題が?」
キリーの言葉に、驚く。居ても良いよ、とは言っていたけれど、僕を引き取る?どういうこと?
ずっとここに居ていいってこと?
本当に?
僕の引取先が見つかった今でも、キリーはそう言ってくれるの?
僕の手を握って、離さないでいてくれるの?
「大有りです!ウェストンさんは日中は仕事で家を空けるんですよ?そんな人に子供を引き取らせるのは子供にとって良い環境ではありません。こちらでしっかりとした里親を探さなくては」
「一ヶ月も放置する孤児院に比べれば、ここは目が行き届いていますよ」
「まぁ!なんて事を!」
「私は未婚ですから仕事は必然的にしなければなりません。けれど何日も家を空ける事はないし、食事も作り置いています。引取先に両親がいなくては子供が可哀想など、大人の妄言ですよ」
「あなた失礼だわ!私達は子供の事を思って!」
「子供の事を思っているなら、一ヶ月間も何をやっていたんですか!」
キリーが声を張り上げる。初めて聞いたキリーの大声は女のくせに金切り声ではなくて、硬くて重たい。
「子供は正直だ。一昨日あなたが我が家を訪ねた時、今日のような訪問をしましたね。トムはそれに恐怖して、家を飛び出しました。夜の街を彷徨うリスクより、あなたが訪れた恐怖の方が勝ったからだ」
「そんな」
「分かったでしょう。トムはあなたに会いたくないんです。手続き等は手紙に記した通り、土曜日に弁護士と共に孤児院へ伺った時に行います。その日までにトムの荷物を纏めていて下さい」
「あ、あなた後悔するわよ!」
女が必死に叫ぶ。
いけない。
あの女は慌てると、不利な状況になると必ず僕の力のせいにするんだ。あいつは今から、僕の力をキリーに言うつもりだ。
キリーは知らないから、僕を受け入れている。あんな不気味な力があるって知られたら、今僕を受け入れてくれているキリーだって手のひら返して、他の奴と一緒になって僕を気持ち悪がるに違いない。
絶対に言わせてはいけない。あの女を黙らせないと。
バネのように飛び起きて、階段まで向かう。
あの女に、力を使ってやる。あの女を視界に入れさえすれば、僕は力を使って口を閉ざさせてやる事が出来る。
あの煩い口を縫い付けてやる!
「あの子は悪魔なっ」
階下が見下ろせる場所まで来て女を視界に入れた時、大きな衝撃音がした。
女は目を見開いていて……僕は、魔法を使っただろうか?
「そうやって、言葉でトムを傷付けてきたんですね」
「なにっ」
再度壁を思い切り殴って声を遮ったキリーに、女は身体をびくりと震わせる。
「帰って下さい。あなたと話すことはもうありません」
「ふざけないで!あんた、そんな暴力的なやり方で私の声を遮るつもり!?」
「そうですね、私は自分が思っていた以上に、野蛮でした。けれど、何度だってしますよ。トムを悪く言う音を響かせたくないので」
「あんたみたいな女、絶対に子供にも暴力を振るうわ!トム!トム!居るんでしょう?!帰るわよ!早く出て来なさい!」
女が喚く。
キリーは階段上を見上げて、僕が居るのに驚いたようだった。
「トム…」
女もキリーの目線を追って、僕に気付いた。ギラギラとした目が僕を捕えてきて、怖くて、気持ち悪い。
「ああ、居た!帰るわよ!見たでしょう今の!不満があったら物に当たる!こんな人と居たら殴られるわよ!」
「僕はここに住む」
女が何を言っているの!と顔を真っ赤にして叫ぶ。怖い。この人に楯突くなんて初めてで、怖くて仕方ない。
でも、今言わなくちゃ駄目だ。
「僕はキリーと一緒に住む」
女は怒りと悔しさとがぐちゃぐちゃになった甲高い声を出して何か言うけれど、キリーは冷静に帰るように促した。
負け惜しみみたいな台詞を吐いて、女は家を飛び出していく。
僕の膝はガクガク言っていて、女が出ていくと情けないことにその場にへたり込んでしまった。キリーは玄関の鍵を閉めて、僕の状態に気付いたみたいで階段を駆け上ってくる。
「トム、大丈夫?」
何も言わない僕を抱き上げたキリーは部屋に僕を連れて行くと、ベッドに座らせてくれた。キリーはちょっと困ったような、心配の色を滲ませた瞳。
いつもの優しさに心配が混ざっただけのその表情と声音に安心する。
あんな冷たいキリーの声、もう聞きたくないよ。
「嫌な話ばかり聞かせてごめんね。今、ホットミルクを持ってくるから」
キリーはすぐに立ち上がって部屋を出て行こうとする。
「キリー」
「何?」
「……なんでもない」
本当は、守ってくれてありがとうって言いたい。けれど、やっぱりさっきの言葉はその場しのぎのためで嘘かもしれないと思ってしまうから、言えない。
本当は嘘でした、となっては僕の期待した胸がひしゃげてしまうから。
「横になっていなさい」
キリーは僕の前まで戻ってきて、毛布で僕を包んで額にキスをすると、今度こそ部屋を出て行ってしまった。
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