ハリポタ 人を愛した死神 | ナノ
act.10 我が家
キリーを直視出来なくて終始下を向く僕にキリーは何も言いはしなかったし、視線をぶつけてくることもなかった。家に帰ってからもお風呂の準備や部屋の片付けやと忙しなく動き回って、お風呂が入ったら入ったでただ一言、芯まで温まるんだよ、と言うだけ。
お風呂から出れば、テーブルの僕の席に料理が置かれていて、食べてね、と一言だけを告げてキリーはお風呂場へと向かってしまった。
キリーが前に居なくて良かったという気持ちもあるけれど、キリーも僕を疎ましく思って、だから極力一緒に居ないようにしているのかな、とも思う。居なくなったから一応探して、見つけたから一応家に招いて……拾ったから仕方なく世話をしているというならばそれはとても辛い。
けれど、キリーも人間だ。
損得勘定なしに、僕みたいな人間を拾うはずがない。
それに、ここに居ていいんだよと言ってからたった数日で逃げ出したのだから、キリーは僕がそんなのごめんだと思って出て行ったと考えているに違いない。
キリーが戻ってきたら、明日何時に家を出るのか、キリーの出勤時間と僕が家を出る時間、それから僕に必要な荷物の話をされそうで怖くて、僕は食べ物を口に詰め込んで、湯気の立つスープも一気に飲んで部屋へと逃げた。
上顎を火傷したのだろう、ジンジンと痛むけれど僕は毛布を頭までかぶって舌で上顎を撫でる。ピリリとする痛みは考えることを放棄させてくれて、だから僕は痛む上顎に舌を押しつけて痛みに鈍る思考を笑ってやった。
人を愛した死神
act.10 我が家
上顎の痛みと、喉の痛みに気付いたのは夜中だった。喉の奥がヒリヒリするし、何より寒い。頭もくらくらして、これは風邪だとぼんやりと思った。
深夜に外に居たからだと冷静に考えて、同時にキリーがどう動くかを考えて風邪を引いて良かったと思えた。キリーは医者だから、こんな病状の人間に出て行けとは言えないだろうから、後2、3日はここに居られるだろう。
その間はキリーに捨てられずに済む。
それにキリーは孤児院の女と会っていなかったみたいだし、きっとあいつが来るのは日中だ。
キリーは仕事の関係で日中は家に居ないから、あいつとキリーは会わない。あいつが来ている間、僕は気付かないふりをして寝ていればいい。そうぐらぐらする頭で考えると安心出来て、やっと眠たくなってきた。
今なら眠れるかな。そう思って目を閉じる。
次起きたら、キリーにごめんなさいって、僕を捨てないでって、今まで大人を騙してきたあの態度で良い子にするからって、そう言ってキリーの母性に取り入ろう。それで、僕をあの孤児院に戻さないでと言えば、きっと大丈夫。
キリーは頭が良くても馬鹿だから、僕を受け入れてくれるだろう。
「っけほ」
喉が痛くて、咳をすると視界が滲んだ。
僕は結局、誰かに媚びて自分を良い子にしていないと生きていけなくて、本当の僕なんて誰も見てはくれない。大人が望む子供で居なければ大人から見捨てられる子供。それが僕だ。
愛玩動物のように望む態度をとり、望む言葉を紡ぎ、望むように笑って悲しんでみせて。本当に、何で産まれてきたのだろう。誰かの慰み者になるために産まれたのだとしたら、こんなに悲しいことはない。
僕だって好きな事をして、不平不満を口にして、相手の顔色を伺わずに生きていたい。手を繋ぎたいと思ったら手を握っても振り払われたりしない、笑ったら笑い返して欲しい。そう、それだけ。
キリーがここに居てくれたら嬉しいなぁって言ってくれたあの時に、僕もここに居たいって言えば良かった。
次に目が覚めたのは、振動でだった。
一定の間隔で発生する振動に目を覚ますと、ごめんね、起こしちゃったね、と聞き慣れたキリーの声。
「……っ」
キリーを呼びたかっただけなのに、喉に何か詰まったみたいで、そして酷く痛くて、声が出ない。視界もぐらぐら揺れるし滲んでいるし、頭も痛いし体も全部が全部痛い。
僕は、どうしてしまったのだろう?
「病院に連れて行くだけだから、安心しなさい」
病院?何で?
分からなくて見上げると、すぐ近くにキリーの顔があった。
その表情は、笑顔。
いつもと変わらないキリー。
何を考えているの?
なんで何も言ってくれないの?
キリーの後ろに広がる空は白くて朝だといっていた。
キリーは僕を抱きかかえたまま、一度行った事がある病院名を伝えて馬車に乗り込む。さっきの名前、キリーが働いている病院だ。良かった。捨てられるわけじゃない。
病気になって面倒だからどこかに置き去りにしようとしているのではなかった。
毛布に包まった僕を抱えるキリーは僕のおでこに触れる。
馬車内は薄暗くてキリーの表情は見えないけれど、その手つきは優しくて安心する。ひんやりと冷たい手が気持ちよくて目を閉じた。
今度目を覚ました時、見慣れない真っ白な天井が世界だった。
驚いて飛び起きると頭がクラクラして気持ち悪くて、もう一度横になる。少し硬い物に頭が沈んで、慣れないそれにギョッとした。
ここは何処だ?
横を見ると、そこにはカーテン。
その奥はなにやら騒がしくて、人が行き来しているのがカーテンの揺れと気配で分かった。子供の泣き声も聞こえる。
軋む体を起こしてカーテンを開けると、そこにはナース。
驚いて動かない僕に慌ただしく行き交うナースは気付かない。
「あら、起きたのね」
知らない女が声をかけてきて、そちらを見るとファイルを胸に抱えた少しふっくらしたナースがいた。
「具合はどう?」
「っ……」
すぐに目をそらす。
赤い瞳だって気付かれたら怖がられてしまう。
ここはナースが居るから病院なのは確実だろう。
病院に悪魔が居るなんて笑えない。
俯いた僕にナースは何を思ったのか、まだ寝ていなさいと言って去ってしまった。寝ていてどうすればいいのだろう。
寝ている状態で目を開けば、髪の毛は隠してくれないし光も直接当たるから赤い瞳だってバレてしまう。
怖い。
キリーは僕を病院に連れて行くって言っていて、その病院名はキリーが仕事している場所だった。
じゃあ、キリーは何処に居るのだろう。キリーがここに来てくれるまで寝たふりをすればいいの?
ざわざわと騒ぐ外。
カーテンで隔離された空間は狭くて僕が動かない限り音は生まれない。どれくらい目を閉じて外の音に集中していただろう。
「トム、目が覚めた?」
その声を合図に、カーテンの端が動いて背の高い人が滑り込んできた。
「キリー……」
白衣をまとって、髪をきっちりと結い上げて清潔な印象のキリー。胸のポケットに何本かペンが入っていて、本当に見た目から医者に見える。家だと私服姿だから医者って気がしなかったけれど、目の前にいるキリーは間違いなく医者だ。
「声が出るようになったね。でも油断は禁物だよ。どれ」
キリーは僕のおでこを触って、まだ熱があるね、と言った。
「食欲は?」
「……」
「無理して食べようとはしなくていいよ」
「無い」
「じゃあ、点滴だね」
「え?」
キリーはカーテンの奥に姿を消して、何かを伝えているようだった。てんてき?もしかして、針をさす、あの?
中に戻ってきたキリーは金属の桶とタオルを持っていた。
近くのパイプ椅子に座ったキリーは桶に張った水にタオルを浸して、適度に絞ってから僕のおでこにタオルを置く。
ひんやりとしたそれが気持ちいいけれど、僕の胸はバクバクと不安に揺れている。
「てんてき……?」
「栄養だよ。針も細いのを選んだから怖くないよ」
言われて、飛び起きる。僕は注射が大嫌いだ。あんな痛いのは絶対に嫌だ。
「嫌だ!」
「怖くないよ、トム。針をさすのは私だから、ね?」
そりゃぁキリーは髪を洗うのも、手当ても上手い。だけど、注射まで出来るかなんて知らない。
「ウェストン先生」
カーテンが開けられる。
入ってきたナースに、僕はすぐに俯いた。目線を感じたけれど、上は向かない。
「私がするから下がりなさい」
「え?はぁ」
ナースはカーテンの向こうに消える。
キリーは消毒液やら脱脂綿やらテープやらを用意していて、もう注射が絶対なのだと理解した。
「本当にするの?」
「体つらいでしょう?それを軽くするためだよ。はい、横になる」
キリーは起き上がったままの僕をベッドに寝かせた。おでこにタオルを置き直して、僕の目を覗き込んでくる。
「トイレは?」
「いい」
「動きそうなら手の甲に針をつけるんだけど、それはちょっと痛いんだ。動かないなら、腕だからそこまで痛くないよ」
「動かないよ」
即座に答えた僕に キリーは口角を上げた。
「流石トム。子供は動きたがるものなのに、トムはしっかり我慢が出来るんだね」
偉いね、と僕の頭を撫でるキリー。袖を捲って、スッとする布で腕を拭かれて体がビクッと強張ってしまった。キリーはまだだよ、と言って、その後ちょっとチクッとするよ、と予告する。
ちょっとのチクッとするのがどれくらい痛いのかを想像して、目を閉じた。
大丈夫だよ、と言う言葉と一緒に本当にちょっとだけチクッとして、僕は強く閉じていた瞼をさらに強く閉じる。
テープで固定されたのだろう針。
キリーがもういいよ、と言ったから目を開けると、よく頑張ったねと頭を撫でてくれた。
「これ、いつ外せるの?」
「一時間くらいだね。外すまで私はここに居るから、ゆっくり休みなさい」
「……うん」
キリーは僕の瞼に手を乗せる。やっぱりひんやりしていて気持ちいいけれど、眠気は無くて。
考えたことを言わなくちゃ。
捨てられないように、言わなくちゃ。
そう思うと頭が余計にぐらぐらした。
「キリー、僕」
「今は、家に帰ったら何を食べたいかを考えていなさい」
キリーの言葉は落ち着いていた。
一緒に居たいって言う事すら駄目なのかと思って悲しくなったけれど、今キリーが家に帰ったらと言ったのに気付く。
今日、僕は家に帰れるの?
キリーの家に、帰れるの?
「いえ……?」
「そう、私とトムの家」
まだ、そう言ってくれるの?
僕の家だって言ってくれるの?
逃げ出した僕をまだ受け入れてくれるの?
「ほら、ゆっくり休みなさい」
喉が痙攣して声が出ない。
キリー。名前を呼びたくて、でも声が出なくて、ただずっと傍にいてくれるキリーに僕は何も言うことが出来なかった。
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