ハリポタ 僕らの時代 番外 | ナノ
ありがとう、そしてさようなら
Twitterにて、相手を犠牲にする事で世界が救われるとしたら、もう片方はどんな反応をするか、というのを見て妄想した話です。
その日、可笑しな話が僕の元にやってきた。
「ナチ・サハラが死ねば世界は救われる」
本当にふざけた占い結果。
僕らの時代
ありがとうそしてさようなら
占いが100%当たるという魔法省お抱えの占い師が、ナチ・サハラを殺さなければ2日後に世界は滅びると言ったそうだ。滅びるって具体的には?と問えば、言われた当人であるナチは月が落ちてくるんだって、とまるで他人事な口調。
これはナチの新手の悪戯?だとしたらとんでもなく嫌らしい悪戯だ。命をネタにするなんて、反吐が出る。
「真に受けてるの?」
ナチは悪戯をするにしてもこんなふざけた事を言わないと知っているから口にした言葉。
そう、ナチはこの件に関しては嘘をついていないのだ。ナチとの長い付き合いの中で、僕はそれを知っている。
だからこそタチが悪い。
「う〜ん……国からのお達しじゃあ僕にはどうにも出来ないし、まぁ英雄になれるんだから良いんじゃないかって」
ナチが逃げ出したりしないと分かっているからこそ、国は先にナチにだけ伝えたのだろう。世界の終焉と自分の命を天秤にかけて、ナチは逃走しないと、自分の命を差し出すと頭でっかちのジジイ達は思い込んでいるのだ。
ふざけてる。普通は逃げるに決まってる。自分が居ない世界の為に何で犠牲にならなければいけないんだ。僕だったら、否、他の奴らだってそうだ。守りたいものがない人間は自分が居ない世界に未練なんてないから、世界を、皆を道連れにしてやるって考えるはずだ。
ナチだって家族なんて守ろうと思っていないだろうし、他に何か特別守りたいものなんてないはずだ。
なのに、何でナチは受け入れているんだよ。
ナチは死ぬ前に私物の整頓をしたいのか、全て僕に譲渡する手続きのために僕を呼び出した。そして突然どういった風の吹き回しなのかと問う僕に対してこのくだらない理由を説明して、だからここにサインをお願いと言ってきたのだ。
デスクには銀行の中身全ての所有権を僕にという趣旨が書かれた書類達。
ふざけてる。本当に、君はふざけてる!
「ナチ」
「ん?分かんないところあった?」
「本当に死ぬ気なの?」
問えば、ナチは肩を竦めて仕方ないよ、と言う。何が仕方ないんだよ。
君、死ぬんだよ?
自分が居ない世界なんかの為に!
「だって僕が死なないと皆死んじゃうんでしょ?それはちょっと、流石にね。まぁそりゃ死ぬのは怖いけどさ、死の呪文なら一瞬だし……そんな顔しないでよ、仕方ないよ。そういう運命だったんだから」
僕の顔色を伺いながら言葉を探すナチ。その表情は、困った様な笑い方。
「笑うなよ!笑えるところなんて何一つないだろ!?」
感情が抑えきれなくて、声が大きくなる。
何で笑うんだよ!死ぬんだよ!?死ぬのに笑えるの!?
君、おかしいよ!
「リドル……」
「そんな顔して、馬っ鹿じゃないの!?世界の滅亡とか、そんな当たるかも分からない予言の為にナチが死ぬ必要あると僕は思えないから!」
例え今まで100%の的中率だったとして、今回も100%であるとは限らない。ナチが死んでも世界は滅びるかもしれないじゃないか。そしてその逆の可能性だってあるじゃないか!
何でそういう事を考えないんだよ。
生きる事にしがみつけよ!
生きてないと、何も出来ないだろ!?
「リドル、僕は逃げられないよ。だって天秤にかけるのは世界だよ?それに僕が逃げて生きられたとしても、魔法界が今度は僕を受け入れてくれないよ」
「そんな先の事、生きられた時に考えられたら良いだろ!」
部屋に散らばる使えそうな魔法アイテムを鞄に詰め込んで、ついでにお金を詰め込んで、手当たり次第食べ物や飲み物も詰め込む。2日後に世界が滅びるというなら、明後日までの分さえあればいいんだ。
必要な物だけを詰め込んで、背負う。
「リドル、やめてよ」
「その態度、凄く嫌だね。君が諦めきってるのも許せない。もし僕がナチの立場で、ナチが僕の立場だったら、ナチは僕の言葉にはいそうですかって頷く?頷かないでしょ?」
「それは……そうだけど」
ナチは困ったように眉尻を下げている。
何で他人にこんなに執着するかなんて分からない。
ナチを助けた結果、僕は死ぬかもしれない。でも、それでも僕はナチに僕達生き物の為に死んでとは言えないんだ。
僕はいつからこんな馬鹿になったのだろう。
一人で勉強して、誰とも関わらずに生きていこうと思っていたのに。
なのに、国の方針にまで逆らって、ナチを助けようとするなんて。
「リドル、ここにサインだけして見届けてよ」
「無理だね」
僕に話したのが運の尽きだよ。諦めるんだね。
「君が死ぬって言うなら、僕も死んでやるよ」
ナチが僕をやたらと大切にしてくれているのは知っている。
そうでなければ僕にすべての物を与えようなんてしないだろうし、第一話さないだろう。
ナチ、君は本当は、僕に止めて欲しいんだろう?
君は頭が良いからこの展開だって予測していたはずだ。もし本当に死ぬつもりだったなら、君が僕にデタラメな理由を言ってサインだけをさせるはずだ。
「ほら、透明マントどこに隠してるのさ、出してよ」
「もし世界が滅びなくても、リドルは罪を背負うことになる。僕なんかを生かそうとしたが為に」
望んでいた地位も何もかも手に入らなくなるよ。そう言うナチは真っ直ぐに僕を見ていた。
地位を望んでいる事を一度たりとも誰かに口にしたことはないのに、何でそういう考えが僕にあると思い至ったのだろう。
僕はそんなに、それを望んでいるように見えていたのだろうか?
「そうだね。僕だって今の自分を愚かだと思うさ。でも、君を見殺しにして地位を得ても、その地位は君の屍の上に成り立つ事になる。そんな場所で生涯を終えたくないね」
「それは同情?止めてよ。僕は憐れまれるなんてごめんだ」
「同情じゃない。怒りだよ」
そう、僕を突き動かしている衝動は怒りだ。
占いなんかを信じる上の奴らも、それに従う事で考える事を、生きる事を放棄しているナチにも、全部が全部、腹が立つんだ。何で諦めきったふりしてるんだよ。
君は、生きる事を楽しんでいたはずじゃないか。
何でも楽しむ事に変えて、笑っていたじゃないか。
何でそんな君が死ぬ事を選ぶんだよ。おかしいよ。
「感情なんかに流されるなんてリドルらしくないね」
「僕も一端の人間だからね、ほら行くよ」
「感情に流されて、将来痛い思いするかもしれないよ?」
「ナチ、僕を馬鹿にしないでくれる?これは一時の感情ではないよ」
この怒りを一時の感情だと思わないでくれる?
時間の経過で記憶は都合よく改変されるかもしれない。でもね、ナチ、君を失って得る世界を僕が憎み続ける気持ちは永遠だ。5年もの付き合いなんだ、そんな簡単にはいさよなら出来るわけがないんだよ。
「先ずは生き残ってから考えればいいんだよ。ほら、行こう」
ナチは話さなければ良かった、と呟いた。ナチの中での僕は、ナチを見殺しに出来る人間だったようだ。残念だったねナチ、君が思うより僕はずっと人間らしいんだよ。
世界の為になんて、綺麗事の為に君を殺させてあげたりなんかしない。
逃げるのは簡単だった。ナチが持つアイテムは元々逃走向きだし、二人で作った変な地図で人の居場所も確認出来るようになっているから、追手が来ているかすぐに分かる。
それでも追っ手だって世界を守るという大義名分が掲げられているのだから、必死だ。魔法省の人間全てがナチを血眼で探しているらしく、常に人が上空を飛び交い、僕らが居ると思われる部分(きっと占い師が場所を探っているのだろう、的確な場所を狙って)を焼き払う。
中には獣がいて、人もいるかもしれない地だというのにこんな事をするのだから、人とは本当に恐ろしい生き物だ。
ホグワーツも何も関係ないただの山奥で、火を灯す事も出来ずに透明マントを羽織って時間をやり過ごす。
あと3時間か。
まだ皆ナチを探しているのだろうか?それとも諦めて愛する人達と最後を過ごそうとしているのだろうか?それとも一人で嘆いているのだろうか?
もしくは……
「月が大きくなったね」
ナチが空を見上げて呟いた。
針葉樹林の合間から、大きな月が見える。
大きいなんてものではない。空が月で覆われているのだ。本当にナチを目がけて落ちてきている。
本来ならば夜の時間なのに、空は一面月の青白さ。天変地異なんてものではない、終末がやってきている。
月に向かって魔法を打っている人がいるのだろう、様々な色の光線が月に当たっては虚しく消える。
「僕が死ねば世界は滅びない、あれは本当なのかな」
「さぁ、どうだろうね?君の命一つで世界が救われるとは思えないけど。ただの人間なんだから、そんな英雄気取るのもうやめたら?」
ナチはそうだね、と言った。
納得しているとは思えなくて見てみると、やっぱりナチは納得していなくて、僕にくだらない事を言ってきた。
「もしかしたら生贄は他にもいたのかもね」
「それならそうだと言っていると思うけど」
他の人はちゃんと生贄になりました。あなた一人が嫌だと拒絶したら、他の生贄の人達の命はうかばれない。そう言われたら、多分ナチは僕が何を言っても一緒に逃走しなかっただろう。
ナチは空を見上げて、それから、フゥと息を吐いた。
地面についていた僕の手を握ってきて、しかも力一杯握ってくるから痛くて、ナチ、と名前を呼ぶ。
「リドル、僕は幸せ者だよ」
「は?」
「僕の命と世界を、何億の命を天秤に掛けて、それでも僕を選んでくれるリドルが僕にはいた。本当に幸せだ」
「……はぁ」
終末を迎えるにあたっての独白?恥ずかしい事を言ってのけるね。でも良いよ、最期だから聞いてあげる。
「本当に、ありがとう」
ナチは月を見るのをやめてやっと僕の方を見て笑った。
その目には涙が溜まっていて驚く。
ナチが泣くなんて考えた事もなかった。
泣き顔なんて、見た事ないよ。
溜まっていた涙が耐えきれずに一筋頬を伝うとそれはどんどん溢れてきて、顎ラインから落ちてナチの服にシミを作る。
苦しみも悲しみもない、静かな涙。
穏やかな表情で泣くナチに僕は頭がクラクラした。
「ナチ?」
「リドル、本当にありがとう」
「ナチ」
「僕は、僕の命でリドルの未来が保証されるなら、この命は惜しくない」
「何を言ってるの?」
やめてよ、そんなお別れみたいな言い方。
「もしこのまま世界が継続してくれるなら、リドルは人質だった。そういう事にすれば良い」
「そんなの、納得するわけないでしょ?僕たちの場所を的確に狙ってきてたんだ。きっと僕が一緒にいるってバレてるよ」
だから、そんな馬鹿なこと言わないでよ。
「もし僕が死んでも死ななくても月がぶつかるなら、僕はちょっと先に死ぬだけなんだよリドル」
「まだ分からないだろ!?後3時間あるじゃないか!」
「あの月を見て分かるでしょ?あの月は僕に触れるためにここまで来てるんだよ」
「そんなの……」
隣にいる僕かもしれないじゃないか。そう思っても、言えなかった。だってナチも僕も、占いの言葉を聞いてしまっているから。
「リドル、幸せになって。それが僕の望みなんだ」
「やめてよ。ナチ……やめて」
僕の為にだなんて言わないでよ。
僕の命の価値を重たくしないで。
世界のせいにしてくれたら僕は楽なんだよ。
なのに、そんなことを言われたら世界を憎めなくなる。
「君は僕の人質だった。僕に操られて連れまわされていた。そして君は正気に戻って僕を殺した。そうすればリドルは英雄だ」
「僕がナチを殺せるわけないじゃないか」
声が震える。なんて残酷な嘘。
君は数多の命を人質にされても逃げた卑怯者と罵られ、僕がその逃げた卑怯者を裁いた英雄になるなんて。
そんな嘘、保身のためであっても口に出来ないよ。
「リドル、生きづらい生き方をしないで。僕の真実は、君の中にあればそれでいい」
ありがとう、リドル。
ナチは笑む。
幸せそうな、本当に幸せそうな笑顔で、自分に杖を向けた。
「ナチっ」
ナチの口が動く。
まるでスローモーションを見ているように。
その口が紡ぐ言葉は、死の呪文
こうして世界は、日常を取り戻す。
2015.09.12
- 3 -
[
*前
] | [
次#
]
←
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -