ハリポタ 僕らの時代 番外 | ナノ
抑えられない望み
その日はツマミをそこそこに飲んでばかりいたからだろう、リドルは早々にベッドに横になってしまった。
リドルにしては珍しく飲んだほうだから、例えアルコール度を低くしていても酔ってしまったのだろう。
食器を片付けて、羽毛布団の上に倒れこんでいるリドルを覗き込む。
横向きになって目を閉じている顔は年齢に比べて幼く見える。僕が近付いたから開いたのだろう瞼の奥にある瞳は少し潤っていて、ほぼ寝る体制だ。
「リドル、お風呂は?」
「明日……」
「明日起きられそう?」
「目覚ましあるから、へぇきだよ……」
呂律が怪しい。ここまで酔わせるつもりはなかったのだけれど……とは言え、調子に乗って様々なカクテルを作ったのは認めよう。
僕とした事が、どこまで馬鹿なのか。リドルの口から美味しいと言われて舞い上がってしまうなんて。
リドルの表情が少し赤みを帯びた時に、気付くべきだった。
残業続きの日々で蓄積した疲れも相俟っているからだろう、人前では絶対に気の抜けた姿を見せる事がないだろうリドルが微睡んでいる姿を晒している。
せめて僕が家を出てからにして欲しかった。こんな無防備な姿を他の人にも見せているのかと、嫉妬に胸が焦げてしまいそうだ。
男が男に見せても問題ないと思っているのだろうけれど、男なのに男に好意を持つ奴がイレギュラーでも存在するということも知識の片隅に持って欲しい。
一度深く息を吐く。
こんな醜い感情を持って、何をしているのだろう。早々に此処から立ち去ろう。
玄関の鍵は閉めて欲しいんだけど、出来るかな?
「リドル、玄関まで来れる?」
「なんで……」
「帰るからだよ」
「床なら空いてるよ」
「床で寝る趣味はないなぁ。あ、リドル、ちょっと」
スゥスゥと寝息を立て始めてしまう。まったく、人の気も知らないで随分と無防備だ。
いや、男同士なのに警戒して起きていられたら、それはそれで何があったと心配になってくるのだけれど。
他の人には無防備にならないで欲しい。僕相手なら無防備でいて欲しい。けれど、少しは注意して欲しい。身勝手な感情に自分で笑ってしまう。
家の鍵はまだ僕が持ったままだ。玄関に埋め込まれたポストは外から手を入れようと中身が取れるようなものではない。
外から施錠して、ポストに入れれば良いか。
手帳から1ページ破いて、鍵はポストに入れる事、残った料理は冷蔵庫に入れた事を書く。
他にやり残した事はないかな?食器は洗ったし、忘れ物もない。
「ああそうだ」
ベッドに寝転がっているリドルを抱き上げる。昔持った時の感覚なんてすっかり忘れたけれど、体つきはしっかり成人男性のそれなのだなと、当たり前のことを思った。
昔のあどけなさが抜けない顔をされてしまうと、また青年のように感じてしまうのは、きっと僕の欲目だ。
毛布と掛け布団を捲って中に眠らせると、リドルは起きる気配もなく瞼は閉じたままだ。
ネクタイと第一ボタンは飲み始めて早々外しているけれど、寝るには第一ボタンだけでは苦しいだろう。第二ボタンを外して寛げると、リドルは小さく声を漏らした。
あくまで寝苦しくないようにと思っての行為だったのに、赤みのさした頬に、少しだけ開いた唇に、隙のない表情ではなく幼さを見せる顔に、自分まで酔いが回ったような感覚がした。
艶かしく見えてしまう自分の脳に、欲に、頭を抱えたくなる。罪悪感が胸元に渦巻いて、聞く相手もいないのに謝罪を口にしてしまう。
「ごめんね、リドル」
本当に、ごめん。
君を今までと同じ目では見ることが出来ない僕を許してくれ。
「ん……」
髪がはらりと降りて、リドルの眉間に皺が寄る。顔にかかって邪魔そうな髪を撫でて退かす。
いつぶりだろうか、こうやって髪に触れたのは。
学生の時は、ただの愛情だった。友情だった。ただ護りたい存在だった。
それなのに、こんな邪な感情を持ってしまっている。なんて醜いのだろう。こんなに安心してくれているのに、それを裏切りそうな自分が巣食っているなんて本当にロクデモナイ。
内にいる獣がリドルを傷付けたくて、自分のものにしたくて、うずうずしているのだ。最低だな、と改めて思う。
そんな最低な僕とまだ友達でいてくれるリドルは、絶対に傷付けてはいけない対象だ。
だからこんな内面、絶対に知られてはならないし、見せてもいけない。
僕はリドルにとって、素晴らしい友人のままでいたい。
「どうか、友達のままでいさせてね」
それ以上は望まないから。
翌朝、リドルが就業前に僕の所にやってきた。
「昨日、何で起こしてくれなかったんだよ」
「……起こしたけど」
「覚えてない」
覚えていないと言われても……。酔わせたのは僕だけど、自制せずに飲んだのはリドルだから、ここで謝るのも違うだろう。
それに周りの目も気になるんだけど、リドル気付いているのかな?リドルの紅い瞳が周囲を見て、溜め息を吐く。どうやら周りが聞き耳を立てているのに気が付いたようだ。
「……次はちゃんと起こしてよね」
「うん」
次があると暗に言っているのに気付いているのか気付いていないのか、リドルって小悪魔だよね。“また”を期待させるのだから。
リドルはまたね、と言って部署を出て行った。
するとすぐに部長秘書の女性が僕の所に駆け寄ってきて、どうしたんです?と口を開く。
女性は噂好きだから聞き耳を立てることは良くあるけれど、年を重ねるとそこに自分から首を突っ込むというスキルを身につける場合がある。
ここの秘書はそれを身につけた、少し厄介な相手なのだ。
昨日此処で話したのは、その日の予定だけだった。リドルの部署でも鍵を受け取っただけだから、適当に内容は誤魔化そう。
「昨日一緒に映画を見ていた時に彼が寝てしまったんですよ。その話です」
「へぇ、あのトム・リドルさんが。どんな映画を見たんです?」
「B級映画ですよ。僕ですら退屈で、危うく寝てしまいそうでした」
リドルの話題が欲しいのだろう露骨な訊き方に、笑って返せば相手はつまらなそうな表情をして去っていった。
リドルは見た目もだが、人付き合いのスキルも高い。それでいて頭も良いから、女性陣の話題の的なのだ。少しでもリドルの情報が得られるならば、何にだって口を挟んでくる。
興味を持つのは良い事だけれど、相手の事も考えて欲しいとつくづく思うよ。
リドルとはそれからも定期的に夕食に出かけるだけで、リドルの部屋に行くことはなかった。酔っぱらって寝てしまったのを随分気にしているのか、あれから一滴もお酒を飲んでいない。
他の人との付き合い上でも飲むのを拒絶していたら、人付き合いの悪い奴だと思われてしまうだろう。そう考えると、あの時飲ませすぎたのは悪い事だったな。僕がセーブすべきだった。
リドルは恋愛に関する話をしなくなったし、僕は彼女と真面目に付き合うようにしているから小言を言われることもない。
真面目に、と言っても、相手も僕も策略結婚のようなものだ。ただすぐに結婚するのではなく、すぐに終わるお遊びみたいなお付き合いの時間を長くしているだけに過ぎない。
「今度、よろしければ我が家にいらっしゃいませんか?お父様がナチさんにそろそろお会いしたいみたいで、少し、口煩くなっているんです」
お遊びの時間はそろそろ終えませんか?と言う意味だと理解して、一気に現実に引き戻された。この女性は余裕がある人だと思っていたのだけれど、もうそろそろ一手を決めたいのだろう。
父親をダシに使っているけれど、実際は、この子の願望なのだ。
この子と結婚をするのだろうか、僕は。いや、付き合った時点でそこまでを視野に入れなければならないのを分かっていたはずだ。
分かっていたのに、逃げて、しかも長く付き合った。随分と最低な男になったものだ。そりゃあリドルも苦言を呈する訳だ。
しかし気の良い返事をするのはどうだろう?僕はこの子と結婚して、孕ませ、子を育てる事が出来るのか?自分の父親と同じ行動をとる自分しか浮かばなくて、最低だな、と再度思う。
父も、もしかしたら愛していない家庭を無理に築かされて、妻子の顔を見たくなかったのかもしれない。それならば、僕への対応も頷ける。
「そうですね。今度。でも、今はまだ僕達はお互いを十分に知りえていないから、もう少し、二人の時間が欲しいです」
知るも何も、心のうちを話すような間柄ではないのだけれど。
尤も、相手は心を開いているのかもしれない。とはいえ彼女は随分強かな女性だから、きっと隠している事は沢山あるだろう。
相手は酷く落胆したような、傷付いたような、戸惑いを隠しもしない表情を浮かべて、急ぎ過ぎましたね、とだけ言って顔をそらした。
申し訳ない気持ちより先に、相手が納得したことにホッと胸を撫で下ろす自分に自己嫌悪だ。
彼女を送った帰り道、無性にリドルに会いたくなった。
逃げだと分かっている。彼女からの話を受けて、それでもなお最初に脳裏に浮かんだのがリドルなのだから手に負えない。
彼女との未来の想像ではなく、リドルと居る未来が欲しい。望んではいけないのは分かっている。それでも、リドルと一緒に居たいと思った。
一緒に。ただ一緒に。何もなくて良い。恋愛なんて望まない。肉体関係だっていらない。特別にならなくて良い。
ただ昔の寮生活の時みたいに、一緒に過ごす時間が欲しいだけなんだ。
ごめんね、リドル。会いたいよ。
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