ハリポタ 僕らの時代 番外 | ナノ
深夜の太陽
何も無い闇だった
上も下も右も左も分からない全てが闇に染まった空間
そんな中に急に一つ、点が現れた
針の穴ぐらいの点
意識がそれに集中する
自分が近付いているのか穴が広がっているのか、点が急に大きくなる
それは点では無く人の手だった
認識してから男とも女ともつかない手が僕を飲み込むまでにかかる時間は一秒も無かった
深夜の太陽
すべてが飲み込まれてしまう少し前に目が覚める。
寝起きはいつも最悪な気分。
汗をかいたせいでへばり付いてくる服も、心臓が狂った様に打つ鼓動も、まだこんな夢に怯えている自分にも。
すべてが嫌になる。
閉鎖的な部屋は深夜故に光が無く、夢を彷彿させる。
夜目は利く方だ。
だから物の輪郭は見える。
なのに、夢の暗闇を連想するのは己の弱さだ。
靴を履いて、部屋から出る。
光が欲しかった。
それでもここはスリザリン寮。
地下に光があるはずも無い。
廊下にある燈にある火はゆらゆらと揺れているし、談話室も薄暗いから僕は外に出た。
冬が近付いているからだろう、外に出ると汗が冷やされて身体の熱を奪う。
響く足音は僕の足音。
他には何も無い。
遠くまで響いてそして闇に吸い込まれる音。
壁に当たって反響する音。
闇の空間。
視界に映る輪郭は朧で、隅は闇に吸い込まれている。
隅に追いやられた闇から手が伸びてくる筈も無いのに、ぬっとどこから手が出てきそうで気持ち悪い。早く、もっと明るい所へ行きたい。
石階段を上ると、ようやく窓がある場所に出た。
窓の外には細い月。
今から満ちるのか、それとも欠けるのか。
廊下の壁に等間隔に並ぶ燈りより強い明かり。
あの光を全身に浴びたかった。
夢の続きの様なこの空間から出たかった。
螺旋階段を上って、屋上に向かう。
外に出る扉は夜故に鍵が締まっているかもしれない、その鍵は僕が知っている魔法では解除出来ないかもしれない。
そんな考えが頭の隅に浮かんで、その時こそ僕は闇に喰われるのだろうと思えた。
どこまでも続く螺旋階段。
階段の先は闇に溶けている。
一段上れば先に一段分現われる。
見える範囲は常に一定、闇に進んでいる様な錯覚が起きる。
いつまでこれは続くのか。
いつになったら終わりはくるのか。
身体に疲労は無いのだけれど、精神的な疲労で息が上がる。
こんなに階段は長かっただろうか。
本当に出口はあるのか。
先を見ても闇に吸い込まれている階段しか見えず、後ろを見ても闇に吸い込まれている階段しか見えず。
手摺から顔を出して下を見ると、闇があった。
身体が引っ張り込まれる様な闇。
手招きされる。
慌てて身を壁の方にやった。
前に進むしかないのか。
いつまでも闇で、いつまでも続く螺旋階段。
僕は迷宮に迷い込んでしまったのだろうか。
果てが無い。
息が上がる。
聞こえるのは自分の荒い呼吸と足音。
僕は何なんだろう
僕は……どうして親に捨てられたんだろう。
どうして孤児院で嫌な思いをしなくちゃなんだろう。
いらない子だったから。
いらない子だから捨てられたのだ。
ならばどうして僕を産んだのだろう。
いらないなら、捨てるなら、産まないで欲しかった。
ホグワーツの先生に聞いて親の事は少しだけ教えてもらった。
母が純血で、父がマグルだという事だけ教えてもらった。
母はどんな人なんだろう。
父はどんな人なんだろう。
二人はどんな気持ちで僕を産んで捨てたんだろう。
何度も問うて、一度も答えはもらえていない質問。
親ってどんなのだろう。
時々、どうしようもないほどにすべてが憎くなる。
僕を産んだ母も
僕を孕ませるきっかけになった父も
僕を虐げる孤児院の人も
僕を馬鹿にする純血の奴等も
すべてが憎く、破壊したくなる。
消えてしまえばいい
壊れて無くなってしまえばいい
一人でいる時は、そう思う。
ひどく辛くて、悲しくて、腹立たしくて、全部壊れてしまえと思う。
僕みたいな人間はいらないんだろう。
だったら消してしまえばいい。
だったら壊してしまえばいい。
僕をつくった母が憎い
僕をつくらせた父が憎い
二人が存在する世界が憎い
このまま闇に溶けてしまおうか
こんな苦しい気持ちから開放されるなら、僕は喜んで闇に溶けよう。
そう考えていると、扉が見えてた。
迷いが生まれる。
僕は、こっちの方があっているのではないだろうか。
僕はこのまま闇にいた方が良いのではないだろうか。
闇こそが僕のいるべき場所の様に思えた。
それなのに、手はドアノブに。
身体が月明りが降り注ぐ場所に行こうとする。
鍵が締まっていたら僕は闇の中にいよう。
そう思ってドアノブを回し押すと、扉は簡単に開いた。
冷たい風を全身に浴びる。
眩しい月明りと、逆光のせいで形しか見えない地面から生えた様に佇むもの。
マントを羽織っているのだろう、風でマントがコウモリの羽の様に広がった。
「こんばんは」
目が蒼白い光りに馴れずとも声で誰なのかが分かった。
「……ナチ?」
僕の息は白くなる。
筒の様なシルエットは笑って、そうだよ。と言った。
「こんな時間に、何でこんな場所に?」
舌が麻痺をした様で、上手く動かなかった。
扉の場所から一歩も動けないでいる僕の所にナチは来て、自分が羽織っていたマントを僕に羽織らせてくる。
「珍しいね。抵抗しないなんて」
僕の身体は足先から頭の先まで、まるで自分の物ではないみたいだ。
マントを羽織ると若干暖かくて、身体の熱が風に奪われる事もない。
「それとさっきの質問、僕がそのままリドルに使う事も可能だよね」
ナチは笑いながら僕から離れて、月明りを全身に浴びている。
気持ち良さそうに両手を広げて夜の陽射しを浴びて、身体がこれ以上は無理だというくらい伸びをする。
僕が黙っているとナチは笑った。
「寝付けない時はよくここに来るんだ。ここに来るとすべてから解放された気分になるんだよ」
天を見上げて白い息を吐いているナチは、僕にこっちに来なよと言う。
でも足が動かない。
すべての感覚が麻痺していて、外界からの刺激を受ける視覚と聴覚だけがあるみたいだ。
ナチは寒いからね。と言って僕の手を握る。
少し冷たい指先が、僕の手に触れる。
ああ、触覚ってこういうものだったっけ。そんな事を思った。
引っ張られて光の当たる場所に連れ出される。
闇から引き剥がされる。
闇にめり込んでいた足が光を浴びる場所に一歩出る。
一歩。もう一歩。
光が足先から頭の先まで当たる。
僕の影が作られた。
闇の中では周りに溶け込んでいた影が光の中に現れる。
白と黒のコントラスト。境目ははっきりとしている。
天を見る様にとナチが指を天に向ける。
示された天は月が一つ浮かび、星が様々な大きさで輝いていて、眩しかった。
「壮大だよね。僕らが見てるのはこれでもほんの一部でしかないんだから」
白い息を吐きながら嬉しそうに言うナチ。
天は、凄い。
大小様々な星は色も様々で、僕らのいる場所に光を贈っている。
「僕らは凄い確率で存在して生きてるんだと思わない?」
ナチは天を見上げながら、笑みを浮かべていた。
月明りは黙って世界に降り注ぐ。
星がちりばめられた天。
「無だった場所にビックバンって呼ばれる大爆発があって、僕らを含む宇宙はその時にありとあらゆるものが出来たんだよ。そしてそこに地球があって僕らがいる。凄い確率だと思わない?幾千万もある星の中にちょうど僕らが住める星があったんだ」
神話の様な台詞。
ナチは現実主義の理論家だから珍しい。
偶然か必然か、それで生まれた命。
そこから生まれた命にはまるで不必要な物は無いとでもいう様な台詞。
反発心か、それとも自分の中にある縺れた糸を解いて欲しかったのか分からない。
だけど僕は、今だからこそナチに言えた。
今でなくては、言えなかった。
「ナチの言い方ではすべてのモノに価値があるみたいだね」
言った言葉は棒読みで感情も希薄。
まるでナチの意見を否定したみたいだ。
僕らしくはあるけれど、今の僕らしくない。
僕を見るナチは、哀れみか、同情か、弱い笑みを浮かべていた。
緊張を孕む空気。
重たくなる息。
呼吸が浅くなる。
「座ろうか」
近くのベンチに腰を下ろすナチ。
隣りを空けていて、僕はそこに座った。
夜風に冷やされたベンチの冷たさがじわりと布越しに伝わってくる。
「リドルが価値は無いと判断するのは何?」
全てだった。
全てに価値を見出だせない。
否、見出だせているけれど、自分が無価値だから、周りも同じようにしたいだけ。
「僕の中には二つの意見がある。リドルの言うモノが、目に見える物体を指す物なのか人を指す者なのかは分からないけれど全てが無価値なのと、全てが価値あるという二つの意見」
『物』と『者』を混ぜた言い方だったと見透かされたのは何故だろうか。
僕はきっと狐狸に騙された様な表情だったのだろう、己の中に対極の意見を持つナチはことさら笑みを浮かべて、話し始めた。
「宇宙から見れば地球にあるモノなんてあろうが無かろうが利害も何も無いんだよ。ただ存在してるだけ。それって無価値でしょ?」
でもね、と続く言葉。
「人は理由を求めるんだよ。自我の目覚めとも言うけどさ、結局それって自分で自分を必要としてる事じゃない?」
よく分からない。
そんなものなのだろうか。
僕は僕に必要性は見つけられないから。
「僕らはね、理由があるものに無価値だなんて思わないんだ。だから全てに価値があるんだよ」
何で?と見やると、ナチは背もたれに背中を預けた。
冷たい風。
目を閉じる。
目を開く。
そこには変わらずに光がある。
「まず物体の方からが良いかな。僕らにとって価値のない物であったとしても、それも他から見れば価値があるんだよ」
「人が不必要とする物を人が必要とすると?」
現実に、少しだがそれはある。
だがそれは少数でしかなく、大部分は排気処分される。
結局要らない、不必要な、無価値なモノだ。
「リドルがネックとしている場所は人にこだわる所だ。人間にとって不必要な物は山程ある。だけどね、他の生命体から見れば必要性はある。違う?」
違わない。
けれど、それでも不必要な物はある。価値のない物はある。
「僕は何かに必要だと思われている物にはすべて価値があるんだと思ってる。たった一人の人間がそれを必要だと思えば、それには価値があるんだとね」
物は、そういうものなのだろうか。
命が無いからこそ必要とされれば価値がある。
誰でも、何でも、それを必要だと言えば、価値はある。
そうなれば土に還る物は微生物の世界から見れば、すべて『価値がある物』に属すのか。
土に還らない物は人間が作り出した物だから、人が必要とする。
否、時を重ねて土に還らない物は無いのか。
何となくだけど、納得は出来た。
ナチは口を開く。
僕が望む様に縺れた糸を解けるのだろうか。
期待と不安。
双方が入り交じる。
「人は……何て言えば良いのかな」
ナチは困った様に眉根を寄せ、天を仰ぐ。
答えを探す様に伏し目がちに、射る様な視線。
「人は進化し過ぎたんだろうね。だからこそ、悩むんだろうけど」
よく分からない台詞。
「動物は生きるのが本能だ。子孫繁栄が刷り込まれているんだからね。でも人間は本能を理性で覆ってる。だから悩む」
ひとつ溜め息。
伏し目をやめ、笑みのない表情。
「僕らは子孫繁栄の為に生まれる。だから存在する。この考えもあるね」
様々な意見がナチの中にあるのだろう。
どう纏め、言葉にするかに戸惑っているみたいだ。
「でもこの考えでは当てはまらない人もいるわけか」
僕は頷く事もせず、視線があった事が答えとなった。
ナチは髪をかき上げ、目を閉じる。
「一つずつ砕いていこう。人は、他人から認識されて認められる事で自分の存在を確かめる。つまり周りが必要とすればその人は必要となる」
それはつまり、周りが必要だとしない人は不必要だと、価値が無いという事か。
「ただ勘違いはしないで。人間は進化し過ぎたからこそ悩む。でもだからこそ自分の存在理由を本能からでは無く自分で作り出せる。つまり自分で自分を必要視出来るんだよ」
自分で自分を……。
「図々しく利己的な人間だからではなく、皆本当は自分の価値を認めてるんだよ。ただそれを見失う時がある。それは進化し過ぎて思考の迷路にはまってしまうから。でもそれは悪い事ではなくて、僕は良い部分だと思うよ。何より人間らしくて愛すべき部分でしょ」
ナチは笑った。
綺麗だと、その時初めて思った。
月明りの下、ナチは笑っている。
悩むのは悪い事では無く
迷宮に入ってしまうのは人間だからであって
それで良いのだと、それが普通なのだと。
「僕は……というよりも、リドルが気付いていないだけで、沢山の人が君を必要としてるよ。特に女の子が」
「あんまり嬉しくないね」
ナチはそうかもね。と言った。
笑えて、僕が笑うとナチも笑った。
「リドルが迷ったらいつでも来てよ。僕は年中無休でリドルを必要としているんだから」
「変な言い方」
笑って笑って、胸のわだかまりが薄れゆく。
君には叶わないよ。
「さーて、そろそろ寝に行きますか」
「そうだね」
扉の方に向かう。
中にあるのは闇。
でももう大丈夫。
囚われたりしない。
〜戯言〜
実際問題、すべて必要であり、でも本当はすべて無価値なんでしょうね。
人は生物学上よく『生産者と消費者、分解者の関係は壊してはならない』と言い、モノの存在を必要としますが、それも人の視点から見ただけであって地球外から見ればそんな事どうでもいい事なんでしょうね。
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