ハリポタ 僕らの時代 番外 | ナノ
自宅飲み
「ナチ、今晩空いてる?」
またしても、忙しくしている時にリドルはやってきてそう言った。
「仕事はあと2時間後には一つが終わるかな?」
時計を見て、伝える。もうすぐ定時だ。本来ならば最後まで残りたいくらいだけれど、2時間という区切りをつけて伝えれば、じゃあ2時間後に迎えに来るという言葉。
「終わり次第、僕がそっちに行くよ。いつもリドルに来てもらうのも悪いし」
「そう?分かった」
それじゃあまたね、とリドルは去っていく。周りの先輩は帰るのか、という不満気な目を向けてきたけれども定時までが就業規則であり、期日までに仕事を終えてさえいれば良いのだから、今日仕事をせずに明日期日に迫られながら仕事しようが僕の自由なのだ。
明日は残業確定で、帰宅も最後の一人になるだろうなぁと思いながらマフラーを巻いて、紙に埋もれる先輩たちにお疲れ様でしたと声をかけてリドルの部署に向かう。
リドルの部署に入ると書類が飛び交っている状態だった。何だこの状況は。
ぐるりと見回して、リドルを見つけると電話対応中だった。
ペンが紙の上を走っていて、その状態はどう見ても後少しで終わります、というものではない。
リドルは電話を切り、何か書類を取ろうと顔を上げたところで僕が視界の端にでも入ったのだろう、ハッとした顔をして時計を見た。
そんな急かすつもりはないし、そもそも仕事とはそういうものなのだ。リドルの状況をざっと確認して、諦めるという手段が良さそうだと思った。
「今日は諦める?」
「……今度に」
「ん、了解」
僕はどうしようかな。帰ると言った手前、部署に戻るのも嫌だ。家に帰っても屋敷しもべと父親しかいないから帰りたいという気にもならないし、一応彼女と言う手もあるが煽てて相手するのも気が乗らない。仕方ない、一人で飲みに行こう。
「あ、待って」
ぽいっと投げ渡された物をキャッチする。何?と手の中に収まった硬質でひんやりしたそれを見ると、鍵。
「先行ってて。場所は知ってるだろ?」
「えっ」
渡された鍵はリドルの家の鍵なのだと推測して、驚く。
リドルの家は会社に近いアパートメントの一室を借りているのだが、何度か帰り道で一緒になって家の場所は知ってこそすれ、入ったことはない。
入って待っていろ、ということ?鍵を渡すほどの信頼を勝ち取っていると思えば嬉しくもあるのだけれど、今まで誘われたことがないのに今日に限って鍵を渡してでも話をしたいと無言で言われてしまうと、それほど急を要する話なのかと思えてならない。
あまり良い話ではない気がするから、逃げてしまいたくなるよ。
とは言え、頼られるのは純粋に嬉しいし、負担になったとしても相手はリドルだ、僕にとって良い話でなくても苦ではない。
「分かった。待っているよ」
「よろしく」
リドルの一人暮らしとなれば食事なんて必要最低限しかないだろうから、買い物をしてから向かうとしよう。
飲むのだとすれば、おつまみも用意しておきたい。台所用品がどれだけ揃っているかも分からないけれど、もし何も作れなさそうなら食材は持って帰れば良いし、何かしらあればそれを使って料理を作ろう。
そうだ、それなら最近はまっているカクテルを作って振舞ってみたいな。
そうと決まれば早い。姿くらましで自室に戻り、必要な物だけを鞄に詰め込んでスーパーの前に姿を現す。
食材と飲み物を抱えてリドルの家の鍵を回せば、ひどくこじんまりとした部屋がお出迎えしてくれた。
1K、と言うのだろうか?対面キッチンと一部屋の空間。ベッドとデスク、それから本棚というシンプルな部屋だけれど、整頓されていて綺麗だ。そういえば、学生時代もリドルの部屋は綺麗だったっけ。
あまりジロジロ見るのも居ない主人に失礼な気がして、台所に向かう。台所には鍋やフライパンがあって、ちゃんと自炊しているのだなと安心してしまうあたり僕はどうにかしている。
お互いにもう大人なのだから、良い加減そういう目で見るのはやめなければ。
「さてと」
包丁とまな板を用意して、調理を開始する。皿は不思議と何枚かあって、もしかしたら同僚や先輩をよく部屋に招いているのかもしれない。
そう思うだけで胸に燻りが生まれてしまうのだから、僕も心が狭い。自分は呼ばれたことがないのにという妬みを、どうして最初に持ってしまうのだろう。リドルの交友が広がっている証拠だと手放しに喜べないほどに僕の心は狭い。
考えるだけ落ち込むからと、気を取り直して食材と向き合う。
両手にはめた手袋を外す。右手は可能な限り生身に近付いていて、握手をした相手も義手だと気付かないほどだ。あと少し、感覚が左手と同等になれたら良いのだけれど、それはもう少し勉強と魔法の構築が必要だ。
人1人を作り出すことは出来ないけれど、一部なら作り出せると思うのだ。そういう闇の生き物もいるし、何よりマグルの世界にも居るタコは足を失ってもまた生えてくる生命力があるのだから、それを人間に応用出来る気もする。……軟体動物にはなりたくないけどね。
感覚が鈍くはあるけれど調理には問題ないから、右手に包丁を持つ。献立はカプラーゼ、サラダ、チキンとマッシュルームのパイ包み。果物も食べやすいようにカットして置いておこう。リドルは少食だと分かっていながら多めに買ってきた食材を調理して、明日の夜にでもと冷蔵庫に突っ込んで、はたと気付く。
もし前の話の後、リドルに彼女が出来ていたとして、この冷蔵庫を見て何を思うだろう。やましい事ではないのだけれど、付き合い始めた彼氏の冷蔵庫に惣菜が充実しているのを見たら女の影を疑いかねないか。
「考えてなかったなぁ……」
急ぎでの話だと言外に伝えるリドルと前の会話を思えば、十分にあり得る事なのに、僕とした事が何をしているのだろう。
彼女に変な容疑かけられないようにさっさと食べてね、と伝えておけば良いのか。いや、そもそも確定ではないのだし、あれくらいの量なら明日の夕飯になれば消える。
自然と口から溜息が漏れて、頭を抱えたくなった。
リドルの彼女か。
いつかは出来るわけだし、そもそも僕にも形ばかりの彼女はいるのだから、それでこんなに落ち込むなんてあってはならない事なのだ。祝福して、どんな子?と聴かなくては。それが友人の、親友の務めだろう?
「何でリドルかなぁ」
自覚してしまってからは、どうして、何での連続だ。相手は男でノーマル。しかも親友。この関係を崩すわけには絶対にいかないのに、その相手に恋愛感情を持って、自分を偽らないといけないなんて。
偽る事に慣れていたのに、こればかりは辛い。
さっさと結婚するべきなのかもしれない。そうすれば、きっと自分の立場に納得してこの気持ちに蓋をする事が出来るだろう。結婚は首輪だ。現実世界で生き抜くための、社会のルールという名の首輪。僕はそれを己に装着させなければならないのかもしれない。
そうすればリドルにこの感情を知られる事もなく、良き友人で良き夫、良き父という仮面をつけて生きる事となる。
外面的には理想的なポジションだ。己の心とさえ、向き合わなければ。
玄関のノック音がして、ついいつもの癖で他人の家ながら鍵を閉めていたのだと気付く。
すぐに手袋をはめてから解錠すれば、入ってきたのはマフラーぐるぐる巻きで口元を隠したリドル。
鼻先までマフラーに埋めていて、本当に寒がりだなと思うと口が勝手に綻んだ。
「お帰り」
「ただいま……何の匂い?」
マフラーを外して、鼻を鳴らすリドル。調理の香りに気付いたのだろう、台所を覗き込んでいる。
「夕食兼つまみ。今からパイは焼くから、先につまみを食べようか」
「惣菜で良かったのに」
「焼きたての方が美味しいでしょ?」
「暇人……でも、ありがとう」
コートとマフラーを掛けて、洗面台で手洗い後に戻ってきたリドルは定位置の席なのだろうデスクの椅子に腰掛けた。
「デスクに食事運んでいい?」
「うん。いつもここで食べてるから」
立ち上がって台所に来るリドル。運ぶのを手伝おうとしてくれているのだろう。
飲み物をお願いと言うと、リドルは冷蔵庫を開けて、何これ、と呟いた。
「暇だから作っておいたんだよ」
「暇人って言った事を気にしてるの?しつこいな」
「気にしてないよ。時間の有効活用しただけ。リドルの本棚を漁るのもありだけど、どうせすっからかんの冷蔵庫なんだろうなぁと思ってね、惣菜を作って突っ込んだんだ。明日の夕食にはなるでしょ?」
「本当に君はマメだね。昔も調理場に忍び込んで料理してたし」
「何?ケーキも焼いた方が良かった?」
昔を思い出して笑って言えば、冗談、と言われた。
ケーキワンホールなんて食べられるわけないだろう?と言われる。懐かしいね、リドルの誕生日とクリスマスを祝うのだという気持ちから調理をしたのだった。
テーブルに運ばれた料理と飲み物、取り皿とグラスを2組分。見る限り、このグラスは骨董品でなかなかに良いものだ。相変わらずリドルはセンスが良い。
リドルはベッドに腰掛けて、僕に椅子を譲ってくれた。確かに客をベッドに座らせるのは嫌だろうし、それが自然だろう。リドルのお気に入りの椅子を奪ってしまうのは申し訳ないが、今は座らせてもらおう。
「お疲れ」
「お疲れ」
グラスを傾けて、微炭酸の甘いスパークリングワインを飲む。
リドルにと甘くフルーティな物を選んだのだが、気に入るだろうか?
何も言わずにまた口をつけたところからして、気に入ったのだと知れてホッとする。
「今日は急だったけど、何かあったの?」
「何もないよ。ただ君とこうして飲んで食べたいと思っただけ」
うわ、口説き文句だよ、それ。気付いていない……というより男同士だから気にしたこともないのだろうけれど、そういう発言は聞き手に誤解をさせる。
僕だからいいものの、リドルは綺麗な顔立ちなのだから言葉には気をつけたほうがいい。しかし、それを注意するには僕もリドルももう大人で、踏み込んでいいものか躊躇してしまう。
昔のノリで言っても良いけれど、今日のリドルはそれをやったら呆れるよりも見下す目を向けてきそうだ。リドルもやたら静かだし、話すタイミングが掴めない。それは僕が変わったからそう見えるだけなのだろうか。
とはいえ、他の男の餌食になるリドルなんて見たくもないし想像すらしたくない。僕と同類がいたらどんな状況に置かれるか教えておかないと。
「まるで恋人にいうみたいな台詞だねぇ。損得なしにただ時間を共有したいなんて、ロマンチックな台詞だよ。僕が女なら惚れるね」
「ふぅん。ナチはこういう発言をして女を手玉に取っているんだ」
「……どうしたのリドル。辛辣な意見を」
「ナチの」
辛辣な意見を並べて、と言おうとしたところを遮られて、名前を呼ばれる。
「ナチの恋人がすぐに変わるっていう話を最近耳にした」
「あぁ……長続き、しなくて」
「いつからそんなクズみたいな生き物になったのさ。聞いていて厭きれたよ」
クズって、本当に辛辣だなぁ。とはいえ、確かに女性関係に関しては二股こそしていないが、付き合っている期間が短いから軽い男とみられてもおかしくはないのだ。
それに怒りを覚えているのだろうリドルは、はぁ、と深い溜息をついた。
君の友人として品が無かったとは思うけれど、長く付き合っても意味がない相手だから切っただけのことだ。
「別に手を出したくてそういう事をしてる訳ではないよ。ただ、知らない子達だから付き合ってみなくては相手のことを理解出来ないでしょ。だから試しに付き合ってみているんだよ。ただやっぱり合わなくて、それですぐ別れちゃってるんだけどね」
説明がましかったかな?けれど、説明しないとこれは理解してもらえないだろうし、仕方ないか。
「付き合う前の工程が抜けてるんじゃないの?」
「ん〜。僕の立場を考えれば、肩書きだけでの結婚が主流だからそれは本来ないんだよ。むしろ、付き合うもなしに結婚も普通だからね」
「……変なの」
仕方ないよ。そういう立場なんだから。そう言えばリドルは渋い顔。学生時代みたいに立場なんて無視して動けたら、きっと楽なのだろうけれどね。僕もリドルも今はもう学生ではないから自由にはなれないのだ。あの頃は良かったと思う。学力と人脈だけで生きていける世界だったから。今は肩書きが僕の動きを拘束し、リドルの活動エリアに制限をかける。
「それで、ナチは結婚する気なの?」
「ん〜……悩ましいところだね。そろそろ考え出さないといけないかなとは思っているよ」
「そう」
リドルは少し困惑気味な表情。ずっと友人でいた僕が結婚を考え出していると言ったら、それは確かに気に揉むだろう。きっとリドルも周りから恋人や結婚の話を持ち出されているのかもしれない。僕の動向を、聞きたかったのかもしれない。
「それで?リドルはどうなの?」
「何が」
「前に言ってたでしょ、立場やらは違うけれど、お互いに好き合ってる子がいるって」
「そんな話した?」
「したよ。隠そうとしないでよ」
リドルはそうだなぁと言って、それから秘密、と呟いた。
何だそれ。僕だけ話して馬鹿みたいではないか。
「僕は話したよ?」
リドルはじとりと僕を見て、そういうのはずるいと言った。ズルくてもいいよ、教えてもらえたら僕はこの気持ちを押さえこめるのだから、言って欲しい。
「相手に恋人が出来た」
「……え?」
え?リドルとその子、そもそも付き合っていなかったの?良い関係だけど友達以上恋人未満で、女性が彼氏を作ったということ?
「家が家だからね、ナチと一緒でしっかりと結婚を考えないといけない時期になったんじゃない?」
少し投げやりな言葉。オーブンが焼きあがる音を奏でて、パイ包みを取りに行く。思った以上に重たい空気になってしまった。まさかあのリドルが失恋するなんて、思ってもいなかったからどう声を掛けたら良いのか分からない。
僕が知る限り、リドルのこれは初恋だろう。先に卒業してから今までそこそこ関係は薄くなっていたけれど、リドルのことだから好きになる前に好きになってもらえているはずだ。それなのに失恋だなんて惨い。両者ともに好き合っていて、ただ家が関係して駄目になるなんてあんまりだ。
パイ包みを出せば、リドルは食べ始める。
態度が変わらないということは諦めきっているのだろうか?
悲し過ぎる。
リドルは僕を見て、何その顔、と笑った。その笑顔は完全に吹っ切れていて、落ち着いている。
「気にしなくて良いよ。こうなるって予測付いていたから」
他の奴等ならなんとでも言って励ませるけれど、相手がリドルというだけで僕の舌は動かなくなるのだから全く意味がない。
なんで必要な時に必要な言葉が浮かばないのだろう。
「飲もうか」
「飲んでるよ」
なんとか出て来た言葉にリドルはふっと笑った。
良かった、笑えるだけの少しの心の余裕はあるようだ。
「最近カクテルを作れるようになったんだ、洋ナシのカクテルとか飲んでみない?」
「カクテルの元が無いよ」
「買ってあるよ」
「……僕は飲まないから、持って帰ってね」
渋い顔をしてそう言いながらも、食べる手は止まらない。
「友達を呼んだ時に使えばいいでしょ」
「相手が作れるとは限らないよ」
「そうだねぇ……じゃあ、また僕が来る時用に置いておいてよ」
「呆れた。僕のところにこれからも遊びに来るつもり?そんな時間あるなら、彼女の所に行きなよ。腕を振るえば喜ぶんじゃないの?」
「お互い実家暮らしだからそれは出来ないかな」
「ふぅん……。でも僕に会う時間作るなら、彼女と居る時間作りなよ」
「ん〜……まぁそうかもしれないけど、僕はリドルと居る時間も好きだからなぁ」
「呆れた」
本日二度目の呆れたという発言に笑えば、リドルも笑う。
洋ナシを切ってカクテルを作っていると、バーテンダーみたいだと言われた。
それならばと、わざと高めにシェーカーを構えて振るう。
リドルは僕をジッと見てきて少し気恥ずかしさを覚えるけれど、きっとリドルは他に動くものが無い空間だから僕を眺めているだけなのだろうし、意識する必要はないだろう。
持って来ていたカクテル用のグラスに注いで、リドルの前に置く。
「自信作だよ、飲んでみて」
「いただきます」
浅いグラスが傾いて、リドルがほんの少しだけ、まるで毒見をするように飲む。そして気に入ったのだろう、二口目はしっかりと飲んだ。
「へぇ、美味しいね」
「良かった」
「相変わらず多才だね、ナチは」
「リドルしか知らないけどね」
「他の人にも披露すれば良いじゃないか」
「嫌だよ。料理もカクテルも趣味でやっているんだから、それをやってくれって言われてやるのは好きじゃないんだ」
「ふぅん……」
リドルは首の細いグラスをまた傾けて、一気に飲み干した。
アルコールは低めで甘めに作ったものではあるが、そんなに一気飲みするようなものではないのだけれど……何か気に障ったのかな?
「ねぇ、柑橘系はある?」
「ん〜、オレンジなら買ってきているよ」
「じゃあオレンジのカクテルを作ってよ」
グラスを出されて、思わず苦笑い。
昔はリンゴや洋ナシをよく食べていたから今も好きだと思っていたのだけれど、最近は柑橘系にはまっているようだ。
「了解」
グラスを受け取って台所へ向かう。
今日はリドルの好むカクテルを作って終わりそうだと、そんなことを思った。
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