ハリポタ 僕らの時代 番外 | ナノ
形だけの恋人
社会人になって2〜3年経つと、恋人は、結婚は、という話が上司の口から出てくるようになる。
確かに、サハラという家を背負っている立場を考えれば、結婚して子を持つのが当然なのだろう。おかげで社交界では娘を見せてくる親が昔以上に増えたのも事実だ。
この年ともなれば女性とそういう関係になるのは自然で、そういったことがないと周りからEDやゲイではないかと疑いの眼差しを向けられることもある。それがあまりにも不名誉だからと試しに数名と付き合ってみたのだけれど、やはり長続きはしなかった。
話していて楽しくないし、触れ合っても幸福感すら無いからただの肉体の処理としか思えなくて、何をやっても虚無感しか得られない。
テンプレートに沿ったお付き合いをしても何も得られるものはなくて、元々、恋愛というやつに対する感情を持ち合わせていないのかもしれないと、そう思っていた。
思っていたのに。
「ナチ、今日飲みに付き合ってよ」
持ち回りの最中に僕の所に寄ったのだろうリドルが書類を小脇に抱えたまま、こちらの予定も聞かずに開口一番そう言った。
書類が飛び交う空間で僕はきっと間抜けな顔をしたことだろう、飲みに行こうって言ってるんだよ、とリドルは再度口にする。
いや、内容は理解しているよ。
ただね、僕には一応恋人がいるんだ。テンプレ上、アフターはその子に費やしてあげなくてはいけないんだよ。という言葉は心中で呟かれるだけで終わった。リドルには彼女がいると話はしていないからだ。
入社当時のリドルは知り合いが少なかったし混血という理由だけで周りが拒絶して馴染めていないところがあったけれど、それもすぐにリドルの持ち前の人付き合いの良さから克服されて、部署内外に人脈を持っている。
その結果、僕達はそれこそ数ヶ月に一回予定を合わせて飲みや食事に行く程度で、付き合った云々の話をするような間柄からは離れているのだ。それに僕自身好いた惚れたで付き合っているわけでもないので、何かを訊かれたところで答えようがない。
だからこそ言わなかった。その結果、リドルは僕の定時後の事など考えてもいないような誘い方をしてくる。
いや、予定があれば断るだろうくらいに考えているのだろう。僕が一度も断ったことがない事実に、きっと気付いていないのだろうね。
「分かった。じゃあ、定時後にリドルの部署に行くよ」
「定時は僕が無理。終わり次第ここにまた来るから」
じゃあね、と去って行く。ちょっと待ってよ、リドルの仕事が終わるまで僕はここに居ないといけないわけ?仕事は沢山あるから構わないけれど、リドルの仕事が終わったとしても僕が仕事で忙しくしていたらどうするつもりなのさ。
……約束したんだから行くよって言われるのがオチだろうな。
最近のリドルはどうにも我侭だ。それを許す僕も僕なのだけれども。
一応恋人のポジションに収まっている女性でも、こんな事を言ってきたら面倒臭いから別れるという選択肢を迷う事なく選ぶのに、リドルにはそれが出来ないという事実は随分と嫌な結論を僕の頭の中に描かせる。
はぁ、と溜息を吐いて、今は目の前の仕事に集中する事にした。
結局リドルが来たのは、定時から2時間が経った頃だった。
すぐに区切りをつけて帰られるようにと細かい仕事をしていたので、ほら早く行くよ、という言葉にすぐに腰を上げることが出来た。
初めての入店以降行きつけとなったマグル界にあるバーに入って、カウンターの端に並んで腰掛ける。
人に話を聞かれるのを好まない、というより僕の話題は新聞でネタにされ兼ねないので、極力魔法界の人が来ないマグルの世界で、且つ端に寄るのが習慣になっているのだ。
そう、だから付き合っているだとか、そういう話もこういう場では出来やしない。この年で色恋沙汰のスクープを取り上げられたら、それを理由に結婚をせがまれるに決まっている。
冗談じゃないよ。まだ結婚なんて描けていない。そもそも結婚したいとすら思っていないのだから、ゴシップネタにされるのはごめんだ。
「で、どうしたの?」
いつも最初に口付けるカクテルをバーテンダーも覚えたようで、無言のままそれとつまみを置いて去っていった。その背中に食べ物も頼むと少し振り返って、頷いて去っていく。マグルは空気を読むと言うか、こちらの気持ちを察することに長けている気がする。開心術が無いからこそ、彼らに備わった感性なのかもしれない。
バーテンダーが完全に去った後、リドルはそこそこ有名な家の娘から告白されたのだと言った。
「あー……」
てっきり仕事の愚痴だと思っていたのに、なるほど、そういうことか。いつかはそんな話が来るとは思っていたけれど……。
「で?僕に何の質問?」
つい少し適当な口調になった為に、赤い瞳に睨まれる。こればかりは許して欲しい。こちらも心の準備が出来ていなかったのだ。
「その家についてナチは何か知ってる?」
「えーっと……」
これは前向きにお付き合いを考えていて、ただ、家について知っておきたいということ?
本人同士の気持ちではなく、家を知りたいというのは、どういう了見だ?
家柄で選ぶということ?あのリドルが?まさか、だってリドルは……違う、彼ももう社会の波にもまれて綺麗事だけの世界では生きられないと悟ったのだろうし、僕が彼に綺麗事を押し付けるのは間違いだ。
魔法省に勤めているというポジションしかないリドルにとっては、そこそこ知れた家に入るのはベストな選択になるだろう。
そういう考えならば、僕も助力を惜しまない。
「その家は三人姉妹で、その子は次女だから家を継ぐというのはないだろうけれど良いと思うよ?」
「は?何の話?」
「……リドルこそ何の話?」
え?違ったの?こういう回答を求めていたのではなく、別の回答が欲しかったの?では、何を求めていたのか言ってくれなくては分からないよ。
「あんな家の奴らが僕に色目を使ってくるって事は、僕の仕事の情報が欲しいからではないかって考えたんだ。ほら、僕はお金の管理をしているだろう?しかも、その子の親のいる部署が管轄なんだよ」
「あ……そういう事?」
「ふざけた勘違いしないでくれる?なんで僕があんな女と付き合うのさ。大方、親の不正がバレているかどうか、バレているなら色仕掛けしようって魂胆だろ?」
……それは違うと思うけれどなぁ。リドルは自分の容姿がどれほどの影響を及ぼすか、分かっていないのかな?
「そういった意味で言わせてもらうなら、あの家は白だよ。親が堅実だしね、最近羽振りが良いとも聞かない」
「ふぅん。じゃあただの好意か」
「ただのって……可哀想でしょ、リドルの事好きで告白してきたのに」
「僕はナチみたいに人をあっさりと信用したりしないからね」
リドルは自分の疑問が解決したのに満足したのか、つまみに手をつけ始める。
僕もフライドポテトを口に運びながら、リドルの言葉の真意を掴めずに本心を言った。
「僕だってそうだよ。人を簡単には信じないさ」
「でもナチ、今付き合ってる子がいるんだろ?」
「えっ」
リドルはフンと鼻を鳴らして、気付いていないとでも思っていたの?と言った。
気付いて欲しくないとは思っていたよ。
その理由は、好意で付き合ってるわけではないという最低な理由もあるけれど、それ以上に、別の理由がある。深くは考えたくもないけれど。
「君が付き合うって事は、それだけその子のことを信頼したからだろ?」
「いや、そんな事はないよ」
「良いよ隠さなくて。何?照れてるの?まぁ僕たちこういった会話してこなかったからね」
リドルは嫌らしくニヤリと笑う。その顔に何故だろう、どうしようもなく泣きたくなってしまう。泣けるはずもないのに、この感情に気付きたくないのに。
「その子と付き合うきっかけは?」
綺麗な赤い瞳が細まり、長い睫毛が強調される。彼女の瞳は赤くないけれど、笑った時の目を細める感じが似ているのだ。だから、それを見るためになら付き合っても良いかもしれないと思った。
過去の彼女も、輪郭とか、雰囲気とか、どこかしら似ている部分があった。あったから、付き合ったのだ。
真実を言ってしまったら、きっと瓦解する。
ああ、駄目だ。付き合う相手に選んでいる人達の元となる存在に、気付きたくなかったのに気付いてしまっている。
気付いているけれど隠さなくてはならない事柄を本人が聞いてくるとは、なんて滑稽なのだろう。
「何だよ、だんまり?」
つまらない。そう言うリドルに、選ぶ基準はないよ、としか返せなかった。するとすぐに嘘だね、という回答。
「沢山な中からその子を選んだんだろ?」
「どこまで知ってるの」
「女性陣はお喋りでね、情報なんてどこからでも入ってくるさ」
「これから気をつけないと」
「女は喋るから無駄だよ、諦めな」
そうだねぇ、と笑うしかない。他にどう言えば良いのかすら分からない。
「まぁナチが誰と恋愛しようと構わないけどさ、付き合っている相手が居るなら僕とばかり飲んでいたら駄目だよ」
リドルは比較的甘くてアルコール度の低いカクテルを飲んだ。
柔らかな唇がグラスに触れて形を変える。そんな姿を見せながら、そういうことを言うのか。
「リドルは」
「ん?」
「リドルは好きな人居ないの?」
リドルに好きな人が居れば、僕はきっとこの思いに蓋が出来る。今の関係は、友人を超えたような状態だから辛いのだ。
リドルに好きな人が居れば僕だって諦めて、応援が出来る。
リドルはカラン、と氷の崩れる音を奏でてグラスを置くと、どう見える?とカウンターに肘をついて、顎を手に乗せて意地悪く笑った。
その回答だけで、十分だ。
「付き合ったら教えてよ」
言えば、教えられる状態になったらね。という回答が返ってくる。
自分から言っておいて、こんなに気分が悪くなる話だとは思わなかった。平常心を保って、悟られないようにしなければ。
「リドルならすぐ付き合いそうだけどなぁ」
「残念。相手の家が結構凄くてね。本人同士が良いと思えたとしても、色んな障害が出てくるよ」
「難儀だなぁ。僕に手伝えることはある?」
「そうだねぇ……手伝って欲しいと思った時に言うよ」
リドルの恋だ、応援をしなければ。もし必要ならば、駆け落ちする準備も手伝ってあげよう。
先ほどの話の限り、本人同士は恋愛関係になっているかは抜きにしても、きっと良好な関係なのだ。
ああ、顔は勝手に笑うのに、どうしようもなく胸が痛い。
もうお開きにして帰りたい。そう思うのに先ほど注文した料理が届くのだから、まだまだ帰られなさそうだ。
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