ハリポタ 僕らの時代 番外 | ナノ
昼休み
寒いのは嫌いだと言ったら、ナチはリドルは暑いのも嫌いでしょ、と言ってきた。
暑いのは大嫌いなんだと言えばナチは笑って、じゃあリドルはいつが好きなの?と訊いてくる。
その手は休むことなく動いていて、茶葉を目分量でティーポットに入れると、適温なのだろうお湯を注いだ。
そして、真っ白な手袋をはめた手がくるりと砂時計を回す。
あの砂時計が落ちたら、紅茶が一番良い味の時なのだと以前ナチが言っていたっけ。
でも、お茶を淹れるのくらい屋敷しもべや魔法を掛けたティーセットにさせればいいのに。
魔法を使えないスクイブですら、魔法のかかったティーセットを購入して自分でお茶を淹れたりはしない。
それが魔法使いなら、尚更だ。
ナチはこだわりが強くて何でも自分でやりたがるきらいがあるのを僕は知っているからナチが自分でお茶を淹れるのを見ても気にならない。
それこそ、「また凝り性が発動したのか」くらいだ。
けれど、周囲はそうではない。魔法使いでしかもそれなりに素質を持つナチが自分でお茶を淹れるのを、周りは奇妙に思っている。
お茶を淹れるナチを見た周りが変わり者だなんだと言っているのを、ナチは知らないのだろうか。
…知らないはずないか。
ナチは女性陣並みに耳聡いんだし。
「長袖一枚で過ごしやすい時かな」
「季節の変わり目?」
「そうなるね」
昔の僕を思い出したのだろう、そうだったね。とナチは柔和な笑みを浮かべる。
それはいつも顔の上に張り付けている笑みではなくて、ナチが時折見せる本当の笑い方。
この違いに気付いたのは社会人になってからで、学生の時にナチの全てを理解しているつもりでいた自分を恥ずかしく思う。
あの時にナチが無理していたのだと気付けていたら、きっとあの事件も結末が変わっていたのかな。
真っ白な手袋をはめた両手。
右肩から先が機械仕掛けになっているために、周りに気付かれないように長袖を着て手袋をはめている。
利き手(昔は左利きだったのを矯正して右利きになったと言っていた)だけに手袋をはめているのは不信感を煽るからと、両手に手袋をはめて、両腕とも隠している。
おかげで周囲は皮膚炎か何かだと勝手に思い込んで、ナチのことを詮索しない。
そういえば。
「ねぇナチ」
「ん?」
パチリと音を立てる瞼の奥には漆黒の瞳。
本当は紅いのに、それも隠しているナチはどこまで自分を偽らなくてはならないのだろう。
「なんで右手は陶器に触れても音を出さないの?」
陶器と金属。ぶつかれば陶器が甲高い音を奏でるはずだ。
それが無いなんて、おかしい。
前に手袋を外した状態で頬に触れられた時は、冷たかったし硬かった。肌触りも間違いなく金属のそれだった。
だから、仕掛けがあるとすれば手袋。
ナチはニコッと人当たりのいい笑みを浮かべて、僕の頬に手を伸ばしてきた。
触れるそれは、温かくて柔らかい。
「夜会に出れば握手を求められることも、ハグされることもあるからね。触っただけでバレるのはよろしくないから、右側の服と手袋にだけ魔法を掛けたんだ」
「なるほどね」
砂時計の上が空になると、ナチは紅茶をティーカップに注ぐ。
甘酸っぱい香り。
何だろう。嗅いだことはあるけれど、何かが分からない。
季節を感じる香りだけれど。
「アプリコットだよ」
「へぇ。新しいね」
いつもはダージリンやアッサム、アールグレイなのに。
「茶葉の店でシーズンのが出たと言われてね」
新しい物好きって、女子か。
ソーサーに置かれたカップが前に出される。
一口飲めば、熱さの後に甘酸っぱさが口内を満たした。
鼻腔を抜ける香りも、これがとびきりの品なのだと僕に知らせる。
ナチも飲んで、うん、美味しい、と言った。
「ところで、リドル」
「何?」
「仕事はどう?慣れた?」
何それ、親のつもり?
バッカじゃないの?
「僕の猫被りくらい知っているだろう?」
「知っているけどね、ここは純血ばかりだから」
「君が心配するようなことじゃないよ。それに僕の部署は混血だっている。まぁ、マグル出身はいないけど」
僕のいる部署は教育関係だ。
マグル出身はマグル界の学校を知っていて、カリキュラムも把握している。
マグル界のカリキュラムを取り入れたいという人は少なくないが、簡単に教育体制を変えられる筈もない。
特に頭の固い年寄りになればなるほど今の状況を変えたがらないから、採用される率も低くなるし、その結果今の教育体制だけを望む人間だけで部署はなり立たされている。
まぁ、僕はそれに今は反抗なんてしない。
僕は将来、上の腐った奴らを倒すために今は猫を被るんだ。
「君が心配するような事はないよ」
「ならいいけど」
引っかかる言い方。
何か聞いているのか?まさかね。
混血だというだけで同期の純血よりも下に扱われるのは覚悟していたし、想像より周りは僕を受け入れているからそんなに大きな話題にはなっていないはずだ。
「ねぇリドル、クッキー食べる?」
「昼を食べたばかりだけど」
デスクに目をやる。
そこには空になった弁当箱が二つ。
ナチの部署はグループ毎に部屋が割り振られている変わった部署だ。
そしてナチのグループは上司と部下を合わせて三人。今日は上司が休みで先輩は出張だからと、ナチの部署で食事を摂ることになった。
「今の君の仕事は何になるの?」
「今は環境だよ。ここのグループは商店街。今頃先輩はダイアゴンかな?」
「へぇ」
「まぁ、僕はすぐに別の部署に移動だろうけど」
前の部署は一年で移動になったのだとナチは言っていた。
一年おきに部署を移動して様々な経験をさせて、上へ立つ人間へと育てるつもりなのだろう。
ナチは学生の時よりも更に人付き合いを上手くして、着実に目標への道を築いている。
下からは何をしても無駄だと知っているから、上へ立って腐敗した上層部を崩すのだ。
それが僕とナチの目標。
「で、クッキー食べる?」
「いらない」
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