ハリポタ 僕らの時代 番外 | ナノ
狩猟
負けは即ち、死?
「ナチ、トムに対抗するには力をつけねばならぬ」
教師、否、もう校長であるダンブルドア先生が口にするのは決まって警告だ。
顔を会わせるたびに飽きもせず言ってくる。
僕は何度この会話をしても、毎度ダンブルドア先生の希望を打ち砕くように首を横に振った。
それは今回も同じ。
「それでは戦争になってしまいますよ」
いつもならば適当にあしらっていたけれど、流石にこう何度も同じ会話を繰り返すのは非生産的だからと口を開く。
また僕が適当に何事かを言って逃げるだろうと思っていたらしいダンブルドア先生は、少し驚いたようだ。
「ナチは、これを戦争ではないと?」
僕達魔法使いの世界では親族による内乱や、他部族によるいがみ合いの末の戦い等はあったけれど、人間同士の大きな争いはない。
サラザールとグリフィンドールだって、争いの内容こそ多と多であったけれど、戦ったのは個と個だ。
つまり、意見が合わない事による喧嘩と言ってしまってもいい。
そう考えれば、僕とリドルのも喧嘩だ。
二人で傷付けあっているだけの実に子供らしい、周りに無害なもの。
とはいえ、リドルの背後には大勢がいる。しかも有力者ばかりを選りすぐった精鋭隊だ。
権力も金も力もある、文句無しの純血主義のグループ。まさかリドルがそれを束ねるようになるとは思わなかったよ。
その精鋭隊の存在に気付いているダンブルドア先生はこちらにも精鋭隊を作らせようと考えているようだけれど、複数の武力をこちらも得てしまえば、それは戦争だ。
思想と思想の抗争だけは避けたい。
それをリドルは理解しているのだろう、僕を相手する時は一人で来る。
それはリドルのプライドがそうさせているのだろうけれど、それでも精鋭隊を使って僕を炙り出すこともしないあたり、僕に対しては思想の不一致からの争いではなく憎しみだと言いたいのだろう。
リドルが自分の周りに勢力を付けているけれど僕の相手をする時は多勢を付けてこない今、こちらが多勢を付けては個と個の喧嘩ではない、僕の思想側の集団とリドルの思想側の集団による戦争の合図になる。
そうなったらもう手を付けられない。
それだけは、何があっても避けたい。
僕は求める物以外を排除するダンブルドア先生のようにはなれないのだ。
「リドルはまだ誰も殺してはいないんですよダンブルドア先生。僕を殺してホークラックスを作るのがリドルの最初の目的なら、僕が生きている限りリドルは次のステップにはあがりません」
リドルの律儀さというか融通が利かない性格は把握済みだ。
周りの精鋭隊に何を言われても信念を曲げたりはしないだろう。
そして精鋭隊はリドルには逆らわないようで、目の上のタンコブのような存在の僕をリドルが手を下す前に始末しようとしない。
だからこそ僕は悠長にしているのだ。
それにしても、あそこまで気位だけは高い純血主義者を手懐けたリドルには驚いたな。いつか普通に話せる時が来たら、どうやったのか教えて欲しいものだよ。
「では、ダンブルドア先生」
さよならもまたも言わない。
僕はリドルが方針を変えて精鋭隊を使えば、ひとたまりもないのだ。
全員で挑まれては、命を落とす可能性も十分にある。
つまり僕の命はリドルの采配にかかっているのだ。
自由に移動出来るようにしたこの体で僕は行方をくらませる。
魔法で守られている魔法省は安全だからこそ勤めてはいるけれど、家には帰らない。
場所が割れている所に居続けては寝首を狩られるとも限らないし、何より父親がリドルの駒になっているのだから、あの家は僕にとっての危険エリアだ。
魔法省内は皆社会人の仮面を被って立場を守っているから安全だけれども、一歩出れば至る所に敵ばかり。
お陰様で、会社帰りはいつもポートキートなっている自分の体を使って、隠れ家が見つからないように注意して帰っている。
視界が魔法省の空間から一転して、暗闇。
爪先から降り立った場所は森の中。
僕の自宅の前だ。
鬱蒼と茂った森は、冷たい月明かりを葉の隙間から降らせる。
僅かな月明かりの中でも、夜目が利くから玄関に背をもたれさせている人物には即座に気付いた。
そろそろ来ると思っていたよ、と心の中で呟く。
「遅かったね」
「お出迎えどうも、リド……」
「ヴォルデモート」
名を呼ぼうとすれば訂正される。
それはサラザールが君に付けた烙印であって、君が嬉々として使用するものでは無いはずだ。
「僕はそんな名前の人物、記憶に無いね」
「それなら今すぐ記憶することだよ」
「記憶して欲しいなら、努力することだ、ね!」
腰を低く下げて地面に手を付ける。
リドルの伸びた腕の先には杖。
光は僕の頭上を過ぎて木に当たったのだろう、木が崩れた音がした。
僕も杖を構える。
「挨拶も無しだなんて短気だね。否、元々短気だったかな?」
「君は変わらず暢気だ。腹立だしい」
「それを善かれとしていたのはリドルだよ」
「だから僕は、ヴォルデモートだ!」
苛立ちを見せたリドルは攻めてくる。
対する僕は守りの一手だ。
リドルは闇が深くなるほどに強くなっている。
あまり認めたくはないが、やはり血筋だと思わずにいられない。
己はどれだけ頑張ろうと凡人の域を出られないのだと思い知らされるよ。
今も一撃が重くて、後退するばかりだ。
そんな僕をリドルは嗤う。
「弱くなったものだね」
「最近仕事が忙しいせいかな」
「減らず口は相変わらずか」
「口が達者だと言って欲しいね」
攻撃を撃つとリドルは当たる寸前に避けて、代わりに木が粉砕した。
魔法が当たったのが木であった事に安堵した僕は一瞬の隙を作ってしまったのだろう、リドルは迷わず魔法を撃ってきて、右腕で体を庇う。
肉体に対する直接的な衝撃こそ無かったけれど、金属片がぶつかり合う音と肩にくる衝撃に息が詰まった。
金属で出来た右手は、肩から外れて吹き飛ぶ。
生身で受けていたらひとたまりもなかっただろう事は明白だ。
今ばかりは、自分が義手で良かったと思うよ。
義手になる原因のサラザールに感謝するのだけは、御免だけどね。
「まさか受けるとはね」
杖を構えたリドルが紅い瞳を細めて言った。
魔法を撃ったリドル自身が当たるなんて信じられないと言いたそうな表情。
僕をもっと強いと予測してくれていたのは嬉しいけれど、その発言は力加減をしていた人間の発言だ。
「僕にとっても予想外だ」
右に腕という重みの無い身体はどうも均衡が取れない。
飛び散った金属。
歯車が草に埋もれている。
「義手だったんだ」
「まぁね」
「いつから」
「さぁ、いつからだったかな」
「誰に奪われた」
背筋がヒヤリとする。
リドルの声音は主が従に命を下すそれだった。
従属しか許さない、誤魔化す事など許容しないという雰囲気。
いけない。リドルの纏う雰囲気に気負されてしまいそうだ。
逆らってはいけないと本能が告げる。
僅かな月明かりが差し込む闇にいるリドルの紅目が輝いた。
射し込む月明かりが瞳の部分に当たっただけだというのに、それは脳にインパクトを与えて思考を奪おうとする。
絶対的な王がいるとすれば、それは目の前にいるリドルだろう。
膝をついて頭を垂れ、従属したくなるよ。
尤も、彼は僕の主人ではないのだから不様な姿は見せないけど。
「リドルには関係ないと思うけど」
笑って言ってやれば、リドルは杖を振る。
身体を動かして直撃は避けれたけれど、やはり右腕の重さが無い身体はどこか不自由で避けきれずに右側に切り傷が生まれた。
かまいたちか。
「訊いている事に答えろ!」
「僕が答える前に、リドルが考えるべきだね」
「回答だけを述べろ!無駄口を叩くな!」
杖の先が僕を示す。
リドルは声を荒げて僕を睨む。
止めて欲しい。
僅かな期待を持ってしまうじゃないか。
「何故僕が腕を失ったのが許せない?」
「煩い!」
もしも、もしも僕を少しでも案じてくれたというのなら。
僕はまだ君を闇から救いだせると思い上がってしまう、期待してしまう。
きっと君は完璧主義者だから、他者に傷を負わされた僕が許せないのだろう。もしくは、しもべ達が命令に背いて動いたのかと考えて腹が立っているのか。
ただ、それだけなんだろう?
「腕は何処にある」
「何?拾って埋葬でもしてくれるの?」
「君の身体は僕のホークラックスを作る資源だ。すべて僕のモノだ」
何を言ってるんだリドルは。
ホークラックスは殺人によって魂を裂く技法。
贄に特殊な感情なんて要らないはずだ。
例え伴侶を殺したとしても、裂けるのは一度だけ。
どんな感情を持っていてもそれは揺るがない。
それとも、本当に僕が憎くて総てを八つ裂きにしたいという事だろうか?
それなら、分かる気がする。
腕一本でも残っているのが許せない。そういう事なのだろう。
本当に嫌われたものだ。
原因が己の行動だから、仕方ないのだけど。
「ナチ、お遊びは終わりだ」
「いきなりだね。戯曲は最後まで楽しむものだよ、途中で適当に止めるのはナンセンスだ」
「適当に止めるんじゃない、僕がちゃんと終止符を打つ」
僕の命を止める、という事だろう。
片腕を無くしてバランス感覚が鈍い僕とリドルでは、勝ち目はない。
戦線離脱が一番良いか。
「逃がさないよ」
こちらの考えなどお見通しとでも言うかのように、周りに結界が現われる。
魔法省やホグワーツに張られている結界と類似したそれ。
ただ違うのは、魔法省やホグワーツは入るのが困難で出るのは容易だが、これは入るのが気付かないくらい容易で、代わりとして出るのは難しいという事。
リドルを甘く見ていた。
彼の本気に気付いていなかった。
まだ心の何処かで、リドルは僕を殺せない、殺さないと期待をしていたのだ。
なんて愚かなのだろう。
今まで易々と逃げられていたのは、リドルが僕を逃がすつもりでいたからだ。
そんなこと、今の力の差を考えれば歴然だろうのに。
自分の愚かさに虫酸が走るよ。
「いい顔だね、ナチ。凄く悔しそうだ」
リドルは楽しそうにクツクツと笑う。
君の悔しがる顔を見たかったのだと、そう言った。
学生の時は絶対に見せなかったから、と。
「ナチ、僕は迷ってるんだ」
杖を指先でクルクル回して楽しそうに言う。
「君を失うのは勿体ない」
「過大な評価身に染みるね」
「本来なら、腕も僕のモノだった」
「……リドル?」
「僕と対等でいられたのは君だけだ。そんな君を失ったら、僕のやる気が削げる」
「……」
だから生かすとでも言うつもりか?
けれど、それならば結界をわざと見せたりはしないだろう。
いつまでも不毛な鬼ごっこを続けろとでも言うつもりか?
圧倒的な強者の前で手も足も出ない弱者をいたぶって楽しむような趣味の持ち主だったのか。好ましくないね、リドル。
「リドルの玩具になるくらいなら、堂々と戦ったほうがマシだね」
「君が死んだら部下が暴れだす。君が人柱になっているのを忘れてるのかな?」
脅しをかけるのか。
でもその脅しは無駄だよ、リドル。
「僕は他人に興味が無いから、誰かのために生きようなんて思ってないよ」
僕が守りたかった存在はリドルだったから、他は正直どうでも良いんだ。
「僕を殺してホークラックスを作るんだろう?戦わなくては計画が進まないよ」
尤も、易々と死ぬつもりはないけどね。
結界は見たところ四ヶ所に印がある。
魔法を回避しながらそこに近づいて破壊してやれば、結界を破れるだろう。
ただ問題は、右腕の損失。
このアンバランスな体で魔法を回避しながら移動が出来るか。
こちらが好戦的な態度を取れば、リドルが口の端をあげたのが分かった。
やっぱりね。
あそこで屈していたら、リドルは僕を殺してもいい存在としていただろう。
この関係を楽しむなんてクレイジーだ。そうは思うけれど、まだ世界の破滅よりも今を楽しめているリドルは闇の帝王にはならない。そう思える。
否、信じたいのだ。闇の帝王にならないと。
「大人しく僕に屈したら楽なのに」
「僕が誰かに頭を垂れる姿が想像出来る?」
「想像が難しいからこそ、見たいんだ」
「悪趣味」
ポケットに潜ませていたオリジナルで作った製品を僕とリドルの間に投げる。
するとそれは予想以上の爆発をして、大地を吹き飛ばして僕達も吹き飛ばした。
「ぐっ!」
背を壁に打ち付ける。
視界が一瞬真っ黒に染まった。マグルの手榴弾を真似たんだけど、これは威力が強すぎだ。
打ち付けて圧迫された肺が痛くて眩暈も起きたけれど、リドルと距離が取れた今しかない。
立ち上がって背をぶつけた壁、正式には結界に触れる。
結界の印の近くに飛んだのは運が良い。
僕が印を壊すと、結界はぐにゃりと歪んで消えた。
「ナチ!」
リドルが苛立ちを含んだ声を上げるけれど、まだ砂埃は沈静していないから姿が見えない。
「さっきのはマグルのだよ。僕達よりマグルのほうが実に賢いと思わない?」
リドルが嫌う穢れた血。
けれど彼らが作った品の威力は凄まじくて、とても僕らが見下していい存在ではない。
魔法が無いからこそ知識を発展させた彼らが、魔法使いより下の立場であるはずが無いんだ。
リドルだって昔はそう思っていただろう?
元より君は、マグル界に居たじゃないか。
「ふざけるな!」
リドルは激昂する。
どうしてそんなにマグルを嫌うんだ。
あの論理的だったリドルが、理由も無く血だけで嫌うなんておかしい。
君はそうではなかっただろう?
サラザールの血の影響なんだろう?
そこまで考えて、唇を噛み締める。
やっぱり僕はリドルを信じたくて、都合良く解釈をしている。
なんて、愚かなんだろう。
「またねリドル」
姿くらましを使う。
リドルがナチ、と僕の名前を呼んだ気がした。
「こんばんは、ダンブルドア先生」
現われた先は校長室。
ダンブルドア先生は汚れた僕を見て驚いたように駆け寄ってきた。
「トムか」
「えぇまぁ」
ダンブルドア先生は僕を哀しげに見てくる。
そんな顔されても困る。
ダンブルドア先生の口が開きかけたから、咄嗟に言葉を紡ぐ。
僕の生き様に口を出さないでくれ。
「僕の右手を作ってくれた人を呼んでくれませんか?壊れてしまったんです」
- 24 -
[
*前
] | [
次#
]
←
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -