ハリポタ 僕らの時代 番外 | ナノ
マクゴナガル先生2
変身術の教師として戻ってきて初めてナチ・サハラのゴーストを見た時は衝撃が大きかったのを覚えている。
彼ーーナチ・サハラーーは非常に優秀な生徒であり、また、スリザリンにしては珍しく誰とでも分け隔てなく接する人間でもあった。
しかし彼は魔法界を牛耳る父親を持つ所謂いい所のご子息でもあって、私より1学年下でありながら親の意見と本人の優秀さを認められて飛び級で、しかも夏を待たずに年末に卒業をして魔法省に勤めるという異例中の異例をやってのけた人物でもあった。
そんな魔法界のトップにいてもおかしくないであろう人物でありながら、マグル出身も混血も気にせず仲良くしていた学生時代の彼は本当に特殊だったのだと思う。我々混血やマグル出身にとっては希望の星だった。もしかしたら、この差別を無くしてくれる人物になるかもしれないと誰もが期待していた。
そして、私も期待していたのだ。
マグル嫌いが多い魔法省に勤めることになった私にとって、彼が在籍しているのはとても心強かった。面識は然程無かったけれど、彼が居れば大丈夫だろうとすら思えるほどに。
そんな安易な考えを持っていた私は、魔法省に勤め始めてすぐに彼と会って話をする機会を作った。
今だからこそ甘ったれだと言えるその考えを確信に変えて自分の気を強く持とうと考えていたのだ。
「ナチ・サハラ。これから私も魔法省に勤めることになりました。よろしく」
「貴女は確か…ミネルバ・マクゴナガルさんでしたね。ようこそ魔法省へ。貴女の働きに期待していますよ」
そう言って浮かべた笑みはひどく紳士的であったけれど、それと同時に酷く冷たく見えた。
目が笑っていないのだ。
そして、連れている人間は純血の者達ばかり。
その時に彼は、ホグワーツでは人当たり良くするために誰とでも接していただけなのだと悟った。
否、もしかしたら、魔法省に勤め始めてから考えが変わってマグルを拒絶する側の人間になったのかもしれない。
兎に角、彼はもう私の知る血筋など気にしない人間、という枠組みからは外れていたのだ。
だからだろう、1年後に亡くなったと言われた時には何故彼が死んだのかなど別に興味がないくらいに心は冷めていた。
新聞が慌ただしく書き立てるほどの大きなニュースではあったけれど、私には全くどうでも良かったのだ。
だって彼は、純血主義者になっていたのだから。
しかしどうだろう、変身術の教師として再び訪れた学び舎に彼はゴーストとして存在して、しかもその姿は彼が学生の時の姿。
更に彼は学生の時の雰囲気を持っていて、相変わらず誰彼構わず話し掛け、笑いあっているのだ。
私には訳が分からなかった。自分が見たものを疑うほどに衝撃を受けた。
彼は、学校ではこういうキャラでいると決めているのだろうか?それならば良いが、いきなり掌を返されて傷つく生徒が現れては大変だ。
私がグリフィンドールの寮監である限り、ホグワーツの教師である限り、子供たちの心は守りぬかなければならない。
危険な人物であるのだから、注意しなければ。
そう心に決めて彼を観察すること数週間、こちらは気を張っているというのに、今私の席の隣にいるリドル先生と繰り広げられている会話は何なのだろう。
『リドル、お昼くらいはちゃんと食べなよ』
「君ね、教師の席にまで来て何を言うかと思えば…小言はやめてくれる?」
『だって言わなくちゃまた残すでしょ?』
「言われても残すよ」
『あーあ、生きてたらどうにか食べさせるんだけどなぁ』
「死んでるからね」
『まぁその分自由だけど』
まるで親が思春期の子供の世話をしているような会話だ。
在学中から二人の親密具合は良からぬ噂をされるほどで、まさかと鼻で笑っていたが、こんな会話が始終繰り広げられては変なことを考えるのも無理はないかもしれない。
「ナチ、次の一年生の授業は混合だよ」
『ん、分かった。見ておくよ』
「よろしく」
『じゃあ僕は先に教室に行っておくね。罠を仕掛けられても困るし』
じゃあね、と言ってまるで生きているとでも表現するように歩いて広間を抜けるサハラ。
最後のセリフは随分と物騒であったが、何を示す言葉なのだろうか?
そして彼は、リドル先生の補佐でもしているのだろうか?
いや、あの目を思い出せ。彼はきっと何か考えがあってリドル先生と一緒にいるはずだ。
リドル先生を上手く使って、この学校を掌握する気かもしれない。
「あの、リドル先生」
こほん、と咳払いをして声をかけると、リドル先生は紅い瞳で私を見た。
長い睫毛と紅い瞳。それに整った顔立ち。
成る程、綺麗というのはこういう人を言うのだろう。あまり近くで顔を見たことがなかった分、思わずじっと見つめてしまう。
「如何なさいましたか?マクゴナガル先生」
「先ほどの会話が聞こえてまして、気になったのでひとつ。貴方はナチ・サハラと一緒に授業をしているのですか?」
「ああ…いえ、あいつには少し机間巡視をしてもらっているだけですよ」
「何故そのようなことを?」
リドル先生は少し間をおいて、言いづらい事ですが、と前置きをした。
「次の授業はグリフィンドールとスリザリンの合同授業です。だから、何も問題が起きないように彼を配置しました」
確かに言いづらいことである。
私はグリフィンドールの寮監、そしてリドル先生はスリザリンの寮監だ。
お互いにいがみ合っているのは学生の頃に身をもって知っている。
だからこそ、合同授業の時には特に意識して子供達を見ていなければならない。
「それは信用して良いんですか?」
「え?」
リドル先生は意味が分からないというように、ポカンとした表情をする。
この子は学生時代は随分と澄ました顔をしているように思えていたけれど、実のところ表情が豊かだ。
彼といる時なんて、特に。
「ナチが信用に値するかってことですか?」
「そうです」
「確かにナチは学生と遊んでいることもあるけれど、授業妨害なんてしませんよ」
違う。そういうことを伝えたいのではない。
しかしなんと言えば伝わるのだろう?
リドル先生は学生の時の彼しか知らないのだ。魔法省にいた時のことは私しか知らない。
魔法省での出来事を言えばいいのだろうか?
言って真実だと思って聞くとは思えない。
彼は死んでいるのだ。リドル先生にとって彼は親友の立場だったであろうし、その親友が亡くなっているのだから(ゴーストとして存在はしているけれど)、美化されていても仕方がない。
人の思考は単純だ。フィルターがかかっているリドル先生にとって彼は良い人でしかあり得ないのだろう。
「マクゴナガル先生はナチを信用出来ませんか?」
「いえ、そういう訳では」
実際は、信用していないのだけれども。
「ナチは確かに馬鹿ばかりやるし、余計なことを言いだしたりします。でも、良い奴ですよ」
ああ、トム・リドル、可哀想に。貴方は気付いてないだけです。貴方も混血なのですから、本当は冷めた目を向けられるのですよ。
喉元まで出かかった言葉を紅茶で抑え込む。
リドル先生も守らなければ。そう、思った。
気が付けば年下のリドル先生の行動一つ一つが気になるようになってきていた。
まるで弟を見ているようで、あっと思う時にはつい口から大きな声が滑り出て、リドル先生が嫌な顔をするのを何度見たことだろう。
そんな最中にサハラからリドル先生をあまり叱らないでくれという言葉をかけられた。
それは本当にリドル先生を心配しているようで、サハラの本心というのが全く分からなくなった。
もしかしたら、リドル先生を上手く使ってホグワーツを我が物にする気なのかもしれない。その為にもリドル先生の教師としての立場を守りたいと考えての発言ならば、頷ける。
リドル先生はこの事に対して、何を思うのだろう?
彼の考えに気付いているのだろうか?
そろそろ確認しなければ、私一人でどうこう出来る事ではなくなってしまう。
授業後の時間は彼とリドル先生と一緒にいることが多く、離れている時間を見つけるのは困難だ。
仕事の同僚として、どうにか2人で話せる場を設けようと考えて飲みに誘ってみたところ、リドル先生は驚いた表情を見せた。
「飲みに、ですか?」
「ええ、少し仕事の事で相談したいことがありまして」
「そういうことでしたら、こんな若輩者よりベテランに…」
「歳が近いからこそ話したいのです」
リドル先生は酒を飲まないと聞いている。だから食事だけでもと喰いつくと、当惑したようだが飲み会から食事会にとランクを落とした事で頷いてくれた。
二人きりで、と釘を刺して指定した場所へ向かうと、本当に一人で来ていて安心した。
やっとサハラの監視の目から離れられたのだ。
「話とは?」
リドル先生は相変わらずあまり食べずに、すぐに話を切り出してきた。
それはそうだろう。叱ってばかりの女が誘った食事なんて来たくなかったに決まっている。それでも律儀に来るあたり、リドル先生は本当に真面目だ。
「まずはお詫びを言わせてください。リドル先生の行動につい大きな声を出してしまっていました」
「改まってそんな、別にいいですよ、理由はナチから聞きましたから」
「それでも、私の口からも謝罪を言わせてください」
リドル先生は少しの間の後、分かりました。と言った。そしてもう僕は気にしていないので、マクゴナガル先生も気にしないでくださいとも。
本当に良い子だ。
だからこそ、守らなければならない。
「今日話したかった内容はもう一つありまして、ナチ・サハラについてです」
「ナチ?」
リドル先生はあいつ何かしましたか?と問うてくる。
まるで親と子の関係だ。
「リドル先生はサハラさんが本当にあのような性格だと思いますか?」
「あのようなって…?」
「血を気にしないところです」
リドル先生は明らかに嫌そうな顔をした。
手に持っていたフォークを置いて、姿勢を正して私をまっすぐに見据えてくる。
ゾッとした。
あの穏やかで温かい雰囲気を待つ綺麗な人形のような顔が、魂の篭らない冷徹なものに見える。
これが、もう一つの顔なのだろうか。
「当たり前です。マクゴナガル先生はナチが純血や混血、マグルを区別すると思うんですか?」
私も背筋を伸ばして、はい、と素直に返す。
「どこを見て?あいつが穢れた血とでも言いましたか?」
「いいえ、直接は言っていません」
「ならば、くだらない事を仰らないでいただきたい」
くだらない、と言われて、拳を握る。
この子は本当に何も分かっていない。
ならば、伝えるしかないのだ。
彼の本当の姿を。
「リドル先生はご存知ではありませんが、彼は純血主義です。魔法省に勤めた際に彼に会いました」
リドル先生の眉がピクリと動いたのが分かった。
「その時の彼は学生の頃の思考とはまるで離れていましたよ」
「それを誰かに話しましたか」
すぐに問われ、え?となる。何故それを気にするのだろう。
誰かに話してはいけない内容だろうか?
「いいえ、誰にも」
「ダンブルドアにも?」
「ええ」
「それなら、その事は絶対に誰にも言わないでください。ナチにも」
「何故」
リドル先生は何か知っているのだろう、この反応を見れば分かる。
リドル先生が隠すものはなんなのか。
しかもサハラには秘密で、リドル先生が知っている事柄。
興味が首をもたげ始める。
「ナチにとって、とても嫌な事だからですよ」
「サハラが魔法省で自分を偽っていたとでも?」
魔法省で生き抜くために純血主義として生きていたというのだろうか?
しかしそれは自分で決めた生きる道だ。
そこに触れるのをやめてくれというのはおかしいだろう。
だって現に、サハラが決めた道によって希望を奪われた者がここに居るのだ。
そして私以外にももっと、沢山の混血やマグル出身がショックを受けたのだ。
それなのに、そのことを忘れろというのは、酷い。
リドル先生は困ったように笑って、そう言えるかもしれませんね。と言った。
「僕が言えるのは、その頃の記憶がナチには無い
ということです」
「え?」
「ナチは学生の時のままですよ。だから、安心して下さい。ナチはグリフィンドールの生徒と仲良くなった後に、混血だ穢れた血だと言い出して子供達を傷付けたりはしませんから」
まさか私の考えがそこまで読まれているなんて。
リドル先生の言葉に、今度は私が驚いてしまう。
「ナチは今、寮間の溝や、産まれの差を無くそうとしてるんです。もちろん僕も」
リドル先生はいつもの落ち着いた表情で私をまっすぐに見つめてくる。
緊張が解けていくようだ。
「マクゴナガル先生も手伝ってくれたならば、とても心強いです」
***
年は相手が上であれ、女性だ。
テーブルに全額に足りる分を置いて先に店を出る。
いきなり食事に誘われて何の話かと思えば、ナチの話とは。
しかも、僕の知らない魔法省での話なんて。
聞いてみたくもあった。サラザールの思考や動きが見えるかもしれないと、そう思った。単なる好奇心が首をもたげたのだ。
でもその興味と同時に、ナチの姿で、ナチの思想を捻じ曲げて生きるサラザールに気分が悪くなって、話を聞きたくもないと思った。
ナチの体がサラザールに奪われている間、ナチの魂はどこにあったのだろう?
もしサラザールの動きを感知していたのだとしたら、きっと苦しかったに違いない。
ナチは辛い事、悲しい事、苦しい事を絶対に言わないし悟らせないから僕は気付けないけれど、ナチはもしかしたらマクゴナガルがナチをどう見ているか気付いていたのかもしれない。
「ただいま」
自室に帰ればナチは宙に浮いて読書中だった。
珍しいね、君がソファや机以外で本を読むなんて。
ナチは読んでいた本をそのままに、ふわりと僕の前にやってくる。
『おかえり…って早くない?何でこんな早い帰りなの?』
時計と僕を何度も見て、ナチは首を傾げる。
その間に読んでいた本をソファに戻しているのだから、器用だよね。何個同時進行でこなせるのか、今度試してみたいよ。
「食事だけだからだよ」
『それにしても早くない?普通男女の食事で、女性からの相談事ってなったら帰りは日が変わってる位のものだと思うけど』
「そんな女からの食事なら最初に断ってるね」
『まぁそうだけど。マクゴナガル先生、少しは元気になった?』
「どうだろうね、本人次第でしょ」
ナチは大袈裟に驚いて見せて、僕の隣を歩きながら(正確には浮いているんだけど、歩いているような仕草をするんだ)腕を組んで悩むようなポーズ。
本当に君ってスタイルから入るよね。
それを無意識でやっているんだから凄いと思うよ。尊敬はしないけど。
『リドル、もしかして追い討ちかけるようなことは言ってないよね?』
僕がソファに腰掛けてもナチは立ったままで、僕を見下ろしてくる。
君もソファに座りなよ。いつもの君の席だろ?
「流石にそこまでしないよ。同じ職場なんだ、当たり障りなくしてるさ」
『女性には優しくしなくちゃいけないと思うよ』
「ダンスで相手をサポートしてあげずに平手打ち食らった君が言う?」
ナチは懐かしい事を言うね、と笑う。
あれはあまりにも衝撃的だったから僕の記憶には色濃く残っているんだよ。
とは言え、ナチは基本的には女性にはとても紳士的だ。
でも僕はナチみたいに誰にだって優しくするつもりはない。
そりゃあ少しは優しくするけど。だからと言って女というのを理由に優しくされて当然だと考えている女とは付き合いたくないんだ。
「ねぇナチ」
『何?』
君は本当は辛い記憶を持ってるの?
聞きそうになって、口を閉ざす。
僕の知らないナチをマクゴナガルが知っているのは釈然としないけれど、僕が知るのは中身がナチである時のナチだけで十分だ。
『途中で黙るのやめようよ、気になる』
「じゃあ気にしてればいいよ」
『酷いなぁリドル。ほら僕に相談してみなよ。何か悩んでるんでしょ?』
「ナチに話しても解決しないからいい」
『……』
ナチは僕の隣に腰掛けて、凄く真面目な表情で一点を見つめる。
何を考えてるのさ。
「ナチ?」
『マクゴナガル先輩は厳しいし融通が効かなそうな部分もあるけど、根は優しいし、良い人だと思うよ』
「……なんの話?」
真面目な顔して、いきなり何言い出してるのさ、君。
まさかとは思うけど、そういうことを考えてるんじゃないだろうな?
冗談じゃないよ。
僕が、マクゴナガルと?
想像するだけでゾッとするね!
「ナチ」
『勿論僕は応援するよ!』
何をどう応援するっていうのさ!
何もないんだから、応援しようもないよ!
「勝手に盛り上がらないでくれる!?ナチが考えてるようなことは絶対に無いから!」
『いや、可能性はあるでしょ、男女間に絶対とか無いから。そんな照れなくていいんだよ。僕としてはやっっっとリドルに春が来たのかと嬉しくて涙が出てしまいそうだよ』
「冗談じゃないよ!そもそもなんでそんな親みたいなポジションなのさ!」
『やだなぁリドル、そんなに恥ずかしがらなくていいって。男女が惹かれるのは自然の摂理だよ』
「吐き気がするね」
『えー、吐き気とかそれマクゴナガル先輩が流石に可哀想だよ』
「いい加減この話題やめないと追い出すよ?」
『野宿は嫌だなぁ』
「ならその口を閉ざすんだね」
本当に、冗談じゃない。
僕はやらなくちゃいけない事が沢山あるんだ。
恋愛なんかに割く時間はないね。
口を閉ざした半透明のナチを見る。
ナチは口を閉ざしたまま、首を傾げることで僕に何?と訊いてくるから別になんでもないよ、と返す。
君が生き返るまで、僕に休む暇はないんだよ。
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