ハリポタ 僕らの時代 | ナノ
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雪合戦はチームを変えて数回やるはめになった。
僕とナチは最初同じチームだったのだけれど、そうしたら相手チームから僕ら二人が組むと強いから別々のチームになってくれと言われて、ナチは相手チームに入る。
たかが遊びなのだから力を平等に分けてまで戦わなくても良いだろうにと思っている僕に対し、周りは本気だ。
娯楽に欠けた生活を送っていた今までの分を発散する様に、雪の塊が飛び交う。
ナチは僕と同じく遊びだと考えているのだろう、白熱した雰囲気に少し苦笑を洩らしていた。
ようやく皆が満足して寮に戻る時、ナチは一人だけ寮には向かわず団体とは逆の方向に歩いているのを目の端に見て、思わず声をかける。
「何してるの?帰るだろ?」
今度はどこに行って何をする気だと咎める様に言っても、ナチはいつも通り飄々とした態度。
「散歩。リドルも来る?」
「寒くないわけ?」
ナチは笑いながら白い息を吐く。
互いに寒さを完全防備する格好だけど、それでも空気は冷たくて頬も鼻も寒さに痛みを感じている。
「リドルは全然動いてなかったからねぇ。僕は結構試合に貢献していたんだよ?」
だから身体は温かいのだと言うけれど、鼻先は赤い。
僕もナチの向かう先、森の方に足を進めた。
寮に戻っても特にやる事は無いから、少しなら付き合ってあげても良いよ。
白い息を吐いて、誰も踏んでいない雪を踏む。
新雪の部分は柔らかくて足がとられるから、顔以外の防寒着を着ている部分が芯から熱くなってきた。
ナチが言っていた寒くないというのは、こういう事なのだろう。
ザクザクと踏み鳴らして進むと、樹林が現われる。
すべての樹が細長い本体を葉で隠す事なく晒していた。
細枝に雪が積もっていて、まさしく冬といった、しんと静まり返って殺伐とした空間。
「耳が痛くなるくらい静かだね」
「耳が痛いのは寒いからじゃないの?」
ナチは笑って、ごもっとも。と言った。
その息が蒸気機関車の白煙のようで、この空間の寒さが分かる。
それにしても本当に、耳が痛くなるほどの静けさだ。
無音の空間に雪を踏み鳴らす音がして、見ればナチは森に足を踏み込んでいた。
「禁じられた森だってことを忘れてない?」
「奥まで行かないから平気だよ」
ナチは森に入って右に進むと何もないそこにしゃがんだ。
何をしているのだろうかと思いながら眺めていると、ナチは近くの樹を見上げ、そして手に何か抱えた格好のまま、コートの中から杖を取り出して何かを唱える。
すぐにやって来たのは箒だ。
今の立ち位置にいてはナチの行動の意味がまったく分からないから、僕も禁じられた森に足を踏み入れる。
雪に足をとられながらなので、ナチのいる場所に向かうだけで一度正常になった呼吸がまた乱れてしまった。
「何してるのさ」
ナチは分厚い手袋を外した手の上に乗せて、胸元に抱いている物を見せてきた。
最初は先程雪合戦で投げていた真っ白な雪の塊なのかと思ったが、それは真っ白で丸いふわふわした毛が生えている。
……何だ?
東洋にナチを見れば、ナチは口を開く。
「小鳥。巣から落ちたんでしょ。下が新雪だったから生きてるけど、このまま雪に埋まっていたら寒さで死んじゃうね」
ナチは箒に跨がり空を飛んで、木の枝を見る。
多分巣がそこにあるのだろうというところを確認していて、雛を戻すのかと思っていたら、腕に抱えたまま降りてきた。
「戻さないと死ぬんじゃないの?」
「巣には戻せないかな」
「はあ?」
理由を言わず結果だけ口にされたところで分かるはずがない。
何だとナチを睨む様に見れば、ナチは口ごもった後、困った様に言った。
「親が巣を捨てちゃったんだよ。きっと雛がいなかったから捨てたんだろうけどね」
煙の様な白い息に混ざって言葉が散る。
シンと静まり返った空間でナチの声はどこまでも響き、そして静けさに吸い込まれて消えた。
丸くなっている雛を見ると、だいぶ寒さにやられているのだろう事は明白だ。
ナチは僕も箒に乗る様に言って、最短距離で寮に戻った。
寮に戻ると談話室には雪合戦の余韻に浸る人達。
ナチは談話室に見向きもせずそのまま自分の部屋に向かうので、それに続いた。
僕はナチのパートナーと顔を合わせるのも嫌だからナチの部屋に入ることは滅多に無いのだけれど、今は相手が居ないので部屋に入る。
相変わらず汚い右側と整頓された左側の差の激しさに目をやっていると、ナチはタオルを引っ張り出して、抱えた雛をタオルに包む様にして左側の机の上に置いた。
「その雛、生きてるの?」
見ている限り動かないのだけれど、もし死んでいるなら、ここまでする必要もなくなる。
「生きてるよ。素手で触ると鼓動があったから」
まず暖める事に重点を置いたナチの動きは早い。
その気さえあればナチはやる事を無駄無くやってのける才能があるのだ。
尤も、やる気があればの話で、いつもはやる気が無いのだけれど。
ナチは部屋が徐々に暖まっていくのを確認して、部屋を出て行った。
まだひんやりと冷たい部屋だけど先程まで動いていた分、身体の芯が熱くて防寒着一式を脱ぐ。
時間が経つに連れて、寒さに冷えた顔が温められてじんじんと痒くなる。
丸まっていた雛はゆっくりと熱を持つ周囲に合わせて身体の熱も高くしていったのだろう、少し身じろぎをした。
良かった。生きてた。
雛は首を出して周りをキョロキョロと見ていると思えば首がぐるりと回って、後ろにいる僕の方まで向いたので驚いた。
何の雛かと思ったら、梟?
雛は首を元に戻してまた温まろうと丸まる。
少しして、ナチが部屋に戻ってきた。
雛を見て溜め息を吐いたので、先程まで動いていたと告げるとナチは少し驚いた顔をした。
「もう動けるようになったんだ」
胸を撫で下ろして言い、ナチは防寒着一式を来たままベッドの下にあるケースを引っ張り出した。
ズボンのポケットから取り出した鍵の束から一つを選び、ケースの鍵を開ける。
ケースの中には様々な、普通なら手に入らないだろうという物が入っていた。
全部骨董屋巡り、もしくはノクターン巡りに行って掘り出した逸品だろう。
ナチはその中から透明マントを取り出す。
透明マントはナチが2年生になった時に持ってきたもので、その年の夏休みに入手したのだと嬉しそうに言っていた。
どこで入手したのかは聞かなかったけれど、きっと世間一般的に言われる普通のお店とは異なる少しきな臭い店で入手したのだろう。
使用方法としては時々校則違反をする時に使っているだけで使用頻度は少ないけれど、あればとても重宝するものだ。
ナチが帰省している冬休みの期間は僕が借りて、見つかればすぐにクリスマスのダンスパーティーを申し込んでくる女子達から身を隠すのに使っていた。
こそこそ逃げ回るのは趣味ではないけれど、女子は冬休みになると異様に団結力が増して、集団になって僕の所にダンスを申し込みに来るのだから逃げるに越したことはない。
集団になると押しがいつも以上に強くなって、相手をするのも酷く疲れるのだから。
そんな逃げたり規則を破る時に使う透明マントを今取り出すナチに、嫌な予感がした。
「何をするつもり?」
「梟の雛だって事は分かるんだけど、真っ白な梟なんて見た事が無いから確信が無いんだ。だから専門家を訪ねに行こうかなって。この子の餌の調達も兼ねてね」
「よく梟だって分かるね」
「何となくだよ。丸いし、成鳥の姿とも似てるでしょ」
そうだろうか。
丸いというのは認めるけれど、ナチ同様に真っ白な梟なんて神話上に出て来るだけで実際には見た事がない。
僕は首が回るのを見たから梟だと特定出来るけれど、丸まった姿しか見ていないナチがよく梟だと分かったものだ。
これも、日頃から図鑑を読み漁っていたおかげなのかね。
「で?どこに行くのさ」
僕は再度防寒着を着る。
この学校には他の場所に通じる道がいくつもあって、僕とナチは透明マントで身を隠して立ち入り禁止場所に行っては発掘しているのだ。
最初は規律を乱す事に罪悪感があったのだけれど「校則違反はバレなければ違反にはならないんだよ」とナチはよく屁理屈を口にしていて、気が付けば僕もその考えになっていた。
本当、慣れって恐ろしいね。
ナチはケースの鍵を閉めて、鍵をポケットにしまいながらベッドの下にケースを足で押し入れる。
行儀が悪いよ。
「動物売ってる店はどこにでもあるからね。近場に行くよ」
「雛は?」
「また寒い場所に連れて行くのは不本意だけど、連れて行かないとでしょ。見せれば適した餌を貰えるだろうしね」
ナチは雛を布に包んだまま抱き上げて、僕も透明マントの中に入れてくる。
立ち入り禁止の場所までは姿を隠す必要が無いのに、何故今から姿を隠さなくてはならないんだよ。
それでもついて行く僕も僕だと思いながら、ナチと寮を出て西の塔へ向かう。
螺旋階段を上っている間、ナチが抱えている雛は静かだった。
ある程度の高さまで上って一室に入る。
今までなら誰も居ない部屋にすぐに透明マントを外していたのだけれど、以前僕らが透明マントの中で会話をしているとゴーストが壁から部屋に入って来て、危うくバレそうになったのだ。
それ以降は何ごとも慎重にしている。
右端に行って床を踏むと、中が空洞のように響く音。
僕が透明マントを持って、ナチが床にしゃがんでブロックを一つ外すとそこはダイアゴン横丁にある宿屋の屋根裏。
音をたてない様に降りればもう姿を隠す必要は無い。
誰も使用していない部屋の屋根から部屋に降りて、その部屋から何食わぬ顔で出れば良いのだから。
ナチは透明マントを畳んでただのマントの様に見せる。
「久しぶりだね、ここに来るの」
姿を隠す必要が無くなったので笑いながら声を出すナチ。
僕はそういえばそうだな。と思った。
僕らは通じる道を探す事はあっても、それを実用的に使ったりはしない。
僕もナチも探究心で見つけはするけれど、見つけたらそれはもう味気ないものになってしまうのだ。
「ダイアゴンは今となっては教科書を買いに来るしかないからね」
最初こそ杖やローブといった、魔法使いとして必要な物を買いに来ていたけれど、今は全部揃ってるし、学校から近いホグスミードに定期的に行けるから、わざわざここまで来る必要も無いのだ。
まぁ、ナチはグリンゴッツ銀行の金庫に物を置きに来たりするのに度々ここを使っているのだろうけどね。……ゴブリンの嫌がる姿が目に浮かぶよ。
外に出ると、踏まれて泥に汚れた雪が道に敷き詰められていて、人の往来の多さを知る。
「それにしてもさ」
「何?」
「こんな寒い時期に繁殖行動する鳥なんているのかね」
僕も気になっていた事だった。
生き物は一番安全で、なおかつ餌も豊富な夏期に繁殖行動をとるはずだ。
なのにこの雛は真冬の今、存在している。
「例外中の例外なんじゃない?」
「それしか思い付かないよねぇ」
ナチは答えが見つからないのが不服なのだろう、溜め息を吐いた。
向かう先は鳥類や哺乳類から爬虫類や節足動物まで幅広く扱っている店。
多くの学生がここでペットを飼ったのだろう。
「済みませーん」
ナチが店に入って声を出すと、奥から初老の男性が現れた。
初老と言っても見た目の事で、年齢は三桁なのだろう。
「おやおやサハラ坊っちゃんじゃないですか」
「お久しぶりです」
サハラとは、ナチの家名だ。
久しぶり聞いた。
学校では皆にナチと呼ばれているから、ナチの家名を聞くと、そういえばナチの家名はサハラだったと思う事がある。
それにしても、ナチに『坊っちゃん』は似合わないだろう。
ナチも恥ずかしくないのかな?
ナチを見れば、嫌がるそぶりも見せずに人が好みそうな笑みを浮かべて、店主に胸に抱えた雛の話を切り出している。
店主は雛を見てすぐに何か分かったのだろう、頷いてみせた。
「梟ですね。全身白とは珍しい。しかしこの時期に雛ですか」
先刻僕らが話題にしていた事を店主も口にする。
やはり皆思う事なのだ。
「僕もそれが不思議なんですが、事実ここにいるので」
「ふむ……」
店主は雛を観察して、ナチに返した。
「ただ寒がってるだけの様ですね。拾われたのですか?」
「はい」
「お育てになられますか?」
少し間をおいてから、ナチは変な事を尋ねた。
「梟はどれ位で独り立ちできますか?」
「2ヶ月あれば十分ですよ」
「それなら、育てたいですね」
どうして期間を訊くのだろうかと思いながら出入り口付近にいると、ナチは餌の話をしていて、餌を一袋買った。
「行こう、リドル」
「うん」
店を出る時、店主と目が合った。
店主が口を開きかけて、でも何も言わずにおじぎをしたので僕もおじきを返して店を出る。
「雛、育てるんだ」
「うん」
「ナチは動物好きだったっけ?」
ナチは僕と同じでペットを何も連れていない。
梟を見ても今まで触ろうともしなかったのに、急に育てたがる。
気紛れなのだろうか。
「気紛れだよ」
ナチはそれだけ言った。
気紛れで雛を育てるナチに何か言いたい気分になったが、ナチの顔色の悪さに驚いてそれどころでは無くなった。
白いならまだ良い、蒼白い。寒いとかではなく、吐きそうな人間の顔色だ。
「ちょっと、どうしたのさ」
「何が?」
「自覚無いの?顔が蒼白いんだよ。気持ち悪いわけ?」
まさか、動物アレルギーなのだろうか。
あんなに動物がたくさんいる場所に行ったから、アレルギー反応を起こしているのかもしれない。
ナチは前髪をかき上げながら間をおいて、他人事のような口調で寒いからかな、と言った。
「寒いからってそんな色になるはず無いだろ!」
動いているのだから、普通は鼻先が赤くなって頬も赤くなるはずなんだよ!
いつもなら原因を知りたがるくせに、何で自分の事になると適当な口振りになるのさ!
「どこかで休んだ方が良いんじゃないの?梟、僕が持つよ」
「心配してくれてありがとう。でも平気だから。早く帰ろうリドル」
そんなに早く帰りたいのだろうか。
具合が悪いのに、休む時間も惜しいの?
それとも、本当にただ寒いだけなのだろうか。
分からないけれど、ナチは意見を変えるつもりは少しもないらしい。
宿屋に行って使われていない部屋から屋根裏に行き、ホグワーツヘ戻る。
透明マントを羽織って、立ち入り禁止区域から出た。
「もう姿隠す必要ないんじゃない?」
「そうだね」
透明マントを外す。
ナチの顔色は徐々に戻ってきていた。
目が合うとニヤリと笑われる。
「僕の事が心配?」
「そんなはずないだろ」
「でも顔に書いてあるよ。僕が気になるって」
「気持ち悪い事を言わないでくれる?僕がどうしてナチを気にかけなくちゃいけないのさ。そんな風に見えるなら一度眼科に行ってきたら?」
「手厳しいね」
ナチは笑って、雛を見た。
「名前つけようかな」
雛はナチの手の中で相変わらず蹲っている。
ナチは僕を見て、それから雛を見て、
「リドル」
「何?」
「雛の名前だよ。リドルっぽくない?寒いの苦手みたいだし毛並みも綺麗だし、ね?」
「ね?じゃないよ。人を鳥にしないでくれる?」
生き物はなんだって寒いのは苦手に決まってるだろ。
人をなんだと思っているのさ。
「君の方が似てるんじゃないの?何に対しても無気力っぽいところと神経が図太そうなところが」
「え?無気力?っていうか神経が図太そうって……」
雛は場所が変わると周りを見回しはするけれどまた丸まるというやる気の無さと、人間に触られても動じる事なく丸まって暖をとるだけの図太さがみられる。
ほら、厚かましさはナチにとても似てるよ。
「名前は当分決まらなそうだね」
「人名をつけようとするのがそもそも間違いなんだよ」
「そうだね」
もう元通り。
ナチはいつも通りに笑って、雛の毛を撫でている。
気紛れだって言っていたけれど、ナチは動物好きなのだろう。
それに、梟を触っていても顔色が悪くなるわけでも、咳き込むわけでもないから鳥のアレルギーではないのだろうからきっと世話をするのに支障はないはずだ。
寮に戻ると、皆がいつ僕らが出ていったのかで首を捻るのがなんだか可笑しかった。
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