ハリポタ 僕らの時代 | ナノ
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祝杯片手に周りは僕に絡んできた。
心から僕の無実を信じていた者も、疑っていた者も、僕が殺したのだと信じていた者も、僕の無実の証明を祝福した。
残された時間は少ない。騒いで時間を消費するのは得策ではないと分かっていても、それでも人に背を叩かれて、肩を抱かれたら嬉しくて気が付いたら日付が変わっていた。
騒ぐのはこれくらいにしなければ。
これでサラザールに対処する方法が掴めそうで時間切れになったら笑えない。
今日は29日。
今日を含めて残り三日。
大丈夫、僕ならやれる。
人に捕まれば無実証明おめでとうという話題から、また時間を浪費してしまう。
仕方ない、また部屋から透明マントを羽織って図書室に行くか。
リドルには部屋の片付けでまた居なくなると告げておいたし、大丈夫だろう。
リドルの事だから、僕が何処に居るか他人に問われたら適当に言ってくれる。
『貴様も忙しい奴だな』
サラザールがクツクツと嗤う。
漸く慣れ始めた、脳に響くサラザールの声。
痛みがない分有難いけれど、まったく嬉しくない。
『今日は何を調べるのだ?また、使えもしない知識か?』
煩いな。
黙れと言いたくなるけれど、透明マントで姿を隠しているのだから挑発にのるわけにはいかない。
辿り着いた図書室は、昨日と変わらず深閑としていた。
休日に図書室へ来る変り者は、僕一人で十分だ。
『無駄足だったな』
クツクツと嗤うサラザール。
不意に口から出た溜め息に、サラザールは良い結果が無かったと分かったらしい。
知らず知らずとは言え溜め息を吐くとは、駄目でしたと他人に理解させる事をするなんて、僕らしくない。
「後二日あるし」
『たった二日だ。私からすれば二日など、瞬きすると同じこと』
「それはサラザールが肉体を無くしてからの時間が長すぎるからだよ」
それに、時間は誰にとっても平等だから、二日間が瞬きにはならない。
挙げ足とりだと言われそうだから口にはしないけれど。
ここでサラザールと口論したら、僕は大きな独り言をしている事になるのだ。
それは勘弁願いたいね。
図書室から出て、広間へ向かう。
「サハラさん」
前から走り寄ってきたのは、名前は忘れたけど、何回か話した事がある赤いネクタイの人。
グリフィンドール生だ。
あぁ、思い出した。
僕の一学年下で、入学当初、校舎内で迷子になっていたマグル出身の子だ。
それ以降、年に一回くらい急に僕の前に出没しては話し掛けてくる変わった女の子。
「どうしたの?もしかして、また迷子?」
「嬉しい、覚えてくれているんですね」
ちょっと個性が強くて、名前は忘れても纏う雰囲気や見た目が記憶に残っているというだけなのだけれど。
「あの、私、信じてました!」
女の子は頬を赤らめて言う。
この展開は、厄介だな。
今こういうシチュエーションに持っていかれても、正直、面倒だ。
でも、無下に扱う事も出来ないしなぁ。
「ありがとう。グリフィンドールは僕の事でもめていたみたいだね。君は飛び火で嫌な目には合ってない?」
「え、はい。合ってません」
「そう、良かった」
これで切り抜けようというのは甘かったみたいで、広間に向かおうと足を動かすと、サハラさん、とまた呼ばれた。
僕はその呼称が嫌いだ。
この子に名を呼ばれると、何故だろう、普段はこんな気持ちにはならないのに腹が立って仕方ない。
「何?」
僕は今から広間へ行って食事をして、また解決法を探さなければいけないのだから、君一人に構う時間は無い。
「あの、私、ずっと、ずっと!サハラさんが好きです」
ありがとう。でも、ごめんね。
いつもならスラスラ出てくる常套句。
なのに何故だろう、それが出ない。
胸に渦巻く感情が、口を開くとポロリと出た。
「穢れた血の分際で、何を言うかと思えば」
滑稽過ぎて腹が捻れるのではないかと思うくらい笑う。
マグルが僕に告白?
こんな滑稽な話があるか?
「口を利いてやってるだけでも有難く思えよ』
愉快だ。
マグルはこんなにも愚かだ。
やはり、こんな奴は生きている価値が無い。
笑いが止まらない。
クツクツと、笑ってしまう。
『消えろ』
いっそ消してしまおうか。
いや、駄目だ。
此処は監視の目が行き届いている。
此処で手を出すのは愚か者がする事だ。
女はくしゃくしゃに顔を歪めて駆け出した。
愉快すぎて、笑いが止まらない。
「はは……」
壁に身体を預ける。
何だ、今のは。
今のが、僕の本心?
そんな筈、無い。
僕は、
僕は“穢れた血”なんて言わない。
それなら、今のは、誰の言葉?
考えなくても分かる。
サラザールだ。
サラザールが、僕を乗っ取った?
まさか。
そんな事、あっていい筈が無い。
けれど明らかに僕のものとは異質だった思考。
まるでもう一人の僕が居るような、気が付けば主導権を奪われているような印象だった。
僕は多重人格ではないから、もう一人の僕なんているはずが無い。
では、誰か。
僕の身体にもう一人いるのは、誰?
マグル出身の人を“穢れた血”と言うのは、誰?
悪寒が走った。
『怖いか?もっと怖がればよい。いずれは総てを私に委ね、怖がる事もなくなる』
そんなの嫌だ。
絶対に。
僕は僕だ。
サラザールではない。
この身体の中で僕という魂が片隅に追いやられてサラザールが全主導権を握るなんて、許さない。
僕の身体は僕の物だ。
身体一つにつき魂の器は一つしかない。
今は僕が魂の器を占領しているけれど、少しでも隙を見せればサラザールは攻めてくる。
今も僕を怖がらせて、僕の魂を弱らせようとしている。
このままでは魂の器は制圧されてしまう。
怖がってはいけない。
心が負ければその場で魂の器が占領されて、身体が奪われる。
まだ完全なる負けを理解したのではないのだから、強気でいかなくては。
図書室へと足を進める。
すると壁に掛けられた絵画の婦人三人が、僕に何かを説いてきた。
サハラさんが人を血で差別していたなんて。
サハラさんの本心はそんなものなのですね。
「オブリビエイト」
婦人三人の記憶を修正する。
僕が血で差別すると騒がれては厄介だ。
今はサラザールの事で手いっぱいなのだから、変な事に時間を労したくない。
サラザールは僕の身体の中にある、魂の器に少しずつ入ってきている。
僕の思考がサラザール寄りになったのが何よりもの証拠だ。
身体からサラザールの魂を引き離す方法は見つからなかったし、サラザールは僕に馴染んできていて魂を切り離すのは難しいかもしれない。
ならば別の解決策を探すべきだ。
元からリスクを背負うと分かっていたのに、万事上手く纏めようとしたから解決策が見当たらなかったのだ。
負ければ僕は死に、ナチ・サハラの身体をサラザールが動かす。
そんな状況で、よくも悠長に綺麗事を並べていたものだ。
今度はそんな自分に嗤ってしまう。
僕が負ければサラザールが復活する。
先程のサラザールの思考を体感して、それはマグルの死を意味するのだと分かった。
負ける訳にはいかない。
僕一人の命が無くなれば、ドミノ倒しのように、一斉にマグルが死ぬのだから。
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