ハリポタ 僕らの時代 | ナノ
●
囚われてはならない
漆黒の闇
響く嗤い声
暗鬱な空間
僕は誰?
我コソハ
サラザール・スリザリン
「リドル!」
飲み込まれそうな思考回路を現実に引き戻したのはナチの声。
「ナチ……」
「リドル。ごめん」
「何で謝るの?」
君が謝る理由は何もない。そうだろう?
肩を掴まれたままの格好。
溜め息を吐いたナチの額が肩に置かれる。
縋るような姿。
こんな弱いナチは見た事がない。
どうすれば良い?
「リドル。何があったんだ?何に囚われてるんだ?君は君なんだ。自分を見失うな」
何に囚われているのか。
自分が作り出したサラザールか、それとも別の何かか。
分からない。
ずっとあの闇から抜け出せない。
サラザールの後継者だと分かった頃から、闇に飲み込まれそうになる。
どんなに足掻いても闇に墜ちたら自力で出られなくて、いつもナチが笑い話とか、叱る口調で現実に救い出してくれるから僕は僕のままでいられるのだ。
助けて欲しい。
闇が怖いんだ。
事実は事実だから受け入れるしかないのは分かっているけれど、あの呼び掛ける声が怖くて、嫌いだ。
助けて欲しい。
ナチなら助けてくれるのではないかと、期待してしまうのは何故だろう。
期待する。
でもナチに事実を話して受け入れられなかったら?
怖い。
僕は頼れる人がナチしかいない。
一人にされたらどうしたら良い?
闇から助け出してくれる人がいなくなったら?
本当に闇から抜け出せなくなる。
怖い。
助けて欲しいのに、何も言えない。
「……」
名前を呼びたかったのに掠れた呼吸音しか出ない。
声の出し方すら、僕は忘れてしまったのだろうか。
「リドル、深呼吸して」
いつの間に座り込んでいたのか、ナチも床に膝をついている。
背中をあやす様に撫でられて、深呼吸を促される。
抱きしめられたままなんて、スキンシップなんて大嫌いなのに、今はその体温に安心する。
深呼吸を繰り返していると、脈は少し正常になった。
「リドル、何か話そうとしているみたいだけど、今無理して話さなくて良いんだよ。無理をすればリドルがつらく……」
かぶりを振るとナチの言葉は止まって、代わりに僕が口を開く。
「今じゃなきゃ、駄目だ」
話すタイミングはきっと今しかない。
僕は動揺した今しか話せない。
今だからこそ、理性が弱いから気持ちを吐露出来る。
でも何から話せば良いのだろう。
それすら分からないのだけれど……。
静かな空間に呼吸音と心音だけが反響する。
沈黙はどれ位だったのだろうか、時間の流れがひどく怠慢に感じた。
「僕は、サラザール・スリザリンの血を受け継いでいる」
震える声に嫌気がさす。
見えない物に怯える自分なんて嫌いだ。
ナチはうん。と言って、大丈夫だという様に、背中をあやす様にたたいてくれた。
大丈夫、大丈夫、と。僕にも自分にも言い聞かせる様に。
「ナチは……気付いてたけど、僕は蛇語が話せる」
「うん」
何で気付いてたのか、この際それは気にならなかった。
「それで……」
何を話せば良いのだろう。
知ってる事をすべて話せば楽になるのだろうか。
そうすればナチは助けてくれる?
「僕の母がサラザールの血筋で、父はマグル。母さんは父さんに自分が魔女だと言っていなくて、言った途端に捨てられた。僕を身篭っていた母さんを捨てた父の名前がトム・リドル」
ナチは体を離して、正面から向き合う格好。
驚いた表情を浮かべるナチに唇が震えて、笑いたくもないのに勝手に口元は笑いそうになる。
「最低な父親の名前。母さんが魔女だというだけで捨てた、最低な奴の名前が僕の名前」
ナチは何も言わない。
沈黙が嫌だ。
頭の中が真っ白になってゆく。
「君の忠告を聞かずに入った時、視界が闇に染まった。そこで僕が造り出した幻影が何度も僕に言ってくるんだ。マグルは最低だ、純血こそ価値があるって何度も、何度も!じゃあマグルの中でも最低な奴と同じ名前を持ってる混血の僕は、僕は価値が無いっていうわけ?価値が無いなら産まないで欲しかった!望まないなら、置いていくなら、一人にするくらいならどうして産んだんだ!?どうして父さんは母さんが魔女というだけで捨てたんだ!?最低だ!父もマグルも魔女だと黙っていて僕を産んだ母さんも!最低な奴から産まれた僕自身も最低だ!!」
「リドル!!」
今まで言えなかった言葉が溢れ出す。
こんな気持ちいらない。
頭の中がぐちゃぐちゃだ。
何で僕があんな奴らの事で気を荒立てなくちゃならないんだ!
全部が全部最低なんだよ!
クズみたいな親から産まれた自分が嫌だ!
反吐が出る!!
こんな気持ちを知る為になら産まれたくなかった!!
「リドル!」
「その名前で呼ぶな!」
「君は君なんだ!」
「黙れ!」
こんな惨めな気持ちが君に分かるはずが無いだろう!?
君は僕と違って親もいるし、地位だってある。
僕らはどこまでも正反対なんだ。
正反対の君にこんな惨めな気持ちが分かるはずが無い!
捕らえようとする手を振り払うけれど、ナチは手首を掴んでくる。
自由の利かない身体が、まるでさっきの出来事の様に思えて。
「離せっ!」
「嫌だ!」
身体全部を使って暴れるけれどナチの方が力が強くて、敵わない。
何をしてもナチは手首を離さない。
暴れて、呼吸を肩でしながら諦めて、少しでも拘束が緩むのを待つ。
「聞いて。綺麗事を言うけど、リドルはリドルだよ。名前なんてただ君を呼ぶ為の道具にすぎない。君が重要なんだ。紅い瞳をした、いつも溜め息を吐きながらも僕の我儘に付き合ってくれる君が大切なんだ。名前なんて関係ない」
「そんなの、他人だから言えるんだ」
「分かってる。当事者の痛みがどれ程かなんて、他人の僕には見当もつかない。でもね」
手首を掴んでいた手が離れる。
代わりに頬を包まれて、しっかりとナチと向き合わされる。
黒い瞳から、逃れられない。
「君は僕に話してくれた。話す事自体が苦痛を伴うのにね」
冗談でもなく笑うのでもなく、悲しそうな表情をしたナチ。
何で君が、そんな表情をするのさ。
「聞いて。今から話すこと。すべて僕の臆測だけど、聞いて欲しい」
頬を包んでいた手が背中に回ってあやす様に叩かれる。
それでも向き合う格好。
視線を床に落としたら、頭を撫でる様に髪を梳かれる。
聞くつもりなんて無いのに、僕はナチに救いを求める。
聴覚に神経を研ぎ澄まして。
お願い。
助けて。
「君は秘密の部屋って知ってる?」
髪を梳く手は止まらない。
「秘密の部屋は、サラザールが後継者の為に残していったと云われる伝説上の部屋の事だよ」
知らない。初耳だ。
ナチは隠され続けていた事だし伝説だから知らなくて当たり前なのだと僕に言った。
「そこは後継者しか入れない様になっているんだ。ついでに云うけどサラザールは君同様に蛇語使いだった。蛇語使いはそう滅多にいないのは知ってるだろ?」
返事をしなくても、ナチには意思が通じたのだろう、話が進む。
「蛇語を話す人の血を受け継いだ者でも蛇語使いが産まれるのは極めて稀なんだ。サラザールが後継者にしたいのは稀に産まれる自分に近い人物だと、何となく予測出来ない?彼のマグル嫌いとか、純血至上主義な性格上さ」
つまりね、と言う。
「蛇語がその部屋に入る条件なんだ」
すべて臆測だと言いながら筋が通っている話だけれど、ナチが急に話し出した事が理解出来ない。
掴めない内容。
遠回しな話し方。
話の核が見えなくて、気持ち悪さを感じる。
空を掴む様な気分。
掴めそうで掴めない。
ナチに期待して良いのか悪いのか。
「秘密の部屋に入るのは君。でも君は秘密の部屋の存在すら知らない。サラザールにとってみれば幾年月を経てやっと現れた後継者が気付かず卒業はふざけるなって思うんじゃないかな。だからわざと気付かせようとした」
「サラザールは何千年も前の人なのに、どうしてそんな事が出来るのさ」
ナチは背中をあやす様にポンポンとしてくる。
ちょっと考えてみて、と言われた。
「強い気持ちはその場に残りやすいんだ。怨念と言ったら聞こえが悪いけど、ゴーストもこの世に対する執着が強いから存在するんだと僕は思う。サラザールは対決に負けてここを去った。執着心の強さは人一倍なんじゃない?」
「……どうしてそう言い切れるのさ」
「理由は二つ」
見上げたら、ナチは僕と目が合うと笑みを浮かべる。
どうして君は笑みを浮かべられるのさ。
本当は泣きたいくらいつらいんじゃないの?
すっと身体を離して、手だけ繋いで向き合う格好。
「一つは今まで一度も這う音が聞かれていなかった事。君が聞いたのが初めてみたいだよ。あ、言っておくけど、這う音を出している蛇は秘密の部屋に住み着いてるサラザールの忠実なしもべだろうね。伝説に登場するバジリクスだかバジリスクとかって名前の蛇。それが音を出しながら活動するのは危険だろ?音についていったら女子トイレに辿り着くんじゃ、秘密の部屋を暴いて下さいと言わんばかりだからね。つまり君を誘導する為にあいつは動き回っていたんだ。それは誰の命令?もちろんサラザールでしかない」
伝説上だと言いながら、その存在を信じるナチ。
僕は不安があって信じられない。
「二つ目は、君が言っていた事。人間は上手く出来ていてね、自分の命を奪いかねないリスクを背負おうとはしないんだ。記憶に蓋をしたり現実逃避したりするのが関の山。まぁ、それは逃げでしかないんだけど。なのに君は幻影にだいぶ精神面をやられてた。違う?」
違わない。
だけどあれは僕の造った幻影だろう?
「思うに、サラザールが血族の君の中にシンクロしてきたんじゃないかな。そうでなかったら、君が『純血こそ価値がある』なんて思うはず無いだろ?」
自分で言った台詞。
僕は実力で見るから血なんて興味が無い。
それはナチも同じ。
「分かった?君を陥れようとしているのはサラザール。理由はどうであれ危険な事には変わりないけど」
何となく納得が出来る様な丸め込まれている様な。
「気を付けるんだ、きっとサラザールは君を狙うのを諦めない」
「……ナチ」
ナチを見る。
ナチは口の端だけ笑う様に上げている。
大丈夫だという様に。
「サラザールが、言うんだ。僕を器だって」
ナチは訝しげに眉を寄せる。
「器?」
「そう。僕の名前が汚らわしいから、変えるとも言ってた」
「何て?」
両手を繋いでいたので、何も出来ないと目で訴えると手が離れる。
杖を抜いて、闇の中と同様にゆらゆらと宙に揺れる光で文字を書く。
TOM MARVOLO RIDDLE
杖を少し動かせば、ゆらりゆらりと文字を象った炎が動く。
I AM LORD VOLDEMORT
ナチは溜め息をついた。
「確信した。君はサラザールにのっとられてたんだね」
「え?」
ナチは悔しそうに唇を少し噛んで、それから僕を見る。
「サラザールって嫌味な奴だと思わない?名前を嫌うなら、そのスペルをいちいち使うなって。戒めのつもりかは知らないけど、嫌味以外のなにものでもないね」
珍しく人を悪く言うナチに、こっちが驚いてしまう。
「ねぇ、つらくなったり飲み込まれそうになったらいつでも僕の所に来てよ。君を嫌味なサラザールなんかに渡さないから」
何それ。と笑ってしまう。
僕が笑って、ナチも笑う。
ナチは笑ってこう言った。
「色々あったから疲れたでしょ。眠かったらここで眠ると良いよ」
「寝ないよ。ねぇ」
何?と笑うナチ。
「ナチは、どうするの?」
笑顔がすっと消えた。
真面目な顔。
いつも笑っているナチの素顔はどちらなのだろうか。
「僕は、蓋をするよ。誰にも言わない」
女生徒の事を誰かに言えば、何故そこにいたのかとなる。
言い逃れは難しいし、薬ですべて吐かされるかもしれない。
そう考えたら、ナチは言えないのか。
「君もつらいだろうけど、今日の事は……」
「誰にも言わない」
ナチは僕を見て、ありがとうと言う。
これから背負う罪は重たいけれど、二人ならまだマシだ。
一人では耐えられないけれど、二人ならまだ耐えられる。
痛み分けという訳では無いけれど、大丈夫。
「それとナチ」
「うん」
「僕の事、リドルで良いから」
目を見開いて、それから笑われた。
ナチに『君』って言われるのは変な気分なんだ。
他人行事なナチはナチらしくない。
図々しくて馴々しいのがナチだ。
「分かったよリドル」
「それと、もう一つ……」
「うん」
聞く体勢のナチ。
僕は言葉を考える前に口からこぼす。
「あの時なんであんな嘘をついたの?普通に通りすがりって言えば良かったんじゃないの?」
あの時と云うのがナチは少し分からなかったみたいだけど、すぐにあぁ。と言った。
「あんな風に言っておけば、ダンブルドア先生なら少しは感づくかなと思ったんだよ」
「何に」
「秘密の部屋。男の子の亡霊をサラザールの残留思念とかだと思ってくれたら良いんだけどね」
「そんなの普通気付かないよ」
「ダンブルドア先生は君が蛇語使いだと気付いてるよ、多分ね。だから深詠みすれば、あるいは秘密の部屋が開いたとみるかもしれない。そこまでは分からないけどね」
ナチは立ち上がって、僕に手を差し出す。
手を掴んで、僕も立ち上がる。
「ダンブルドア先生がどう見たか、それを周りの先生が認めたか認めないか、夕食の席で分かるよ」
「……そうだね」
夕食の席に顔を出さなければならない。
ナチにダンブルドア先生が話した時点で、学校側は死者が出た事を公表する気だ。
そこに立ち会わないのは、駄目だと分かっている。
でも気付かれそうで怖い。
僕とナチが殺した人物の話を聞いて、僕は冷静でいられるのか。
「リドル」
「……何?」
グイと引っ張られる。
「寄り掛かりたかったら寄り掛かってね」
「いらぬ心配だよ」
強がりが口をつく。
自分を保つ為の強がり。
強がらなくては、駄目になりそうなんだ。
「酷いなぁ。優しさを無下にしないでよ」
「煩いな。行くんだろ?」
「無理せずに、自然体で行くよ」
ナチは笑う。
本当に自然体。
僕も大丈夫。
隣りに同犯のナチがいればまだ強くいられる。
寄り掛かるのは趣味じゃない。
頼るのも嫌だ。
だから二人で同じ立ち位置にいれば良い。
部屋から出て大広間へ向かう。
その途中で、スリザリンの男子が話しかけてきた。
「何?」
「ダンブルドア先生がサハラ先輩を呼んでこいって」
「ダンブルドア先生が?」
互いに顔を見合わせる。
ナチはどうしたんだろうかという様な表情。
対する僕は、どんな表情なんだろうか。
ナチほど上手く人を騙せない。
ナチは頭を掻いて少し悩んだ後、僕を見た。
「リドルは広間に行ってて。良い?一人でもちゃんと食べるんだよ?」
それは、一人でもしっかりしていろという意味だろうか。
僕は君と同じ年なんだ。
「要らぬ心配だよ」
ナチは笑顔を見せて、変身授業の教室に向かう。
僕は、逃げる事は許されない。
でも言い様の無い心細さ。
駄目だ。
弱気になっては駄目なんだ。
足を進める。
大丈夫。
僕は大丈夫。
ナチに心配されなくちゃならないほど僕は弱くない。
特に説明も無く、ただ危険が迫っているという言葉。
死者が出た事に周りがざわめくから、校長が喉に杖を当て静粛にと言った。
その後は残り組で鎮魂歌を歌う。
胃に重たい物を感じて、それでも俯かずに歌った。
食欲も無くただ席にいるだけになり、皆が帰る波に紛れて寮に戻る。
そのままナチの部屋に向かった。
夕食の席にナチは来なかった。
ダンブルドア先生も。
どうしたのだろう。
ダンブルドア先生に、やはり気付かれたのだろうか。
あの人は人を見透かした様な目で見てくるのだ。
不安が増幅する。
勝手に一人で背負い込んだのか。
今どんな状況なのか分からなくて困惑する。
何か行動に移したいけど、何をすれば良いのか分からない。
下手に行動して足を引っ張るのも嫌だ。
行動力の欠けた自分。
決断力の欠けた自分。
らしくない。
ナチの部屋の鍵は不用心にも開いていて、ノックもせずに入ると部屋はさっきと同じ。
静かな空間は物音一つ無い。
今になって気付く。
雛が居ない。
部屋の中を視線で探すけれど姿は見えない。
「立ちっぱなしは疲れない?椅子でもベッドでも座れば良いのに」
後ろからの声に驚いて振り返ると、いつもの笑顔を浮かべたナチ。
どうしたの?と問う様に首を傾げられて、悔しいけど、安心する。
「部屋の鍵を閉めずに部屋を空けるのは不用心だよ」
「大丈夫大丈夫。僕の部屋に盗みに入る奇特者は居ないよ」
言いながら部屋に入って、内側から扉の鍵を閉めるナチ。
居ない時に鍵を開けて居る時に鍵を閉めるって……普通逆だよ。
「欲しがりそうな物は多いけど?」
透明マントや珍しい本。
まぁ、そういうのは鍵付きのトランクにしまっているから盗まれたりはしないのだろうけれど。
「僕相手じゃ報復が怖くて出来ないでしょ。倍返しなんて優しくないからねぇ、僕は」
「倍返しが優しいんだ」
「そう。ハンムラビ法典もびっくりするくらいやられたらやり返すよ」
「ハンムラビ法典は『目には目を』だろ」
「そう。『目には目を』の何倍かの仕返しが僕だからね」
所詮口先だけでの会話。
くだらない話。
でもそれに今は救われる。
軽い口調に、呼吸が楽になった。
だから今から本題。
「ダンブルドア先生、何だって?」
「男の子がどんな容姿だったかって問われたよ。だからそんなの透けてる人なのによく見える筈ありませんって応えといた」
「他には?」
「これに関してはなーんも。ダンブルドア先生に雛を預けてるから、後はその事を話していたよ。あの分だとダンブルドア先生は秘密の部屋に気付いてるね。でも校長の話では秘密の部屋関連については伏せてたでしょ」
「まぁ、うん。ナチは今雛を預けてるの?」
「そう。どうも食が細くてさぁ。変身術の先生なら動物の事詳しいでしょ」
「いつ預けたの?」
「今日の昼だよ」
気付かなかった。
今日はゴタゴタして雛の事を気にかける暇なんて無かったから仕方無いと云えば仕方無いか。
ナチは整頓された部屋を見て、本棚の前に立つ。
ナチが集めた本。
ハタから見れば小難しい書物だけれど、僕とナチはここにある本を気に入っている。
「誕生日プレゼント、何か他のをあげるから貰ってね」
「いらないよ」
あれは僕が失った様な物だし、第一、初めて貰った物だから特別だったんだ。
あんな形で失っちゃったけど……。
そうだ。と思い出してナチを見ると目が合った。
「本の中の記憶、バレたの?」
「バレてたらここに僕らは居ないでしょ。リドルが強く言いきかせたのが利いてくれたみたいで、本当にただの白紙の本だよ」
それなら良い。
不安だったから。
引け目も負い目も感じたくないから。
足手纏いは嫌だから。
ナチは本棚を背もたれにした。
「プレゼントの事に話しを戻すけど、嫌な記憶として残ってるよね。もういらないって思うのは自然だけど、嫌な記憶なら塗り替えた方が良いと僕は思うよ?」
「そういう理由でいらないって言ってる訳じゃないよ。元々あれだってナチが押しつけるみたいに渡してきたやつだろ」
僕の強がりをナチはことさら真面目に受け止めた様だった。
本当はいらないのに仕方無いから貰ってやったのだと言う僕。
何で嘘だって分かんないのさ。
「無理に押し付けちゃったからねぇ。でもねリドル、無欲なのは良いけどたまには欲を持ちなよ。まぁ僕みたいに欲求まみれも良くないんだけどね」
「欲求まみれなんだ」
笑うのは肯定の証し。
ナチがそうなのは分かってるけど、そういう言い方は意味が良くない様に聞こえる。
……闇の本を持っていたり無断で秘密の通路を使って出歩いたり、校則違反をする時点で良くないのか。
ナチは数秒考えて、そうだ。と言った。
「今珍しいのを選んでプレゼントするのはサプライズに欠けるし中古だから、今度にするよ」
「いらないって」
「時間が経てば考えは変わるものだよ。少しくらいならね」
付け足して苦笑をするナチ。
僕の考えは性格上変わらないと思うけど。
気持ちが変わらなかったら、その時にいらないって言えば良いか。
「そういえばリドル、ちゃんと食べた?」
さっきまでプレゼントの話をしていたのにすぐに別の話題に移る。
慣れてるけど、とび過ぎだよ。
しかもまるで子供に問うみたいにナチは言ってくる。
僕は君と同学年で子供じゃないんだけど?
年下みたいに扱わないでよね。
「食べたよ」
「また野菜主食にしたんじゃない?量も少なそうだし、心配になるよ」
「自己管理は自分で出来るって言ってるだろ」
「でも心配だよ。知ってる?サラダって食べる時はかさ張るから満腹になりやすいけど、あれは胃に入ったら凄く少ないんだよ。レタスも熱を通したら体積が少なくなるでしょ?だからリドルは噛む事で満腹になったとしても、胃の中は少ないわけ」
こういう時にやたらと理論的に話されると反論につまるんだよ。
分かっていてわざと言っているだろう。
性格悪いね。
「まぁリドルがお腹いっぱいなら今日は良いけど」
ナチはニコリと含みある笑い方。
僕を反論につまらせるとナチは勝手に話を自分の都合の良い方に持っていく。
だからせめて、抵抗する。
君の思い通りに事が運ぶのが気に入らないんだよ。
「今日はって何さ」
「言葉の通り。さてと、僕はどうしようかな」
「お腹空いてるの?」
ナチは昼も食べてないみたいだし、夜も食べて無いから当然なのだろうけれど。
……朝から肉を食べられる胃袋だからね、君は。
「お腹ってピーク過ぎると空かなくなるよね」
「僕にどうこう言える立場じゃないね、ナチ」
「いつもしっかり食べてるから、たまに抜くぐらいは平気なんだと思って欲しいなぁ」
「屁理屈言わないでくれる?」
「ちょっとは正論だと思うけどね」
ナチは机の椅子を引いて座った。
僕にはベッドに腰掛ける様に示す。
「リドル、ちょっと隈があるね。昨日日付が変わってもこの部屋で遊んでいたのがまずかったかな」
「雛と遊んでたのはナチだけだろ。僕は本を読んでたんだよ」
「今日も本読む?」
「今日は疲れてるから良い」
一人で静かに本を読むなんて事をやったら、軽い口調の会話が無くなったら、今はどうにか頭の端にあるあの出来事が頭を埋め尽くしそうだから。
今日はやめておく。
疲れてるけど眠る気もしなくて。
今は話をしていたい気分なんだ。
ナチのくだらない話も、今日なら聞いていて嫌じゃないから。
「寝るならベッドを使いなよ」
「寝ない」
「隈あるのに?」
「眠気が無いんだよ」
「了解。紅茶淹れるよ。あ、しまった。お菓子この部屋に無いんだよね。調達しに行こうか」
「何処に」
ナチはニッと笑って指で下を指す。
「談話室」
寮生から分けてもらうのか。
それも微妙な気分なんだけど。
「先に菓子調達に行きましょうか」
「……そうだね」
「あれ?乗り気じゃない」
「まあね」
「乗り気じゃなくてもほら行こうよ」
「分かったよ」
引っ張られる様に部屋を出て、階段を下りる。
談話室には人が集まって談笑していた。
「サハラ様!」
爪で引っ掻く様な金切り声が談話室の石造りの壁に反響して、全身が粟立つ。
ナチは驚いた様に声の方を向いて、すぐに笑みを浮かべた。
周りも甲高い大きな声に反応したのだろう、こちらに一斉に視線が注がれる。
「こんばんは。どうしたの」
ナチが僕の横に立って、もたれられる様になる。
「ダンブルドア先生に頼まれましてお食事をお持ちしました!」
「どうも有難う。また豪勢だね」
「サハラ様はいつも美味しいと言って下さいますので、作る方もついつい力が入るのです」
「そうなんだ。届けてくれて有難う。作った子にも有難うって伝えてくれる?」
「かしこまりました!」
頭を下げて、ようやく音源が去る。
屋敷僕は苦手だ。頭がくらくらする……。
「部屋に戻りますか」
「……」
「うわっ!顔色悪いね!」
わざと大声で言わないでくれる……?
談笑していた奴等までこっちを向くじゃないか。
「吐きそう?部屋戻って休んだ方が良いね。ちょっと失礼」
人の腕を勝手に自分の肩に回すナチ。
人が見てるだろ!
「ちょっとナチ……!」
萎えた足が嫌だ。
公衆の面前で半分担がれるなんて恥ずかしいったらない。
片手に銀の盆を持って片手に僕を担いで階段を上るナチは、僕を連れて部屋に入った。
ベッドに座らされて、屋敷僕から貰った物を机に置いて紅茶の準備をするナチ。
余裕なのが気に入らない。
「……勝手に何するのさ」
「だってああでも言わないとただ盗み見てるだけの女の子は変に勘違いするでしょ」
「盗み見られてたの?それに、変にって何さ」
「ちらちらと見られてたよ。気付かなかった?変にって云うのはもう少しリドルが大人になったら分かるかな」
「君がそう言う時はろくな事じゃなさそうだね」
「まぁね」
笑う当たり、本当に問い詰める必要は無さそうだ。
マグカップを渡される。
一口飲むと、悔しいけどやっぱり美味しい紅茶。
本当に何でも出来るんだね。
「リドルも食べるでしょ?」
「食べなきゃ煩いだろ」
「さすがリドル。良く分かってるね」
「あれだけ言われてたら嫌でも分かるよ」
溜め息混じりに言ってやれば、ナチは笑う。
今夜は徹夜かな。そう思って僅かに疲労を感じた。
でもその方が良い。
ナチはあの話に触れずにくだらない話をしてくれるだろうし、そうすれば僕も少しの間だけでも忘れられる。
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