ハリポタ 僕らの時代 | ナノ
●
身体が勝手に動く
操られている様な感覚
視界が混濁する
影像を見ている様だ
外界の音が消える
ノイズのかかった視界
黒塗りされて
闇に墜ちる
頭で響くのは声
僕は……
ボクハ……
我は……
ヨクゾ来タ 我ガ器ヨ
何故か、サラザール・スリザリンの声だと分かった
僕のでは無いそれ
今コソ 積年ノ恨ミヲ 晴ラソウ
純血コソ 存在価値ガアルノダ
純血コソ
他ノ者ニハ 死ヲ
汚レタ血ナド 消エテシマエバヨイ
―煩い
マダ 自我ヲ持ツカ とむ・まーるう"ぉろ・りどる
―黙れ。僕は僕だ。
嘆カワシイ。ナント哀レナ名
―煩い
響く嗤い声。
視界は真っ暗で何も見えない。
何も無い場所に炎が踊る。
たゆたう様にゆらゆらと
TOM MARVOLO RIDDLE
頭に誰も知りもしない情報が流れ込んで来る。
トムは父の名。
マルヴォーロは祖父の名。
母は僕が生まれてまもなく死んだ。
僕に名前を付けてすぐに。
父は僕が生まれる前に、母が魔女だというだけで母を捨てた。
最低な父親。
最低なマグル。
その血が流れる僕。
最低な奴と同じ名を使う僕。
頭が痛い。
分カッタカ とむ 貴様ノ名前ノ ナント汚ラワシイコト
名前ヲヤロウ
名前ヲ
ゆらりゆらりと文字を象った炎が動く
I AM LORD VOLDEMORT
甲高い笑い声が響く
突き付けられた事実
知りたかったけど知りたくなかった母の事、父の事
闇に 墜ちる
視界がクリアになったのは、どこかの扉が開く音でだった。
蝶番いが錆びていたのだろう、キィと甲高い音が奏でられる。
まるで夢から覚めた様な感覚。
全身の神経回路が甦り、覚醒する脳。
先程までの事が脳から消えて、代わりにナチが言った言葉が甦る。
『水場は危険』
僕が杖を抜いて音の方に向ける前に、もうナチが腕を伸ばし音源に呪文を唱えていた。
こういう場面を何度も経験している様な反応の早さ。
蝶番いがキィと嫌な音をたてるとナチの表情は一瞬にして青褪め、凍り付いた。
倒れる音。
そちらを見ると、ネクタイを絞めた女生徒が床に倒れていた。
手から力が抜けて、持っていた何かが滑り落ちる。
女生徒は動かずに床に倒れている。
ナチの腕はまっすぐに女生徒が元居た位置に伸びていて……。
本能が教える。
人が、今、死んだ。
悪寒に全身が粟立つ。
動かないただの肉塊が目の前に、ある。
伸ばされた腕
手に持たれた杖
ナチの表情
倒れた女生徒
すべてが絡み合い意味を成す
考えたくもない内容
ナチが 人を 殺した
「っ!」
叫びそうになる口を寸でで塞がれた。
塞ぐ手は震えていて、僕の心臓は壊れそうなくらい煩い。
「リドル、君はここから出ろ」
ナチはもう叫ばないだろうと分かったらしく、震える手を動かして、僕に透明マントをかぶせる。
僕の視界から女生徒が消えて、代わりに透明マントの柄が見えた。
「なん、で……」
舌が上手く動かない。麻痺している。
思考が麻痺して分からない。
考えられない。
考えたくない。
知らない。
知りたくない。
単語が現れては消えて、現れては消えて、頭の中が混乱する。
何なんだ?
何があったんだ?
何でこんな事になってるんだ?
ナチは早口に言った。
笑みなんてない、険しい表情。
血の気の引いた顔。
「ここにいたらリドルまで罪を着せられるかもしれない。僕が殺したんだ。リドルまで罪を問われるわけにはいかない」
『殺した』
現実味の無い単語。
けれども視線は痛い程まっすぐに僕を捕らえていて、現実から目を背ける事を許さない。
黒い瞳が、まっすぐに僕を捕らえている。
ナチは嘘を言っていない。
気圧されてしまいそう。
でも……
「違う。ナチが殺してなかったら……僕が」
殺していた。
ナチが先に殺したから僕が殺さないで済んだだけだ。
『殺す』という単語は今までの僕からずっとかけ離れていたから、自分で言うとさらに現実味のない台詞になる。
「リドル、これは僕がやった事だ。だから早く行け。頼むから行ってくれ」
まっすぐに目を見られる。
逃がそうとする。
逃げろと言う。
怖くて足が震える。
「ナチ、は……?」
「僕は良い。早く」
「嫌だ。ナチも」
僕がここに入ったりしなければ、ナチは他人を殺さないで済んだ。
僕のせいだ。
ナチが悪いんじゃない。
なのに僕だけが逃げるなんて嫌だ。
ナチだけが裁かれるなんて嫌だ。
負い目を感じるのも嫌だ。
嫌なんだよ。
君は笑って罪を受け入れるかもしれない。
でも嫌だ。
どうして嫌なのか分からないけれど、ナチがここにいて罪をかぶるのが嫌なんだ。
聞き分けのない子供の様に首を振る。
ナチの袖を震えながらぎゅっと握って、一緒にと。
一緒に逃げよう。
僕も君も罪は無いんだ。
あの女生徒の運が悪かっただけなんだ。
ナチが何か言っているけど、聞き取れない。
逃げようよ。
一緒に
「聞け!!」
顔を両手で挟まれる。
「良いか。これはリドルのせいじゃない。僕が架空の敵を作り上げた結果だ」
ナチはまっすぐに、視線を逸らす事を許さないという様に。
「すべて僕の罪だ」
違う違う違う。
ナチは僕を狙う敵を仕留めようとしたんだ。
僕のせいなんだ。
全部、全部!
「ナチが罪をかぶるなら、その原因を作った僕も罪をかぶる」
ナチは何か言おうとして、下唇を噛んだ。
透明マントの中に入ってきて、足が震えている僕を持ち上げて階段を音も立てずに上る。
ナチは階下からやって来る人を見て、奥歯が鳴るほどに歯を食いしばった。
そして僕を見て、拳を握る。
「日記帳は?」
少し震える小さな声で問われて、手を見る。
右手に持っているのは杖だけ。
左手は何も持っていない。
「……え」
あそこに落としてきたのか?
冷や汗がドット吹き出す。
なんて失敗。
どうして。
どうしよう。
足手まといな自分。
吐き気をもよおす程の焦燥感。
「大丈夫だリドル。勝算はまだある」
宥める様な口調だけれど、顔は笑っておらずに強張っている。
「良い?今から日記帳を取りに行くのは不可能だ。だから日記帳を持った先生が出て来たら僕が行く。僕が先生の気を引くから、リドルは透明マントを羽織ったまま、日記帳に『何に対しても反応を見せない』と念じながら触るんだ」
「……何で?」
「取り戻すのが不可能だから。動揺したリドルが最後に触れていたから日記の記憶もごちゃごちゃになっていて、もしかしたら、他の人が書いた言葉に反応を示してしまうかもしれない」
女子トイレから先生が屍体を担いで出て来る。
日記帳を手に持っていたのは、ダンブルドア先生。
「日記帳に触ったら僕の背中の服を引っ張って。良い?」
「……うん」
拳の中に汗が滲む。
失敗は許されない。
僕が失敗したから隠れているはずだったナチが姿を見せるはめになった。
鼓動が煩くて、思考を鈍くさせる。
浅い呼吸が繰り返される。
本当はナチの方がつらいに決まってるのに、笑う余裕なんて無いくせに、口の端を上げて余裕そうにみせてくる。
「大丈夫だから」
一度頭を撫でて、それだけ言ってナチはマントから出る。
表情はいつもの笑み。
「こんばんは。ダンブルドア先生」
階下にいるダンブルドア先生に偶然出会った風を装い声を掛けるナチ。
いつもの笑み。いつもの口調。
僕は足音をたてない様にしながらダンブルドア先生に近付く。
「ナチか」
「あれ?先生方が全員集合ですか?」
周りを見回して首を傾げるナチ。
どうしたのかと、身振りで問う。
「ナチこそ何故ここにおる」
ナチは少し間をとってから言った。
「先生、うちの学校に男の子の亡霊って居ましたか?」
「おらんぞ」
「ですよねぇ」
「男の子の亡霊がどうかしたのか?」
「えぇ、まぁ。廊下を歩いてたら半透明の男の子が居て、僕が見ているとふいに角を曲がったから何だろうと思って追いかけてきたんですよ。するとここに着いたんです」
「ふむ……」
「で、先生達は何を?」
ナチの作り話は終わり、ダンブルドア先生は数回頷く。
咄嗟なのだろうのに流暢な喋り。
僕には出来そうもない。
ダンブルドア先生が口を開く。
「ここで人が一人亡くなった」
「笑えない冗談は止めましょうよ。僕は先生の事は好きですが、そういう冗談は嫌いですよ」
「冗談では無い」
ナチの表情は凍り付く。
演技なのか、本心なのか。
演技ならば、ナチは道化だ。
違う。
僕のせいで演技でも何でもするはめになったんだ。
「まさか、黒髪の男の子ですか?」
「恐れんで良い。女の子じゃよ。近くにこんな物が落ちておった」
ナチの方に伸ばされる手に持たれた日記帳。
僕はナチとダンブルドア先生の間に立つ。
「本ですか?」
「日記帳じゃ」
日記帳に触れる。
その時、
「儂に何か言う事は無いかな?」
半月形の眼鏡越しに覗き込む様な視線。
僕にではなく後ろにいるナチに対してなのだろうけど、僕に対しての様だった。
心の底まで見る様な視線。
全身が強張る。
氷の塊を飲み込んだ様な気分。
「何もありませんよ、ダンブルドア先生」
ナチが澱み無く応える。
日記帳から手を放して足音をたてない様にナチの後ろに回って、服を引っ張る。
「ダンブルドア先生」
ナチは口を開いた。
「ダンブルドア先生は僕に何と言って欲しかったんですか?」
逆手の質問は、ナチが他人に対してよくやる事だ。
「真実を聞きたかったんじゃ。ナチが何も無いと言うならば、何も無いのじゃろう」
去ってゆく教師の後ろ姿にナチは頭を下げてから、寮に戻る道を歩いた。
何か口に出したいけれど、何を言って良いのか分からない。
重い沈黙を携えて、蝋燭の薄い燈りに照らされた廊下を進みナチの部屋に入った。
部屋は汚いけれど、ナチが杖を一度振るだけで元に戻される。
「リドル、もう良いよ」
透明マントを脱ぐ。
「ナチ、あの……」
「謝るな」
ピシャリと反論を許さない台詞。
椅子を引かずに、机に軽くもたれる様に腰掛けたナチ。
居心地が悪くて、どこにいれば良いのか分からないから、僕は扉を背に立ったままでいた。
「でも僕のせいだ」
絞り出した声は情けない程掠れている。
最初にナチに言われた忠告を聞いてあの空間に入らなければ、こんな事にはならなかった。
聞いてさえいればこんな事にはならなかったんだ。
「本当に責任はすべて僕にあるんだよ、リドル」
なじってくれた方がいっそ気が晴れるのに、ナチはどこまでも僕に非は無いと言って。
それがつらい。
前に立つナチ。
少しだけの身長差。
まっすぐな視線。
逸らせない。
こういう時ばかりは逸らす事を許されない黒い瞳は、意志の表れなのか鋭く見える。
「僕がもしリドルを非難するなら、それは責任転嫁になる。罪を押しつける事なるんだ。そんな事は出来ない」
無意識に握っていた拳に汗が滲む。
このまま何かを言わなければ、僕はこの事に対して何も言えなくなる。
でも何も言えない。
口の中が乾燥する。
何を言えば良いのか。
何が言えるのか。
「僕がナチの忠告を聞いていれば、あそこに入らなければ……」
「過去は変えられないんだよリドル。でも言わせて。例え入ったとしてもリドルだけだったら殺さなかっただろう?」
「僕も音がした時、杖を抜いた」
「それは先に僕が入れ知恵をしたから。違う?」
ナチが言った『水場は危険』。
それに反応したのは事実だ。反論に詰まる。
責められた方が気が楽なのに。
「ナチは今から先生の所に行くの?」
人が死んだのは事実。
隠し続けるには重た過ぎる。
「今から?それは無理だよ」
ナチはクッと喉の奥で笑って、髪をかき上げながら言った
「一度逃げて、しかも作り話を話したのに今更犯人は僕でしたって言いに行けると思う?」
背筋が凍った。
今になって自分の過ちに気付く。
ナチが罪を償うチャンスを僕が奪った。
一緒に逃げようと言って服を掴んで、ナチが一緒に逃げないなら僕も残ると言って。
ナチが僕を逃がさないはずが無いと分かっていたからとった行動。
そしてそれにより、思惑通りにナチは一緒に逃げて、自分の過ちを懺悔する場面を失った。
逃げたからには罪が重くなる。
例え後から名乗り出ても、一度逃げた事には変わりないのだ。
ナチはちゃんと裁かれようとしていたのに。
僕が……。
「リドルは何も考えなくて良いんだよ」
凍り付いた身体に降る言葉が優しくて哀しい。
ナチは笑うけれど、その笑顔の真意は何?
「僕のせい……」
「だから、それは違う。僕はリドルだけを逃がす事も出来たのにしなかったんだ。それまでの君を見ていたから」
「だから……なんでナチはそんな風に」
自分に非を押しつける?
「それまでのリドルがリドルじゃなかったからだ。気付かないとでも思ってた?あの時のリドルが何かに囚われていたのに」
囚われて、いた?
カチリと記憶の蓋が開く。
中から聞こえるのは、サラザール・スリザリンの声。
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