ハリポタ 僕らの時代 | ナノ
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日記内の記憶は僕が覚えている部分で、覚えていない過去の記憶は読めなかった。
それでも残念だとはあまり思わなかったのは、最初から期待していなかったからではなく、誕生日を祝われてプレゼントされた物だからかもしれない。
そう思うと僕はどこまでも単純だ。
漸くクリスマスが明けて寛げる時期に入ったので、食事は大広間で食べるようになった。
「あっ、また好き嫌いしてる。栄養が偏っちゃうよ?」
隣に居るナチが不満たらたらに言ってくる。
僕の前にはサラダと紅茶。ついでにナチが勝手に置いたベーコンと目玉焼きの乗った皿。
朝からこれだけ食べろという方が無理だ。……ナチは底無しの胃袋なのか食べているけれど。
「要らぬ心配だよ。自己管理ぐらい自分で出来るさ」
「そう言いながら肉食べてないし」
「朝からは食べる気しないっていつも言ってるだろ」
睨み付ければ笑いながら両手を上げて降参ポーズ。
わざわざ姿で示さなくて良いから、とりあえず皿を下げろ。
ナチは仕方ないなぁと言って野イチゴのジャムをたっぷり塗ったトーストを渡してくる。
……塗り過ぎ。
食べるのを黙って見てくるから、食べるしかない。
仕方なしに囓ると、甘みと酸味が口内に広がった。
朝からこれは胃に重たいよ。
紅茶で流し込む様に食べていると梟便が来て、ナチの前に止まった。
「え?僕に?」
同意する様に啼く梟。
梟便だから不必要なのだろうけれど、その封筒は受取人の名前が書いてない。
ナチもそれが言いたいらしく、僕が受け取って良いのかね。と視線で問うてくる。
梟が良いって言っているのだから良いんじゃないの?
梟が早くしてくれとナチに近付いて来るので、手紙は受け取られた。
一仕事終えて満足したというように一声鳴くと、梟はベーコンを咥えて飛び去る。
皆朝からよく脂分を摂りたがるな。
ナチは開封せずに差出人を見て、顔の筋肉が無くなった様に急に無表情になった。
「……。誰からの手紙?」
僕の方を向いたナチは笑っていて、まさか今のも僕を動揺させようとした演技じゃないだろうね……。
「 ヒ ミ ツ 」
「え、あ、どこに行くのさ」
席を立ったナチは口元を手紙で隠した。
目が笑っていて、わざとらしさが際立つ。
「秘密の手紙を読む僕を見られるのは恥ずかしいからね」
寒い台詞を言って、じゃあまたねと大広間の出口へ行ってしまう。
何なんだあいつ……わざと人を動揺させておきながら逃げるなんて、嫌な感じだ。
周りの音が急に耳障りになって、紅茶を一気に飲んで乱暴にカップを置いて席を立つ。
何でこんなに苛々しなくちゃいけないのさ。
全部、ナチのせいじゃないか!
寮に戻る気もしなくて城内を歩き回った。
たっぷりを時間を費やした筈なのに、席を立った時と時間はあまり変わらない。
歩き回るのも疲れたから部屋に戻っても腹の虫は治まらず、苛々している自分に余計に腹が立つ。
元々こんなに長く感情的になる事が無いから対処に困る。
いつもならすぐに馬鹿馬鹿しいで終わるのに。
本でも読めば落ち着くだろうと思って、途中まで読んでいた本を開く。
様々な魔法薬の調合方法が載っている本。
いつもなら図や活字を見るだけで興味をそそられるのに、駄目だ、頭に入ってこない。
文を構成する単語がバラバラになって意味が頭で整頓されない。
余計に気が落ち着かなくて、諦めて本を閉じる。
読むのをやめよう。
溜め息が口をついて洩れる。
何で僕がナチのあの態度で苛々しなくてはいけないんだ。
ペースが乱される不快感。
ナチが僕の気持ちを揺さぶろうとするのはよくある事だけれど、いつもはそれで僕を誘導する為の仕掛けだったり、後からフォローを入れたりするのがナチだ。
なのに今日に限って途中で逃げる格好。
新しい嫌がらせか。
なんであんな奴相手に僕が苛々しなくちゃいけないのさ。
いつもならこんな事には……。
最近、ナチの事が気になるのかと問われれば、だいぶ時間が経過してからなら不本意ながら頷くかもしれない。
そうでなければ昨日だって馬鹿な質問をしなかった。
昨日の事は思い出すだけで自己嫌悪だよ。
何だって云うんだ僕は。
らしくない。
溜め息が出てしまう。
時計を見ると、昼の時間は過ぎていた。
僕は胃の不快感により昼は食べずに城内を移動していたけど、ナチは食べたのかな。
今ならナチは部屋だろうか。
いくらなんでも、もう手紙は読み終わっているだろう。
もう部屋に行っても平気かな。
根源はナチなのだから、ストレス発散をさせてもらおう。
何か部屋に行く口実を作りたくて、昨日貰った日記帳を手に持った。
ナチの部屋の前、扉を叩くと少しして扉の隙間からナチがひょこっと顔を出す。
「やぁリドル。どうした?」
いつも通りの笑顔なのに、違和感を感じた。
何で扉を少ししか開けない上に顔だけしか出さないのさ、いつもならおおっぴらに開けておいでませとか言うくせに。
それにナチはいつもなら来た時に『どうした』なんて問わない。
「中に何を隠しているの?」
「何も?」
「なら扉、開けなよ」
「無理無理」
はあ?と思って扉を引っ張る。
するとナチも中から扉を引っ張って……。
「何を隠してるのさ……」
「お年頃の男の子の部屋なんだから、配慮してよ」
はあ?と思う。
年頃?
自分でそう言ってのけるところが寒いんだよ。
第一、男同士だというのに、年頃の男だからと何を隠さなくちゃいけないのさ。
睨めば、ナチは口の端を上げる。
「やっぱり分からないんだねリドル」
「はあ?何が言いたいのさ」
「別に?なーんかこういうのって恋人同士でするやつと似てるよね。浮気現場に彼女が乗り込むとか」
「馬鹿な事を言うのも大概にしなよね!」
怒鳴って、気付いた時にはドアノブが指からすり抜けて、まさか僕が手を放すとは思っていなかったナチは、
「いっ!」
足を思い切り扉に挟んだ。
お気の毒と思うべきなのか、それとも自業自得だと思うべきなのか、とりあえず扉は僕が引けば開く状態。
ナチが何か言うけれど、無視をして中を見て、驚いた。
いつも右側が汚くて左側は整頓されているのに、今は左側の方が荒れている。
「だから見られたくなかったのにぃ」
ナチは恥ずかしい。とわざと女の様に声を高くして言う。
「どうしたのさ」
「思春期特有です」
「違う。何があったのさ」
ナチは肩を落として、床に投げ捨てられている透明マントを手に持って廊下に出て来ると、後ろ手に扉を閉めた。
ナチの瞳は黒色でいつも爛々と生気が宿っているのに、今は澱んでいて笑みが浮かんではいるけれど瞳と合っていない。
ちぐはぐだ。
「別の場所に行こう?汚い部屋に居たくないし、かと言って人に話しを聞かれるのって恥ずかしいからね」
ナチは階段を下りて行ってしまった。
鼓動が耳元で煩く鳴っている。
これを人が恐怖だと言うのならば、僕は……。
違う。
そんな筈が無い。
僕がナチを怖がるなんて変だ。
後をついて行くと、ナチは振り返ってもういつもの笑みで言った。
「隣においでよ」
前後の関係は僕が嫌うもの。
今それを嫌うのは僕では無くナチだった。
寮を出て、誰も居ない場所に向かおうとするナチ。
廊下に出ると息が白くなった。
時刻はそんなに遅くないのに外はもう夕焼けで、窓から橙色の光が射し込んでいる。
今これが夢だと言われたら、僕は信じるだろう。
歩みを進める。
誰も居ない場所なんてあるのだろうか、そう思って歩いていると、ナチは僕に透明マントをかけてきた。
ここから先は、四階の入ってはいけないと云われている廊下だ。
その奥に立ち入り禁止の部屋があるのは知っているけれど、ここは立ち入り禁止のエリアだ。
それなら二人で透明マントに隠れなければいけないのに、ナチは姿を隠さず中へと足を進める。
「誰かに見られたらどうするのさ」
「かまわないよ」
ナチはあっけらかんと言ってのけた。
部屋に入って、マントを被ったままでいるべきか悩んで、脱ぐ。
僕が羽織っていてナチだけが見つかったりするのは嫌だ。
後で罪悪感を感じるのは嫌だから、つき返す。
「で?こんな所に連れて来て、何を話すのさ」
「ねぇリドル」
冷たい空気の中を貫くナチの声は、まるで教鞭を振るう教師のようだ。
この空間の絶対的な権力者。そう思わされる。
「僕らはずっと相手の事は訊かないできた。それは互いに詮索されるのを嫌うから。違う?」
「話を変えないでくれる?」
「逸らそうだなんてしてないよ。ただね」
苛々した僕に対し、ナチは目を細めた。
いつもみたいに笑って誤魔化そうとするのかと思ったら、声は低められていて。
「人には知られたくない事もあるんだよ。包み隠さずすべてを話すのが親しいって訳じゃない」
迫力のある物言い。
気圧されてはならない。
僕はただ、君があんなにも荒れる原因が何なのか気になったんだ。
これは知的好奇心なのだろうか?
好奇心が相手を傷付けるのだと、僕は身をもって知っている。
興味本位で孤児院の事を訊かれたりすると、いっそ殺意すら抱く。
ナチも同じなのだ。
だから訊くべきではない。
分かってる。
分かってるよ、それくらい。
それでも話して欲しいと思ってしまうんだ。
難しい。
この感情は何なのだろうか。
表現する事が出来ない。
ナチは諦めた様に笑って、宥める様な口調。
「いい?リドル。リドルが僕の事を気にかけてくれるのは凄く嬉しいよ。でもね、それが自分の立場を悪くするかもしれないって考えたを少しでも持ったほうが良い。僕は君が思っているほど良い奴じゃないから」
クッと喉で嗤う、陰鬱な笑み。
この人がナチ?
いつもと違う。
この人は誰?
ナチが分からなくなる。
僕が知っているナチはいつも笑っていて、何でも楽しんでいるのに、目の前にいるナチは総てがどうでも良いのだと言いたそうな……。
「困らせちゃったかな。ごめんね」
先程までが嘘の様にナチは笑みを浮かべる。
「謝らなくて良いよ……ナチは僕が訊くのを興味本位だと思っているみたいだけど、それは違うから、それだけは」
分かって欲しい。
不用意な言葉で傷付けたのかもしれない。
だから分かっていて欲しい。
周りの人みたいに、興味本位から訊いたのではないのだと。
ナチは目を見開いて、それから穏やかに笑って頷いた。
「でも一つだけ訊かせてくれる?」
「どうぞどうぞ」
「僕の立場が悪くなるってどういう意味?」
「……痛いところをつくねぇ、リドルは」
「はぐらかさないでくれる?」
ナチが苦笑したあと観念した様に口を開こうとして、すっと笑みを消す。
真剣な表情。
眼光が鋭い。
「ナチ?」
「静かに」
シンと静まり返る空間。
ナチは杖を手に持ち、構えていた。
ズル……
先日聞いた音がする。
背筋を這い上がる悪寒。
ズル
ズル
ズル
『…ス…』
コロス。
そう呻く様に言っている。
ナチにもこれが聞こえているのだろうか、視線は壁に向けられている。
「リドル、相手の声が聞こえる?」
小さな声で問われて、眉根が寄る。
「聞こえてるけど……ナチは?」
「残念ながら這う音しか」
嘘だろ?
何で僕だけが?
這う音が小さくなる。
「下に行ってる」
ナチが言った。
見えない恐怖に怯えるのはもう嫌だ。
部屋を出て、這う音の後を追う。
ナチの制止の声が聞こえた気がしたけれど足は止まらない。
階段を下りて、向かった先には、
「リドル!」
肩を掴まれる。
そこは三階の女子トイレの前。
「リドル落ち着け。狙われてる本人が敵に向かって行ってどうするんだ」
「でも」
「リドル、君は蛇語使いだ」
切羽詰まった口調で告げられた言葉はナチにも話していない僕の秘め事。
何故知っているのか。
「僕には聞き取れなくて君には聞き取れる言葉は蛇語。そして這う音。相手は蛇なんだ。這える場所は水道管か何かだろう。つまり水場は危険だ」
だからこれ以上は近付くなと、警告の色が滲んでいる。
それでも僕は確かめたかった。
手招きをされている様な
引き寄せられる様な
あちらに行くべきなのだと思わせる何かがあった。
僕を掴んでいたナチの手を退ける。
拘束から逃れた僕に何も言わない代わりについて来るナチ。
身体が勝手に動く。
操られている様な錯覚。
僕は……
ボクハ……
我は……
視界が混濁する
影像を見ている様だ
ノイズのかかった視界
外界の音が消える
頭で響く声
ヨクゾ来タ 我ガ器ヨ
サラザール・スリザリンの声
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