ハリポタ 僕らの時代 | ナノ
●
「リ……そ……ろ起き………」
肩を揺すられて、驚いて飛び上がる様に起きると、
「いっ!」
「ぐっ!」
額が堅い物にぶつかる。
思い切り起き上がった分、打った部分は本当に痛くて脳味噌までグラグラしているみたいだ。
隣を見ると、顎付近を押さえて俯いている人物。
「……ナチ?」
僕の額と強打したのは、ナチの顎。
「何で君が居るのさ」
痛みで浮かんだ涙をそのままに言うと、同じような涙目が僕をじとりと見てくる。
「何で、君が、いるのさって……ここは、僕の部屋、だからだよ」
言葉が単語区切りなのは顎を打ったせいなのか。
よく見れば、ナチの部屋じゃないか。
ああそうか、僕はこの部屋で寝たんだっけ。
「……」
「……」
「……おはよう」
「……おはよう」
言う事はそれだけなのかと言いたげな視線を無視する。
君が僕を覗き込む様な格好だったのが原因でもあるのだから、おあいこだ。
「起きたて食べられる?」
立ち上がったナチは伸びをしながら聞いてくる。
「あんまり……今何時?」
「お昼だよ。少しは腹に入れないとだから、昼食から軽そうなやつを選んで盛って来たんだ。活動力は朝食が大切だからね」
「昼だろ」
「揚げ足取りな態度はよそうよ」
昨日同様、皿に盛られた食品が机の上に置かれている。
トレイの上にはサラダとハムエッグとトーストと紅茶。
……ハムエッグはいらないよ。
それにしても昼まで寝てしまうとは、自分の事ながら溜め息が漏れるよ。
ナチが部屋を出入りしていたのに、起こされるまで目が覚めないなんてどうかしている。
そんなに僕は疲れていたっけ?
しかしずっとベッドを占領してしまっていたのか……ナチはいつ寝たのだろう。
「君はいつ寝たの」
「んー、いつだろうね。時計なんて見ないから分からないや」
「どこで」
「僕はどこでだって寝られるの。まぁ流石に二人でベッドは狭かったけどね」
その台詞に、一気に鳥肌が立った。
ちょっと待ちなよ。
別に誰かに見られたとかではないから良いけど、いや、良くないよ。
気分的に嫌だ。
何が悲しくて男同士が仲良く一つのベッドで寝なくちゃならないのさ。
「というのは冗談で、椅子に座ったまま寝ました。言ったでしょ?どこでだって寝られるって」
「本当だろうね」
「本当だよ。寝るとしても寝てるリドルを起こしちゃうかもしれない行動をとるはずないでしょ」
睨みを利かせれば、ナチは信用無いなぁと肩を竦める。
信用を無くす様な事を言う君が悪いんだよ。
首を回して、手首も回すとポキッと鳴る。
最近寝方が悪いのだろうか、起きると関節がよく鳴るのだ。
時間的には昼食だけれど、起きたての僕にとっては朝食を受け取って口に運ぶ。
食事の間の沈黙は重苦しくなくて、落ち着くものだ。
「ナチ」
「ん?」
「これ食べたら確かめに行く?」
『何を』の部分を省いて、直接示す物を言わないのは悪い癖だろうか。
でもナチはこれで分かるから、わざわざ細かく言わなくても良いのだ。
夜中にあった、あの気持ち悪い声をいちいち思い出さなくて済むのは、嫌な記憶を掘り下げなくて済むのは、気分的に軽い。
「あぁ、朝のうちに一回見に行ったんだけど痕跡は無かったよ。まぁ残すとも思えないし、残っていたとしても都合が悪い物なら先生が証拠湮滅しちゃうだろうから元々期待はしてなかったけど」
先生を信用していないのではなく、それが当たり前なのだと口調が言っている。
都合が悪いなら隠すのは当然だと、僕も思う。
学校にとっての問題が発生したとしても、生徒に知らせればパニックに陥るだけ。だったら知らせない方が良い。
当然の意見だ。
僕が教師であってもそうするだろう。
紅茶を一口飲んで、食事を終える。
ナチが行って何も無かったのならば、僕まで行く必要は無いだろう。
「リドルも見に行く?」
「良いよ、君が行ったなら」
正直、まだあそこには近付きたくない。
恐怖というものは本能に刷り込まれると厄介で、理性ではもう大丈夫だと分かっていても本能が拒む。
しかも命に関してとなると尚更で、意思では行こうとしても体が言う事を利かない。がんじがらめにあった気分だ。
「十分な睡眠もとれたし、とりあえず腹に何か入れたから大丈夫そうだね」
「何が」
「何がって、今日はクリスマスパーティでしょ。体力勝負」
しまった。
すっかり忘れていた。
一気に身体がダルくなってきたよ。
身体の疲れは取れたし食事もちゃんと摂取したけれど、乗り気ではない。
毎年乗り気では無いんだけどね……。
ナチは気にした様子も無く、この状態を楽しめている様でクリスマスパーティ開始までの時間を確かめている。
良いね君は、脳天気で。
女子がダンスダンスと言ってくるのは毎年恒例だけど、慣れる事は無い。
断るのに疲れるから、出来れば参加したくないよ。
それでも嫌な時間はやってくるもので、自室に戻って服を着替えて渋い顔をしていると、正装姿のナチが部屋にやってきた。
場慣れした雰囲気というか、正装姿が似合っている。
「リドル、ホストみたいだね」
「それは褒めてるの?けなしてるの?」
「褒めてるよ。喩えるなら華。女という名の蝶が誘われる甘い蜜を持った華だね」
どんな喩えだ。
男の僕が華に喩えられて喜ぶ訳ないだろう?そういうのは女を口説くのに使いなよ。
それに腰に手をやって笑みを浮かべているナチの方がよっぽどホストみたいだよ。
溜め息を吐いて立ち上がると、ナチは笑っている。
「何さ」
「憂いをおびてるよね。だから女の子が寄ってくるのかな」
「大きな寝言だね」
効力が無いと分かっておきながらも言った嫌味を、ナチはさらりと受け流す。
大広間に向かう足は重くて、行きたくないと身体が訴えてきているのだと分かる。
それでも歩いていればいつかは大広間に着くのだから、世の中は上手く出来ているよ。
「サハラさん。踊っていただけます?」
同学年で寮は違う女子がすかさずナチに声を掛けて来た。
確かこの人も『純血』ばかり口にして、僕の事を混血と言っていた奴だ。
ナチは驚くほど優しそうな笑みを浮かべて、喜んでと言うと手を差し延べる。
どこの紳士だよ、エスコートって。
女子が騒ぐのも当たり前か。
僕が起きた時に嫌な冗談を言っていた奴とは到底思えないよ。
凄い変貌っぷりだね。
僕の方にも女子が来るけれど、すべて断る。
煩いんだよ。
今は機嫌が良くないんだ。
クリスマスパーティの時はいつもなのだけれど、何だろう、いつも以上に腹が立つ。
壁にもたれて、腕組みをしながらナチと女の姿を視線だけで探す。
ナチはダンスが出来るのだろうか。
……雑学王なのだからダンスの一つや二つ踊れるか。
今まで冬休みにナチは残らなかったから、初めてナチのダンスを見る。
腕前はどうなのだろう。
あれでも良家の坊ちゃんだから、上手いだろう。
演奏が始まり、ダンスも始まる。
ナチは凄く上手で、でも、あれ?と首を傾げた。
ナチの動きは演奏にも合っているし、早めて踊っているわけでもない。
だというのに女の方が遅れてスタートしたようでナチに追いつけずに慌てていて、リズムにも合っていない。
ナチは上手なのに、女の方は慌てるから余計に下手になる。
上手い人と下手な人。踊っている中で一番目立つペアだ。
曲が終わりを迎えた頃、女子が僕に声を掛けてきた。
「トム君、次の曲一緒に踊ろうよ」
「お誘いありがとう。でも僕は躍らないことにしているんだ。悪いけど、他を当たってもらえるかな?」
いつも使う言葉を口にし終わった時には、演奏が終わっていた。
ざわめきの中、風船が破裂した様な乾いた破裂音。
驚いて一斉が音源に視線を向けると、ナチと、ナチに平手を食らわせた格好で止まっている女。
「さいっていっ!!」
静寂の空間に響く女の言葉。
捨て台詞を吐いた女は自分の仲間がいるのだろう群れへと大股で向かった。
周りも視線を戻し、わざとナチを見ない様にする。
ナチが平然としていると男子と女子何人かがナチのところに素早く行き、取り囲んでいる。
ナチは笑っているみたいだ。
何があったんだ?
今度は何を仕出かしたんだ、あの問題児は。
自分を取り囲む人と笑いながら何かを話した後、こちらに来たナチの左の頬は赤くなっていた。
「いやぁ、平手くらっちゃった」
前髪をかき上げながら笑ってそれだけ言い、近くのテーブルに置かれていたグラスを手に持って壁にもたれかかる。
「何で」
「さあ?自分のダンスが下手だって気付かされたからじゃない?」
グラスを口に運びながら含み笑いをしている。
叩かれたくせに元気だね。
どこかで会った事がある三人の女子が僕たちの所にやってきて、見たことがある顔にあれ?と思う。
何処で見たのだろう。そうだ、バンシーについての課題をやっていた時に図書室で会った三人だ。
「ちょっとーナチ君大丈夫?」
「図書室ぶり。大丈夫大丈夫、僕は打たれ強いから」
「打たれ強いからって本当に打たれたら痛いよ!」
「酷い事するね、純血だからって図に乗ってるんじゃない?」
「ナチ君を叩くなんてサイテー」
三人でキャアキャアと不満と一緒に相手を非難するから姦しい。
「ねーナチ君、気を取り直して私と踊ろうよ」
「トム君、踊ろうよー」
「お誘いありがとう。でも他を当たってよ」
「トム君冷たいー」
この三人は何だろう、他の女と違ってしつこくない。
冗談で全部終わらせるあたりが、隣にいる平手をくらった奴と似ている。
「踊ってくるから、リドル、これ持ってて」
グラスを受け取ると、ナチは最初に申し込んできた女子を連れてダンスの輪に加わった。
「ねぇ、何でナチ君は叩かれたの?」
「本人に聞けば良いじゃないか。僕は知らないよ」
「トム君が知らないんじゃ教えてくれなさそうー」
何だよそれ。
僕達はどんな関係だと思われている訳?
考えるだけ無駄だと思いダンスを見ると、それはさっきと違った。
女子は下手だけど、それをフォローしているしリードもして踊っている。
そうすれば二人とも上手に見えた。
楽しそうに笑いながらステップを踏んでいて、終わって帰って来た女子も満足しているみたいだ。
他の二人もナチと踊りたがるものだから結局ナチは三人と踊って、満足した女子が去るのを見届けると壁を背もたれにして僕からグラスを受け取った。
流石に連続で三人を相手にして疲れたのだろう、シャツの第一ボタンを外している。
「だいぶ最初と違ったね」
「何が?」
「踊り方が」
喉の奥で笑うナチ。
「見てたんだ」
「視界に入っただけだよ」
「リドルは素直じゃないねぇ」
ナチはグラスを空け、テーブルに置く。
「何人も相手したら流石にお腹空いちゃった。適当に盛ってくるよ」
それだけ言って、左の頬を赤くしたナチは食事を取りに行ってしまった。
喉の奥で笑ったナチが頭をよぎる。
純血主義者とは表面上しか付き合わないのに、何で怒りを買う行為をとったのだろう。
後々面倒だからっていつもは適当に受け流していたはずなのに。
ナチは戻って来た時、僕の分の皿まで待っていた。
「あっちで席が空いていたよ、行こう」
相変わらず引かない頬の赤み。
見ているだけで、腹の奥がジリジリと焼けるようだ。
「リドル?」
「何でもない、行こう」
訊いたところでどうにもならないのだから、訊く必要は無いはずだ。
だいたい、ナチの行動について考えだしたら迷宮に迷い込むに決まっている。
奇妙奇天烈なのがナチの行動であって、まともな考えでは理解出来ない。
席について、手の届く範囲にあったグラスを掴む。
ナチが何か言う前に一気に飲むと、喉が熱くなって噎せた。
「大丈夫?それ僕が飲むつもりだったからアルコール分高いんだよ。リドルお酒飲めたっけ?」
状況見れば分かるだろ。と言いたいのに噎せるし、ナチは席を立って水を持って来る。
「水。飲んで」
水を飲んで少し落ち着くけど、口内が苦い。
「何でお酒があるんだよ」
「お祭りだからでしょ」
「生徒は未成年だろ」
「そんなのお祭りでは関係ないでしょ。空腹の時の酒は回りが早いって言うから食べて。何でも良いから」
どれだけアルコール分が高いのを持ってきたんだよ君は。
僕だってお酒は飲める。
まぁ……少しはの話で、免疫はあまり無い。
でもこれは飲める飲めない以前に強過ぎる。
食べ物を口に運ぶけれど、胃に液体が大量に入っているから喉を通らない。
「ナチはアルコールに強いの?」
「ジュースみたいなものかな」
そう言ってナチは先程僕が噎せた酒のグラスを取って来て飲んでみせた。
免疫の有無だから仕方無いんだけど、僕がこなせない事を軽々とこなしているみたいで何だろう、モヤモヤする。
……モヤモヤしているのは胃か。
時間が経つにつれてアルコールが体を巡回する。
酔い潰れてしまいそうだ。
「もしかしなくてもヤバ気?」
普通を装っているつもりだけど気付かれる。
これ以上の強がりは身を滅ぼすだろう。
「……だいぶ」
「部屋に戻ろう。ここ煩いし」
足下がふらふらする。
スポンジの上を歩いているみたいだ。
だからと言って今姿くらましをしたらきっと変な所に飛んでしまう。
姿くらましが個人でしか使えないのがこんなところで足枷になるとは……出来る事ならナチに姿くらまし使わせて上便したいよ。
どうにか会場を出て、スリザリンに続く薄暗い通路まで来る。
誰もいない場所までくると、ナチが僕の腕を自分の肩に回して、半分僕を担ぐ格好になった。
抵抗はしないよ……。
僕の部屋を通り越して着いた先はナチの部屋。
頭の中がグラグラする。
脳味噌が動いているみたいだ。
ベッドに横になると、海に浮いている様な、沈んでいる様な感覚。
駄目だ、これは完全に酔いが回ってる。
「吐きそう?袋渡しとくよ」
どこから取り出したのか分からないエチケット袋を渡され、情けなさと気持ち悪さに泣きそうだよ。
「医務室に行ってくる」
ナチはすぐに部屋を出ていってしまう。
雛は静かに床のダンボールの中から僕を見上げていた。
ナチは戻って来た時、硝子の瓶とコップを持っていた。
「吐いた方が楽?」
「どっちかと言うと……その方が良いかも」
ナチは硝子瓶の中の液体をコップに注ぎ、硝子瓶に余った液体に白い粉を入れて振る。
「塩水。一気に飲みな」
そうは言われても、飲み込む事が出来ない。
口に含んでも飲み込めないし、吐き気はあるけど胃の中にとどまっている。
……どうにかしてくれ。
「それじゃあ錠剤も飲めないな」
塩水を吐き出して、口の中を空にする。
いろんな意味で限界なんだけど……。
「口開けて」
抵抗する気力も無く開けると、小さな物が舌に当たった。
それは弾けて、急に眠気が襲って……
「二時間寝る事になるけど、それで気持ち悪さから解放されるなら……」
ナチが何か言っている。
君、人の口に何放り込んだんだよ……
目を開けると、さっきと同じ天井。
壁に掛かった時計を見るときっちり二時間経っていた。
気持ち悪さも何も無い。
部屋を見回すと、床で雛が啼いていた。
「……ナチ?」
餌を欲しがっているみたいだけど、僕は餌の与え方なんて知らない。
いや、知ってはいるけど見よう見まねで出来るものではないから出来ない。
なのにナチの姿は無くて、飼い主失格だと言ってやりたくなる。
待つ事数分で入口の鍵が外から開けられた。
帰ってきたのか。
「あ、おはよー。ぴったり二時間だね。気分はどう?」
「大丈夫だよ」
雛が啼いているのでまだ頬が赤いナチは床にしゃがんで餌の支度を始めた。
餌をやり終えれば、今度は僕への餌やりの時間だとでもいうのか、僕に食欲の有無を聞いてくる。
僕は君の雛じゃないんだけど?
「……まぁ、少しは」
なるほどと言いたげに数回頷いて、ナチはまた姿を消してしまった。
……忙しいやつ。
雛は満腹になったからなのか巣の中を動き回っている。
戻ってきたナチの手には、ワンホールのケーキと食べ物と飲み物……。
「……クリスマスに浮かれ過ぎじゃない?」
二人しかいないこの部屋にワンホールのケーキはないだろう。
「違う違う。今日はリドルの誕生日でしょ」
言われて、眉根を寄せる。
僕は誕生日が分からないから、周りには適当に夏休みの日を言っている。
少し考えて、しまったと気付く。
仲良くなり始めた時期、ナチに誕生日を聞かれた事があった。
その時はまさかここまで親しくなるとも思っておらずに、ナチが帰るのだと知っていた冬休みの、そして咄嗟に思い付いたこの日を誕生日だと言ったんだ。
すっかり忘れていた。
僕には誕生日なんて無くて、適当に誤魔化したつもりだったから。
僕の表情からナチは事実を予測したのだろう、また一度深く頷いてみせた。
「嘘だって分かってたよ。だって今は8月だって言ってるからねリドル」
笑われて、恥ずかしくなる。
無計画に嘘をつくからボロが出るんだ、情けない。
「別に本当の日じゃなくても良いでしょ。祝いたいだけなんだし。ハッピーバースデーリドル」
ワンホールのケーキに年の数だけ蝋燭を刺して火をつけるナチ。
蝋燭が多過ぎるよ。
しかもわざわざホワイトチョコのプレートに僕の名前が書いてあるし……。
「はい吹き消して」
誕生日を祝ってもらった記憶が無いから、どうしようもなく気恥ずかしい。
反応に困る。
どうすれば良いのだろう。
この年になって蝋燭の火を吹き消すなんて事するのか?
嬉しくないわけじゃない。ただ恥ずかしいとかそういうのがあって……ああどうしたら良いんだ。
「ハッピーバースデーリードルー♪ハッピーバースデーリドルー♪」
手拍子しながら歌うナチ。
君は良いよね、恥とかが無くて。
僕は恥ずかしくて対処に困るよ。
目の前でちらちらと揺れる炎。
「……」
「早く早く」
このまま嫌がっていても埒が明かないのは分かっている。
恥ずかしいという気持ちを押さえて、蝋燭に灯った火を消す。
もちろん一息では消えなかった。
何度か繰り返してすべての火を消し終わるとナチはまた拍手をして、おめでとうと言いながら火を吹き消された蝋燭を取る。
ナチにとっては誕生日は祝われるのが当たり前で、それこそ蝋燭の火を吹き消すなんて普通の事なのだろうけれど、僕にとっては高台からジャンプする様な気分だったよ。
ガラじゃない事をさせないでよね。
ナチはケーキをカットして、皿に乗せる。
プレートは僕の皿に乗せられていた。
「自信作だよ」
皿を受け取った時に言われ、僕の手が止まる。
「……君が作ったの?」
「もちろん」
デコレーションがしっかりしているから市販だと思った。
男のくせしてケーキも作れるのかナチは。
見た目重視で作っているのならば味は大丈夫なのかと不安に思うと、ナチは自分の分を食べてみせた。
「愛情はたっぷりだけど毒は入ってないから死なないよ」
だから食べてみて、と口では言わないくせに目で訴えてくる。
愛情が入っていると思うと食べるのが嫌とかではなく、気恥ずかしさから食べるのに勇気が必要になるよ。
経験した事が無い事ばかりされて、戸惑いはあるけれど食べざるを得ない状況だ。
一口食べると、甘さが控え目で自分にはちょうど良かった。
お世辞ではなく、市販より僕の口に合っていて美味しい。
「いつの間に作ってたのさ」
「昨日の夜。その帰り道でリドルを捕まえたってわけ」
あの時か。
深夜に抜け出して何をやっているのかと思えば、ケーキ作り。
眩暈が起きそうだよ。
料理の方もナチが作ったらしいけれど、やっぱり美味しくて、すっきりした気分なのもあってそこそこ食べられた。
本当に何でも出来るんだね、君は。
「ご馳走様」
「お粗末様」
粗末ではないだろう。
ナチは机の引き出しを開けて、中から包みを取り出す。
「プレゼント。受け取ってくれるよね?」
受け取らない方が悪いみたいな言い方。
仕方無いから受け取ってあげようと思って、思いとどまる。
ナチの頬の赤みが視界に鮮やかで、女子に聞かれた言葉が頭をよぎる。
『何でナチ君は引っ叩かれたの?』
『トム君知らないんじゃ教えてくれなさそうー』
僕とナチは互いの事を詮索しない。
これは暗黙のルールみたいなもの。
知らなくて良い事なのに、知らない事にもやもやする。
自分の事は何を言われても聞く耳持たないナチが純血を怒らせるのは、仲間の事を言われた時だ。
そう思わせるのは、冬休みに入った日にナチが喧嘩……ナチは言い返すだけで相手が勝手に怒っていただけにも見えたけれど、兎に角その時の原因が僕だったからだ。
いや、詳しく訊いてはいないから確かでは無いのだけれど、そうだと確信出来る要因は沢山ある。
だからこそ、その頬を叩かれた理由も僕なのではないかと思えてしまって嫌だ。
勝手に僕を巻き込まないで欲しい。
原因が僕でないなら良い。
それを確かめる為に訊きたい。
「プレゼントを受け取る代わりに僕の質問に答えて」
「プレゼントを押しつけてるみたいな言い方だねリドル。ひどーい」
「そういう反応されると次の言葉が出ないよ」
「じゃあ何も訊かずに受け取ってよ」
「それは駄目。良いから僕の質問に答えてよ」
「リドルらしくないね。まぁ良いよ、ただ、応えられない事もあるからね?僕って恥ずかしがり屋さんだから」
冗談で終わらせようとするけれど、引っ掛からないからな。
何て訊こうか。
遠回しな言い方だとナチのペースに巻き込まれて話を変えられるのがオチだ。
率直に聞くべきだろう。
「何で叩かれたの?」
ナチはきょとんとした後、吹き出す様に笑った。
何を訊かれるのかと身構えていたらしくて、僕の質問が予想外のものだったのだろう、ナチは堪えることもせずに笑い続けて息も絶え絶えという状態になる。
失礼にもほどがあるよ。
「だーかーらー、言ったでしょ?あの子は自分のダンスが下手だって気付いて、八つ当たりで叩かれたって」
「それだけであんな公衆面前で叩くはずが無いだろ」
「気の強い子だからだよ。プライドが傷付いたんじゃない?」
「なら何でそんな気が強い女子にダンスが下手だと気付かせる真似をしたのさ。いつもみたいに適当にしていれば良かっただろ。それにナチはちゃんとフォローもリードも出来るはずだよ」
ナチは前髪をかき上げて笑う。
髪をかき上げる仕草は度々見る事があって、デジャヴだと思った。
「気紛れだよ。純血主義者は好きじゃないし。ちょっとした嫌がらせ?」
「だから嘘は言うなって言ってるだろ」
「嘘じゃないってば。なんでそんなに疑うの?リドルらしくないね」
「僕が原因かと思うと、気分悪いんだよ」
ナチは髪をかき上げず、髪に指を差し込んだまま動きを止めて考える様に目線を彷徨わせている。
「確かに前はそうだったりもした。でも毎回同じ事で僕が感情を抑えられないと思う?」
……思わない。
でも、ナチは人に対して『好き』『どちらかというと好き』『好きではない=無関心』しかない。
どうでもいい相手を嫌いになって感情に波を立てる事すら面倒だから、嫌いになるほど人を観察しないし干渉しないのだと本人は言っていた。
そのナチが気に入らないからって相手のプライドを傷付けたりするだろうか?しかも相手は女。
長い付き合いだから、僕もナチの性質は分かっているつもりだ。
たとえ互いの事を訊かなくても、それ位は付き合い上分かっている。
「リドルは一回そういう事があったから意識しちゃうんだろうけど、リドルが気に病む事は何も無いんだよ。これは僕の気持ちの問題なんだから」
「本当の事、言いなよ」
「本当の事?全部本当だよ。僕はあの子が好きじゃない。だからだよ」
「本当に僕や君の周りの人が悪く言われたからじゃないの?」
「何でそう思うのさ。その考えはやめようよ。自分で自分を蔑んでいるみたいだよ」
言われて、自分らしくないと気付く。
でも一度ナチが僕の事で相手に反撃した事があるから。
一度経験した事はそう簡単に忘れられるものではない。
違う、そこからして自分らしくないのだ。
他人が僕の事をどうこう言おうと気にしないのが僕だ。
他人が僕の事で喧嘩をしたところで、僕には関係ないんだ。
恥ずかしい。
馬鹿みたいに詮索して、先入観で原因は自分だと決め付けて、視野が狭いのを自分から言ったようなものじゃないか、情けない。
「僕の事で気に病ませちゃってごめんね」
「良いよ。僕が勝手に勘違いしたんだから」
居心地の悪い空間にもかかわらずナチがニヤリと笑った。
「でも嬉しいねぇ。僕の事を気にしてくれてたんだ。優しさに包まれる気分だよ」
「僕の勘違いだよ」
「いやいやいや、勘違いだろうとなんだろうと僕の事で頭がいっぱいになってたんでしょ?」
「だから……」
「殴ってくれた子に感謝しなくちゃねぇ。まさか一発叩かれただけでこんなに心配されるとは思わなかったよ。リドルの溢れんばかりの愛が伝わってくるね!いやむしろ溢れてる愛かな?」
「何言ってるのさ!」
人が心配してたのを君はそう解釈するわけ?
気持ち悪い事言わないでくれる?
「だってそうでしょ?誰も気にかけないリドルが頬叩かれただけの僕に対してあんな困って、切なそうな顔して僕を見るんだからね」
「そんな顔した覚えは無いね」
「無自覚?なら気を付けた方が良いよリドル。君は綺麗なんだから、僕の前では良いけど他の人の前でその表情やってごらん。女の子も狼になるよ」
「ば、馬鹿な事ばかり言わないでくれる!?」
今のナチは立板に水状態だ。
「馬鹿じゃないよ酷いなぁ。最近の女の子は逞しいからね。男を組み敷く事くらいなんて事ないでしょ。あ、勘違いしないでね?僕は組み敷かれた事はないから」
「誰も君の事なんて聞いてないだろ!」
そういう話は嫌いなんだよ!
何なのさ今日のナチは。
酔ってるんじゃないの?
酔っ払いみたいに変な事言って、相手するのも嫌になるよ!
脳味噌に虫でもわいてるんじゃないの?
「はいはいはい、リドル落ち着いて」
落ち着いてって、この状態にしたのは君だろ!
深呼吸を促されるけど、言う事を聞くのも嫌だ。
撥ね除ければ、ナチは困ったなぁ。と言うけれど、全然困った顔してないし。
「はいプレゼント。約束だよね?貰ってくれるんでしょ?」
苦虫を噛み潰す気分。
質問に答えてくれたら受け取るなんて言わなければ良かった。
今のナチから物を受け取りたくない。
上手く操られているみたいで嫌だ。
気に入らない。
それでも約束は約束だから、悔しいけど受けとらなくてはいけない。
受け取って、催促されながら中身を開けると、鍵の付いた……
「日記帳?」
「うんそう」
「……僕に日記をつける趣味はないよ」
「リドルは恥ずかしがり屋さんだからねぇ」
恥ずかしがり屋ではなく、面倒臭がり屋なんだよ。
第一日記帳なんてつけてたら誰かに見られる可能性だってあるし、第一予定とかは頭に入ってるから書く必要も無いんだよ。
「この日記帳は書かなくても良いし、リドルが良いと思う相手以外には文字を見させない作りだよ」
「はあ?意味分かんないんだけど」
「日記の中にリドルがの記憶が住み着く様な感じ。まぁ実践するのが一番でしょ」
鍵を渡される。
上手く理解出来ない今、鍵を日記帳を厳重に締めている鍵穴に差し込んで良いのだろうか。
ナチは笑っている。
……もうどうにでもなれ。
鍵穴に鍵を差し込み、回す。
僕は特に何もなかったけど、手に持っていた鍵と日記帳を厳重に締めていた鍵穴が消えて、ただの日記帳になる。
ナチは羽根ペンとインクを渡してきた。
「日記に何か書いて」
表紙を捲り、なめしのページもとばして日付を書く場所があるページへ。
羽根ペンにインクを付けて、何を書けば良いのか思い付かず名前を書く。
「あれ?」
インクが吸い込まれる様に消えてしまった。
「じゃあ、今日の日付を書いてみて」
ナチは僕に背中を向ける。
何なのさ。と思いながら12月24日と書いた。
字は吸い込まれ、そしてまた染みの様に浮き上がってくる。
それは僕の字と似ていて、僕が今日思った事や体験した事が記され始めた。
「何これ」
「何か浮き出て来たでしょ。それがリドルの今日の日記。つまりその日記の中にリドルの記憶が入っているんだよ」
「僕の記憶が?」
「そう。リドルが鍵を開けたでしょ?それでこの日記帳はリドルの記憶だけを閉じ込めた物になるんだよ。ついでに触れる度にリドルの記憶は更新されるんだ」
「つまり、勝手に僕の考えている事が全部この本に納まると?」
「その通り。でも安心して、この日記帳におさまっている記憶はリドルのだから、リドル以外には何の反応も示さない」
「不安なんだけど」
「じゃあ貸して」
ナチが羽根ペンを持ち、角張った文字を書いてゆく。
名前と、僕に対しての呼び掛け。
字は吸い込まれ、そしてそれだけだった。
「リドルの筆記にしか反応しないんだよ。だから最初に名前を書いてもらったわけ」
つまり、日記帳を見る鍵は僕の筆記という事か。
僕が書かなくては駄目だと。
確かにこれなら日記を読まれる心配はない。
僕が読み終われば文字は消えるから、周りから見ればただの白紙の日記帳だ。
「僕の記憶がおさまってるんだ」
「そうだよ」
それなら、僕が忘れている事も入っているのだろうか。
記憶なのだから、僕が産まれた日も分かるのだろうか。
引き金は日付を書くだけ。
ホグワーツの学年から西暦は分かるから、後は365日の日付を書くだけ。
それで僕が産まれた日は分かるのだろうか。
記憶がどこまで鮮明に入っているのかは疑問だけれど、試してみる価値はある。
僕が知らない僕をこの日記帳は知っている可能性があるのだから。
「仕方ないから貰ってあげるよ」
ありがとうと素直に言えない自分。
ナチは笑って、受け取ってくれて有難うと言った。
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