モノノ怪 飽和する世界 番外 | ナノ
ハロウィン企画:紫頭巾さん
森に囲まれた村に、定期的に訪れる変り者がおりました。
変り者、と言われる理由は、その容姿に関係しています。
紅い隈取りに藤色の口紅、極彩色の着物に薄紫の爪と頭巾。
皆は彼の事をこう呼びました。
薬売り、と。
紫
頭巾さん
薬売りは久々に、森の中にある村を目指して獣道を歩いていました。
森の木々は大地に降るはずの日光を吸い、すくすくと成長して葉を生い茂らせ、残った木漏れ日が大地に降り注いでいます。
空を見上げれば、キラキラと光が輝いています。
薬売りは変わった風体ですが、背負っている大きな木箱は薬が沢山入っていて、これを売り歩いているから薬売りと呼ばれているのです。
薬売りはのんびりと、高下駄で大地を少し凹ませながら足を進めました。
所変わって、森の中腹。
森の中腹には、湧き水によって出来た泉が存在します。
キラキラと輝く水面の傍で、のんびりと寛いでいる狼がいました。
一見すると漆黒の大型犬にも見えますが、実際は狼です。
人を襲って食べてしまうような狼が、人里に近い場所で気持ちよさげに時折尻尾を振っています。
その様子を、通りかかった薬売りが遠くから見ていました。
人里近くにいる狼は、銃で撃たれて皮を剥がれても文句は言えません。
何故なら、狼と人間は食うか食われるかの関係だからです。
毛艶の良い狼を見て、薬売りは少し思案した後、何処からともなく札を出しました。
そしてそれを、狼に投げ付けます。
狼は急に襲ってきた大量の札に驚いて、ギャン、と鳴きました。
それと同時に、狼が煙に包まれます。
「いって……」
煙から聞こえた声に、今度は薬売りが驚きます。
煙が消えた所には、漆黒の着物を着た人が居ました。
しかし人というには、頭にある尖った二つの獣耳とか、ふさふさした尻尾とか、人にあるはずが無い物がついています。
「何だこれ……」
狼は、自分の手を見て驚いているようです。
尖った爪と犬歯、獣耳と尻尾。
簡単に言えば、半獣です。
「おい、人間」
狼は人間、つまり薬売りと距離を保ちながら、薬売りに声をかけます。
薬売りは何ですか?と何も存じませんといった調子で言いました。
「私に何をした」
「撃退しようと思いまして、札を投げました」
が、と薬売りは続けます。
「うっかり、妖力を与える札を、投げて、しまいました」
うっかりうっかりと、薬売りは淡泊な口調で言います。
その芝居がかった態度に少なからず、狼がイラッときたのは隠しようもない事実です。
「さっさと元に戻せ」
よっぽど大きな声で怒鳴りたいところをぐっと言葉を飲み込んで、地を這うような、ドスの利いた声で言います。
ですが薬売りは、その回答に答えずに、お名前は?と悠長に訊ねてきます。
しかも、じりじりと距離を詰めながら。
狼は薬売りのその笑みと態度に少し押されてしまったのか、西明、と名乗ってしまいます。
「西明。良い名ですね」
西明の中にある獣としての本能が、警告音を奏でています。
西明は前から近づいてくる薬売りと距離をとるために後ろへ下がろうとしますが、生憎後ろは泉です。
しかも、薬売りが投げた札により今の状態になっているので、薬売りから元に戻る方法を聞きださなくてはなりません。
ですが、薬売りという男は危険だと本能が言っています。
「あーっ!薬売りさーん!」
何処からともなく聞こえた声に、薬売りが反応を見せました。
今しかない。そう思った西明は直ぐ様森の奥に駆けだします。
「あ……」
薬売りは、やはり半獣だけあって瞬発力と脚力の優れた西明があっという間に姿を消してしまうのを見届けました。
「久しぶりじゃないですかー!薬売りさん!元気にしてましたか?」
小さな村の住人である、加世が薬売りに手を振りながら近づいてきました。
「お久しぶり、ですね」
「本当ですよ!」
加世はわざと膨れてみせます。
薬売りはそんな加世を見て、微笑みました。
すると加世も笑います。
「ところで、加世さん。その、荷は、何ですか?」
薬売りが竜胆色に彩られた爪で、加世が抱えている風呂敷を指差しました。
加世はああ、と言って、風呂敷を見ます。
「佐々木さんと小田島様に、届け物なんですよ」
「佐々木さんは分かりますが、小田島様にも、ですか?」
「ああ、薬売りさんは知らないんですよね」
佐々木という男性は、剣豪らしく、修業の為にと言って村と離れた森の中、一人で暮らしている変り者です。
一方、小田島という男性は、薬売りが覚えている限り村に住む侍です。
その小田島が何故森の中に、と疑問に思う薬売りに、加世は話します。
どうやら、小田島が腰から下げていた刀が、小田島が稽古をしている時に折れてしまったのだそうです。
それを酷く嘆いた小田島は、自分の修業――精神統一――が出来ていないからだと思い込んだようで、佐々木と共に修業をすると言って村を飛び出してしまいました。
佐々木は来る者拒まずな人間だったらしく、一言返事で小田島を迎え入れてくれました。
それ以降、佐々木と小田島は森の中で修業に励んでいるのだとか。
「……むさ苦しいですね」
男二人なんて、と言う薬売りに加世は頬を膨らませました。
「佐々木さんも小田島様も凄いんですよ!」
「どの辺が?」
「狼を飼い馴らしているんですから!」
薬売りの浮かべていた穏やかな微笑みが、一瞬固まります。
「……狼?」
「そうですよ、大きな狼です。西明ちゃんっていうの」
「その西明というのは、漆黒の?」
「え!?何で分かったんですか?」
薬売りは勘だと言いつつ、少し視線を反らします。
加世はわざとらしい薬売りの態度にまた頬を膨らませました。
その頃、全力疾走して息を切らせた西明は、木に手をついて呼吸を整えようとしていました。
いつもは四肢を使って走るのが二足歩行だし、着物は足にまとわりついて走りにくいし、西明にとっては散々です。
呼吸を整えた西明は着物も適当に直します。
そして少し先、森中にこぢんまりとある一軒の民家に近づいて、木陰から様子を伺います。
民家の前では、顎が二つに割れた男が刀を振って修業に励んでいました。
西明はその様子をこっそりと伺い、意を決したように近づきます。
足音に気付いた男は振り返り、西明を見ると驚愕に悲鳴を上げて腰を抜かしました。
「ばばばばば、化け物!」
「精神統一だ何だと言って修業をしていたのに、成果がまったくありませんね、小田島様」
西明の発言に、何の事だと言いながら刀を振り回します。
「危ないですよ、小田島様。それから、私は西明です」
「西明は狼で人じゃっ……!西明?」
小田島は刀を振るのを止めて、西明を見ます。
確かに、耳と尻尾は狼の西明と同じ物のようです。
小田島は半獣姿の西明をまじまじと見ます。
「……妖怪だったのか」
「違います」
「しかし人間に」
「変な奴に札を投げられて、そうしたらこんな事になりました」
小田島は人間になった西明の獣耳や尻尾を気にしているようで、ちらちらと見てきます。
西明は居心地悪そうに、余り見ないで下さい、と言った。
「本物か?」
「本物だから声が聞こえます」
「触っても良いか?」
「何を今更。いつも私の頭を撫でているではないですか」
小田島は耳を摘んで引っ張ります。
西明が痛いっ!と言うと、すぐに手を引っ込めました。
「引っ張るとは、何事ですか!」
「済まん、つい」
ついって何だ、ついって。と西明は内心で突っ込みます。
小田島は、本物か、凄いな、と言って西明の耳や尻尾を眺めていました。
「あ」
そこに、薬売りと加世が到着しました。
西明が驚愕の表情を浮かべるのに対し、薬売りは微笑みかけます。
「お前っ!」
「えーっ!獣耳!?小田島様、そういう趣味だったんですか!?」
西明が薬売りを睨み付け、よくものこのこやって来たなと言おうとした時、加世が大きな黄色い声をあげました。
不潔!と言う加世に、小田島は誤解だ!と言います。
「この子は狼の西明だ!変な奴に札を投げられて、こうなったらしい」
「嘘っぽーい」
加世の疑いの眼差しに、小田島は誤解だと何度も言いますが、加世は信じません。
西明は小田島を見て不憫に感じたのか、本当ですよ、と言って耳の生え際を見せました。
「本物?」
「本物です」
「凄ーい!西明ちゃんだ!」
加世は西明ちゃんだと喜んで、西明に抱きつきます。
西明はまさか抱きつかれるとは思っておらず、反応が遅れてしまい、加世に耳やら尻尾やらを触られます。
「可愛いー!」
「あの、加世さん、止めて下さい」
もごもごと声を小さくして言う西明に、加世は聞こえていないのか、尻尾を撫でます。
加世の押しの強さに、さっきまでの強気はどこへいったのやら、西明はおどおどとしています。
狼らしさなどもはや無いその態度が『西明ちゃんは謙虚』と加世に思い込ませるらしく、余計に可愛がられます。
小田島はそれを見ていて、西明が犬みたいだと思いました。
「加世さん、それ位に」
西明を引っ張り、加世から引き剥がすのは薬売りでした。
漸く加世から解放された事に西明は安堵しますが、それと同時に薬売りに助けられた、というのが癪に触るらしく、すぐに不機嫌になります。
「気安く触るな!」
「俺には、手厳しい、ですね」
「当たり前だ!さっさと私を戻せ!」
薬売りの手を振り払うと、逆に掴み掛かった西明に、薬売りは穏やかな笑顔。
西明はそれが気に入らないらしく、余計表情が険しくなります。
「無理、ですよ」
「無理?」
「腕を、見て下さい」
言われて、西明は袖が捲れた腕を見ます。
そこには、薬売りが投げた札の紋様が、くっきりとついていました。
それはまるで、入れ墨のようです。
「それをどうにかする事は、出来ませんし」
「ふざけるな。お前がやった事だろう。どうにかしろ」
「どうにか、と言われましても」
「お前がやった事なのだから、責任取ってどうにかしろ」
「責任は、取りますよ」
薬売りは笑顔になって、西明の腰に腕を回します。
西明はぞっとする手つきに尻尾と毛が逆立ちました。
薬売りを突き飛ばして逃げようとした西明ですが、腰を捕まれたままな上に、片腕まで捕まれて動けなくなります。
「何をっ……!」
「ですから、責任を、取ると」
「私は、狼に戻せと言っているんだ!」
「それは無理、ですから、俺は西明の人生の、責任を」
「訳の分からない事を言うな!腰を撫でるな!」
薬売りを必死に引き剥がそうとしますが、薬売りはなかなかに力が強いので、剥がれません。
「帯に手を掛けるな!」
「まずは、西明の身体の隅々まで、確かめなくては、解決策が、練れませんから」
薬売りの発言に、西明は顔色を悪くします。
「まさか、此処で脱がすつもりか」
「嫌、ですか?」
「当たり前だ!」
「おや、都合良く、家が。あそこの一室を、借りましょう」
「あれは佐々木と小田島様の家……っ!」
言い合いをしているうちに、西明の帯がはらりと地面に落ちます。
西明は両手で着物の前が開かないようにと押さえますが、両手が塞がれた状態になるので、ろくに抵抗も出来ません。
西明は泣きたくなりました。
狼としてのんびり生活していたのに半妖みたいな格好にさせられて、しかもこんな変態に言いよられて、西明にとって今日は人生最大の厄日です。
自分一人の力では対処できないと分かった西明は、周りに視線を向けました。
加世は黄色い声を上げながら、二人の攻防をじっと見ています。
その様子から、加世は助けてくれないと、直観的に西明は理解しました。
対して小田島は、ぽかんとしていました。
小田島はこの状況についてこれないのでしょう、すでにログアウト状態です。
ですが、この空間で西明を助けてくれそうなのは、小田島しか居ません。
西明は、縋る思いで口を開きました。
「小田島様!助けて下さい!」
西明の悲鳴にも似た声に、小田島はハッとします。
どうやら、ログインしてくれたようです。
「薬売り!西明を放さないか!」
薬売りは小田島の言葉に、小田島を見ました。
まるで邪魔されたとでも言うように、西明を抱き締めたままに睨みます。
「騒がしいな、どうしたんだ」
森からひょこりと姿を現したのは、佐々木です。
薬売りが誰かを抱き締めているのを見て、元々大きな目が、眼球が零れんばかりに見開かれます。
「不純だ!」
急に刀を抜いて斬り掛かってくる佐々木に、西明と薬売りはすぐに離れて避けます。
「佐々木殿!落ち着いて!」
小田島が佐々木を宥めに入ります。
加世は急に刀を抜いた佐々木に驚き、そして息を合わせたように二人でタイミングよく離れたのにも、驚きました。
西明は地面に落ちている自分の帯を拾って、手早く腰に巻いています。
「ん?西明か」
佐々木は人の姿をしている西明を見て、まったく動じた様子も無く、飯食いに来たのか?と訊ねます。
名乗る前に自分を西明だと言い当てた佐々木に西明は驚きつつも、腹は減っていない、と返しました。
「久々だな、薬売り」
「急に刀を抜かれて、驚きましたよ」
「不純な奴等かと思ってな、成敗しようとした」
刀を鞘に戻して、佐々木は至極当然といった調子で話します。
その単調さが恐ろしいと、その場にいる誰もが思いました。
「それにしても西明、成長したな」
「それ以前に言う事があるだろうに」
西明の正論に、佐々木は首を傾げます。
普通なら、何で人間になったのかとか、そういう疑問が先に出るはずです。
なのに成長したなって、何だそれは。と西明は内心で突っ込みます。
「……着物が崩れているな」
佐々木は待たせた後、そう言いました。
西明は、頭を抱えたくなりました。
「着崩れは、そこにいる薬売りのせいだ」
「そうか」
そうかって何だ。と西明は言いたくなりますが、もうどうでも良い。そう思う気持ちも強くて、口を閉じました。
「西明」
「何ですか、小田島様」
「お前、これからどうするんだ」
まともな質問をしてくる小田島に、西明は頭を垂れました。
こんな見た目では、変わり種として囚われて売られるか、化け物と言われて撃ち殺されるかのどちらかしかありません。
それは西明にとって、とても住みづらい世界です。
「薬売りが解決策を見つけてくるまで、俺達と共に住むのはどうだ?佐々木殿、よろしいでしょう?」
「俺は構わんぞ」
「どうだ?西明」
西明は有り難い申し出に感謝しますが、それでは万一自分の存在が知れた時、二人が化け物を飼っていると噂されて迫害される事を危惧して断ります。
「何故断る」
断る理由を言わず、頑なにそれは駄目だという西明に、小田島は食い下がります。
「私は野性ですから、定住するのは苦手です」
「では、俺と、諸国を巡りますか?」
「身の危険を感じるから、絶対に、嫌だ」
誰がお前なんかと。そう言う西明に、薬売りは共に居るほうが解決策を探すのは楽なのにと言います。
散々戻す手段は無いと言っていた癖に、と西明は内心で毒づきます。
「ねぇ、西明ちゃん。だったら村においでよ。村の皆は西明ちゃんを歓迎するよ」
「村の人たちが?」
西明の耳がピクリと動きます。
加世は西明に、不確かなのに自信を持って勿論!と言いました。
村人に受け入れてもらえれば、万事うまく行きます。
もし嫌がられたら、この地を離れるだけだと開き直った西明は、加世と共に村へ向かいました。
その後ろには、何故か小田島と佐々木、薬売りもついてきます。
西明は元から人を襲う事もせずに、人に撫でられても抵抗すらしない狼だったので、村人は快く受け入れてくれました。
「良かったな」
小田島が西明の肩を叩きます。
西明も、安心したように笑いました。
しかしすぐに薬売りと向き合って、睨みます。
「早く私を狼に戻す方法を探せ。良いな」
「収穫は、少なそうですが」
「やる気無いだろう」
「西明は、今のままのほうが、良いですから」
西明は怪訝な表情を浮かべます。
何で、と言いたげです。
「皆と言葉を交わすのが、もう、当たり前になって、いるでしょう?」
「……今は」
「狼に戻って話せなくなるのは、つらいと、思いますよ」
その言葉に、西明は僅かに納得してしまいました。
この一件の後も、薬売りは変わらず村を訪れます。
しかし、その中でも変化が表れ始めました。
いつも一日泊まれば、次の場所へと足を進めていた薬売りですが、来る度に、居る時間が伸びていったのです。
そして、村の中でも変化が表れ始めました。
元狼の西明は、野性の時に培った自然植物の知識や、狼の頃から衰えていない嗅覚などを使って、薬草等を集める事を始めました。
なんでも、何もせずに村に居るのは失礼だと考えたそうです。
そしてなにより、
「西明」
「またお前か」
薬売りは村に来る度に西明を訪ねました。
最初こそ西明は邪険に扱っていましたが、薬売りが毎回訪れては西明の住居に居座るので、今では薬売りが村に来た際は居座るのが当たり前になったようです。
しかも、西明自身、もう狼に戻りたいと思わなくなっているようで、薬売りから薬草の話を聞くのを楽しみにしているようです。
何故そう分かるのかといえば、薬売りが来た時、西明の尻尾が僅かに上がって揺れるからです。
態度は何とも無いと云うようなものですが、尻尾と耳は正直で、耳は薬売りの方を向きっぱなしです。
薬売りは小さく笑いました。
西明の耳がピクリと反応を示します。
「どうした?」
「いえ……」
西明は気にした様子もなく、ふうん、と言って、薬草についての質問を再開します。
そんな西明に、やはり薬売りは笑みを浮かべました。
〜終〜
西明さんが声を張り上げる率が高すぎて、サブタイトルは『ハッスル西明』だと信じています。
恐ろしくカオスなネタで済みません。
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