モノノ怪 飽和する世界 番外 | ナノ
拍手ログ7:匿う
ツクツクボウシが鳴く夕暮れ時、そろそろ鈴虫が鳴き出す頃に、額に汗を滲ませた役人がやって来た。
腰帯に十手を刺した、少し強面の男だ。床から伸びた長い影が、当人より早く店の中に入ってきている。
こんな田舎に役人とは珍しい。一体何用だろうか。
頭を下げながら店に迎え入れれば、男は挨拶もなしにこんな人相の奴を知らぬか、と人相書きを見せてきた。
それは随分と、見知った顔だった。
飽和する世界
匿う
「……存じ上げませんね」
片目を隠す、柔らかに波打つ白い髪。頭巾。
そして奇抜な化粧。
その人相書きに、血の気がサァッと引いた。
肌寒さを感じる頃合いだというのに、背中に汗が滲み出る。
あいつ、とうとう犯罪に手を染めたのか。顔が良く外見も目立つぶん巻き込まれる可能性も高いと思っていたが、まさか人相書きまで出回る程になるとは思わなかった。
今家に居ます、とは到底言えない。
近所の親しい者は薬売りに信頼を寄せているからこれを見ても何の悪戯かと考えて口を割らないと思うが、今の時期は外部の者も多く街を闊歩している。
その者達がこの男なら骨董屋に居るぞと言う前に、早々に此処から逃がさなければならない。
まさか、犯罪の片棒を担ぐことになるとは思わなかった。
役人はそうか、と言ってすぐに出て行ってしまった。一体どのような罪を犯したのか訊こうと思っていたのだが、間に合わなかった。随分と忙しい人だ。
兎に角、早々に薬売りには逃げてもらわなければならない。
お縄になったら何をされるとも知れない。こんな田舎まで規模を拡大して探される内容なのだから最悪獄門、良くて島流しだろう。
薬売りが不老なのは漠然と理解しているが、不死かは不明だ。万一、打ち首になって晒されてから蘇りでもしようものなら、薬売りの名は悪い意味でこの大陸全土に轟くだろう。
そうなるのは、あまり都合が良くない。
薬売りの今後が大変だという考えもあるけれど、毎年夏を共に過ごす私まで化け物扱いされてしまう。それはあまりに不都合だ。
何の為に、私がずっと魑魅魍魎が見えることを隠していると思っているのだ。
「薬売り。早々に荷物を纏めろ」
「……?」
勝手知ったる書棚から見繕ってきたのだろう書物に目を通していた薬売りは、私の呼びかけに反応してこちらに顔を向けた後、こてんと首を傾げる。
その仕草はまるで幼児がやるそれのようだ。尤も、成人男性がする仕草としては可愛さの欠片も無く、むしろ気持ち悪さを覚えるのだけれど。
「役人がお前の人相書きを持ってきた。何をしたかは訊かないが、見つかれば捕まるだろう。お縄になりたくなければ、早々に此処を離れたほうが良い」
「俺は何も、しちゃあ、いませんぜ?」
「そうだとは思うが、おかみがお前を罪人と言えば冤罪でも捕まるだろう」
その時に別の所に居たというのが立証出来ず、且つ被害者が薬売りを見て犯人だと言えば罪人確定である。
見た目は目立つがふらりと姿を消す男だ、別の所に居たという立証は困難かもしれない。そうなると理不尽な結果が訪れる。
「どんな、罪なんでしょうか」
「さあな、直ぐに出て行ってしまったから、聞きそびれた」
「それなら、罪では、ないかも」
「罪ではない?」
罪でもないのに探されている?ともすれば、お役人は随分と暇なものだ。
とはいえ、男がそう言うのだから、何か理由があるのだろう。
「心当たりがあるのか?」
「ちょいと、ばかり」
「どういった内容だ?」
「武家の、家で」
武家と言う単語で、最近耳にした話を思い出す。この夏、打ち水もすぐに干上がるカンカン照りの、アブラゼミが合唱する頃の事だ。
耳が早い飛脚が贔屓客からの文を持って訪れた時、麦茶と甘味を出してやった際に聞いた話では、輿入れをしている最中に化け猫が出たというものだった。
飛脚は噂好きである為、奇々怪々な話があると届け物が無くても此処に立ち寄るのだ。きっと彼の耳には、私がお祓いの真似事をしている噂も入っているのだろう。
それでも飛脚は私の事には触れず、まるでヒグラシが夕暮れを告げるようにただこういう事があるぞ、と知らせてくるだけ。
彼が何を思ってそうしているのかは知らないが、それは私にとっては金を払ってでも欲しい情報であるので、毎度気持ちばかりの茶と団子を馳走している。
「花嫁は亡くなって、当主もおかしくなっちゃったとか。そこに雇われていた侍と女中の話で幕引きになったとは聞いていますが、どうにも祓い屋が探されているらしいですよ。武家屋敷1つ潰したんですから、上の方も情報仕入れるのに血眼だとか」
それは大変ですね。と私とは全く関係ない話だったので流したのだが、先ほどの薬売りの発言からもしかして、という考えがふつふつと湧いてくる。
次期としても、ちょうど合致するだろう。
「坂井の化け猫か?」
「おや、ご存知で」
カマをかけたつもりが、あっさりと認められてしまう。
何という事だろう。証人尋問の為に探されているのか、お前は。
「相も変わらず、面倒事に首を突っ込んでいるな」
「其処に、物の怪が、おりましたので」
物の怪が居るならば、何処にでもこの男は現れる。
それがこの男の性なのだ。
分かってはいるけれど、生きづらいとも思う。
特に家が大きければ大きいほど上との繋がりがあるから、問題があれば自然とおかみが動くのだ。
そうすると、今回のように証人として喚ばれる事も発生する。下手を打てば、己が罪人に仕立て上げられかねない。
「あまり無茶をするな」
「心配、ですか?」
「自分の身をな。追われているお前を匿っていると思われて、私までお奉行様の前に出されるのは御免だ」
「そう、ですか」
顔を背けて、また書物に目を向けてしまう薬売り。拗ねたのだと理解した。
心配されたいとでも言うのだろうか?
お前の心配などしていたら、夏のこの時期以外は常に気に病んでいなければならなくなる。そんなのは冗談ではない。
物の怪相手に無茶をしていないか、物の怪騒動の周辺にいる輩に何かされてはいないか。そんな心労を持って生活をしてみろ、十日ともたないだろう。
お前の心配をしてやれるほど、私は強くはないのだよ、薬売り。
「ああ、そうか」
薬売りが何かに気付いたと言わんばかりに声を出すので、見れば私の方をまっすぐに見上げていた。
何だ。
「俺を、匿った、ということ、ですね?」
「罪人を家に置いてると思われて、家捜しされたらたまらないからな」
薬売りはクスクスと笑う。口元に手をやって、いかにも愉快そうに、クスクスと。
「西明こそ、お役人に嘘を吐いた、罪人、ですね」
俺が此処に居ると分かったら、西明はどうなりますかね。
実に楽しそうに呟かれて、これは厄介毎に巻き込まれたな。と思った。
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