モノノ怪 飽和する世界 番外 | ナノ
拍手ログ6:商売人
昼過ぎ。
骨董屋はいつも通り商いをしていた。
照りつける太陽から逃れるように丈の長い暖簾で店先を隠した、薄暗い室内で客と駆け引きをしている。
客は品を買いに来た人間で値下げを求めるが、骨董屋は笑顔で値下げをしようとする相手を言葉巧みに丸め込む。
品の値など、有って無いようなもの。
その者が価値があると思えば値はつき、その者が価値が無いと思えばただの屑となる。
客の身なりが上々で、この品を求めるからこそ骨董屋は値下げをしないのだ。
「もう一声」
「これ以上値を下げては、我が家が傾きます故」
骨董屋が品を木箱に戻そうとすると、客は慌てて分かりました、と言った。
骨董屋はありがとう御座います。と笑顔を見せた。
飽和する世界 番外
「ありがとう御座いました」
西明は笑顔のまま、暖簾の外で頭を下げた。
金を払うまでは渋い顔をしていた客も今では幸せそうに品物を抱えて帰路に着く。
その背中が見えなくなると、西明は笑顔のまま暖簾をくぐった。
暖簾をくぐってあげた顔は口の端が上がっておらず一文字になっている。
その顔は愛想の良い笑みを浮かべていた先程に比べ、何とも無愛想なものだった。
商い時に西明が座していた位置に男――薄暗い建物内だというのに目に飛び込んでくる鮮やかな色の着物を来た男――がいて、西明は少し目を細める。
その表情は逆光で男の目には映らないが、もしも映っていれば“不機嫌”とされただろう。
しかし男には不機嫌と認識できるはずもない。何故なら西明の顔は影によって黒く塗り潰されているのだから。
「また随分と、高値で、売り、ましたね」
愉しそうに笑う男。
商いの一部始終を物陰から見ていた男を西明は小さな声で悪趣味だ、と罵った。
西明が口にした額は、品が自身の価値として出した額だった。
西明は品の声――魂の音と言うの正しいか――が聞こえる。
品は価値を下げれば買い主の家を守る役目を担わない、と言って退かなかった。
買い手が西明の店に来たのは、西明の店の品が家の護り神になると噂で聞いたからだ。
その両方に応えるために、西明は金額を下げる訳にはいかなかった。
尤も、客の身なりも良く、これくらい端金として扱うだろうと見込んだ部分もあるのだが。
「例え周りから食の援助をしてもらおうと、必要な物は買わねばならん。だから金持ちから少し、工面してもらっただけだ」
「金は有るところから頂く、ですか」
「そういう事だ」
西明はふん、と鼻をならした。
男は化粧によって常日頃から笑っているように見える口の端を上げた。
西明の嘘は、男にとって甘味なるもの。
自分を悪人にしてしまうのは、他を卑下したくないから。
その外というのは、人は勿論、品物も含む。
高慢な品物が値下げを拒んだと言えば自分を悪人にしなくても済んだのに。
物欲にまみれた人間に少し御灸を据えてやったと言えば自分を悪人にしなくても済んだのに。
その一言を言わず、自分の事を言う。
生き辛そうに世を生きる西明の姿が、薬売りには何よりも甘い菓子に思えた。
「その考え、好きですよ」
薬売りの言葉に西明は解せないという顔をする。
西明は、金があるところから金を取るというやり方に賛同する薬売りを意外と感じたらしい。
対する薬売りは、西明の周りを下げない姿勢やその考えに好感を持ったのだ。
†嘘吐きな君へ贈る†
賛美
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