モノノ怪 飽和する世界 番外 | ナノ
番外:誕生日2016
両親が無くなって初めて迎える誕生日は、酷く憂鬱だ。
一年前の今日この日、起きてリビングに行けば、いつもと違っておはようの前にお誕生日おめでとう言葉と笑顔と、私が好きな食べ物が並ぶ食卓。それから、帰ってきた時を楽しみにしていてねという母の言葉と、俺の分も残してくれよな、という父の掛け合い。まだ高校生だ。親だって昔の人生50年とはまるで違って80、今なら医療も発達して90まで生きられるのだから、これからもずっと当然のように祝ってもらえるのだと思っていた自分の誕生日。
それが崩壊してしまったのが未だに信じられない。あまりにも失うのが一瞬過ぎて、リビングに向かえばおはようと言ってくれるお母さんが居るかもしれないと期待しそうになって、自分の部屋の作り自体がまるで違うことに脳が気付いて現実を叩きつけてくる。
ここは私の家ではない。甘い夢なんて見られないのだ。
ほんの少し軋む木製の階段を下りて台所に入ると、普段は私より遅く起きる薬売りが起きていた。
「おはよう御座います、早いですね、薬売りさん」
「おはよう御座います。西明さん。早くは、無いですかね……?」
「少し早く起きたんです。今日、日直だから」
「そう……ですか」
薬売りがしょげる。私は何かしただろうか?日直だと帰りが遅くなるから、店番を頼めないと思っているのかな?でも夕方過ぎまでお店開いていることは少ないし……。そうか、夕食の食べる時間が遅くなるのが嫌なのかもしれない。
今からでも台所に立って、薬売りの食事を有り合わせで作ったほうがいいかもしれない。この人は見かけに依らず、大食いなのだから。
「薬売りさん、朝食の準備するから台所空けてもらっていいですか?」
台所を陣取る薬売りにそう言えば、早く起きたのでもう作っているところです、という回答。
薬売りの料理……前に食べたけど、日本食らしい素朴な味が多かったな。それこそつけものと味噌汁と焼き鮭とご飯とか。豪勢だし腹持ちは良いけれど、洋食に慣れた私には少し多く感じる。
「座って、待っていて、下さい」
「はい……」
台所を出て、ローテーブルと言うか、ちゃぶ台と言うか、といった机を前に正座する。
前は四角いテーブルに椅子だったけれど、今では正座しての食事にも随分と慣れたものだ。
「上手く出来ませんでした……」
お皿を持って現れた薬売りは開口一番にそう言った。
お盆の上に乗って出てきたのは、スクランブルエッグとカリカリのベーコン、トースト、いつも私が使っているジャムと紅茶。
「薬売りさん、和食派だったんじゃ?」
「いつも西明さんが美味しそうに食べているので、俺も、食べよう、かと……」
正面向き合って、ローテーブルを挟んでいただきます、と言う。
スクランブルエッグの中にはとろけるチーズが入っていて、とても美味しい。
「スクランブルエッグ、美味しいです」
「それは、オムレツです」
「……チーズが入っていて美味しいです」
どう見ても半月方に見えないこれを失敗したと言っていたのかもしれない。
他のも美味しい。薬売りが気まぐれで早起きして、気まぐれで洋食を作ってくれるなんて、今日は良い日なのかもしれない。
空腹が満たされて沈んでいた気分が浮上するなんて、何て簡単な心なのだろうと自分でも思うけれど、ずっと引きずるままで居るよりもはずっと良いだろう。
「早く起きたので、お弁当も作って、おきました」
「お弁当も?」
「はい。後で渡しますので、忘れずに、持って行って、くださいね」
「嬉しいです。ありがとう御座います」
いつもは自分で作ったり、購買で買ったりしているのだけれど、まさか作ってもらえる日が来るとは思わなかった。
朝食をすべて食べ切って、お弁当と水筒を受け取って学校へ向かう。満員電車の嫌にならないくらいに、私の気分は浮上していた。
「西明ちゃーん!おっはよー!それからはい!お誕生日おっめでと〜!」
校門を過ぎたところで加世が走りよってきて、すぐに小さなプレゼント用に包装された物を渡してくる。
「わぁ!ありがとう!」
誕生日プレゼント、今日始めてもらった!と言うと加世は嬉しそうにする。
「西明ちゃんの初めていただきました〜!」
「言い方がやだなぁ」
「あ、お蝶ちゃんだ!お蝶ちゃんおはよう!」
「あ、加世さん、おはよう。西明さんも、おはよう」
「おはよう、お蝶」
お蝶は私の手元を見て、加世にもう渡したの?と問うている。
「西明ちゃんの一番になりたかったんだもーん」
「教室で一緒に渡す約束だったのに……。西明さん、お誕生日おめでとう。これからもよろしくね」
鞄から出されたプレゼントに、ありがとう、と言う。
私は素敵な友達に恵まれた。本当に、嬉しい。
「二人とも、ありがとう」
「ふふ、これからもずーっとよろしくね」
下駄箱まで一緒に話しながら向かって、私は日直だからそのまま職員室に向かう。
伸びをしている小田島先生の後姿が見えて、思わず笑ってしまった。
「おはよう御座います、小田島先生。朝からお疲れみたいですね」
「おお、久倉か!おはよう。どうした?朝から」
「どうしたって、今日は私が日直ですよ?日誌を取りに着たんです」
そっかそっか、と頭を掻いて誤魔化す小田島先生に、剣道部の朝錬は大変なのだろうなぁとしみじみ思う。
夜は生徒の提出物に目を通して、早くから朝練に付き添う。この人の睡眠時間はどれくらいなんだろう。寝不足は剥げるって聞くけど、相変わらずの青髭だし、きっと睡眠と脱毛は関係ないのだろうな。
「はい、日誌」
「どうも」
受け取って、それでは、と行こうとするとちょっと待て、の言葉。
「何です?」
「ほら、誕生日プレゼント」
引き出しから出した飴玉(鼈甲飴)を私の鞄に勝手に入れてくる。
「それ賞味期限大丈夫なんですか?」
「大丈夫に決まっているだろう!今朝買ったんだぞ!」
「誕生日に飴玉一個……先生、彼女にもそんなことしてないですよね?」
「し、してるわけ無いだろう!」
「それなら良いですけど」
飴玉、ありがとう御座います。それだけ言って職員室を出る。
なんとなく先生が彼女にふられる要因を見た気がした。
それからは日直としての仕事をしながらいつも通りの授業を受けて、少し眠気と戦いながらお昼を迎える。
「おっひる〜!」
「加世、今日は何を買ったの?」
「今日はね〜ミニストップの新作にしました!」
加世はここ一ヶ月ほど、コンビニでおにぎりを二種類買ってくる。それと自家製サラダジャーで、ダイエット中なのだとか。
お昼の後に体育があるのに、そんなので足りるのかな。
「あ、西明さんお弁当なのね」
「うん。薬売りさんが作ってくれたんだ」
「へぇ〜!あのお兄さんが作ったんだ!ねぇねぇ、開けてみようよ!」
「言われなくても空けるよ。私もお腹空いているし」
お弁当箱の蓋を開けて、中を覗く。
二人に見られる前に、一度蓋をした。
「西明ちゃん?」
「西明さん?」
「あいつ……」
何だこれ。
これをみんなの前で開けろって言うのか。
なんてことをしてくれるんだ、あの人は。
仕方ない、意を決して蓋を開けると、二人がわぁっと歓声を上げる。
そう、私のお弁当箱の中身は、簡単に言うとメッセージ弁当だったのだ。
ご飯のところに、海苔で「おたんじょうびおめでとう」の文字。いつの間に、こんなに海苔を切っていたのか。
しかも中にはサランラップに包まれた手紙も添えられていて……せめてお弁当箱の中ではなく、お弁当と包みとの間に入れるべきだろうに。
「すっご〜い!写メって良い?」
「いいけど」
「良いのね。じゃぁ私も撮りたい」
二人がスマホを構えて、人のお弁当を撮影している。
何だろうか、この異様な光景は。
「ありがと〜!」
「どういたしまして」
何にありがとうで、何にどういたしましてなのかさっぱりだけれど、ひとまずお弁当をいただこう。
「いただきます」
頑張って作られたお弁当は、私が好みそうなハンバーグや、きんぴらごぼうが入っている。
薬売りが一生懸命ハンバーグを作っていたのかと思うと、口元が勝手に綻んだ。
「西明ちゃん幸せそうな顔してぇ〜」
「私、二人を応援しているわ」
「いや、そういうのじゃないから」
ただ嬉しいだけなのだ。
本当に、ただただ、嬉しいのだ。
朝早くに起きて、何も言わずにサプライズを用意してくれてて居たことが凄く嬉しくて、胸が幸福と切なさに満たされて苦しくて仕方ない。
「西明さんに最初にプレゼントあげたの、薬売りさんね」
「本当だ〜!ショックゥ〜」
お蝶の言葉に加世が全くショックを受けていない声で言う。
本当に、今日は幸せな日だ。
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