モノノ怪 飽和する世界 番外 | ナノ
供物
薬売りと入った茶屋で、珍しい客を見つけた。
茶と団子を注文して、もう目の前に置かれているというのに凝視するだけで身動き一つしない、痩せた男だ。
その隣にいる少年は、男を見ている。
少年は稀に痩せた男の背中を擦ったりして、何かと男の様態を気に掛けているようだった。
親と子の立場が真逆ではあるが、たぶん親子だろう。
「西明」
串団子を片手に動かなくなっていた私が気になったか、薬売りは私の名を呼ぶ。
「どうし、ましたか?」
「否、何でもない」
串団子を一つ口に入れて、串を引きぬく。
蓬の香と味が口に広がって、実に至福の時だ。
甘味だけも良いが、その中に含まれる蓬の味もまた好い。
薬売りが小さく笑ったので見やれば、美味しそうに食べるものでつい、と言われた。
「餅は餅でも、蓬餅が好み、ですか」
自分の好きな物を分析されるのはあまり心地好いものではないと、思い知らされる。
前の座席に座る薬売りをねめつければ、手で口元を押さえてクスクスと笑う始末。
きっと、過去の私の行動に対する仕返しなのだろう。
私も薬売りの味の好みを熟知している。
立派な犬歯にそぐわず木の実が好きで、肉より魚なのだ。
また、女児のように甘味を好んで口にする。
それを茶化しこそしなかったが、どうやら私がそれを熟知していたことが嫌だったらしい。
おおよそ男の沽券に関わる、とでも思ったのだろう。
実に可愛らしい理由だ。尤も、そう思ったなどと口にすれば厄介は免れられなくなるので言いはしない。
串団子を口に運ぶ。
やはり、美味い。
団子が消え、串だけとなるのは好きな物だからこそ早い。
再度団子を放置したままの男を見れば、やはり手付かずのままだった。
子供はいよいよ困り果てている。
さて、どうしたものか。
「薬売り、あそこの男をどう思う」
団子の無い串で痩せた男を指す。
薬売りは男を目視だけして、私を見た。
「痩せてますね」
「そうじゃない」
とぼけるな、と言うと、薬売りは真面目な顔で実に阿呆な事を言葉にした。
「ああいったのが、好みで?」
「お前とは話にならん、もういい」
呆れた。
この状態でそんな事を言うのかお前は。
卓に手をついて立ち上がろうとした私の手首を薬売りが握る。
今度は何だ。
「俺が、行きます、よ」
あまり人と話したくはないのでしょう?と薬売りは言って、立ち上がったついでに私の笠を前にずらした。
まさか笠が上がって目の色が分かる状態だったのかと慌てたが、薬売りは西明の顔を他に見せたくないだけですと嘯く。
お前の嘘はどこまでも下手だと思いながら、私は浮いていた腰を再度下ろす。
薬売りは痩せた男に声をかけた。
子供は私を見て、頭を下げる。
私は気にしないでくれと口にしない代わりに、手を振った。
暫く何事かを話して、一枚の紙を男に手渡すと薬売りはさっさと戻ってきた。
「何だって?」
「西明の、想像どおり、かと」
「そうか。しかし、札を受け取ったのだな」
「ほぼ押しつけ、ですがね」
使わないでしょう、と薬売りは言う。
そうだな、と私は返した。
痩せた男は背中を丸めながら串団子を手にして、ゆるゆると倦怠感漂う動作でそれを口に運んだ。
少年は心配そうに眺めている。
餅を口に含んだ男は卓に突っ伏してわっと泣き出した。
少年もいよいよ泣きだす。
「何と告げた、薬売り」
茶を僅かに残す、飯を一口分残す等は、憑かれている証。
知らず知らずの内に、お供え物をしてしまっているのだと、痩せた男に告げたと薬売りは言う。
「あの人は、何に、憑かれているんで?」
「息子だ」
私は立ち上がる。
店の女が噎び泣く男に声をかけているが、男はただただ、ごめんよ、ごめんよと泣くばかり。
少年はかぶりを振って、泣いていた。
「もし」
男の肩に手を置く。
男の嗚咽が体を震わせていて、私にも伝わってきた。
「息子さんが悲しんでおられますよ」
その言葉に、男はいっそう体を震わせた。
残酷な事をしている自覚はある。
けれど、言わなければ子供もこの大人も、救われはしない。
「あなたが心配で、成仏できないのです。息子さんの為にもすべてお食べ下さい」
男は泣きながらひたすら餅を口に運び始めた。
子供はありがとう、と私に言って父親に寄り添うと、その背を撫でた。
何があったのかは私が介入する世界ではない。
「西明」
収束したのを見計らったが如く、後ろから薬売りの声。
肩に掛けられたのは羽織だ。
「行こう」
「はい」
客の視線が男に集まる中、私と薬売りは店を出る。
どうやら会計も済ませていたらしい。
外は息こそ白くならないが、やはり寒い。
私はほぅと息を吐いた。
先ほど食べた蓬の香が僅かにする。
「息子が、居たのですね」
薬売りが呟く。
薬売りにあの少年は視えていなかった。
だから薬売りには事の有様が分からなかったのだ。
対する私には見えていた。
だから予測をして、話をした。
「あの人は、札を、使いませんね」
「己の子に札を使える親はそうそう居ないだろう」
「子が、不憫、では?」
成仏できない子供。
親が嘆き悲しむために、安心して現世を離れられないのだ。
あの様子を見るに、あの子供が輪廻には入れるのはまだ先だろう。
「何、成仏するのが幸せとは限らない」
触れられない悲しみも、言葉が届かない苦しみも味わうだろう。
しかし、それでもあの少年は父親の傍にいたいのだ。
あの子はその気になればいつでも成仏出来るのにしていないのだと、見ていて分かった。
父親に寄り添うように居た少年の霊は、死者とて好きな人と共に居たいのだと告げていた。
それが良いかは分からない。
けれど、私には少年を無理矢理あちらに送る事が出来なかった。
私は死者でこそないが、人間でもない。
誰かに悪さをする訳でもない彼らが人間と共にありたいと望む以上、現つを徘徊する私が彼らを消し去ることは出来ないのだ。
「西明」
薬売りに手を握られる。
あたたかい手だ。
もう片方の手が私の頬に触れる。
こちらもあたたかい。
真正面にある薬売りの顔。
ほんの少し、哀しげな眼をしている。
「どうした」
「西明」
「うん?」
「あたたかい、です」
「薬売りの手のほうがぬくいが」
「西明も、あたたかい、です」
「そうか、それは良かった」
時折薬売りはこうやって私に触れる。
私の存在を確かめたいのだ。
魑魅魍魎と対した後、薬売りは決まってこうなる。
私も魑魅魍魎の類だからだろうが、こうも毎度毎度触れられるのは、恥ずかしい。
現に此処は人通りが少ないにしろ野外だ。
皆、美しい男が、笠を目深に被った黒服の人間に触れているのを物珍しげに眺めては去ってゆく。
「薬売り、宿に帰るぞ」
「はい」
周りの状況に気付いたのか、漸く手を離す薬売り。
顔に血が集まっている気がして、私は笠をより深く被った。
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