モノノ怪 飽和する世界 番外 | ナノ
年末年始〜2009〜
せっかくだから、初詣に行きませんか。
そう誘われて、一人で年始を迎える時は決まって家から出ずにいるから、稀には神社で年始を迎えるのも良いかもな、と思って頷いた。
北の地で生活している私にとって夜の寒さは慣れたものだから、外に出るのに抵抗も無い。
しかも今日は大晦日で、通りは人で賑わっている。
野犬に襲われたり、夜回りの人に怪しまれたりする事もないのだ。
出かけると決まれば早い。
薬売りはすぐに行きましょう、と言って、私の外套を持ってきた。
「そう急がなくても良いだろうに」
「何を言っているんです。じきに除夜の金が鳴ってしまう」
珍しく饒舌な薬売り。
いつも淡々と話して変な所で区切るくせに、しっかりと話せているではないか。
まったく、除夜の鐘ではしゃげるとは。
私より何十年、もしかしたら何百年と生きてきただろうのに、中身は童心のままだ。
そう思いながら、私は少し温かい部屋に名残惜しさを感じつつ外套を羽織ると、薬売りに引っ張られるようにして外に出た。
道には、今が夜だとは思えない程の人。
通りを照らす炎は、ヒュウと吹く風に火の粉を散らしている。
静寂と闇に支配されたいつもの夜と掛け離れた世界。
少しばかり、心が弾んだ。
それなのに、薬売りは腕を組んで肩を怒らせていて、楽しんでいる様子は見られない。
私と違って薬売りは寒がりだ。
おおよそ、風邪の冷たさを予想せずに、勢いで外に出たのだろう。
年の瀬に、馬鹿だな。
風邪を引いて、正月を寝正月にするつもりだろうか。
「寒いな」
吐いた息は真っ白な煙になって、闇夜に消えてゆく。
「そう、ですね」
薬売りが吐いた息も、闇夜に拡散した。
「薬売り、寒いんだろう?」
「西明は、寒くないんで?」
「寒くないわけではないが、私は寒さには慣れているからな」
「そう、ですか」
寒さに弱いくせに、除夜の鐘に浮かれて外出するとは。
本当に、呆れた男だ。
「帰るか」
「嫌、です」
「意地を張るな、寒いのだろう?」
「初詣に、行きたいです」
「来年、暖かい地で行けばどうだ」
「今、西明と、行きたい、です」
思い立ったが吉日、という態度。
なのにその意志は頑なで、私は毎度の事ながら、仕方ない、と溜め息を吐く。
真っ白な息が私の顔を掠めて、凍り付いた顔の皮が、そこだけ解凍されたような気がした。
早く帰って、全身を解凍しよう。
「さっさと行くぞ」
「そんなに、急がなくても」
「家に帰ったら、葛湯を飲むか」
「甘酒を、配っては、いませんかね」
「さあ、どうだろうな」
私は大晦日の夜にわざわざ家を出て、神社に行くなどまずしない。
独り身であるし、寒い場所に行きたいという気にもならなかった。
こう云った催しに参加したがるのは、大概人と居て、何か楽しみを共有したい時だろう。
おかげで、年末の神社の事情など、さっぱり分からない。
しかし、甘酒を配ってくれていたら、この寒がりが一息付ける。
甘酒を配っていますように。そんな願いが生まれた。
神社に近づくに連れて、人が増える。
まるで光に群がる虫だ。
誰だって明るい所に吸い寄せられるのだから、当たり前と言えば当たり前か。
と、ゴーン、と鳴った。
除夜の鐘だ。
新年が、やってきた。
薬売りを見る。
薬売りも、鼻先を赤くして私を見ていた。
「明けましておめでとう」
「明けまして、おめでとう、御座います」
微笑んだ薬売り。
その笑みが幼く見えるのは、鼻先が赤いからだろうか。
寒がりな薬売りを早く温めてやりたい。そんな願いが、また生まれた。
108の煩悩を浄化する鐘の音。
しかし私の頭には、煩悩を浄化するはずの鐘の音が鳴るたびに、煩悩が次々と生まれる。
家に帰ったら温かい葛湯が飲みたい。
薬売りが寒がらないように部屋を温めて、それから……。
次々と生まれる煩悩に、除夜の鐘を聞いているのが忍びなくなってくる。
煩悩塗れも良いところだ。
隣に居る薬売りを見る。
薬売りは、私を見て、微笑んだ。
胸にまた、煩悩が生まれる。
それは際限無く、沢山の煩悩にまみれていて、本当にどうしようもない。
「どうし、ましたか?」
「え?」
私を見る薬売り。
その表情は先程の微笑みとは打って変わって、心配そうな顔。
「何を神様にお願いしようか、考えていたんだ」
口をついて出る嘘。
新年早々、嘘を吐いてしまった。
「何を、お願いするんで?」
「教えたら願いが叶わなくなりそうだから教えない」
「何ですか、それ」
「よく、そう言うだろう?」
人混みの中に入ってゆく。
薬売りは腕組みを解いて、私の手を握った。
その手は、腕を組んでいたからだろう、温かい。
「私の手、冷たいだろうに」
「はぐれたら、困りますから」
それに、と薬売りは続けた。
ぐいっと腕を引かれて、薬売りの傍に寄る。
「西明が、温まれるでしょう?」
耳元で囁かれた言葉。
冷えた耳に温かい息が掛かって、ゾッとした。
睨み付ければ、薬売りは笑っていて。
悪態の一つでも吐いてやろうかと思ったが、こんな道中で立ち止まっては周りの邪魔なのでやめる。
「行くぞ」
人の波に交ざって、石畳を上ってゆく。
繋いだ手はそのままで、薬売りが笑ったのが分かった。
願わくば、来年も、また。
〜戯言〜
二人で初詣。
店主は出無精で、薬売りは行事を楽しむためにプラプラ。
いつもと変わらない日常。
↓おまけ
「西明」
「ん?」
「帰ったら、温め合いましょう」
「温め合う?」
薬売りはニヤリと笑った。
「姫始め、ですよ」
「一人で寝ていろ」
こいつの煩悩は、除夜の鐘では一切浄化されないらしい。
自分の煩悩は邪では無かった分、まだ可愛らしかったな。
そう、思った。
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