モノノ怪 飽和する世界 番外 | ナノ
此処が一番
倉の陶器を整頓する為に、梯子を立て掛ける。
最近この倉にやってきた皿は悪戯好きらしく、陶器の神々は口々に早くその皿を売ってくれと言った。
「……困りましたね」
仕入れた理由も、奇怪な事が起こると持ち主が気味悪がって持ってきたからである。
皿に宿っているモノは悪いモノではない。
しかし、悪戯が過ぎる為に、毛嫌いされてしまうのだ。
この調子では、倉の中でも嫌われモノになって、居場所が無くなってしまう。
そうなれば、余計に機嫌を損ねて悪戯をするばかりだ。
悪循環が容易に想像ついて、頭を抱えたくなる。
『叩き割っておしまいな』
『他の人に売っちまえ』
『札を貼ったらどうだい?』
神々は好き勝手に言ってのける。
そんな事をすれば悪戯好きの皿は欝憤が蓄まって、余計悪化するに決まっているだろうに。
札を貼ったとしても、私は寿命がある身だ。
私が死んだ後は、どうするのか。
それも考えなくてはならない。
『人間なんかに、そんな目に遭わされてたまるか!』
黙っていた悪戯好きが、騒ぎだす。
『西明危ない!』
「え?」
器の入った箱を整頓している為、私は梯子に乗っていた。
急に足首が何者かに捕まれて、下へと引っ張られる。
あっ、と思う間も、梯子に捕まる余裕もなく、落ちた。
此処が一番
「う……」
目を覚ますと、真っ白な世界だった。
まさか、死んだのか?
しかし良く見れば、真っ白なそれは均等に正方形の白い板が貼られているようだ。
……板?
横になっていた身体を起こすと、真っ白な布が前と左右を覆っていた。
何だ、此処は。
三途の川の、入り口か?
「……」
後ろを振り返るとそこには上と同じ壁。
板が真っ白に染められている。
「久倉さん、起きた?」
布がシャッという音を奏でて、横へと移動する。
純白の暖簾のようなそれが無くなった場所に現われたのは、見た事のない出で立ちの女性。
真っ白な羽織のような物に袖を通して、中に変わった布を身につけていた。
膝から下は素足を出していて、それに驚いてしまう。
真っ赤な紅の派手な化粧をして胸の谷間を見せて更に脚も出しているから、春を売る女性だろうか。
それにしては、失礼ながら、年齢がいき過ぎているような気がする。
どちらかといえば、女牢屋の女将のような印象だ。
「久倉さん?」
「あ、はい」
何だろう、威厳のある物言いだ。
つい、居住まいを正してしまう。
「気分が悪かったりする?」
気分が悪い事はない。
悪い事はないが、まるで狐狸に騙されているような気分だ。
見ない場所に居て、見ない人物と話している。
これはいったい、どういう事だ。
よもや、あの悪戯好きの皿が私に幻覚を見せて楽しんでいるのではあるまいな。
「久倉さん?」
女性は私が無反応な事を訝しむ様子だった。
私の後頭部に触れて、瘤は無いわね、と言う。
瘤?
やはり私は高い所から落ちたのか?
否、心配するべき問題はそこではない。
まずは此処が何処で、今どういった状況なのか。それを解明するのが何よりも優先だ。
「此処は何処ですか?」
女性に訊ねれば、女性は覚えていないの?と一言。
覚えていたら、聞きはしない。
「ここは保健室よ。そろそろ授業が終わって、お友達が様子を見にくると思うわ。それまでここで待つ?」
ほけんしつ?
じゅぎょう?
おともだち?
私が今いる此処は『ほけんしつ』で、『じゅぎょう』が終わると私の『友人』が此処に来る……参った。まったく分からない。
第一、私の友人って誰だ。
自慢ではないが、集落の人は友人というより生きるを共にする人だ。
「失礼します」
何か重たい物が移動する音を響かせながら聞こえた声は、耳に心地よく、聞き慣れたもので。
こいつが友人か。
倉の神々も、私の友人としてこいつを仕立てあげるとは、面白みに欠けている。
これでまったく知らない人物であれば、私の反応も少しは変わって楽しめただろうのに。
「噂をすれば、ね。久倉さん、丁度起きたわよ」
「それは、良かった」
女性は布の奥に姿を消す。
代わりに現われたのは、変わった出で立ちの薬売りであった。
麻色の髪も、陶器のように綺麗な肌も薬売りのものである。
しかし半色の頭巾をしていないし、あの派手な着物も着ていない。
白い着物を着て、その上に濃紺の、着物にしては袂が無い物を着ている。
下はこれまた濃紺の、袴にしては細みで脚の形が分かる、巻き物で異国の男性が着ていたそれのような物を穿いていた。
何だ、その格好は。
しかも、隈取までしていない。
明るい場所で見るその顔は何と云うか、淡泊、と云うか、迫力が無いと云うか……
「さっぱりしている」
思わず口から零れ落ちた本心。
その声は紛れもなく、私の物であった。
それはつまり、他者の身体に私の魂が入り込んだのではないという事。
薬売りは一拍の間の後、ああ、と言って自身の髪に触れる。
「それ、今朝も言いましたよ」
今朝?
薬売りは現在我が家に居ないから、今朝そんな会話を交わすのは不可能だ。
このちぐはぐさは、どういう事か。
「そんなに、気になりますか?短く、しすぎちゃいましたかね」
髪に触れながら薬売りは言う。
薬売りが髪の事を言っているのだと理解する。
しかし、髪が短いだとか、そんな事は現時点では実に些細な事だ。
「それくらいが、一番似合ってる」
とりあえず、変な回答を出さないようにと口にした台詞は、薬売りを驚かせる要因だったらしい。
「西明が誉めるとは、本当に、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ」
実を言えば、全然大丈夫ではない。
しかし、薄々と感じてはいるが、これは神々の悪戯が作り出した幻影ではない気がする。
まだ確信は持てていないが、魂だけが異界に飛ばされたような、そんな感じだ。
だから、下手に活動的な行動をする勇気は萎む。
「授業に出られますか?」
うっかり流れに任せて頷いてしまう。
『じゅぎょう』とは何だと訊ねる前に、薬売りが横を向いて口を開いた。
「先生、スリッパは?」
「ベッドの下よ」
先程私の後頭部に触れて瘤の心配をした女性が返答を返す。
薬売りは私が座る寝台の前にしゃがんだ。
見れば、形は草履に似た物を出している。
寝台の下から出した草履に似た物は、薬売りが履いている物と色形がまったく同じであった。
履け、という事なのだろう。
縁側で草履を履く調子で寝台に腰掛けて、草履に似たそれを履く。
私の足は、足袋のように親指と人差し指に裂け目がある物ではなく、足をすっぽりと包む布を履いていた。
しかし薬売りもそれを履いているので、気にするのはやめておく。
「西明、ボタンを外しっぱなしですよ」
ぼたん?
牡丹とは発音が異なるし、牡丹を外しっぱなしというのは意味として通用しない。
「ここ」
思案していると、薬売りが此処だと言って人差し指で私の胸元を示す。
その爪は竜胆色に染まっておらず、地爪のままであった。
地爪のままでも十分綺麗な作りで、一瞬見惚れてしまう。
胸元を見れば、片側に小さな丸い物がつき、もう片側には切れ目が入った着物。
胸より下を見れば、小さな丸い物は切れ目に入り、着物の前が閉まっている。
薬売りを見れば、薬売りは一番上は開けていて、そこから下は布切れが垂れているから、どうなっているのか分からない。
しかし薬売りの着衣の着こなしと発言から見て、前を閉めろ、という意味だろうか。
小さな丸い物を摘んで、穴に通そうとする。
しかし、胸元にある小さい物という事もあって、なかなかに難しい。
もたつく私に焦れたのか、薬売りの手が私の着物に触れた。
「まだ気分が悪いんじゃあ、ありませんか?」
薬売りは器用に閉めてゆく。
俯き加減の薬売りの顔が近い。
見れば、その顔は何処か、いつもの見慣れた薬売りよりも幼く見えた。
もしかしたら、隈取が無いからかもしれない。
しかし、今受けた印象は、幼いという物だった。
一番上の一歩手前まで閉めた薬売りは身体を放す。
正面から見ても、やはり、若い。
この人は薬売りにとても似ていて、薬売りのようだけれど、私の知っている薬売りではない。
そう、確信にも似た感情が生まれた。
「ネクタイは自分で出来るでしょう?」
ねくたい……?
困った。知らない単語ばかりが出てきては、対応のしようもない。
薬売りは枕の傍に置かれた赤い紐のような布切れを手に取る。
それは、薬売りが首から下げているの布切れと同じ色と材質。
これを薬売りと同じように首から下げろというのだろうか。
薬売りのを見ると、見ない結び方。
どうやって結べというのだ。
「相変わらず、苦手、なんですね」
薬売りは笑って、私の首に赤い布をかけた。
そして首元の折られていた布を立てると、ねくたいというのを綺麗に結んでゆく。
薬売りは笑って、はい出来ました、と言う。
「ありがとう」
「西明の苦手分野ですからね」
立ち上がる。
床は艶やかな板張りで、見ない家具が壁一面を埋めていた。
一瞬、鏡が視界に入る。
映った姿は、髪型と服装が異なるだけで、私だった。
けれど、鏡に映った私は確かに私で、ただ、少し若かったような気がする。
尤も、一瞬だけなので、見間違いかもしれない。
女性は机に向き合っていて、会釈をすると、お大事に、と返された。
薬売りは金属だろう戸を片手で引く。
軽がると重たそうな戸を引いたので、私も戸を閉める際に少し力を緩めて戸を閉めると、戸は金属性だろうのに軽くて、勢い良く大きな音をたてて閉まった。
「乱暴、ですね」
「力を入れすぎた」
薬売りはそうですか、と言って、通路を歩く。
私はその半歩後ろをついていった。
見慣れない建物は、綺麗だった。
広い通路。
大きな階段。
薬売りと同じ格好の人が沢山いる。
よく見れば私も似たような格好で、今更気付いた事に、自分の観察力の無さを悟った。
「久倉、具合はどうだ」
後ろから、頭を板らしき物で軽く叩かれる。
驚いて振り返れば、見た事もない人。
顎が二つに割れていて、髭が濃いのだろう、口周りの肌が青みを帯びている。
年は、先程鏡で見た私自身や薬売りの見た目と比べると上だ。
それにしても、皆が同じ服装だというのに、この人だけは違うのは、何故だろうか。
「小田島先生」
「相変わらずお前達はワンセットだな」
薬売りが小田島先生と呼んだ人は、屈託なく笑った。
見た目はもう妻子がありそうな年頃だが、その表情は少年のそれのようである。
しかし、薬売りの『先生』という部分が正しいならば、この人は薬売り、更には私にとっての師という事になる。
「授業がもう始まるぞ、入った入った」
入るって、何処へ。
周りを見れば、私達と同じ姿の者達は部屋のような所へ入っていく。
「西明、行きますよ」
手を握られる。
薬売りは椅子と机と人が犇めき合う部屋を上手く素通りして、一つの椅子に腰掛けた。
何処に座れというのか。
「何ボーッとしてるんですか?」
薬売りは自分の席の前にある椅子を引っ張って、私を見た。
座れ、という事なのだろう。
座ると、後ろにいる薬売りはクスクスと笑った。
「今日の西明は赤ん坊みたいですね」
この世界については、右も左も分からない赤ん坊同様だ。
「さっきの、小田島先生」
「小田島先生がどうしましたか?」
「私の具合を、心配していた」
「俺も、心配していましたよ」
それは分かっている。
分かってはいたが、薬売りの呼び名が今も薬売りなのかが分からないから、問いかける事が出来なかったのだ。
私の名前は、元来私が居るべき世界のものと一字として異なってはいない。
しかし、薬売りはどうだろう。
まず、薬売りの本名を私は知らない。
呼び名でしか知らないので、薬売りの本名を呼ぶ事は出来ない。
しかも、もし知っていたとしても、薬売りの名前がこちらの世界では異なっている可能性も考えられる。
私と薬売りは此処では友人らしいので、名前を間違えるのは流石に問題があるのだ。
呼べる訳が無い。
「小田島先生が心配していた、というのが、気になる」
「西明が具合を悪くして、保健室に行ったのが、小田島先生の、授業だったから、でしょう?」
「そうだった」
「忘れないで下さいよ。小田島先生が、悲しみますよ」
話を合わせて、前を向く。
後ろ側にある座席のおかげで、部屋の様子がよく分かる。
まるで、寺子屋のようだ。
寺子屋にしては、子供達が居るべき場所に大人が居るのだが。
「西明、具合はもう良いのか?」
隣に座る知らない人が私の具合を気に掛けてきた。
「もう大丈夫だよ、ありがとう」
多くを語ればボロが出る。
私は此処に居る者達と生活を共にしていた久倉西明ではない。
それは、気付かれないほうが良いような気がする。
しかし気付かれないように元の私の居場所に戻るのは、難しい。
どうすれば、良いだろう。
まず、出来れば此処がどういう世界なのかを教えていただきたい。
皆が座席に座ったら、先程の小田島先生同様、私達とは服装も年が異なる初老の男性が入ってきた。
「では、日本史を始めるでおじゃる」
……おじゃる?
私の時代では、そのような口調の者はいないぞ。
室町か、平安だ。
しかし見る限り、大きな戸口には綺麗な硝子が当てはめられていて、職人の腕が私達の時代より研かれていると知れる。
しかも、部屋が明るい。
上にある細長い灯りが光々と、太陽の様に光を降り注いでいる。
此処はどう云った世界だ。
まったく分からない。
視界に入る者達は机に冊子を置いていた。
隣の者は机の中から出していて、私も机の中に手を突っ込む。
数ある冊子の中から皆と同じ表紙の冊子を出して、その紙が艶やかである事、色鮮やかである事に驚いた。
中を開けば、中も色鮮やかで、私達が見た景色がそのまま描かれている。
凄い世界だ。
中身を見ていくと、活版印刷なのだろうか、どれも文字がしっかりしていて、文字一つ一つが読みやすい。
しかし、異国の書物のように、横書きなので私には読みづらい。
パラパラと見ていれば、左から右へと時代が流れているのだと分かった。
私がよく知る時代は、冊子の中央より後にある。
江戸時代と総称されていて、関ケ原の合戦など、琵琶法師が語り継ぐ物語が書かれていた。
つまり、今この世界は、私が住んでいる世界の延長線上に存在しているのだ。
まったく違う世界ではない。
過去は大まかに見てみたが、私が知るかぎり同じだ。
歴史の動きが書かれている書物は実に面白い。
しかし、今読んでいる場所より先に進めば、私は未来を知る事になるのだろう。
現時点で未来を見て体験しているのだから、未来を知る事に罪悪感はないのだけれども。
薬売りは、この時代も物の怪と戦いながら生きているのだろうか?
では、後ろにいる薬売りに似た人は、誰なのだろうか。
今私が身体を借りているこの人は、名も顔も同じなところからして私の生まれ変わりと定義しても差し支えないだろう。
願わくば、薬売りも同じように。
此処にいる久倉西明のように寺子屋で穏やかに勉学に励んでいると良い。
「大澤先生、そこ間違えてますよ」
「本当でおじゃる、皆の者、失礼した」
大澤先生と言われた「おじゃる」口調の老人は、板に書いていた文字を消す。
うっかり歴史の書物を読んで忘れていたが、帰る事をそろそろ考えなくては。
悠長に本を読み耽っていても解決にはならない。
しかし、私が居た世界で起きた、神々の悪戯でこうなったのならば、あちらでまたそうなるまではこちらも手のうちようが無い。
どうしたものか。
先ほど薬売りが話していた事を思い出す。
小田島先生の授業の最中に、此処に本来いるべき久倉西明は具合を悪くした。
それで、私が目を覚ました保健室という場所に行ったのだろう。
またあそこに行けば、どうにかなるのだろうか。
その可能性は、想像するかぎり低そうだ。
しかし、いい加減、帰らなくては辛い。
本来この身体にいるはず久倉西明の事も気になる。
鐘の音が何処からか聞こえて、大澤先生の授業が終わった。
「西明!西明はいるか!」
そう言って走って部屋に入って来たのは、見ない面の男。
片手に閉じた扇子を持っている。
誰だ。
私を知っているのだろう男は私達と同年らしくて同じ服を着ている。
「具合が悪かったらしいな!今は大丈夫なのか?」
「西明、元気か?」
ギョロ目の男もこちらに近づいてくる。
未来にいる久倉西明は友人が多いようだ。
「西明はまだ本調子ではないみたいですよ」
「なんだと!?」
「西明は不健康か」
薬売りの言葉に、煩い男とギョロ目の男は各々何かを思案するようだった。
「時に、西明」
「何か?」
煩い男は私を見て、驚愕した様子だった。
扇子を広げて口元を隠すと、ギョロ目の男の耳元に口を持っていく。
「兵衛、聞いたか?西明が『何だ』では無く『何か』と言ったぞ」
「口調が違う。無理して学校に来たから、頭に菌が回ったんだろう」
失礼過ぎや、しないか?
いや、しかし、これでこの時代の久倉西明の口調が分かった。
どうやらこの時代の久倉西明の口調も、私と変わらないらしい。
「西明」
煩い男に兵衛と呼ばれたギョロ目の男が私のおでこに触れた。
「熱は無い」
「熱は無いか」
薬売りは私のおでこに触れたままの兵衛の手を払い除けた。
兵衛は特に気にする様子もなく、私の様子を伺っている。
「西明」
「何だ?」
「寝不足か?」
いっそ、そうだと言って知らない者達ばかりのこの空間から逃げてしまおうか。
逃げると言っても、何処へ逃げても知らない人間ばかりなのだけれども。
「少し、寝不足かな」
知らない人相手には、当たり障りのない回答を出してしまうのは悪い癖だ。
「では眠らせなくてはならないな。行くぞ兵衛!」
「任せろ」
兵衛が私の腕を掴む。
「佐々木!柳!」
薬売りが珍しく声を荒げたが、兵衛は私の腕を掴んだままに部屋から出ようとする。
私も連れられて部屋を出ると、薬売りと、柳か佐々木かどちらかの姓を持つ煩い男もついてきた。
「西明を何処に連れていくつもりですか!」
「保健室だ」
「眠れば元気になるだろう」
「寝て元気にならなかったら?」
「人間ドッグだ」
「俺の親父は受けてるけど、学生って受けれたか?」
「知らん!」
知らないと高々に公言した煩い男に、薬売りはげんなりした表情を浮かべた。
薬売りは幼い分、表情が豊かで見ていて少し面白い。
「先生!」
「保健室では静かに!」
こちらに来て最初に会った女性が静かにしなさいと声を張り上げる。
矛盾を感じながら、兵衛に引っ張られて部屋に入った。
「久倉西明にベッドを貸してくれ!」
「久倉さん、また具合が悪いの?」
困った子を相手にするような態度なので、済みません、と謝罪してしまう。
先生と呼ばれた人は、布の奥にある寝台の一つを示した。
眠れ、という事なのだろう。
「帰りにファミレスに寄って帰るのだから、それまでには寝不足をどうにかするのだな」
「いつ、寄るって事に、なりましたっけ?」
「今、私が決めたのだ!」
得意げに述べる煩い男に薬売りは頭痛を覚えたのか、頭を押さえた。
「おやすみ西明」
寝台に腰掛けた私に兵衛が言う。
おやすみ、と返すと兵衛は口元を少し綻ばせた。
「また、様子を伺いに、来ますね」
その時には、私ではない久倉西明であれば良いがな、と心で思いながら、分かった。と薬売りに返す。
薬売りは、私と薬売り達がいる場所を区切る布を閉じた。
煩い男が何事かを言ったが、声が大きいので女性に怒られたせいで聞き取れない。
寝台に横になる。
どうやって戻ろうか。
そう思いながら目を閉じる。
と、急に、身体が寝台に沈む感覚がした。
驚いて目を開くが、何も見えない。
身体も浮遊感があって、私は先程の世界から離れた場所に来たのだと理解する。
暴れるのも如何かと考えて、そのまま動かずにいると、また後ろに引っ張られる感覚がした。
思わず閉じてしまった目を開く。
そこには、見慣れた天井があった。
「帰って来た、のか……?」
起き上がると、背が痛い。
梯子から落とされたのだから、背を打ち付けていても仕方ないだろう。
それにしても……。
「あちらの久倉西明も、慌てたみたいだな」
部屋を見渡せば、散らかっている。
棚という棚は引っ張りだされ、縁側に履物が派手に脱ぎ捨てられてていた。
店先にいる神々は私を見て、少し怯えた様子。
『西明かい?』
帯が私に声をかけてきた。
「はい、そうですよ」
帯は安堵の溜め息を吐く。
周りの神々も、ほう、と息を吐いた。
今頃、未来の久倉西明はも安堵の溜め息を吐いているに違いない。
私はぐっと伸びをする。
知らない世界は疲れた。
やはり私には、この空間が一番だ。
〜終〜
一度書いてみたかったトリップネタ。
書き終わってから、逆(高校生西明さんが江戸時代へトリップして薬売りに会う)にすれば良かったと思いました。
大変今更ですね。
そう言えば、学園パロディ。
教師陣は
小田島様…現国
大澤さん…日本史
志乃さん…英語
源慧…古文・漢文
菖源…保健体育or生物
ぎゃい…体育
だと思っています。
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