モノノ怪 飽和する世界 番外 | ナノ
寝坊で走る
大学生な西明さんと薬売り。
上京しているらしく、二人でルームシェアをしています。
学科や学部は判断つかないようにしているのでお好きなように想像して下さい。
稀にだが、西明よりも俺が早く起きる日がある。
扉一つ開けてリビングに出ると、そこは静かな部屋。
隣の部屋を見れば、扉が閉められたまま。
西明は起きたらまず換気をして歩くから、起きていれば扉が閉まっている事はない。
ノックも無しに扉を開ければ、遮光カーテンによって暗室と化した部屋。
ベットを見れば、掛け布団の一部が盛り上がっていて、居るのだと気付く。
部屋に入っても気付かないとは珍しい。
寝起きで暗がりになれている目は、デスクの上に散らばったファイルと教科書、それからレポート用紙に消しカスとシャープペン。
見れば、文字と数字と記号の羅列。
西明が面白そうだからと履修して、『厄介だ』と言っていた授業のレポートなのだろう。
授業自体は楽しいが、レポート内容が授業から脱線した内容らしく(その実、正しいのはレポートの方で授業が脱線しているらしいが)、レポート課題が教科書や参考書を広げてやらなくてはいけないらしい。
だからあの授業を取るなと言ったのに。
いや、それは良いとして、起こさなくては西明が何で起こしてくれなかったと八つ当りしてくる。
ベットの脇に立って覗き込む。
寝込みを襲う趣味は無いし、人の寝顔を見て優越感に浸る趣味も持ち合わせていない。
ただ、どんな顔で寝るのだろうと興味本位から見てみたのだ。
安らかな寝顔だ。
起きている時よりも若く見える。
否、決していつも老けているという訳ではなく、あどけない寝顔が悪いのだ。
……何を、言い訳しているのか。
「西明」
「……ん」
「起きて下さい、朝ですよ」
西明は飛び跳ねるように上体を起こして、寝癖のついた髪のまま俺を見た。
「今何時?」
「7時半です」
西明は寝起きだというのに、朝から元気良くベットから飛び降りてリビングに出た。
壁掛時計をしっかりと見据えて、口を動かす。
「マズイ」
「何が」
今日、西明は一限が無いはず。
いつも6:30に起きるのは健康的で良いが、たかが一時間遅れでそんなに慌てる必要は無いだろうに。
今日は、お互い一限が無いのだから。
「レポート、教授が来る前にポストに投函しないといけないんだよ」
タンスからタオルを出して、顔を洗いに行ってしまった。
それを聞いて、こちらもぎょっとする。
教授が来るのは一限の前が基本だ。
今は二限からの日に起きる時間。
これは、まずい。
西明は顔を洗って戻ってくると、髪を掻き上げて手櫛で髪型を直している。
しかし慌てていても、換気だけはしたいのか、カーテンと窓を開けている。
俺も部屋へ戻って、自室のカーテンを開けた。
強い陽射しに一瞬目を細める。
感覚で覚えた鍵に触れ、窓を開ける。
香る風は清々しく、部屋に溜まった二酸化炭素を一掃してくれた。
カラッとした空気は肌に心地よくて、もう梅雨明けかと思う。
名を呼ばれて振り返れば、西明が顔だけを覗かせて俺の部屋を見ている。
「どうしました?」
「ホッチキス、貸したの返して」
そう言えば、一昨日は俺がレポートの提出でホッチキスを借りたのだった。
確か机の上に、と思って探す。
ペンたての中に突っ込んだ気が……あった。
「西明」
西明をしっかり見ると、生っ白い肩が見えていて、驚いた。
着替えている最中に思い出して、上半身裸なのだろう。
残念ながら肩より下は壁に隠れて見えない。
西明は目的のホッチキスが俺の手にあるのを認識したのか、安堵の表情を浮かべて細くて白い腕を突きだしてきた。
ここで腕を掴んで引っ張れば、完全に注意力が欠けた西明はあっさりと俺の胸に飛び込んでくるだろう。
それはそれで、俺としてはとても嬉しい状態だ。
何と言っても相手は(たぶん)上半身裸。
しかしそれをしても、今の状況では甘い空間にならないだろう。
西明はリアリストだから、抱き締めたとしても何してくれると一蹴だ。
一年生の現時点で、単位を逃したくはないのだから、仕方ないと言えば仕方ない。
ホッチキスを渡すとすぐに西明は引っ込んで、身仕度を再開しているらしく静かだ。
「朝食、どうしますか?」
「大学で摂る。まずはレポート」
「では、俺も、大学で摂りますかね」
西明は一拍の間を置いた後、好きにしろ、と言った。
では、好きにするとしよう。
俺も手早く着替えて、支度を済ます。
教科書は重たいから持ちたくない。
必要最低限の物を持って、済ませる。
窓を閉めて、西明の部屋を見ると西明も窓を閉めていた。
「忘れ物は?」
「たぶん無い」
「定期と財布とレポート持ってます?」
俺の問いに対して西明は従順に荷物チェックをした。
他は無くても買うなり借りるなり見せてもらうなりで補える。
無いと困る三点だけを確かめた西明は、持っていると言った。
家を出て、駅のホームへ向かう。
西明は携帯で、最短時間で大学に着く乗り換えを調べている。
高校時代は自転車だったので使わなかったウェブサービスだが、大学生になって数ヶ月経った今では扱いもお手の物だ。
「間に合いますか?」
「少し走るけど、間に合うには間に合う」
携帯を閉じ、ジャケットのポケットに入れた西明はふぅと息を吐いて、目頭を押さえた。
昨日何時に寝たのやら。
電車が来る。人がぎゅうぎゅうに押し込められた電車の扉が開くと、人と一緒にやけに温かい、様々な臭いが混ざった風が出てきた。
西明と一緒に、なだれ込む人に混ざって電車の中へと引っ張られていく。
少し離れた場所にいる西明は顔だけ動かして俺を確認すると、僅かに苦笑した。
揺れる電車内。
体が右から左から押し潰される。
扉が開いては閉まって、開いては閉まってを繰り返し、目的地に辿り着いた。
皆朝から疲れ切った顔をして、電車を降りてホームを歩く。
奥に流されていた西明が出て来るのを待ってから、西明と共に改札口を出た。
「走ります?」
「当たり前」
改札口を出て、人がわらわらいる中を縫いながら進む。
大学まではさして遠くないが、人を避けながら走る事と、朝何も食べずに人が密集した電車に乗ったせいか、距離があるように感じた。
レポートをポストに投函して、西明は安堵からか疲労からか分からない溜め息を吐いた。
「お疲れさまです」
「そっちこそ」
長い溜め息を吐きながら、ずるずると壁に背を預けてしゃがんでいく西明。
「疲れた……」
「下手に授業を、とらない事、ですね」
「そうする」
西明は立ち上がって、食堂に行こう、と言った。
時計を見れば、一限が始まる十分前。
遅い昼食を摂るとしよう。
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