モノノ怪 飽和する世界 番外 | ナノ
本編『悪戯』と繋がった話
*本編『悪戯』にリンクした話です。先に『悪戯』を読まれることをお勧めします。
深夜に戸の滑る音がして、意識が現実に引き戻された。
年末の忙しなさによって疲れた身体は目を開けるのも何もかもが億劫で 動かずに狸寝入りを決める。
まだ靄がかった思考は、寝ようと思えばすぐに眠れる状態だ。
さっさと去ってくれ。私は気配が近くにあると眠れないのだ。
慣れた気配は期待に背いて足音をたてないように近づいてくる。起こさなくてはならない程の急用だろうかと思考を巡らせていたが、座ったような布ずれの音がした。
何かと思い相手の気配を探るが、特に動きを見せてはこない。
何の為に来たのだろうか。
てっきりまた書物の事で質問に来たのだと思っていたのだが、どうやら違うらしい。
もし書物関連ならば、翌朝に質問しようと考えて部屋を去る筈だと考えて寝たふりをしていたのに、居座られるとは思いもしなかった。
このままでは気配が気になって眠れやしないし、既に脳も完全に覚醒している。
さっさと男の話を聞いて去ってもらうのが上策なのは分かっている、が、今更目を開けるのも嫌だ。
競争ではないのだが、ここで目を開けるのは負けるようで悔しい。変なところで高い自尊心に、寝たふりをしているのに溜め息が漏れてしまいそうだ。
ギシリと軋む畳。
頭を撫でる様に髪を梳かれる。
西明と、名前を呼ばれた気がした。
ゆっくりと覆い被さる気配に、手で口元を覆う。
「夜這いとは感心せんな」
「狸寝入りをしていた人に、言われたくはありません、よ」
「微睡んでいたのだ」
「どう、だか」
かざした手を捕られて、甲に一つ、口付けをされる。
よくもまぁ、こんな尻が痒くなる行為が出来るな。
「おはよう、御座います」
「まだ夜も明けていないが、おはよう」
起き上がって、手を振り払う。
口付けされた部分が変な感覚で、片方の手で気付かれないように甲を拭うと、隠したと解釈されたらしくて笑われた。
私が手を隠したのは、断じて照れたわけではない。むず痒くてたまらないからだ。
「して、薬売りは何をしに来たのだ」
「夜這い、に」
「そんなに寒空の下に出るのがご希望か」
「やれやれ、西明は、冗談の通じない方だ」
寝癖がついて乱れた髪を掻き上げると、手首を掴まれた。
見れば、真剣な表情。
何だ。
どうした。
何故こんなに気圧される。
あぁそうか、男が紅をつけてないからだ。
藤色の紅を塗っていないものだから、その表情は月明かりの下でひどく真面目に見える。
やはりあの笑みの形を作る紅の塗り方は、人を騙すのに好都合のようだ。紅一つで、人は変わる。
手首を掴まれたまま引き寄せられ、鼻先を首元に埋められる。
「薬売り」
吸い付かれて、痛みに眉根が寄った。
「夜這いはしないのではなかったのか」
「寝起き姿は、そそられる」
「だったら深夜に部屋を訪ねてくるな」
「次から、気を付けます」
「今すぐ自粛をしろ」
「西明」
まるで咎めるように名を口にされる。
何故私が責められる。穏やかに寝ていただけなのだから、咎められるは薬売りのほうだ。
「少し、黙ってくれは、しませんか」
唇が近づいてくる。
そんな仕草で私が黙ると思っているのか。
せいぜい黙るのは、どこぞの生娘か、その気になった女だ。
「股間を蹴り上げるぞ」
薬売りの動きが止まる。
「そんなに、嫌、ですか」
「しんどいのだよ」
「しんどい、ですか」
「ああ」
「しんどいのなら」
男がのしかかってきて、そのまま布団と男によって板挟みにされる。
「痛い、重い」
「寝ていれば、気持ちよく、なりますよ」
四肢をついて、上から私を見下ろす男。
癪に障るのは、何故だろうか。
「余程、蹴られたいらしいな」
「嫌、ですよ」
「ならば退け」
「では、こうしましょう」
「……おい」
男も布団に寝転がる。
隣にごろんと横になった男を睨むと、腕が腰に巻き付いてきた。
「何のつもりだ」
「予想の通り、ですよ」
「私の予想では、すぐに薬売りは部屋を出ていくのだが」
嘘を吐けば、男はわざとらしさを笑った。
そして私を抱き締めて、耳元で囁く。
「抱擁のまま、眠りましょう」
「人が居ては眠れない」
「以前、俺が居ても座敷で寝ていたのは、どこの誰だか」
「それは」
「それは?」
その時の記憶が思い出されて、一瞬頭が真っ白になる。
忘れていたのに、思い出してしまうあの日の夢。
薬売りに好きだとか愛してるだとか歯の浮く台詞を言って、あまつさえ接吻をしようとした夢だ。思い出したくもない記憶に思考が呑まれて、言葉が見つからない。
しかし間を作っては、駄目だ。
「疲れていたからだ」
咄嗟に思い付いた事を口にすると、笑われた。
「今も、疲れているのでは、ないんで?」
今だって疲れているが、あの時程では無いのだ。
あの時程疲れていないから、今は人が居たら眠れやしない。
そう言いたいのに、この男の気配は気にならないと気付いてしまっている自分もいる。
とはいえ、今は夢がまざまざと甦って、薬売りの存在が近くて落ち着かない。
畜生、あんな夢さえ、見なければ。
まさか口論で負けるとは、悔しいったらない。
「寝れそう、ですか?」
眠れなくとも、今また駄々を捏ねたところで状況が好転するとは思えない。
むしろ、それだけ元気ならと言われそうだ。
「あぁそうだな寝れそうだ。とても疲れているのでな」
もうどうにでもなれ。
自棄を起こしておやすみ。とだけ言って男に背を向けて眠る体勢を決め込むと、男が笑ったのが分かった。
いつか、覚えていろよ。
〜終〜
珍しく薬売りの圧勝
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