モノノ怪 飽和する世界 番外 | ナノ
思春期:60000hit
自分達の一個上の階がやたら静かで、それがちょっと不気味だ。
今は受験シーズンで、三年生が居ないから、二年生の俺達の上の階は静かなもので、もうそんな時期なのだと実感させられる。
席替えによって離れた西明を、机に敷いた腕枕の隙間から見る。
西明は他の生徒と談笑中だ。
頭を少し動かして、眠る事に専念する。
昨日両親に、進学はどうするかと訊かれた。
両親共に、俺に医学系に進んで欲しいと言ってきたのは、俺がまだ分野を絞っていないと言ったからだ。
それは分かっている。
分かってはいるが、両親共に医学系のドクター卒で、その子供もドクターになるのだろうという周りの目を気にして言ってきているのだと思えてしまうから、問題だ。
俺が別の、極端に言えば文系で日本の古典を学びたいと言ったら、両親は反対してくると予測して、俺は「まだ決めかねている」と応えてしまった昨日の夜。
相手の出方を考えて発言を濁すとは何たる事か。
昨日の内に、今興味がある事、医者になるつもりは無い事を告げていれば、こんなに悩まなかっただろうのに。
親の期待を先に聞いてしまったのが運のつきだろうか。
「起きてる?」
上から降る声に、驚いて顔を上げれば西明が俺の前に居た。
「起きてたか。良かった」
「どうか、しましたか?」
「今日は昼を持ってないから、購買に行きたいんだ。ついてきて」
一人で行けば良いじゃないですか。
人を連れ歩くの、嫌っていたでしょう。
そう言うより早く、西明は俺に背を向けて廊下に出てしまった。
慌てて携帯と財布だけを持って、廊下に出る。
西明は急がないと授業に遅れる、と言って階段を掛け下りた。
続いて階段を掛け下りている時、先生が横を通って、授業が始まるのにどこ行くんだ、と言われた。
下から西明が、お腹痛いんで保健室に行きます。と元気な声で返事をした。
俺は教師の呆けた顔を横目に、階段を駆け下りた。
階段を軽やかに駆け下りる西明に漸く追い付いて、膝に手をつく。
「何を、考えて、いるんですか」
階段は膝に負担が来るというのに、俺同様に全力疾走したはずの西明は俺の問いを無視して、平然とパンと飲み物を購入している。
チャイムが鳴っても、焦る仕草は見られなかった。
「ほら」
そう言って出されたのはイチゴオレ。
実を言うと、俺の好物である。
以前女子に知られた時に可愛いと言われて飲まなくなったのだが、今なら誰も居ないし良いかと思って受け取る。
ストローを刺して飲むと、走って乾燥した口内に甘味が広がって、幸福な気持ちになった。
そう言えば、朝から碌な物を口にしていない。
朝食は用意されていたが、腹の中にあるもやもやが邪魔で、食べられなかった。
だから、たかが階段を駆け下りるだけで息が乱れたわけか。
「行こう」
ふぅと息を吐くと、西明はまた階段へと向かう。
ちょっと待て。俺はまだ昼飯を買っていない。
しかし西明は階段を上っていってしまう。
今日の西明は自由過ぎやしないだろうか。
人の気持ちなど、まったく考えていないではないか。
心の中で悪態を吐いて、それでも西明の後に続く。
西明は二年生の階まで来た時、そのまま教室に向かうでもなく続けて階段を上り始めた。
三年生の階に行ってどうするつもりだ。
授業をボイコットする気か。
「西明」
教室から漏れる教師のくぐもった声に乗せて、西明に声をかける。
小さな声での呼び掛けだったが西明に届いたらしく、手摺りから無表情の顔を覗かせて俺を見下げた。
しかし、それだけだった。
何も言わずに顔を引っ込めて、また階段を上っていってしまう。
なんて我儘な人だ。
しかしそんな我儘に振り回されるのを受け入れてしまっている自分が何より問題だと思いながら、俺も階段を上った。
西明は使われていない3-6と書かれた教室の扉を開ける。
静かな階に、上靴の裏のゴムがキュ、と鳴って響いた。
そして西明の姿が教室に食われて消える。
俺も後に続いた。
扉をぽっかり開けた教室はカーテンが隅に追いやられていて、陽射しをいっぱいに受け入れていた。
西明は窓辺の机に腰を下ろして、窓の外を見ている。
何も言わない西明。
階段を上り下りして少し萎えた足は勝手に教室に入る。
西明の前の机に腰掛けて、窓の外を眺めた。
窓ガラスは燦燦とした陽射しを受けていて、うっすらと俺が写りこんでいる。
なんて、つまらなそうな顔。
「外を眺めるのに、そんな顔をしない。世界を妬んでるみたいだ」
「世界は妬んで、いませんよ」
西明は目だけを動かして、俺を見た。
すぐにまた外に視線を戻して、そう。と返してくる。
「なら、何を妬んでる?」
今日は雲が少ないなぁ。空が青いなぁと言うように問うてくるから困る。
「何でしょうね」
本当を言えば、自分でも分からない。
ただ胸が苦しくて、つらくて、笑っている人を見ると羨ましくて、そう感じる自分が嫌になる。
人と衝突するのは面倒だと、出来るだけ回避してきた。
けれど、自分の未来まで、面倒だからと周りに合わせて摩擦を減らして生活するのは、どうなのだろうか。
両親が望むように生きるのは、両親の幸せであって俺の幸せではない。
けれど、これといってやりたい事があるわけでも無い。
だったら、親が描く確かな道を歩くのが一番良いのではないだろうか。
「そんな顔、するなよ」
「そんな顔って」
「泣きそうだ」
「泣きませんよ」
泣きたいわけじゃない。
泣く理由も無い。
「此処に居た人は」
西明がぽつりと、誰に聞かせるでもなく話す。
「何処に行くんだろうな」
それは俺の耳に届いて、今此処に居ない誰かへと思いを傾けた。
人クラス約40人。
皆、自分の未来を切り開くために大学へ、企業へ、専門へ向かう。
その中で何人が、本当に自分で決めた道を選んだのだろうか。
肩書きや将来の安定を求めて、特にやりたいわけでもない学科を受けているのだろうか。
それとも、何か未来にしたい事があって、それに向かって突き進んでいるのだろうか。
「西明はもう、進路を絞って、いますか?」
西明は漸く窓から顔を放し、俺を正面から見る。
その顔にはからかいも、不信感もない。
「まさか」
「では、何で理系に?」
「文転可能だからだよ。文系から理系へは難しいけど、理系から文系なら、まだ可能だって先生が言ったから」
一年生から二年生になる時に決める文理の分け目。
西明は決めかねていて、教師の一言で理系に来たようだ。
「大学の学部である程度未来は決まるだろう。今からどの学科に行くかなんて、私みたいな一般人が決められる訳がない。決められるのは一芸秀でた人か、余程の思い込みだ」
「思い込み、ですか」
「だって、そうだろう?自分にはそれしかないと思い込むんだ。理由がしっかりしていれば良いけれど、本当にそれ以外に興味が無いっていうのも変わり種だ。視野が狭いからそうなるのだろう?」
「視野が狭い、思い込みでこれだと決め付けている人も確かに多いですが、自分の性格と得意分野を組み合わせて未来を見据えている人もいますよ」
「それは得意分野、つまり特化した部分を持った人だ。私達みたいな普通学科に通う何処にでもいる高校生が、得意分野がありますと言ったところでどんぐりの背比べだよ」
「随分と、後ろ向きな意見で」
「後向き?むしろ前向きだ。よく考えてみろ、私達はまだ可能性が絞られていないんだ。だから、沢山の事に興味を持って、将来を決めかねていい時間が与えられている。一つ秀でたものがあれば、周りが期待して、それに逆らえなくなる。もし何か別の事がやりたくても、出来なくなってしまう」
今日の西明は饒舌だ。
ところで、と西明は俺を見る。
相も変わらず無表情で、静かに見据えてくるから、視線をそらしてしまった。
「お前は行きたい学科が決まってるのか?」
「決まって、いません」
「驚かすなよ。もう決まっているのかと思った」
西明は胸を撫で下ろす。
何故俺が決まっていたら、驚くのだろうか。
「ただ」
「ただ?」
「親は、医者志望のようです」
「へぇ。また将来有望な」
「そうですね」
西明は少し笑った。
何が、おかしいのか。
「良かったな、大学行かす金はない、って言われなくて」
「西明は言われたんですか?」
「言われていないよ。言われたとしても、奨学金とアルバイトで大学に行くけどな」
「そんなに大学に行きたいんですか?」
「やりたい事が見つかって、それに向かってのステップなら。もしくは、大学に行かなくては学べない内容や、得られない資格があるなら、行くよ。何があっても」
「やる気ありますね」
「自分の可能性を潰したくないからな。後一年、否、後十ヶ月くらい、勉強しながらじっくり未来を決めるよ」
「ギリギリまで決めないつもりですか」
「そんな簡単に決められる未来なんて無いからな。それに、勉強をしてさえいれば、何処にだっていけるんだ。なら、勉強を今は頑張って、ギリギリまで悩むのは許されるだろう?」
「そう、ですね」
西明は意地悪そうに、片方だけ口の端をあげて笑う。
「さて、と。一限が終わるまで後20分ある。外でも眺めておくか」
「そうですね」
〜終〜
60000hitでリクエスト頂いた、学園パロディです。
初のセンチメンタルな内容でした。思春期可愛いですね。
西明さんが思いの外、男らしくなってしまった。
そして薬売りは薬売りをやめたようです。誰だお前は。そして薬売りの両親って誰。
謎が謎を呼ぶ学園パロディです。
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