モノノ怪 飽和する世界 番外 | ナノ
学園祭:40000hit
「西明ー」
「今居ない」
「いんじゃん!返事してんじゃん!」
「……何の用?」
ここは暗い暗い教室の片隅。
教室が真っ暗なんて普通はない。
そう、今は日常から少し枠が外れた文化祭なのだ。
学校を開放し、地域の人に楽しんでいただこうという大義名分の下にある、学生の祭典である。
西明のクラスは有りがちだが、おばけ屋敷を催している。
今し方おばけ役を終え、今から休憩に入る西明は光る携帯画面を向けられて、怪訝そうな顔をした。
「今から休憩っしょ。一緒に見て回ろうよ」
自分の荷物を漁って携帯を出した西明は、気の無い返事をしながら携帯を弄っている。
少し俯き加減の表情は液晶画面に照らされて、どこか笑っているように見えた。
「西明!」
「ごめん。今から行かなきゃいけない所があるんだ」
「え、ちょ、こるぁっ!」
「静かに。此処おばけ屋敷だから」
口の前に指をクロスさせたバツマーク。
お口ミッフィーと言われる合図だ。
西明のその仕草に相手は僅かに笑って、仕方ないかと横を過ぎる西明を見送った。
文化祭の間だけと、珍しく解放された屋上に西明は足を運ぶ。
いつもならばどれだけ押そうが引こうが開かない扉がすんなりと開くのに、西明は変な感覚を覚えた。
風と共に流れてくる虫の声は、今の季節を教えてくれるのに十分な音量だ。
珍しい屋上に群がる学生たちを避けながら、西明は目当ての姿を探す。
黒髪ばかりの空間に異色を放つクリーム色の髪の人間は、フェンスを掴んで外を眺めていた。
「お待たせ」
肩を叩けば、男が振り返る。
男の耳にはイヤホンが装着されていて、肩を叩いた相手が西明だと分かるやいなや、イヤホンを外した。
「お疲れさまです」
西明はうん。とだけ答えて、来る途中に自販機で買ってきた紙パックのジュースを男に渡す。
男は渡された苺オレにストローを刺して、飲み始めた。
「早かったな」
「一番最後の公演に並んだら、すぐ買えました」
そう言ってまた苺オレを飲む男は、空いた方の手でポケットの中を漁る。
そこから出てきた手は西明に伸びて、一枚の紙が手渡された。
普段仏頂面の西明が顔を綻ばせたそれは、演劇部が催す劇のチケット。
西明はチケット販売の時間、クラスの催しに駆り出されていたので、男に先に金を渡して頼んでいたのだ。
チケットは一番最後の公演時刻の物で、その時間は男も西明もフリータイム。つまり、二人で演劇を見られるという事。
見に行ければ満足な西明にとって、最終公演だろうが何だろうがまったく文句はない。
だから素直に、感謝の言葉を吐いた。
「ありがとう」
「お礼は、キスで」
「下で焼そばが売っていたから、それを奢るよ」
「……無視は良くないと、親に、言われませんでしたか」
「親には変な人と関わるなと言われてきた。関わらない為に無視するのは正当な理由だろう?」
ほら、行こう。西明は変わらず上機嫌に言った。
焼そばを二つ買って、静かに食べられそうな空き教室へ迎うと、中にはお喋りに夢中な女生徒が数人いた。
西明が席に腰掛けて割り箸を割ると、男は器用に割り箸を口と片手で割って、空いた手でパンフレットを開いた。
「行儀が悪い」
「学生の間は、こういうのも、許されるん、ですよ」
学生というよりも、中高生、つまり制服姿の間だけだ。
制服姿でならばちょっと悪い事をやっても、悪ぶっているのだと解釈される。
そう解釈されると分かってやっているのは質が悪いなと、西明は焼そばを食べながら思った。
「公演まで、時間はあります」
「そうだな」
「何処に、行きましょうか」
「満喫する気か」
「楽しまなきゃ、損、でしょう?」
命短し恋せよ乙女。ワンフレーズだけ歌った男は楽しげだ。
「そんなに満喫したければ、女装コンに出れば良いのに。誘いはあったんだろう?」
「ありましたが、嫌、です」
「どうして」
「文化祭が明けても、ネタキャラになる気は、ありません」
西明は笑う。
「冷静な判断だ」
女装コンやミスコンはそれなりの覚悟を持って出場しなければならない。
特に女装コンは確実にネタなので、それなりのキャラで居なければならない。
薬売りはそれだけ笑いに徹する事も、割り切る事も出来ないので、当然の如く不参加だ。
「此処に、行きましょう?」
指差されたのは『感覚ゲーム』。
説明を見ると、『あなたの五感はイカほど!?』と書いてある。
「二組の催しか」
「行きましょうよ、ね?」
「二組……」
西明が少し渋るのには訳があった。
二組には柳幻殃斎がいる。
あのこまっしゃくれた、と言うよりも、人を見下げた態度が西明は苦手、否、むしろ嫌いなのだ。
尤も、見下げられて好感が持てるのはマゾヒストくらいしか居ないのであって、西明の反応がまともなのだが。
「楽しそうじゃあ、ないですか」
「そうだけど……」
渋る西明に男は食べたら行きましょうね。と言った。
ただ純粋に文化祭を楽しみたいと言う男に、西明は甘い。
何かをねだられたら、許せる範囲で受け入れてしまうのだ。
だから今も嫌だと突っぱねられない時点で、西明は腹を括るしかない。
焼そばを食べて、水分も補給して、席を立つ。
「何階?」
「新校舎の、二階、ですね」
行くと決まれば早く、西明と男は階段を下り、渡り廊下を渡った。
迎う先は、二組が催しをやっている地学室。
地学室は教室の面積が広いので、中でやっている事もそれなりの作りなのだろうなと予測できた。
「あ、いらっしゃいませー」
「二人で行く?」
「はい」
「二名様ごあんなーい!豪華賞品あるから頑張ってねー」
入り口で受け付け役をする女生徒二人に見送られ、中に入ると視力検査の文字。
「いらっしゃーい!ここではあの隙間を飛んだ物が何かを当ててもらいます」
元気な掛け声と一緒に、あそこね、と指差されたのたのは、人一人通れるくらいの幅が空いた壁。
壁とは言っても、段ボールなのだが。
「では、スタート!」
そう言って壁の向こうで物が右から左へ飛ぶ。
「テディベア」
最初は簡単だと、西明はすぐに答えを出した。
「正解!では次!」
次はなかなか小さくて、西明は目を細める。
男が分かりませんでしたか?と笑みを浮かべながら問うと、西明はお前は分かったのか?と少し口を尖らせながら言った。
「チョロQでした」
「正解!凄いなぁ。じゃあラスト」
男が笑うので、次こそはと西明は壁の隙間を凝視した。
意気込んだ方が人の動態視力は下がるのではないだろうかと男は思ったが、敢えて口にはしなかった。
口にしなかった結果、西明は次に飛んだ物も分からず、男が答えを口にする。
「三問正解おめでとうございます!」
そう言って渡された紙には判子が三つ押されていた。
「次は味覚だから頑張れよ」
二つとも答えられなかった西明に紙を渡した男は、笑いながら西明を鼓舞する。
しかし西明からすれば足を引っ張っていると言われたみたいで、表情にこそ出さないが小さく溜め息を吐いた。
「分かってるよ」
「んじゃ、頑張ってねー」
見送られて次のエリアに入ると、そこには小さなコップが四つ。
「味当てゲーム?」
「みたい、ですね」
「はーい、いらっしゃい。さぁ座って座って」
用意された席に越しかける。
一番右のお茶を飲み、次に左にある三つを飲んで、どれが一番最初に飲んだお茶かを当てるのだ。
「さぁ、どれでしょう」
「一番右」
「俺は、真ん中かと」
「二人とも一緒だから、どっちかに絞ってください」
西明と男は見つめあった後、せーの、でいきなりジャンケンをした。
どうやら意見が対立した場合、ジャンケンで物事を決めるという暗黙のルールがあるらしい。
「やった」
「これで、俺が正解だったら、どうしますか」
「何でもしてやるさ」
「ほぅ……」
男は勝ちを悟ったような顔をする。
西明も自信に溢れていた。
「じゃあ一番右ですね……っ正解!」
男は驚いた顔をする。
それだけ自信があったのだ。
西明は意気揚揚と判子が押された紙を店員役の生徒に渡す。
生徒はすでに押されているのとは別柄のスタンプを押して、西明に渡した。
「まさか、俺が、ハズれる、とは」
「もしお前がジャンケンで勝って間違えていたら、女装コン参加させるところだったよ」
良かったな。
良くないです。
そんな会話をしながら次に行ったのは触角検査。
箱に何が入っているのかを手触りだけで当てるというので、西明はゴム製の蛇、男はぬいぐるみのイルカを当てて、またスタンプを増やした。
続いて嗅覚は、香水の香り当て。
西明も男も、換気用に窓が開いてこそいるが、香水が交じりあった匂いに頭がくらくらした。
「これは、頼んだ」
「嫌、ですよ。西明が、やって、ください」
お互い鼻が良いらしく、譲り合うが互いに拒絶しあう。
このままでは時間の無駄。さっさと終わらせようと意気込んで二人で嗅覚検査に挑んだ。
頭痛が起きそうな香りに、男も西明も眩暈を覚える。
鼻が良いだけあって香水はすぐに当てられて、スタンプを押してもらうとすぐに次の聴覚の場へ足を運んだ。
「あそこの役割は、大変、ですね」
「私なら倒れてるよ」
頭を抑えながら聴覚の部屋に入ると、頭痛を悪化させる声が響いた。
「おお!よく来たな!」
「最後の最後に……」
西明が頭を抑えるが、声の主は気にする様子もなくまた声を張り上げる。
「ほらほら!さっさと座れ。それにしてもお前たちはいつもセットだな」
柳幻殃斎が実に楽しげに二人を座らせた後、無駄話を始める。
すると隣に立つ佐々木兵衛が、柳の話を無視して説明に取り掛かった。
「三曲が同時に流れるから、それを当ててくれ」
「分かった」
「分かりました」
「こらお前たち!無視をするな無視を!」
「じゃあ、スタート」
佐々木が再生ボタンを押すと、カセットが動く。
「ヒントは、今年上半期」
「ありがとう、佐々木」
「ポニョ、入ってますよね」
「はい、一曲正解。後二曲」
「まったく兵衛にしろ西明にしろお前にしろ、人の話を聞かないとは何たる行為だ。もう少し人の言葉に耳を傾けてだな」
「柳、黙れ」
真剣に音楽を聞き取ろうとしている西明からすれば、横からまったく関係ないことを言う柳は喧しいだけの存在だ。
元々仲が悪い……否、西明が一方的に距離を置こうとしているだけなのだが、だからこそ、西明の言葉は辛辣であり、的を射た意見でもある。
「何だと西明!前から思っていたが西明は慎ましやかさが欠如しているぞ!」
「私の自由だ。柳に関係ないだろう」
二人が喧嘩を始めそうな雰囲気の中で、男は手当たり次第曲名を言い、佐々木に違うと言われ続けている。
「その態度がいかん!後夜祭で私を見て、しっかり女らしさを学ぶのだな!」
その言葉に、ずっと曲名を並べていた男すら黙ってしまった。
空間が静まり返り、他の所から聞こえてくる笑い声がまるで録音テープから流れているみたいだ。
西明は、笑うにも笑えずに、引きつった表情を浮かべる。
「まさか、柳……」
「なんだ」
「女装コンテスト、参加者?」
「兵衛もだぞ」
「俺も参加するぞ、西明」
「血迷ったか……」
男が溜め息混じりに呟いて、西明は佐々木も?と驚きを隠せない表情で言った。
「佐々木まで道連れにしたのか」
「失敬な!誘っただけだ。なぁ、兵衛」
「人生が変わる、転機なのだろう?」
「強ち、間違っちゃあ、いませんが……」
「納得するな」
西明は頭を抱える。
佐々木は柳の口車に乗せられたのだ。
なんて哀れな。
だいたい何だ、人生の転機?暗転の事だろうが。
「あ、分かりました。そばにいるね、と、羞恥心、ですよね」
男が場違いにも、曲名を当てる。
空気が読めないのではなく、敢えて空気を読まずにさっさとこの空間から出るつもりらしい。
「正解!」
「全問正解者には豪華商品チュッパチャップス。どれでも一本どうぞ」
「では、俺は苺ミルクで。西明は?」
「何でもいい」
「じゃあ、プリンで」
チュッパチャップスを受け取って、西明と男は地学室を後にする。
暫く西明は静かで、男は自分のチュッパチャップスを舐め始めた。
「佐々木が哀れでならない」
「人生の転機だと、思い込んでいれば、大丈夫、ですよ」
「思い込みも、大切、か……」
西明は溜め息を吐いて、受け取った飴を舐め始める。
「甘い」
「甘いのを、選びましたから」
棒を持ってくるくる回して、西明は何かを吹っ切るように伸びをした。
「まだ劇まで時間があるし、どこに行く?」
「そうですね、次は……」
男は飴を咥えたまま棒を揺らして、パンフレットを開く。
西明もそれを覗き込んで、面白そうな場所を探した。
〜終〜
40000hit企画、式見様リクエスト
『学園パロ(学園祭編)で骨董屋店主と薬売り』でした。
リクエストありがとうございました。
式見様のみ、お持ち帰り可能です。
- 43 -
[
*前
] | [
次#
]
←
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -