モノノ怪 飽和する世界 番外 | ナノ
R16
宵や遊べや:
女主
:60000hit
店主がまだ幼いです。
内容がちょっといかがわしいので、R16とさせていただきます。
苦手な方は読まないで下さい。
足音が聞こえた。
たぶん、薬売りだろう。
というより、薬売り以外の足音があっていい筈が無い。
この家に居て、現在生身の者は薬売りと私だけなのだから。
眠れずに寝返りを打って何度目か、いい加減暇で仕方ない。
外から砂利を踏む音が聞こえた。
薬売り、だろうか?
違えば不振者だが、現在この村に新参者は居ない。
私も相手も眠れていないなら、月でも見ながら語ろうか。
起き上がって部屋から出る。
すると前方を、白い靄が通過して、目で追えば薬売りの部屋へと入っていった。
この家に、霊?
いや、珍しくも無い事だ。
鬼門でも通り道でもないが、九十九神や持ち主の思いが宿った物があるこの家に呼ばれるモノも少なくない。
しかし、あの人影は薬売りの部屋へ入る寸前、わざわざ振り返る仕草を見せた。
こちらに来い、と言いたいのだろうか?
あの部屋はここ二日間、薬売りの部屋になっている。
その部屋にわざわざ来いとはどういう事か。
まさか、薬売りが息をしていないという教えではなかろうな。
しかし今し方、薬売りは外を歩いていた。
では、何だ。
頭を振る。
今ここで考えたところで、答えを知る術は無い。
薬売りの部屋に近づく。
襖を開ければ、そこには、薬売りと、女。
二人が体を密着させて座っていて、まるででかい鞠のように、そこにいた。
「あ……薬売り、さまぁ」
惚けて呂律が回らない、いやらしい声。
薬売りが女の首に顔を埋めて、女が笑う。
な、にを……
頭が一瞬真っ白になる。
なにを、している。
何で我が家に女がいる。
いや、それ以前に、何をしている。
汚らわしい。
「もっと、顔を、見せて下さい」
薬売りの綺麗で白い指が、熟れた女の顔に触れた。
頭の中が、真っ白だったのに真っ赤になる。
女が嗤う。
私を盗み見て、嘲る。
今の時間は大人の時間、子供は帰ってねんねしな。
悔しくて憎くて腹立だしくて、私を無視して女を貪る薬売りが大嫌いで、横にあった薬売りの背荷物を蹴り倒す。
中の天秤が甲高い耳障りな音を出して、すり鉢が鈍痛を思わせる音を奏で、重たい荷が倒れてきたことに畳は揺れた。
女は驚いた顔をして、一瞬姿が薄くなる。
女と男の転がっている部分に、何か小さな物が見えた。
衝動的にそれを奪いに行って、掴む。
転がるように部屋の隅までつんのめりながら走って、女達が居た場所を見れば、何も無かった。
手に握った物を見る。
それは簡素な竹櫛。
歯が数本、不規則に折れていた。
「いやらしい子、人の櫛を奪うなんて」
驚いて後ろを振り向けば、そこには着崩れして、豊満な胸を晒した女。
朱を塗った爪が、口元をついと撫でて、艶めかしく、笑った。
体が粟立つ。
「何を妬いてるんだい?彼は最初から、あんたの物ぢゃあ無いんだよ」
汚らしい手が、櫛を返せと伸びてくる。
汚い。
触るな。
いやらしい。
櫛の端を持って、真っ二つに折る。
すると女は、私を嘲笑って消えた。
手の中にある竹細工が、酷く重たくなった。
「西明?」
開いた襖から、見慣れた顔。
その声は、先ほど聞いた声と同じ。
薬売りが一歩踏み出すと、畳がミシリと音をたてる。
私は何が怖いのか分からないけれど、全身が戦慄いた。
薬売りを口汚く罵ってしまいたい。
そんな衝動が体を震わせる。
理由も分からない、焦燥や嫌悪感がごちゃごちゃになるこの心を押さえるすべ、など。
「それは」
折れた櫛に向けられた視線。
揺れる声。
その哀しげで、切なげな声に、心が暴れるのを押さえられない。
薬売りの襟を掴んで、己の全体重を使って薬売りを押し倒す。
「そんなにあの女が好きか」
「西明……?」
否定をしないのか?
無理もない。
こんな、歯の欠けた櫛を後生大事に持ち歩いて、それで女を思い出して月見散歩でもしていたのだろう?
そんなに忘れられないか。
櫛を持ち歩くほど、その女が大切か。
ふざけるな。
女はもう死んでいるのだ。
死んだ相手が何をしてくれる。
何もしてくれないではないか。
それなのに、こんな櫛を大切に持って、女を思い出していたなんて。
「もう、櫛は壊れた」
「西明が、折ったのでしょう」
「もう、あの卑しい女はいない」
眉を寄せる薬売り。
そんなに、あの女が好きか。
己はどう言われても気にしないお前が、たかが女一人卑しいと言われて怪訝な顔をするのか。
ふざけるな。
死んだ女の幻想を、いつまで追うつもりだ。
「西明、何を」
制止の手を払えば、呆然とした表情。
帯を自分で解く。
「そんなに女の肌が恋しければ、私を抱け」
前が重力にそって開く。
貧相な胸は、着物に魅力的な凹凸を付けはしない。
けれど、
「現つにいない女より、生身の女を愛せ」
「西明、遊びなら、止して下さい」
厳しい口調。
説教をたれるのか、お前が。
「なら、真剣に、愛せ」
「処女、でしょう?」
処女なら何だと言うのだ。
好きな人に抱かれろとでも言うつもりか?
そう説教をして終わらせるつもりなら、お前は嫌な大人だよ。
「処女ではない」
薬売りは黙って私を見る。
嘘だと気付かれるほど、私の声は震えていない。
薬売りは笑った。
先程の女と同じように、私を嘲笑う。
「ならば、俺をその気にさせて、下さいよ」
言われて、一瞬意味を理解できなかった。
どうすればその気にさせられるかなど、知るはずも無い。
口ではったりをかますのは楽だが、実践など、知識無くしては出来ない。
「女にしろと言うのか」
「知っているなら、出来るでしょう?」
「嫌な男だ。お前なら、女をたてると思ったのだがな」
「酷い言い方じゃあ、ないですか」
ねぇ、西明。
そう言って、伸びてきた右手が、服の隙間に滑り込んで、胸に触れた。
人肌にしては冷たいそれに、思わず腰が引けると、薬売りは嗤った。
「人に慣れて、いない」
「お前の手が、冷たいからだ」
「心臓が、壊れんばかりに早鐘だ」
「それは」
「それは?」
掌に納まった小さな胸に、男の指が僅かに沈む。
こんなに小さな胸でも、少しは膨らみがあったのだと、自分のことながらおかしな気分になった。
「西明、初めてなのでしょう?」
「違う」
違わない。
けれど、違うと言わなければ、この手は知らない女に触れる。
それが嫌だった。
他の女に、触れるなど。
「西明」
胸を滑り、浮いた肋骨を撫でて、脇腹まで下る掌。
気持ち悪さと、心臓と気管が締め上げられたかのような感覚が身体を駆け巡る。
それはまるで、悪寒。
脇腹をついと撫でられて、ひっ、と短い悲鳴を上げてしまった。
「そんな怯えた顔、しないで下さい」
「怯えて、ない」
「強情なのは、自分の首を、絞めますよ」
男の手が離れる。
心臓が全力疾走した後のように煩くて、けれど男がいるから深呼吸など出来ない。
腰に座った私をそのままに、男は上体を起こした。
真正面から向き合う男は、薄暗い部屋の中で、藍色に染まっている。
「西明、止しましょう。貴女には、まだ、早い」
「この年で嫁いでいる者だっている。だから早くなど、無い」
「おや」
さも愉快そうに笑う男。
何がおかしい。
「『もう経験済みだから早いも何もない』と、言うかと、思っていたの、ですが、ね」
言われて、気付く。
先程の発言は、未経験だという証だ。
違うと言いたくて、けれどその発言が余計墓穴を掘りそうで、言えない。
上手い言い訳が浮かばない。
「西明」
頬に触れる手に、思わず肩が跳ねた。
顔を反らそうとすれば、許さないというように、前を向かされる。
前には、薬売り。
意地の悪い、皮肉な表情はない。
「怖かったでしょう?」
宥めるような口調。
ずるいと思った。
年の差をひしひしと実感させるなんて、卑怯だ。
私はまだ子供で、未経験で、だから薬売りの相手にはなれない。
あの女が、私を嗤うのも、当然。
「……怖かった」
本音を吐けば、弱い心が溢れだす。
快楽なんて無い。
楽しくなんて無い。
ただ、怖かった。
「よし、よし」
抱き締められて、頭を撫でられる。
子供扱いをするなんて、卑怯だ。
けれど、私は子供だ。
怖くて怖くて仕方ない、子供。
「西明」
名前を呼ばれる。
けれど返事なんて出来ない。
喉が焼けて、声を出せない。
「俺は、貴女の物、ですよ」
嘘だ。
薬売りは綺麗だ。女はよってたかって、お前を自分の物にしたがる。
お前は、私の物じゃない。
だってあの女に、触れていたじゃないか。
薬売りが笑う。
「西明、俺に触れた女に、嫉妬、しましたか?」
「嫉妬などでは」
ない。
言おうとして、それは違うと気付く。
私は人を妬んだりしない。そう思っていた。
けれど、今胸を締め付ける劣情は、嫉妬だ。
薬売りに触れた女に嫉妬した。
汚いと思った。
あんな女に、薬売りを渡したくないと思った。
なんて醜い感情。
それを全面に出すなど、正気の沙汰ではない。
「西明も、大人になりましたね」
「まだ、子供だ」
「先までは、子供ではないと、言って、いたのに」
意見を変えるのが、早いことで。と、笑われる。
離れた身体。
慌てて着物の前を抱けば、くつくつと小さく笑う声。
穴があったら入りたい。
本気で、そう、思った。
〜終〜
60000hit企画のリクエスト『薬売りの影に見え隠れする女性に嫉妬する店主』です。やりすぎた感がありますね、申し訳御座いません。
日記に書いたネタに反応していただいいた咲様、ありがとう御座いました。
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