モノノ怪 飽和する世界 番外 | ナノ
青碧の甘さ:卯月様へ
しんしんと降る雪。
縁側を歩いていると、白に染まった世界に橙が見えた。
縁側に干している干柿が甘味を帯びた綺麗な色に染まっている。
良い頃合いだ。
烏や寒さに負けずに残った干柿は、さぞかし甘くなっている事だろう。
連なるそれから二つだけ取る。
襖を開けて居間に入れば、囲炉裏の傍で薬草を調合している薬売り。
手を止めて、こちらを見る青碧の瞳は、雪が降る毎日で恋しくなった空を連想させた。
「何だ、調合中か」
「何だとは、なんですか」
「お茶にしようと思っていたんだが」
「後数分、待ってくれはしませんか」
「今から茶の支度をするから、ゆっくりやってくれ」
湯を沸かして、急須で茶葉を蒸す時間が必要だ。
干柿を手に持ったまま、台所へ行く。
干柿は小皿に一つずつ置いて、茶釜に水を汲む。
なかなかに重たいそれを持って居間に向かうと、薬を薬包紙に包む男が顔を上げた。
「続けてくれ。今から湯を沸かす」
炉に茶釜を置いて、また台所へ向かう。
茶釜は鉄製だから早く沸騰するのは嬉しいが、あれは重い。
水を入れすぎたか。
しかし薬売りを急かすようにすぐ沸騰されても迷惑なのは事実。
気にすることではないか。
二つの湯呑みと茶葉と急須、それから干柿が乗った小皿をお盆に乗せる。
早々に温かい居間に戻らなければ。
指の先が、僅かな時間でかじかんでいる。
居間に入れば、薬売りが部屋の隅に居た。
背荷物の前に座って、中を漁っているのだろう、カチャカチャと音を奏でている。
「西明」
「どうした?」
振り返った薬売りは、おいでおいでと手招きする。
こういう時に僅かにでも胸に警戒心が生じるのは、薬売りの日頃の行いの悪さが原因だ。
しかし最近は悪質な嫌がらせにあっていないし、経験上嫌がらせの回避方法を学んでいる。
それに、纏う雰囲気はとても落ち着いたものだ。
畳の上にお盆を置いて、薬売りの隣に膝をつく。
「これを」
竜胆色に染められた爪を携えた指に摘まれた石。
手を差し出せば、ころりとそれが掌に転がる。
見慣れない石だ。
さくら色で、綺麗に透けている。
恋しい春を連想させてくれる石。
「これは?」
「道中に見つけたので、何かは分かりませんが、綺麗だった、ので」
「本当に綺麗だな」
石を人差し指と親指で摘んで、囲炉裏の方にかざす。
橙の炎に照らされた石は、飲み込んで身体の一部にしてしまいたくなるくらい、綺麗だ。
「差し上げ、ますよ」
「否、いらない」
「お茶代、です」
「今までの食費を視野に入れていただきたいな。これだけで賄えるものではないぞ」
「人の気持ちを、無下にするのはよくない、ですよ」
薬売りに石を押し返せば、本当にいらないんで?と言われた。
これは、私が持っては駄目だと思えた。
居場所を動かさない私といては、さくら色がくすんでしまう。そう思えた。
これは長い事、川で角が削られて、流れで表面を綺麗にしたのだろう。
それだけ長い事旅をしてきた石を、此処に置くのは哀れでならない。
「気持ちを貰った」
「無料、という事、ですか」
「干柿は勝手に成った物だからな、それで金を取る気には、なれんよ」
「商いにむきませんね」
「食物での商いはな」
生憎、骨董品の商いに関しては右に出る者はいないと自負している。
私は骨董品と話が出来るのだから、贋作を買う事も、偽物を掴まされる事もない。
尤も、それは私が本気で骨董品を『商品』と見て、値踏みをすればの話だが。
残念ながらのらりくらりと商いをしているので、贋作であっても居場所が無いから此処に住まわせてくれと九十九神に言われたら、贋作だと説明した上で買い付けている。
おかげで売れぬ物ばかり。
まぁ、すでに我が家に居る九十九神が新入りだと喜んで話相手にしているし、新入りも仲間に囲まれて嬉しそうだから、安値で買い付ける価値はあったのだと思う事にしている。
それに稀に物好きが訪ねてきて、品を高値で買ってゆくから金にも困ってはいない。
どうやら我が家の神々は買われた先で守護神となっているそうだ。
その噂を聞き付けて、ぜひ我が家にもと思い遥々やってきました。と言って人が訪ねてくるから、骨董品の商いは成立しているのだと思う。
しゅんしゅんと、湯の沸く音が聞こえる。
急須に茶葉を入れた後、湯を注いでしばし蒸す。
湯呑みに注げば芳しい、透き通る緑。
「どうぞ」
「どうも」
湯呑みと干柿を渡せば、薬売りは喜んでお茶を一口飲んだ後、干柿を一口食べた。
「甘い、です」
まるで水菓子を貰った子供のように幸せそうな顔をするものだから、笑ってしまう。
「西明は、食べないんですか?」
茶を飲む私の小皿を凝視する薬売り。
食べるさ、と言って、口に運ぶ。
それはとても甘くて、甘すぎて、砂糖を口に大さじ一杯分入れられたような気分になる。
「よくこれを、旨そうに食うな、薬売り」
お茶で甘味を薄めながら、どうにか飲み込む。
薬売りは美味しいじゃあないですか。と平然と言ってのけた。
こいつは、本当の甘味好きだ。
〜終〜
卯月さん、5000hitおめでとう御座いました!
おねだりしていただいたリクエスト『店主と薬売りの日常』でした。
相変わらずな二人ですが、よろしければ貰って下さい。
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