モノノ怪 飽和する世界 番外 | ナノ
節分
今日は薬売りにとって、災いの日だった。
居候中の家の主に今日は天気が良いから出かけてはどうだ。と言われ、詰まる所邪魔だからと家から追い出されたのが、まず始まり。
しかし天気が良いのは事実で、ふらふらと散歩を始めたところ、突如村人から鬼は外の掛け声と共に炒り豆をぶつけられ、子供は会えば鬼だと言って鬼ごっこよろしく走りだした。
今日は節分である。
しかし、突然豆をぶつけてくる、会えば逃げる、は酷くないだろうか。
薬売りは鬼をやる等と言っていない。
勝手に鬼に見立てて豆をぶつけてくる人が居るような村ではなかった。
なのに今はこれ。
村人達が一変してしまった事に戸惑いを覚えながら、豆を当てられるのも結構痛いので、薬売りは居候の家に帰った。
「早いな」
「豆をやたらと、ぶつけられまして、ね」
家の主人である西明は気の無い返事をして、台所に行ってしまった。
今は先程まで掃き掃除をされていたらしく綺麗だ。
西明は畳の掃き掃除をする際は家庭の知恵で、急須から出した、少し湿った茶葉を畳に撒いて、それを掃く。
すると湿った茶葉が畳の上にある細かい埃を付けて、拭き掃除のように綺麗になるのだと言っていた。
きっと縁側の外、積もった雪の上には使用済みの茶葉がある事だろう。
西明は湯気が立つ笊を持って居間に戻ってきた。
「何ですか、その、笊は」
「豆を炒ってきた。鬼払いをするには熱い豆をぶつけた方が良いだろう?」
「冗談は」
「しかし持つのも熱いな」
薬売りの言葉など聞いてもいない西明は、裾の中に手を隠して豆を握る。
「鬼は」
「ちょっと」
「そ」
「待って」
「と」
「熱っ!」
容赦無く振られた手から、熱い豆が薬売りめがけて飛んでくる。
ただでさえ寒い二月、身体の表面温度は下がっている分、豆との温度差が大きくて本当に熱く感じるのだろう、薬売りは慌てたように立ち上がった。
「悪ふざけも、大概に、して下さい」
「何を言う。本気だ。今年は薬売りが鬼なのだから」
「鬼扱いとは、酷いじゃありませんか」
薬売りの悪態は道理に適っている。
尤も、それが通用するかどうかは、相手次第なのだが。
西明はいつも以上に上機嫌だ。
いや、いつも不機嫌(というより、機嫌が良くも悪くも無い)のだから、機嫌が良いのは極めて異例である。
これは何かある、と考えた薬売りは、気付いた。
村人が時分を勝手に鬼に仕立てた理由。
それが、西明にあるのだと。
「西明が、俺を鬼に、したんですね」
「今更気付いたのか」
「どういう、つもり、ですか」
「今年鬼役をやる人が流行り病でな。その人の奥さんがどうしようと言っていたので、我が家には暇をしている奴が居ます。暇で死にそうだと言っていたので、その大役をくれませんか。きっと薬売りはその役が出来ると知ったら、節分まで元気に過ごす事でしょう。と言った」
「何を、勝手な事を」
「タダ飯を食っているのだから、それ位はして然るべきだ」
薬売りはぐぅと言葉を詰まらせた。
西明はさてもう一度、と豆を掴む。
「やめて下さい」
「嫌なら避けろ」
豆が飛ぶ。
薬売りは、居間から客間へと逃げた。
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