モノノ怪 飽和する世界 番外 | ナノ
一月七日
せり
なずな
ごぎょう
はこべら
ほとけのざ
すずな
すずしろ
本日
一月七日
庭で育てている七草を摘んで、いつもお世話になっている方々の家に配って歩く。
「毎年ありがとうね、西明先生」
雪が降り積もる道を歩きながらぐるりと小さな村を回って、最後に隣人宅を訪ねると、奥さんは綺麗に笑って受け取った。
いつもお世話になっているし、これくらいしか出来ないのだと言えば、また謙遜ばかりして、と笑われた。
「あ、西明先生!」
「先生いらっしゃい!」
「こんにちは」
子供が奥から駆けてきて、羽織が掴まれた。
ぐいぐいと屋内へ連れていこうと引っ張られる。
「どうしたのかな?」
「ね、西明先生、遊んで!」
「遊んでー!」
「こらっ!あんたたち、止めなさい!」
子供達が不満を言うが母親には適わないらしく、私の羽織を離すととぼとぼと奥に引き下がった。
奥に引く姿が、何とも哀愁を漂わせている。
「西明先生から受け取った七草だから、今年も我が家は無病息災ね」
私は医師ではない。
骨董屋の主人だ。
なのに先生と皆から呼ばれる。
しかも医者から貰う七草だから無病息災の効果も強そうだと言われる。
そんな事はないのだが、信じる者こそ救われると云うのだから、敢えて反論はしない。
「では、私はこれで」
「ありがとね!」
籠の中はからっぼになったので、隣にある自宅に帰る。
さくさくと雪を踏みながら、今年の積雪は例年どおりだと息を吐く。
もはや息が白くなる事もない。
しかし、これからが冬の本番だ。これで寒いなどと、笑ってしまう。
戸を引いて、自宅に入ると何処からか薬売りの声。
いや、どこかはすぐに分かる。
居間にある囲炉裏の前だ。
人が寒い思いをして近隣に七草を配りに行っていた間、薬売りは囲炉裏の傍でぬくぬくしていたに違いない。
雪下駄を脱いで、囲炉裏のある居間に向かう。
「お帰り、なさい」
「ただいま」
囲炉裏に吊した鍋で何を作っているのかと見れば、白の中に黒緑と、黄緑がちりばめられていて、
「作ったのか」
「そろそろ帰る頃だと、思いまして」
おたまで掻き混ぜて、下を焦がさないようにしている。
見れば薬売りのすぐ隣にお椀が二つ、置かれていた。
お椀に男が粥を盛る。
「どうぞ」
「どうも」
渡される箸と共に、お椀を受け取る。
冷えた身体に粥は熱い。
だが、根野菜は体を芯から温めてくれるから、心地よい熱に感じた。
「美味しい」
「煮ただけ、ですよ」
薬売りが小さく笑う。
腹が空いていたからかは分からないが、兎に角、温かくて美味しい。
「今年も、無病息災、ですね」
「そうだな」
「毎年、配って歩いてるんで?」
「ああ」
「受け取りに来させれば、よいのに」
「それは駄目だ。相手にわざわざ受け取りに来させるなど、相手を見下げている」
人はあくまで対等。
困った時に訪ねるのが良い。
お裾分けは、自分から赴くのが良い。
もしお裾分けを貰いに来い等と言うのは、相手の自尊心を傷つける行為だ。
「お人好し、ですね」
薬売りを見る。
白い湯気が立ち上る鍋を挟んで座っているから、色彩しか分からない。
「私が?」
「西明が」
「本気か?」
「えぇ」
「正気か?」
「失礼な」
笑ってやれば、相手も笑う気配。
「風邪を、引かないでくださいね」
「案ずるな、七草粥を食べている」
「まじない、ですよ」
「信じれば、それは真となるさ」
だから今年一年は、無病息災。そう伝えれば、また笑う声。
笑いたければ笑うが良い。
人は信じれば嘘すら真にする力を持っていると、私は信じているのだから。
〜終〜
本編だと、この後に川(海?)に落ちて風邪を引きます。
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