モノノ怪 飽和する世界 番外 | ナノ
誘われて
雨が降っていた。
土と草の香を薫くように、ぱらぱらと降り注ぐ。
その香りで目が覚めて、縁側に出た。
暁にも満たないらしく、外は曇が月明かりを遮って、闇一色。
風は無いが、寒い。
ぼんやりと外を眺める。
床以外何かに触れていない身体は、何処に居るのか分からなくなる。
しとしとと降る雨音と、屋根から滴る水滴が地面を叩く音が、私が今縁側に居るのだと知らしめた。
雨音は心を濡らし、融かしてゆく。
冷たく重たいはずの雨が心に平穏をもたらすと、誰が知っているだろう。
この雨粒に打たれて姿を変える岩のように、揺れる水面がいずれ静まり返るように、時間は掛かるが、気付けば何も考えられなくなる。
嗚呼願わくば、次生まれる時は、大地になりたい。
あるがままを受け入れ、万物を支える大地になりたい。
「こんな時間に、何を、しているんですか」
何時の間に瞼を閉じていたのか。
人が近づいてきていた事にも気付かなかった。
後ろから抱き締められて、ぬくもりがじわりと伝わってくる。
「雨音を聴いていた」
「それだけですか?」
「後は、土と草の香りを」
「それだけ、ですか?」
肩を強く掴んでいる手に触れた。
何をそんなに畏れる。
「俺を置いていこうと、考えるな」
「考えていないよ」
「嘘は嫌いだ」
きっと肩には鬱血した痣が出来ているだろう。
あぁもう、痛いったらない。
肩と首の付け根に額が置かれる。
その頭を、撫でた。
やわらかい髪だ。まるで子守歌のように私を落ち着かせる。
この髪に触れていたい。
嗚呼、願わくば、大地ではなく、風に。
この者の髪に触れ、悲しくて泣きそうな時は暖かく包んでやりたい。
そして時には悪戯するように疾風を。
風ならば何処にだって行ける。
風であれば、この者の傍に居られる。
「次生まれるならば」
薬売りが少し反応を示す。
たったそれだけで、愛しさが溢れ出しそうだ。
「風になりたいと、そう、思った」
「そんな哀しい事、言わないで下さい」
「風になれば、何処ぞの寂しがり屋の傍に、いつも居られるだろう?」
「触れられないじゃあ、ないですか」
「寒がっていたら、ぬくもりを与えられる」
「抱き締められないじゃあ、ないですか」
「私が抱き締めるよ」
「それは、哀しい」
「何故?」
一方通行は、哀しい。
ぽつりと、漏れた言葉。
「言葉を交わせない、触れ合えない、体温を共有できない」
それが哀しい。
少し震える声に、心が揺れる。
曇り空に、いくらかの色が生まれる。
どれも無彩色だが、モノの輪郭を見せるには、十分だった。
「私は此処に居るよ」
後幾年かは、分からない。
けれど、此処に居るよ、薬売り。
夜が 明けた
〜終〜
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