モノノ怪 飽和する世界 番外 | ナノ
ごめんください
ぽつぽつと雨が降り出したかと思えば、それはすぐさまざあざあと、まるで壁を作るかの如く降り始めた。
どうにも落ち着かない様子の庭に咲いた山茶花が、こっちに来いと手招きする様に華を上下に揺らす。
此処からでは聞けないのか、と言えば、雨の音が邪魔なのだろう、山茶花は手招きをするばかり。
仕方ない。
番傘をさして庭に出る。
何だ、と問えば、客人が来ますよ。との事。
客とは云っても都合のよい客ではないらしく、山茶花はお気をつけ、と言った。
身を心配されるのは初めてなので、少しばかり独り身の心細さを感じる。
どうやって気をつければよいのだ。と問えば、山茶花は一つの華を散らした。
それは散らすには早いもので、まだ開花したばかりの、なんとも純粋な白さを讃えた華だった。
受け取って、袂にしまう。
これで心細くはない。
後は、いつ来るか分からぬ客に神経を張り巡らせるだけ。
それが独り相撲なので、自分でも何をやっているのだと思うが、緊張が途切れ始めた頃に袂にしまった山茶花が警告だと云わんばかりに揺れるので、これは本当に用心せねばならぬのだなと思った。
しかし、しかしだ。
それでもやはり刻一刻と過ぎれば、山茶花の杞憂だという考えが浮かんでこないでもない。
もしや山茶花の暇つぶしに付き合わされているのではなかろうな。
袂に触れ、疑うなぞ。と思いなおす。
雨は次第に土砂降りとなり、地面を叩き泥を撥ねる。
それを眺めていると次第に瞼が重くなってきた。
何度か強く瞬きをしていると、ごめんください。と声と共に、庭に番傘もささずに佇む者がいて、思わず驚愕する。
ざあざあと鳴り響く音に紛れて来たのだろうか、まったく気づかなんだ。
貴様か。と言えば、びしょ濡れの男はそのまま家に上がりこんでくる。
派手な化粧をした男が私の前に屈む。
その奥に見える山茶花が風も無いのに一際大きくさざめいた。
殺しにきたのか。
問えば、相手は笑顔。
そうか。こう云う終わり方も、ある。
男が退魔の剣と呼ぶ短刀を懐の合わせ目から出す。
すらりと抜かれ、刃先が私の首にあたる寸前、袂が揺れた。
男が動かないままに、視線を下へ移動させるのでつられて私もそちらを見る。
視線を下へくばせると、袂に入っていた山茶花が、男の脇腹に着いていた。
何だ、貴様は身体から花も咲かせられるのか。
そう言おうとして、純白の山茶花が赤く染まるのに、ひえ、と私は声を上げた。
出た声はそれだけだった。
男はそのまま私の方には倒れず、膝を床についたまま、そのままの姿勢で動かなくなった。
元は純白であったのに赤く染まった山茶花は、首を斬り落とすが如く、床に落ちた。
起き上がって最初に、嫌な夢だった。と溜め息をつく。
空を見れば鉛色。
これは雨が降るに違いない。
そう思って束の間の後、ぽつぽつと雨が降り出したかと思えば、それはすぐさまざあざあと、まるで壁を作るかの如く降り始めた。
これはこれは、夢のままではないか。
どれ、と思って山茶花を見る。山茶花は大粒の雨にうたれて手招きをする様に花を葉を揺らしてはいるが、手招きなどするはずもない。
何をどう考えても、華が人に意見することは出来ないのだ。
夢の跡を辿る等、馬鹿馬鹿しい。
夢枕にあの世に行った者が立ったならまだしも、たかが夢。
あの夢も、湿気のせいで見たに違いない。そういえば、朝から湿気が高かった気がした。
居間に座って、やることも無いので帳簿に筆を走らせる。
雨の日は墨の乾きが遅いが、やることが無い日には帳簿付けをするに限る。
雨は次第に土砂降りとなり、地面を叩き泥を撥ねる。
慣れない昼からの仕事のせいだろう、次第に瞼が重くなってきた。
これではまるで、夢のようではないか。
そんな考えが何処からともなく沸いてきて、頭を振る。
何を愚かしい事を。
夢は夢、現は現だ。その見分けも出来ぬようになれば、それは人生がじきに終わる合図だ。
目を強く閉じて、開く。瞬きに力を入れる作業に、これを夢の中でもやったな、と思った。
そうだ、この後、急に庭に現れた薬売りに、ごめんください、と言われるのだった。
夢だったらそうなる。
しかしここは現だ。
そう高を括っていた私の心臓は、一瞬にして脈を乱す。
「ごめんください」
〜終〜
これも夢だろうか?
08/04/16
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