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act.08
何の話をしませうか。
昔々
夏になると此処はとても暑くなります。
日中は日射病にならないように気を付けて、日が沈めば息が白くなるので暖かい服装で居なければならないという、昼夜の温度差のとても激しい所です。
そこを一人の人間が歩いています。
此処を通るのは二度目です。太陽は真上にあって、日焼けがそれほど嫌なのか長袖長スボン、その上にコートです。
その人は旅人で、森の獣道を歩いて次の町へ向かっているところです。
本日何度目か分かりませんが、汗で額に張り付いた前髪を掻き上げます。
「……暑い」
熱に浮かされたように言います。
風が吹いて土埃が舞いました。
少しその場に立ちすくんで、何を考えたのか獣道から外れて森の中に入っていきます。
旅人が進んだ所には大きくて綺麗な湖がありました。
旅人は目を閉じ辺りに気配が無いかを確かめます。
勿論、日中に此処には獣も居ません。
旅人はすぐに荷物を下ろし、武器である棍を地に突き刺して下着以外を全て脱ぎます。
シャツとショーツだけになると、棍を抜き取って湖に飛び込んで気持ちよさそうに泳ぎ始めました。
途中魚を捕らえて陸地に上がり、周りの草で薬味を付けて焼いて食べ、先ほど自分が着ていた服を湖で洗い近くの樹にかけたらまた湖に入りました。
旅人は日が出てる間は水中で過ごして、日が沈み寒くなったら次の町に進むつもりなのです。
後二時間程で日は沈むという頃、今まで素潜りをしていた旅人が顔を出します。
その顔は今さっきまでの気持ちよさそうな顔ではなく、獣の様な瞳に冷たい印象を受けます。
あまり音をたてずに荷物のある場所に上がり、棍を構えます。
髪から光に照らされ宝石のような滴が落ちます。
旅人の視線の先には旅人の背ほどある草の密集した場所。そこから音が聞こえます。
次第に草は掻き分けられて、何かが出てきました。
小さな少女です。
少女は旅人を見て驚きました。
「だっ、誰!!?」
少女の声には恐怖が滲んでいます。
旅人は構えを解いて、優しく笑います。
「初めましてお嬢さん。私はミョウジ。見ての通り水浴びをしていたんだよ。君はこんな所に一人でどうしたのかな?」
少女は体を堅くして、ミョウジと名乗った旅人を見ています。
旅人は棍を地に置いて、自分は丸腰だと見せ、そしてそんなに睨まないで欲しいと言います。
髪から滴が落ちました。
「急に現れたね、テレポートで飛ばされたのかな?」
「……」
少女は突然泣き出しました。
「私、失敗したんです……テレポー、トを」
「君、テレポート出来るんだ」
少女は頷き、旅人は泣かせてしまった事に困惑しています。
「まだ慣れてないから、帰れない」
魔法の暴走は魔力を多大に使うので、今の少女には魔力が残っていないのでしょう。
「迎えは?」
首は横に降られました。
「いつも探してくれるんです。でも今の私は少しも魔力持ってないから」
「魔力が回復したら迎えは来るの?」
肯定です。
旅人は少女に近づき銀の頭を撫でて、笑いました。
「なら、回復するまで待とう。私も一緒に待つから」
此処は夜になれば獣が出てきます。
少女を一人置いて先に進むことに、旅人は気が引けたのでしょうか。
それとも、旅人は急ぐ旅じゃないからかもしれません。
「いいの、ですか?」
「嘘は言わないさ。お嬢さん、名前はなんて言うのかな」
「……セラ」
「セラか、言い名前だね」
旅人は相変わらず笑顔です。
セラと名乗った少女は安心したのでしょうか、緊張をときました。
「そんな格好で暑くない?」
「……平気、です」
「なら良いけど」
旅人はまた水の中に居ました。
セラと名乗る少女は羨ましそうに旅人をチラチラと見ます。
「足だけでもつけたら?」
「……鮫が居たりしませんか?」
セラは恐々と聞きます。旅人は目を丸くしました。
「鮫?鮫は海だよ。この湖にそんな危険な生き物は居ないから安心していいよ」
セラは暑さに耐えれなかったのか、旅人の言葉を聞くや否や、同じように下着姿になって湖に恐々と入ってきました。
入ったら、何てことなさそうにはしゃぎます。
「ミョウジさんは旅人なのですか?」
「そうだよ」
「旅は、楽しいですか?」
「辛い事も沢山あるよ。でも旅をしたいって思う。辛い出来事以上に楽しい事があるからかな」
「どのような事が楽しいんですか?」
旅人は一度潜ってすぐに顔を出します。
額にへばりついた髪を掻き上げます。
「私は文化に触れるのも好きだし、考え方の違いを感じるのも好きだな。知らない人と会うのも。あと本を読むのが好きだね。その土地にしかない話とか神話は、楽しいよ」
「……」
旅人は言います。セラが恨めしそうにしました。
「そろそろ日が沈むから上がろう」
旅人はそう言ってセラを陸に上げ、自分の鞄からタオルを出してセラに渡します。
旅人は棍を持ってまた水中に潜り魚を二人分捕まえて陸に上がります。
セラはもう服を着ていました。
旅人が薪を作って、魚を焼く支度をしているうちに髪以外の水蒸気は全てとびました。
そのまま、洗って樹にかけていた、今はもう乾いた服を着ます。
少しずつ気温は下がってゆくので旅人は上に皮のジャンパーを着て、コートを羽織ります。
日中の暑さが嘘のようです。
これからもっと寒くなるでしょう。
「なにか話し聞きたいかい?」
旅人の誘いにセラは喜んで頷きます。
旅人は魚の焼き加減を見ました。もう食べられそうです。
「どんな話が良い?」
「私、他の国を観て回ったことがあまりないんです」
「じゃあ、面白い話があるよ。食べながら話そうか。あれだけ動けばお腹も空いただろうから」
中まで火の通った魚をセラに渡します。
樹に寄りかかった少女はこう言った食べ方をしたことがないのか、食べ方を聞いてきます。
旅人が食べ方を手本で見せれば、セラは魚を口に入れて、美味しいと言いました。
「セラちゃんは……上流階級?」
一般人には不似合いなほど上質な服。
旅人は旅を長くしている為に物の価値は分かるようです。
「……」
「安心しなよ。別に興味ないから。ただ自分の目利きが確かなのかを知りたかったんだ」
旅人は魚を食べ終えます。お腹が空いていたのだと今更気づいた様です。
「セラちゃん。面白い話をしようか」
セラは顔を綻ばせます。
「はいっ!」
セラは元気な返事の後、寒くなったのか可愛らしいクシャミをしました。
旅人は長袖を着ている上に皮のジャンパーを着て、さらにロングコートを着ているので寒くはなさそうです。
「寒い?」
「……少し」
旅人はセラの所まで行って、コートを脱いで渡します。
「羽織っておくと良いよ」
「あの……コートはミョウジさんが着ていて下さい」
「それじゃあセラちゃんが凍えてしまうよ」
セラは顔を真っ赤にして、旅人を見ます。
「ミョウジさんの膝に座りたいです」
「え?」
「駄目、ですか?」
「いや、良いけど」
コートを着た旅人は樹を背もたれにして座りました。
旅人は足を延ばしています。
「おいで」
セラを手招きして、自分の膝の上に座らせました。
セラが座ったら、旅人はセラを懐に入れてコートに出来るだけ包み、前で手を組みました。
「これがしたかったの?」
「前、買い物に行った時に母親が子供にこうしていたんです」
旅人は小さな体を包みます。セラは旅人にもたれ掛かって嬉しそうに笑いました。
旅人は沢山話します。セラは全て聞き逃さないように真剣に聴きました。
「その地方特有の物語もあるんですか?」
旅人がある一つの旅の話を終えた時、セラが訊きました。
「有る場所もあるね。聞きたい?」
セラは頷きます。
「どんなのが良い?」
セラは少し悩んでから、
「死んでしまうけれど、幸せの物語は有りますか」
俯いて言います。
旅人はだいぶ悩んでから語り出しました。
「昔々、人形作りのマスターという人が居た。マスターはちょっとした興味本意で人間に似せた人形を作り、背中のネジを巻いた」
「……」
「ここからは書いていたまんまを口にするね。
『マスターはその日僕のネジを巻きました』」
旅人は目を閉じます。セラは一字一句間違えないように聞きに入ります。
「『マスターは僕にまず知識を付けるようにと、本をたくさん読むように云いました。本を読むのはとても楽しかったです』」
「私も本は好きです」
「私もだ。話を続けるよ。『知識を身につけた僕をマスターは外に出してくれました。本を読んで想像していた世界よりもずっと色鮮やかです。初めて外に出た僕はマスターに頼まれた買い物をしに行きました。そこで一人の少女に逢いました』」
旅人は目を閉じて、話を続けます。
「『少女は僕が外にいればよく声をかけに来ました。少女は顔の筋肉をせわしなく動かします。少女の話は他愛のないもので、聞いていて飽きることはまずありません。ある日、少女は僕の所に走ってくる最中に、転んでしまいました。僕が駆け寄ると、膝には赤いものが付いています。少女は目にいっぱい水を溜めて、顔を紅くしながら「転んじゃった」と笑って云いました。転ぶと痛くて笑えないはずです。でも少女は顔を真っ赤にして笑います。僕はそれがおかしくて、笑い声が出ました』」
「あの……」
セラは困ったように口を挟みます。上を向いたセラと目を合わせて、旅人は首を傾げます。
「その方は、気持ちが分からないんですか?」
「分からないんじゃない、知らないんだよ。知識を持っていても、本を読んでも喜怒哀楽を手に入れる事が出来なかった。それから主人公は喜怒哀楽をその少女と一緒にいることで手に入れる。でも、哀は分からないんだ」
「楽しいことと、嬉しいことと、怒ることは分かったんですか?」
「あぁ、そうだよ。ここからは哀を知る場面の話。『歳月は少女を女性に変えました。それはとても僕の胸元を苦しくさせます。その日、マスターの許可を得て二人で森にピクニックに行くことになりました。森の中の湖、とても綺麗でした。二人で湖沿いに座りサンドウィッチを食べます。そこに、一人の男が来ました』」
「……?」
「『男は突然女をこちらに渡せと云いました。片手には斧を持っています。少女は泣きそうに顔を歪めました。僕は男に駄目だと言って、少女を後ろに隠します。男は斧を持ってこちらに来ます。僕は少女の手を掴んで町へと走りますが、追いつかれそうになったので少女だけ、けして振り返らないようにと云い町に行かせました。男の斧によって右手が地面に落ちました。僕の右手はただの木に戻りました。男はそれを見て、僕に斧を振り回して来ました。いろんな場所に切れ目が入ります。痛くはないです。ただ胸が締め付けられるようでした』」
「……」
「『男が去ってから暫くして少女がマスターを連れて戻って来ました。少女は木になりつつある僕を抱きしめてくれました。常に笑顔だった少女が顔を歪ませてたくさん泣いていました。僕の頬に泪が落ちます。急に胸が苦しくなりました。僕は今から消えます。少女を置いていくのです。』」
「……」
「『辛い。辛い。僕も泪を流しました。僕は理解しました。成長する少女に感じた苦しさは、成長をしない自分が置いていかれるという悲しさ。そして今は、少女を泣かせてしまった悲しみと、僕は今から消えてもう少女に逢えないという辛さ。息が出来ないほど胸が締め付けられました。僕はマスターを見ます。どうして僕を作ったのか聞きました。マスターは少し時間が経ってから云いました。実験だったのだと。少女は泪を流してマスターに云います。僕には心があるのだから、そんなこと云ったら傷つくのは分かるでしょう。なのに何故云うのかと。声を大きくして云いうので、マスターは肩を竦めてしまいました。僕はそろそろ木になります。僕は少女に笑って欲しいと云い、少女は泪を溜めた笑顔でさよならのキスをくれました。僕の体はすぐに木になりました。今僕は少女が作ってくれたお墓にいます。おばあさんになった少女は毎日僕のお墓に来てくれるので、嬉しいですが、少女に僕が見えないのは寂しいです。ある日、お墓に来た少女はそこで僕と同じ存在になりました。少女は少女の姿になって、抱きついてきました。今はもう寂しくないです。』途中忘れて抜かしてたかもだけど……どうかな?」
旅人は宝石の散りばめられた空を見ます。
息は綿飴のように白くなって、口の中に入れた時のようにあっという間に消えます。
「最後には、死ぬことで幸せになれたんですね?」
セラは震える声で言いました。
「どうして少女はすぐにでも死んでその方に逢いにいかなかったのでしょうか」
旅人は少し時間を置いて、
「少女は確かに死ぬことが出来たけど、主人公は少女を守って死んだんだ。助けてもらった命を自分で絶やすことは出来なかったんだろうね」
「そう、なんですか?その方への想いが冷めたからではないのですか」
「冷めたなら、毎日墓参りはしないよ。むしろ想いは募る一方だったんじゃないかな。毎日ずっと一人でお墓に語るなんて簡単な気持ちで出来る事ではない」
「……」
「主人公は少女を逃がした。それはつまり少女に生きて欲しいと言っているようなものじゃないかな。私の推測だけど」
「私も……そうだと思います」
旅人はセラの頭を撫でます。
セラのしゃっくりがおさまった頃、セラは欠伸をしました。
「眠い?寝て良いよ」
セラは小さく頷いて、旅人に全身を預けて眠りました。
今日はセラにとっては沢山の事があったので、疲れてしまったのでしょう。
旅人はずっと寝ずに、近くに置いている棍を片手に握ったままで焚き火を見ていました。瞳が炎を映し紅く染まります。
そこに、一人の人間が空間を飛んで現れました。
「……君か」
「お久しぶりですね」
少年は旅人を見て形容出来ない表情をします。
旅人の胸に収まってぐっすりと寝ている少女を見て、少年は安堵の溜め息を吐きました。
「ずっと一緒に居たの?」
「はい。セラちゃんは魔術師の塔で生活をしているのですか?」
「そうだよ」
「そうですか」
旅人は少女を起こさないように抱き上げました。
「良い子ですね。……この子はあまり外を知らないみたいだから、色々な所に連れていってあげて下さいね」
「そうだね……ねぇ」
少女はまだ旅人の腕の中です。
旅人は少年が話を変えようとしたのに気付きました。なので黙って待ちます。
「……何でもない」
「……そうですか。……変わらないですね」
「……まぁね。君は大人になっていってるね」
「……」
旅人の腕の中で寝ている少女を旅人の腕から持ち上げます。
少女は熟睡しています。
「またお会いできたらしましょう」
「そうだね……セラを見ていてくれた礼に、君を目的地まで送ろうか」
「いいです。私も数年間で使えるようになったので」
「そうか……ねぇ、君はそのまま成長を止めたいとか、考えたことはない?」
「私は……」
旅人はそこで区切って、俯いてしまいます。
「……ごめん、……変な質問をした。それじゃあ」
少年は空間を飛んですぐに姿を消します。その姿は急いでいるようでした。
旅人は一人、ずっと立っていました。
ずっと、少年の居た場所を見ていました。
少ししてから、旅人の立つ地面に数滴、雨が降りました。
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