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act.07
またね。
別れ
元々殺風景だった部屋は、荷物をまとめたことでより殺風景になった。
今は主力の六人が最終戦に向かっている。
そろそろここを離れる時間だ。居心地の良い空間。ここにいたことで知識も力も、大切な時間も得た。
戦争が長引けば良かったのに。
宿星ではないから言えるのであろう言葉。
私は部屋に背を向けて廊下に出る。通りすがる人は誰もが緊張した面持ちで、静かだった。
六人の心配をしているのだろうか。
それとも一個人の心配をしているのだろうか。
「あれ?ミョウジちゃんどっか行くの?」
石版に近づいたことがなかった私。間近で見て、刻まれた名前に触れていたら後ろから場の雰囲気にそぐわない明るい声。
「メグさん」
「なにしてんの?」
ヒョコヒョコとこちらに歩いてくるので、私はすぐに石版から手を離す。
「間近で見るのは初めてなので、眺めていただけです」
「へー。ルック君が前にいるから近寄りにくいよね〜。ねぇ、その荷物どうしたの?」
私の鞄はいつもより膨れている。
「今からここを離れようかと」
「えっ!!?なんで?だってまだお祭りもしてないし勝ちましたって通達も来てないよ?」
メグはかなり驚いたのか、目を見開いて言う。
「私はこの戦とは関係ないですよ」
「でもこの城に居たってだけでもう仲間だよ?せめてリーダーたちが帰ってくるまで待とうよ」
「いや、私は……」
「待つよね?はい、決定!」
「あの……」
「どこで待とうか、ここでルック君みたいに突っ立ってようか」
「……」
押しの強さはビクトールにどこか似ている。
私は敵わないと思って仕方なく棍を床に付き、突っ立ってただ帰りか通達を待つことになった。
昨日から今日にかけて何度も心の中で彼と離れるのは寂しくないことだと唱えた。
逢ったら別れが辛くなるというのは分かっていたから、今のうちに去りたかったのに。
私は石版に背をもたれさせ、メグは横に座っていた。
つま先をせわしなく上下に動かしている。
私は静かで長い時間、様々な考えを巡らせた。
「早く帰ってこないかな」
何度目かの言葉。
目を閉じて音に集中していた私は、周囲にいる人たちよりも一足先に気づく。
「……帰ってきたみたいですよ」
私の発言から少し遅れて、城の門のあたりがより騒がしくなる。
彼は無事なのだろうか。
戦いに勝ったのは正直どうでも良い。私は関係ないから。それに同盟軍の圧勝は目に見えていた。
けれど、彼らが無事に帰ってくるとは限らない。
私は先ほどから嫌な考えばかりを巡らせてしまっていた。
帰還した六人は、皆自分の力で立ち、こちらに歩いてきている。
安堵のため息が漏れた。
「おう、ただいま帰ったぜ」
ビクトールは周りに群がった人混みを避けて私に近づいてきた。
メグは逆に人混みにかけてゆく。
「お疲れさまです。怪我はないですか?」
「ねぇよ、俺もあいつも」
「……今はビクトールさんのことを聞いているんです」
勝手に眉間に皺が寄れば、頭をグシャグシャに撫でられる。慣れた今では髪のことが特に気にならなくなった。
「あ?なんだその荷物」
「今から旅を再開します」
「今からぁ?この後の祭りに参加しねえのかよ。食べ物たくさん出るぞ。別に明日だって良いだろ」
「でも……」
「ほら、祭りがあんだから荷物は置いてこい。行事に参加すんのが旅の醍醐味だぞ」
相変わらずの有無を言わさぬ勢いに私は押されて、荷物を置きに行くフリをして逃げようかと思ったのだが、彼は部屋までついてきた。
私の考えはすべてお見通しか……。
「……」
祝杯を貰ったが、私は酒は飲まないのでビクトールにあげた。
彼には仲間がたくさん居て、わざわざ私に気を使わなくて良いように彼から離れて一人で人混みを動き回る。
人が集団で居るものだから隙間を縫いながらどうにか、私は淡い期待をして動き回った。
次第に人混みに酔ってくる。人が密集しすぎなうえに空気が生ぬるく気持ち悪い。
右手にある棍で全員を薙ぎ払ってしまいたくなる。
私は出来るだけ早く外に出た。外では旅の一座の三人が芸を披露していた。
私は近場の木にもたれかかってそれを観る。
今はもう城内に戻る気は更々無かったから、人が減る時間まで外にいるとしよう。
今日の夜は長いだろう。どこもかしこも酒臭さに満ちていそうだ。考えるだけでうんざりする。
「お姉ちゃん」
「え?」
木にもたれかかってのんびりしていれば、小さな女の子が私の横に来ていた。
「何かな?」
私はしゃがんで視線を同じ高さにする。小さな女の子は泣きそうな顔で私にこう言った。
「お母さん知らない?お母さんが居ないの」
私はこの女の子とは今日初めて会う。だから母親も誰か知らない。
しゃがんだままどうしようか考えれば、女の子は顔を歪ませる。
私は慌てて女の子の頭を撫でた。そして笑顔を向ける。
「一緒にお母さんを探そうか。君のお母さんも君のことを探しているだろうから、きっとすぐに見つかるよ」
女の子は目を拭い、頷く。私はこの人混みの中、離れないようにと手を繋いだ。
女の子はもう離れ離れになるまいと力強く握ってくる。
「お母さんとはぐれたら門のところに来なさいって言われてるの」
「門?確か二つあったかな」
西門もあるのだが待ち合わせということなので正門を見に行き、少女を抱き上げて周りを見せるが母親はいないという。
しかし、待ち合わせの門と言えばここだろう。西門は小さいし人の往来も激しいから、子供とはぐれた時の待ち合わせ場所には不適切だ。
しばらくはここで待つか。
「ねぇ、ちょっと待っててくれるかな?」
「どこいくのっ!?」
「安心して、ここで待ってくれれば五分もしないうちに戻ってくるから」
女の子は小さく頷いて早く帰ってきてね、と言う。
私は走って近くの活気と光に包まれている食べ物屋に寄り、リンゴ飴を二つと金平糖とバターパンを一袋ずつ買った。
私が戻ってきた姿を観て、女の子は安堵する。
「はい」
「有り難う。お姉ちゃん」
リンゴ飴を渡せば女の子は笑った。これで少しは食べることに集中してくれるだろう。
そうすれば、のんびりと母親を待つことが出来る。
「バターパンは食べられる?」
「私それ好き」
「じゃあ、これも食べると良いよ」
女の子は食べることに集中する。私はリンゴ飴を袋に入れたまま片手に持って様々な光に彩られた城壁(柵が正しい)内を見回す。
女の子が時間をかけてバターパンとリンゴ飴をたいらげた頃、
「あっ、お母さん!!」
母親らしき人はその声を聞きつけて我が子の名を呼び、人混みをかき分け走って来る。
「良かった、お母さん西門まで見に行っちゃったよ」
女の子を抱き上げて、母親は安堵の表情を見せる。女の子は母親似だ。
「あの」
「はい」
「済みません。わざわざ楽しい時間を割いて娘と一緒に居ていただいて」
「いえ、娘さんと居られて楽しかったです。お嬢ちゃん、もう離れちゃ駄目だよ」
「うん!」
私は金平糖を渡す。母親は面倒まで見てくれたのに菓子までいただけないと言ったが、私は片手にりんご飴を持ったまま、甘い物が駄目なのだと嘘をついて女の子に渡した。
母親は礼を言って女の子を抱き上げたまま、また人混みに消える。
私はやることも無くなって暇になる。
ライトアップされた場所には人混みがあり、自然と私は薄明かりの方にいた。
光を放つ場所から私の方に向かってくる人影。
誰だと目を凝らせばシーナだ。
「おーっす、こんな外側で何してんだ?」
「別に何も」
「今さ、みんな男女で組んで踊ってんだよ。俺今パートナー居なくてさ、踊らねぇ?」
私は彼越しに人混みに目をやる。女性数名が私たちを見ていた。
「踊って欲しそうにしてますよ?」
「えっ!?」
視線で示せばシーナは驚いて振り返る。すると女性達が我先にと近づいてきた。
「一緒に踊りましょう、シーナさん」
「えっ」
「こんな子より、私たちの方が踊りは上手ですよ?だってこの子ったら戦争が終わったのにまだ棍なんて物を持ってるもの。男みたいで怖いわ」
もっと死ぬほど怖い思いをさせてあげようか。
喉元まで来た言葉を飲み込む。
「いや、俺はミョウジちゃ……」
「行ってきたらどうですか?綺麗な方が貴方を誘っているんですから」
私はそれだけ言って、その場に背を向ける。
相手にしても不快なだけなら逃げるが勝ちだ。
三十六計逃げるに如かず。とも言うし。
ああいう、しなを作る女性とは仲良くなれない。
またふらふらとしていたら、フッチと会った。
彼はブライトを相変わらず抱き上げている。
「こんばんは、夜によく会いますね」
「そうだね」
ブライトが鳴く。了承を得てから頭を撫でればブライトは気持ち良さそうに目を閉じた。
「どこに行くか決まったの?」
「今から夏ですから、北に行こうかと」
「じゃあハルモニアの方に?」
「ハルモニアには行きません。あそこはあまり良い噂は聞きませんから」
絶対権力を示す王のいる狂った国だと今まであった旅人は口々に言う。ただ宮殿から離れた下町はとても雰囲気が良いとか。
「そう、なの?」
フッチは不安そうに言う。
「貴方みたいにちゃんと元竜騎士という肩書きがあれば大丈夫ですよ」
そう、私のような肩書きも実力も何もない人間が駄目なのだ。そういう国だ。
「ねぇ、お腹空かない?というかリンゴ飴、食べないの?」
「少し空いてきましたかね。リンゴ飴は後でのんびり食べようかと……早く買ってしまいました」
「なんか一緒に食べよ?あっちに屋台が出てるんだ」
私はフッチの後についていく。店は活気に満ちていた。席はどこも空いていないので、食べ物を買ってから近くの芝生に二人で座った。
「竜って乗れるんですよね」
「うん。空を飛ぶんだよ。乗ってみたい?」
「いつか」
「もしブライトが竜だったら、乗せてあげるよ」
「本当ですか?」
「勿論だよ。だからさ、また逢おうね」
「えぇ、逢えたら逢いましょう」
人の舞う姿を見る。光の中は幻想的で、見ていて飽きない。私はゆっくりと食べ、完食したらフッチに別れを言ってその場を離れた。
いい加減歩き回るのも飽きてきて、人気のない林に入る。
ここは月明かりしかない。
だが騒ぎ声は小さいながらも聞こえてくる。
その場に座ってリンゴ飴を食べる。林檎も甘くて、とても美味しかった。
結局至る場所を見て回ったが彼は居なかった。ため息をついてそのまま上体を後ろに倒し、寝転がる。
人混みをかき分けて歩いた為か、目を閉じると瞼が上がらなくなる。
棍を握る手からも、力が抜けた。
「ねぇ」
「……?」
「死んでるの?」
一気に頭が覚醒して、待てと思うのに条件反射のようなもので勝手に身体を起こし声の主に棍をふるう。
「っ!!」
両手が痺れた。
風で棍が吹き飛ばされたのだ。
それでも両手は棍を強く握っていたので離すことはなく、両腕が上を向く。
「いきなりとは失礼だね」
彼、ルックは淡々と言った。
「わざわざ起こしてやったのに」
「……済みません」
謝罪の言葉しか出ない。でも『死んでるの?』が彼にとって起こす時に使う言葉なのか?
「別に良いけど」
それにしても驚いた。
人の気配が近づくだけで起きる私が、こんな至近距離に来られても起きないなんて。
「……じゃあね」
「どこかに行くんですか?」
彼がロッドを持ち直した時に質問すれば、彼は小馬鹿にした笑いをする。
「帰るんだよ。魔術師の塔に」
「そこに住んでいるんですね」
「そうだよ。君には来られない場所だけどね」
「……そうですね」
じゃあこれで本当にお別れか。
やっぱり胸が苦しくなった。
「またお逢いできたらしましょう」
「出来たら、ね」
「はい」
「じゃあね」
「また」
「……」
「……」
「……またね」
私は笑った。彼は私に背を向けて、少しして転移してしまった。
風が舞う。
今何時だろう?
人の気配はもうしない。
静まった城に戻ったら、一応今も私の部屋の前に立っている人と目があった。
「よぉ」
「まだ起きてたんですか」
「お前さんもだろ」
「私は寝てきましたよ」
私は何もない部屋にビクトールを招いた。
「ルックと逢ったか?」
「先ほど見送りました」
「なぁ、気持ちは伝えたか?もう逢えねえかもしれないんだぞ」
私は首を横に振る。
胸が苦しい。
「ビクトールさん。私の気持ちなんて、受け止めてもらえるわけないでしょう」
「でも言わないことでお前は苦しんでんじゃないのか?」
「苦しくなんか……」
私は目元を袖で拭く。
人を好きになることがこんなに苦しいなんて知らなかった。
知りたくなかった。
知らずにいたかった。
ビクトールは父親のように私に優しくしてくれる。
よけいに泣けた。
翌朝、日の出前に一人で城を出る。
城全体か見えるところまで来たとき、私の足取りは軽くなった。
すべてが良い思い出だ。
北へ進む。
気持ちの良い風が吹いて私の髪を遊ばせた。
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