その他夢小説 | ナノ
金曜日、学校から帰って家の鍵を開けると、玄関にはお母さんのカカトが高い靴。なんて言うんだっけ、パンプス?だったかな?
「ただいま〜」
「お帰り。ねぇ先生って何歳くらいの人?若い?」
久しぶりに見たお母さんはこっちに目線をくれることもなくて、胃がきゅっと縮こまるような気分になる。
「お子さんいるよ」
「なぁんだ、瘤付きかぁ」
「……奥さんもいるよ」
お母さんは綺麗な口紅を引いていて、しかもスカートはやたら短くて、ああ、嫌だな、とぼんやり思った。お兄ちゃんのお母さんは品のある人なのに、なんでお母さんはこうなのだろう。
私は2階にある自分の部屋に早々に逃げて、床に寝転がる。リビングの上だから、床に耳をつけてると少し声が聞こえるのだ。
先生が訪問してきて、話してる声が聞こえる。お母さんのよそいきの声はとても優しくて品がある。いつもこうだったら良いのに。
『それから、お母さん、言いにくいことなのですが』
学校での生活態度、勉強の特徴などを話した後、先生は口を開いた。あ、嫌な予感。
『周りのご家庭から連絡が入ってまして、ナマエちゃんはよくお隣の尾形さんの家に入り浸っていると……』
『そうなんですよ〜。あちらのお子さんにうちの子ったら懐いちゃって。お兄ちゃんお兄ちゃんで、本当に困ってしまってますわ』
お母さんは笑いながら言っているが、お母さんの心の中が真っ黒に染まっているだろうことが容易に想像できて、息が詰まりそうになる。
どうしよう。尾形さんの家にお世話になってたのがバレてしまう。
『お母さんのお仕事は、忙しいんですか?』
『ええ、どうしても遅くなってしまって。鍵っ子にして可哀想だなと思うんですけど、片親ですし、私が頑張らなきゃならなくて……』
『そうなんですね』
『何かありましたか?』
『いいえ。以前はよくコンビニで見かけるって話を聞いていたので、心配してたんです。最近は家で食べてるみたいでコンビニに来ないって聞いてまして。お母さん、忙しいのに料理作っていて凄いなぁって思ったんです』
肝が冷える。この後のことを考えて、私は手の中に汗を握った。内臓という内臓がぎゅっと掴まれて、もし何か食べ物が入ってたら吐いてしまうところだった。
お母さんの笑い声と、先生の笑い声が床板を震わせ、鼓膜を揺さぶってくるから体を起こして座った。これ以上聞いたらダメだ。
ガチャン、と玄関が閉まる音。5分、10分、完全に先生が立ち去っただろうと確信する時間を取ったのだろう、階段を登ってくる音がした。
「ナマエ、話があるんだけど」
「なに?」
「あんた、お隣さんの家にお世話になってるの?」
「お勉強見てもらったり……お兄ちゃん、勉強教えてくれるから」
「ご飯はどうしてるの?」
「尾形さんのおばあちゃんがおやつたくさんいつも出してくれて、それでお腹いっぱいになって」
「それで朝までもつの?」
「朝ごはんはスーパーで買ってるパンがあるから」
「ふぅん……。ねぇナマエ。あんた尾形さんにお母さんが家に居ないって言ってないわよね?」
「言ってないよ。だってそんなこと言ったらまた……」
「お母さん、あんたのためにちゃんと働いて、お金稼いであげてるんだから。そのおかげであんたは服も食事も寝る所もあるんだからね?本当、お母さんを裏切らないでよ」
「裏切らないよ」
「絶対よ。もしお母さんを悪者にしたら、ナマエは施設にまた入れられるからね」
施設、という言葉に手を強く握った。あそこは嫌だ。自分の空間がない。それにまたお祖母ちゃんが引き取りに来て、お祖母ちゃんの家に住む事になる。それは私としてはすごく嬉しいのだけども、お祖母ちゃんも歳だからとても疲れて見えた。ニコニコしてるけど、時折見せる背中がしんどそうで、私がいるせいだと思った。
その後お母さんがお祖母ちゃんの家に来て、そうしたらお母さんはお祖母ちゃんを酷い言葉でたくさん傷つけて、だから、私はまた同じ道を歩いちゃいけない。
「いい、ナマエ」
見上げたら、急に左側の顔に衝撃が来た。そのまま倒れたら、頭を低い折りたたみの机の角に打ってしまって、左右両方からくる痛みに蹲る。
「これからは嘘つくんじゃないわよ。次嘘ついたら、これだけじゃ済まないからね。あと、尾形さん宅に行くのやめなさい。お母さんがいないってバレるかも知らないでしょ」
もうバレてるよ。学校でもバレてる。クラスの子達も知ってる。その子たちの親はもっとたくさん色々と気づいてる。言いたくても言えなくて、唇を噛み締めると口の中に鉄さびの味が広がった。
頭を打った際に浮かんだ涙がボロボロ床に落ちた。
***
家庭訪問が金曜日でよかったと、心底思う。
思った以上に頬は腫れたし、おでこの右側は瘤が出来てる。これで学校に行ったら、きっとすぐに児相が動いてしまう。
月曜日の朝、鏡を見ながら髪型を変えてどうにかおでこはバレないようにできたけど、頬の膨らみだけはどうしても隠せなくて、学校をさぼろうかな、と思った。
でもそうすると、給食が食べられない。お休みの電話も私がしたら、きっと怪しまれる。
どうすればいいんだろう。前ならこんなに腫れなかったのに。今回は歯で中を切っちゃったからかな。
でも、やっぱりこんな顔ではいけないや。
学校に電話して、お腹が痛いからと言うと、お母さんは?とやっぱり聞かれた。
「お母さん会議があるから休めなかったんです。でも、薬は用意してくれたから大丈夫です」
『もし具合が悪くて、吐いたりするようになったらすぐに学校に電話するんだよ?先生行くから』
凄く優しい先生だなぁ。
でもね、先生がいらない詮索をしたせいで私のほっぺたは腫れあがっているんだよ。
電話を切って、お財布の中のお金を確認する。
今家には何もない。どうしようかな。いつ出かけよう。
あ、そういえばお兄ちゃんもしかして私が出てくるの待ってるかもしれない。
お兄ちゃんにも電話したほうが良いかな?と考えて、電話番号を知らないことに気付く。お隣さんだし、いつもチャイム鳴らすか出合い頭に合うようにしていたから、電話番号何て知らない。
「う〜ん。どうしよう」
この顔で会ったらお兄ちゃんには一発でバレるだろう。金曜日だってお母さんは出て行ったのに食べに行かなかったし、土日も冷凍食品を食いつないで、一歩も外に出なかった。
「……」
そうこう悩んでいる内に、間延びしたチャイム音が鳴った。
時間からしてもお兄ちゃんだ。
「ナマエ?起きてるか?」
外から聞こえる声に、何て返せば良いか悩む。寝坊したっていう事にして居留守を使おうかな。あ、でも一日家にいるつもりだったからリビングの雨戸開けちゃったよ。
仕方ない、と腹をくくって、玄関を少しだけ開ける。
「おはよう、百之助お兄ちゃん」
「今日は学校行かないのか?」
「うん。お腹痛くって」
「じゃあ俺の家で休んでおけ。ばあちゃんも心配してる」
「いや、その、お母さんにバレちゃって……」
伝えた言葉に、お兄ちゃんははっと目を見開く。おお、猫ちゃんみたいに黒目が小さくなった。びっくりした。
「入るぞ」
「えっ」
玄関をこじ開けられて、顔を見られてしまう。
腫れた頬にお兄ちゃんは眉をひそめて、痛いよな、と言った。
そんなに痛くないよ、と返しても、痛みを耐えるような表情で、見ているこっちがつらいよ。
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